いろはにほへと恋せよ乙女・38
「西門様、本日はお越しいただきましてありがとうございました。本来でしたらこちらから出向くところでしたのに」
「いや、構わねぇよ、時間あったから」
「それじゃ総二郎、また今度な!」
「あぁ、連絡待ってるわ、あきら」
「・・・・・・お世話になりました」
「「・・・・・・・・・」」
なんでそんなに落ち込んでんだ?
さっきまで超楽しそうだったのに、今度は猫背になって俯いて、蚊の鳴くような声で話す牧野・・・俺とあきらは訳が判らなくてお互いに目を合わせた。
エレベーターに乗っても1人だけ背中向けててあきらにも秘書にも挨拶なし・・・「おい!」って言ったけどあきらに「いいから帰れ」って言われて扉を閉めた。
「・・・・・・・・・・・・」
「おい、どう言う態度だ?あきらだからいいけど秘書の態度としては最悪だってのが判んねぇか?」
「・・・・・・申し訳ありません。判ってます・・・」
「じゃあなんでそうなる?お前さっきまでハイテンションだっただろうが!」
「・・・・・・・・・だって」
「は?聞こえない!なんだって!」
「なんにも出来ない素人が逆上せあがるなって言われたんですよ!調子に乗るなって・・・確かに何にも出来ないけどそんな言われ方、あんまりです!好きで秘書になった訳じゃないんだし、強制的に車の修理代稼げって脅されただけだもん!」
「・・・それもすげぇ言われ方だけどな・・・」
ははぁ、さっき2人で奥に入ったと思ったらそんな事を言われたのか。
そりゃ驚いたろうな・・・あきらの秘書は俺には関係ねぇんだから無害だと思ってただろうから。それなのにあきらに近寄るなって事か・・・くくっ、可哀想に。
エレベーターが1階に着いたらやっぱり俯いてどんよりしながら歩き、すれ違う連中をビビらせた。
そして車まで行ったら自分で運転する気はなくなったのか、鍵を開けたら俺より早く助手席に座った。
座ったら座ったで膝を抱えて踞り顔を隠す・・・もしかして泣いてるのかと肩に手を置こうとしたら、ムクッと起き上がって「甘いもの食べたいっ!」
・・・・・・肩の5㎝上で俺の手が止まった。
**
「しかし、よく俺の前で抹茶パフェってものを食うな・・・仮にも西門の秘書だぞ?お前・・・」
「あれ?秘書は抹茶パフェ食べちゃダメなんですか?」
豪勢な昼飯も食ったのに夕方になってのスィーツは抹茶パフェ。
それを美味そうに俺の前で食いやがって、さっきあきらの秘書に言われた言葉は半分ぐらい頭から消えたようだ。
フンフン♪と機嫌良くスプーンを口に運び「美味し~!」を連発。泣きそうだったくせにほっぺたを真っ赤にさせてあんこを口ん中に放り込んだ。
俺はさっきも飲んだのにここでも珈琲。
それをスマホ見ながら飲んでたら、目の前のヤツは笑顔が消えて溜息をつく・・・俺が少し手を動かしたらまた頑張って笑顔に戻した。
「ばーか!気にすんな。あきらと俺は仕事内容が違うんだから」
「・・・えっ?」
「美作は世界を相手にする商社だから秘書にもそれなりの知識と準備が必要だけど、俺は茶人・・・そんな小難しい情報なんて逆に必要ねぇ。色んな事を調べたり知ったりするのは客の立場や近況を知ったり、茶話の時に恥かかねぇようにしてるだけだ。
確かにお前は企業秘書だったらヤバいかもしれねぇけど、西門の秘書ならそのぐらいの脳天気がいいかもしれねぇぞ?」
「・・・・・・脳天気?」
「茶道は修行の世界だ。茶室に入ったら有りの儘の自然体で、なんて言うけどそれが出来るようになるのは相当先の事で俺にはまだ出来ない。やっぱり邪念は入るし、それを考えないように緊張する。そんな事ばっかりの毎日だから秘書まで堅物だったら息が詰まるだろ?」
「・・・確かに邪念の塊ですよね・・・」
「なんだと?」
「あはは!何でもありません!あっ・・・凄い巨乳の美人!」
「何処だ?」
「・・・・・・・・・プッ!」
「・・・はっ!お前・・・」
「あっははは!」
アホか冗談に乗ってやってんだよ!ホントにそんな女が入って来たら声なんて出さずに目だけでチェック出来るっての!
それなのに「全身邪念で出来てますよね、西門さんって!」って笑ってやがる。
そのパフェの最後を頬張った時、牧野の目が少し赤かった。
***********************
我儘言って喫茶店に寄ってもらったから本邸に戻ったのは薄暗くなってからだった。
勿論西門さんに運転してもらい、車の中では寝たフリ・・・ダメだなって思ったけど赤くなった目を見られたくなかったから。
そして駐車場に戻った途端に「今日はこれまで」って言葉が出て、私の掌には車の鍵・・・「屋敷を出る時には声掛けろ」って言って裏口を入って行った。
私は「お疲れ様でした!」とだけ答えてその後ろ姿を見届け、その次には自分の掌の鍵を見つめた。
『西門の秘書ならそのぐらいの脳天気がいいかもしれねぇぞ?』・・・あれ、慰めたつもりなのかな。
それとも自分が半強制的にここで働かせたから責任感じてるのかな。でも、やっぱりこの言葉も嬉しかった。
変な人・・・時々だけど私が喜ぶ言葉をくれる。
何考えてるか判らないけど、怒ってばかりだけど、たまに見せてくれる優しさは温かいんだなって・・・。
秘書控え室に戻ったら、私はその日の行動を日報に書くためにパソコンの画面に向き合った。でもキーボードに乗せた指が動かない。画面の『訪問先での打ち合わせ内容と特記事項』・・・ここに何処までを書くのかと考え始めたら、自分の勉強不足への指摘も入るのだろうかと・・・。
「・・・・・・・・・」
「どうしました?何か困った事でも起きましたか?」
「・・・あっ、いえ、何でもありません。どう書いていいのかなぁって悩んだだけで・・・ははは、文章力がないので・・・」
堤さんに声を掛けられて慌てて何かを打たなきゃ、って思うけど文章が纏まらない。
朝の工藤さんとの会話を書いて、出先での茶会も書けるけど美作さんの所で起きた事は記録に残さなくてはいけないのかしら・・・それを考えたら小百合さんに言われた言葉が蘇って来てどんより・・・。
でも西門さんに喫茶店で言われた言葉を思い出し、今度はそっちでドキドキ・・・ここからの日報が止まってしまう。
はぁ・・・って溜め息ついたら堤さんも自分の手を止めた。
「日報というのはきちんと業務をしたかの記録みたいなもので、移動先が判ればいいでしょう。企業と違って誰かがその日報をチェックするという事はありません。何か問題が起きた時に見返すぐらいのものです。
大事な会話は以前も話したように自分の手帳に記録するといいのですが、そこにも不要な文字は入れなくて結構です」
「不要な文字?」
「そう・・・業務に必要でなければ嫌な出来事の記録はしなくていいと言うことです。相手先からの嫌味や個人的攻撃などです。そんなものは総二郎様の耳に入れる必要はないし、自分が間違ってないと思えば牧野さんが悩まなくてもいいと言うことです」
「・・・聞いたんですか?(本人に言っちゃったけど)」
「聞かなくても判ります。言いませんでしたか?総二郎様について回るという事はそう言う事ですから」
私が間違っていなければ・・・うん、でも確かに足りない部分はあったかも。
それだけを反省して彼女の言葉は忘れてしまおう、そう決めたらパソコンには超簡単に記録を残した。
『訪問先は美作商事。用件は茶道部発足とその講師依頼』・・・よし、間違いではない。これだけを記録しておけばいいのね!
ふぅ!と大きく息を吐き、パソコンの電源を落とした。
そして手帳に簡単に今日のメモをして業務終了・・・鞄を持って帰り支度をした。
「あぁ、そうだった。忘れるところでした」
「はい?」
「牧野さん、車両通勤を始めるんですって?」
「あっ、そうなんですよ、ちょっと怖いんですけど・・・」
そう言うと堤さんの超クールな顔がピクッとした。
それにつられて私の口元もヒクッと・・・その次に何を言われるのかと、掌の中の鍵をギュッと握りしめた。
「運転技術に関する事は総二郎様から聞きました。一応西門では車両通勤の人達には保険を掛けています。ですから事務所に寄って西村さんに書類をもらって下さい。牧野さんにも任意で保険に入ってもらいますが、対人対物の無制限が条件です。
判っているでしょうがくれぐれも事故は起こさないように。落ち着いて慎重に運転して下さい・・・いいですね?」
「・・・はい」
「視界の総てに注意は必要ですがとにかく前を見て、ハンドルは両手で持ってシートベルトはしっかり締めて、余計な事は考えず、お喋りもせず歌も歌わずに丁寧な運転をして下さい。判りましたね?」
「・・・はい」
「当然ですが法定速度は厳守、道交法厳守、万が一の事故はどんな些細な自損事故も報告すること。渋滞に巻き込まれたら気持ちが焦ってしまうので早めの行動を心掛けて下さい。宜しいですね?」
「・・・はい」
何度繰り返して言えば気が済むの?
・・・って言うか、どんな説明したのよっ💢
さっき良い人だって思った自分が馬鹿だった!!
にほんブログ村
応援、宜しくお願い致します♡
「いや、構わねぇよ、時間あったから」
「それじゃ総二郎、また今度な!」
「あぁ、連絡待ってるわ、あきら」
「・・・・・・お世話になりました」
「「・・・・・・・・・」」
なんでそんなに落ち込んでんだ?
さっきまで超楽しそうだったのに、今度は猫背になって俯いて、蚊の鳴くような声で話す牧野・・・俺とあきらは訳が判らなくてお互いに目を合わせた。
エレベーターに乗っても1人だけ背中向けててあきらにも秘書にも挨拶なし・・・「おい!」って言ったけどあきらに「いいから帰れ」って言われて扉を閉めた。
「・・・・・・・・・・・・」
「おい、どう言う態度だ?あきらだからいいけど秘書の態度としては最悪だってのが判んねぇか?」
「・・・・・・申し訳ありません。判ってます・・・」
「じゃあなんでそうなる?お前さっきまでハイテンションだっただろうが!」
「・・・・・・・・・だって」
「は?聞こえない!なんだって!」
「なんにも出来ない素人が逆上せあがるなって言われたんですよ!調子に乗るなって・・・確かに何にも出来ないけどそんな言われ方、あんまりです!好きで秘書になった訳じゃないんだし、強制的に車の修理代稼げって脅されただけだもん!」
「・・・それもすげぇ言われ方だけどな・・・」
ははぁ、さっき2人で奥に入ったと思ったらそんな事を言われたのか。
そりゃ驚いたろうな・・・あきらの秘書は俺には関係ねぇんだから無害だと思ってただろうから。それなのにあきらに近寄るなって事か・・・くくっ、可哀想に。
エレベーターが1階に着いたらやっぱり俯いてどんよりしながら歩き、すれ違う連中をビビらせた。
そして車まで行ったら自分で運転する気はなくなったのか、鍵を開けたら俺より早く助手席に座った。
座ったら座ったで膝を抱えて踞り顔を隠す・・・もしかして泣いてるのかと肩に手を置こうとしたら、ムクッと起き上がって「甘いもの食べたいっ!」
・・・・・・肩の5㎝上で俺の手が止まった。
**
「しかし、よく俺の前で抹茶パフェってものを食うな・・・仮にも西門の秘書だぞ?お前・・・」
「あれ?秘書は抹茶パフェ食べちゃダメなんですか?」
豪勢な昼飯も食ったのに夕方になってのスィーツは抹茶パフェ。
それを美味そうに俺の前で食いやがって、さっきあきらの秘書に言われた言葉は半分ぐらい頭から消えたようだ。
フンフン♪と機嫌良くスプーンを口に運び「美味し~!」を連発。泣きそうだったくせにほっぺたを真っ赤にさせてあんこを口ん中に放り込んだ。
俺はさっきも飲んだのにここでも珈琲。
それをスマホ見ながら飲んでたら、目の前のヤツは笑顔が消えて溜息をつく・・・俺が少し手を動かしたらまた頑張って笑顔に戻した。
「ばーか!気にすんな。あきらと俺は仕事内容が違うんだから」
「・・・えっ?」
「美作は世界を相手にする商社だから秘書にもそれなりの知識と準備が必要だけど、俺は茶人・・・そんな小難しい情報なんて逆に必要ねぇ。色んな事を調べたり知ったりするのは客の立場や近況を知ったり、茶話の時に恥かかねぇようにしてるだけだ。
確かにお前は企業秘書だったらヤバいかもしれねぇけど、西門の秘書ならそのぐらいの脳天気がいいかもしれねぇぞ?」
「・・・・・・脳天気?」
「茶道は修行の世界だ。茶室に入ったら有りの儘の自然体で、なんて言うけどそれが出来るようになるのは相当先の事で俺にはまだ出来ない。やっぱり邪念は入るし、それを考えないように緊張する。そんな事ばっかりの毎日だから秘書まで堅物だったら息が詰まるだろ?」
「・・・確かに邪念の塊ですよね・・・」
「なんだと?」
「あはは!何でもありません!あっ・・・凄い巨乳の美人!」
「何処だ?」
「・・・・・・・・・プッ!」
「・・・はっ!お前・・・」
「あっははは!」
アホか冗談に乗ってやってんだよ!ホントにそんな女が入って来たら声なんて出さずに目だけでチェック出来るっての!
それなのに「全身邪念で出来てますよね、西門さんって!」って笑ってやがる。
そのパフェの最後を頬張った時、牧野の目が少し赤かった。
***********************
我儘言って喫茶店に寄ってもらったから本邸に戻ったのは薄暗くなってからだった。
勿論西門さんに運転してもらい、車の中では寝たフリ・・・ダメだなって思ったけど赤くなった目を見られたくなかったから。
そして駐車場に戻った途端に「今日はこれまで」って言葉が出て、私の掌には車の鍵・・・「屋敷を出る時には声掛けろ」って言って裏口を入って行った。
私は「お疲れ様でした!」とだけ答えてその後ろ姿を見届け、その次には自分の掌の鍵を見つめた。
『西門の秘書ならそのぐらいの脳天気がいいかもしれねぇぞ?』・・・あれ、慰めたつもりなのかな。
それとも自分が半強制的にここで働かせたから責任感じてるのかな。でも、やっぱりこの言葉も嬉しかった。
変な人・・・時々だけど私が喜ぶ言葉をくれる。
何考えてるか判らないけど、怒ってばかりだけど、たまに見せてくれる優しさは温かいんだなって・・・。
秘書控え室に戻ったら、私はその日の行動を日報に書くためにパソコンの画面に向き合った。でもキーボードに乗せた指が動かない。画面の『訪問先での打ち合わせ内容と特記事項』・・・ここに何処までを書くのかと考え始めたら、自分の勉強不足への指摘も入るのだろうかと・・・。
「・・・・・・・・・」
「どうしました?何か困った事でも起きましたか?」
「・・・あっ、いえ、何でもありません。どう書いていいのかなぁって悩んだだけで・・・ははは、文章力がないので・・・」
堤さんに声を掛けられて慌てて何かを打たなきゃ、って思うけど文章が纏まらない。
朝の工藤さんとの会話を書いて、出先での茶会も書けるけど美作さんの所で起きた事は記録に残さなくてはいけないのかしら・・・それを考えたら小百合さんに言われた言葉が蘇って来てどんより・・・。
でも西門さんに喫茶店で言われた言葉を思い出し、今度はそっちでドキドキ・・・ここからの日報が止まってしまう。
はぁ・・・って溜め息ついたら堤さんも自分の手を止めた。
「日報というのはきちんと業務をしたかの記録みたいなもので、移動先が判ればいいでしょう。企業と違って誰かがその日報をチェックするという事はありません。何か問題が起きた時に見返すぐらいのものです。
大事な会話は以前も話したように自分の手帳に記録するといいのですが、そこにも不要な文字は入れなくて結構です」
「不要な文字?」
「そう・・・業務に必要でなければ嫌な出来事の記録はしなくていいと言うことです。相手先からの嫌味や個人的攻撃などです。そんなものは総二郎様の耳に入れる必要はないし、自分が間違ってないと思えば牧野さんが悩まなくてもいいと言うことです」
「・・・聞いたんですか?(本人に言っちゃったけど)」
「聞かなくても判ります。言いませんでしたか?総二郎様について回るという事はそう言う事ですから」
私が間違っていなければ・・・うん、でも確かに足りない部分はあったかも。
それだけを反省して彼女の言葉は忘れてしまおう、そう決めたらパソコンには超簡単に記録を残した。
『訪問先は美作商事。用件は茶道部発足とその講師依頼』・・・よし、間違いではない。これだけを記録しておけばいいのね!
ふぅ!と大きく息を吐き、パソコンの電源を落とした。
そして手帳に簡単に今日のメモをして業務終了・・・鞄を持って帰り支度をした。
「あぁ、そうだった。忘れるところでした」
「はい?」
「牧野さん、車両通勤を始めるんですって?」
「あっ、そうなんですよ、ちょっと怖いんですけど・・・」
そう言うと堤さんの超クールな顔がピクッとした。
それにつられて私の口元もヒクッと・・・その次に何を言われるのかと、掌の中の鍵をギュッと握りしめた。
「運転技術に関する事は総二郎様から聞きました。一応西門では車両通勤の人達には保険を掛けています。ですから事務所に寄って西村さんに書類をもらって下さい。牧野さんにも任意で保険に入ってもらいますが、対人対物の無制限が条件です。
判っているでしょうがくれぐれも事故は起こさないように。落ち着いて慎重に運転して下さい・・・いいですね?」
「・・・はい」
「視界の総てに注意は必要ですがとにかく前を見て、ハンドルは両手で持ってシートベルトはしっかり締めて、余計な事は考えず、お喋りもせず歌も歌わずに丁寧な運転をして下さい。判りましたね?」
「・・・はい」
「当然ですが法定速度は厳守、道交法厳守、万が一の事故はどんな些細な自損事故も報告すること。渋滞に巻き込まれたら気持ちが焦ってしまうので早めの行動を心掛けて下さい。宜しいですね?」
「・・・はい」
何度繰り返して言えば気が済むの?
・・・って言うか、どんな説明したのよっ💢
さっき良い人だって思った自分が馬鹿だった!!
にほんブログ村
応援、宜しくお願い致します♡