Set in Motion・6
夏休みが終わって大学が始まった。
私は就職先を取り敢えず西門会館に変更して残りの大学生活を楽しむことにしていた。
マンションの事はやはりまだ友達には内緒。
春になったら西門家に出来る新しい離れに引っ越すって言ってたけど、ストーカーの森本君のことがあるからだとか。
「大学の中までは守ってやれないからとにかく気をつけろ」って言うのが西門さんからの言葉だったけど、私が適当に返事をしていたら「護衛を付けるぞ」とか言い出したから慌てて止めた。
「あのねぇ!護衛の人がいたら誰とも話せないじゃないの!」
「別にいいんじゃね?男避けにもなるし」
「こんな私に寄ってくるような物好きはいないわよ!」
「・・・俺は物好きか?」
そんな会話をしながら彼に渡しているのは今日も特製の味噌汁。
それを美味しそうに飲んでくれて朝ご飯は完食。家元夫人にもこれだけは喜ばれているらしい。
『毎朝ぼーっとしてたのに牧野さんのお味噌汁のおかげで午前中の仕事も捗ってるみたい!ほほほ、良かったわぁ!』
そう言われちゃサボれないからあれから毎朝鰹節を削る羽目になってるんだけど。
向かい合ってのご飯も10日目を過ぎた・・・恐ろしいのは2週間目の検査が終わってからだ。
あのお医者様の言葉は今でも彼を我慢させてるみたいだから。
私がいたゲストルームの荷物はさっさとマスタールームに移動させられて当然夜も同じベッド。でも、これまでと同じように抱き締めて胸を触ったりはするけどそこまで・・・まだ、私たちはそこ止まり。
お腹にある小さな傷跡を触っては「あと何日だ?」って何回聞かれたか・・・それを考えたら大学どころじゃないんだけど。
アルバイトも半分に減らされた。
あのT大付属病院に近かったコンビニは1番に辞めさせられて、朝の早いお弁当屋さんもダメだと言われ、カフェのウエイトレスと新しく西門の出入り業者の呉服屋さんで勉強も兼ねてアルバイトをする事になった。
そこでも西門流若宗匠の・・・ってことで入ってるから特別扱い。
アルバイトじゃなくてお客さんみたいに扱われるから困ってるんだけど。
「何もしなくていいので座っててください!」・・・そんなアルバイトってどうなの?お給料、受け取れないんだけどって西門さんに言ったら・・・
「楽でいいじゃん。染め物の種類や小物の名前とか覚えとけ。意外と難しいからいい勉強だ」
そう言って笑ってた。
「本当はバイトなんかさせたくねぇんだけど」
「それは嫌だ。自分のものぐらい自分で働いたお金で買いたい。食費が西門さんってだけで申し訳ないんだもん」
「男の仕事だから当然だろ?これが俺の働く意味になるんだから」
「・・・そ、そんなものなの?」
「春までだから仕方ねぇよ。卒業したらすぐにここも出るからな」
ホントに新婚さんみたいで恥ずかし過ぎる。
朝からずーっとドキドキしたままだから早死にするかも・・・なんて真剣に考えながら西門さんを送り出した。
**
その検査がある日、大学に行ったら2ヶ月ぶりにあう友達の顔があった。
「おはよう!つくし、久しぶりだね~!ちょっと痩せたんじゃない?元気だった?」
「あぁ、加奈子!うん、元気だよ。あはは!それがさ、盲腸で入院しちゃって!」
「はぁ?あんたが盲腸?もう大丈夫なの?」
「うん、今日病院で検査したら終わりだよ。せっかくの夏休みだったのにバイト、1週間も休んでピンチだよ~!」
仲良しの加奈子と久しぶりだからってお昼はカフェテリアで一緒に食べることにした。
加奈子はまだ就職が決まっていなくて焦り気味だった。
だから初めのうちはその話をずーっと聞かされて少々疲れた。
英徳大学の学生と言っても加奈子も私と一緒でお嬢様ってわけじゃない。外部からの編入生で一般家庭の子だったから口利きで入れるような会社はなく、自分で就職活動をしなくちゃいけなかった。
この状態で私が決まってた会社を辞めて西門会館に行くだなんてとても言えない・・・うんうんと頷いて加奈子の愚痴を聞くことに専念していた。
この状況で彼氏も出来ましたって言ったら殴られるかもしれない・・・そんなわけないんだけど言い出しにくくなったから、西門さんの事はしばらく話さないことにした。
その時、急に思い出したように話題を変えた。
「あっ!そうそう、あいつが来てたんだよ、大学に」
「誰よ、あいつって」
「森本君よ、森本哲也!あの下着泥棒で警察に捕まった森本君!」
「・・・えっ?」
「今日も誰かが見たって言ってたけど、この3日間毎日来てると思うよ。見なかった?」
「う、うん・・・私は見てないや」
ちょうど飲んでたカフェオレを溢しそうになった。
手に持ってたサンドイッチは下に落とすし、あんまりにも慌てたから加奈子に馬鹿にされ「なんで、あんたが動揺すんのよ!」って言われた時には危うく「被害者だよ!」って言いそうになった。
危ない危ない・・・。
「もう退学したはずなんだけどどうしたんだろうねぇ。つくしの事気に入ってたから見に来たのかな?」
「なによ、見に来たって・・・」
「だって、大学か自宅じゃないと会えないじゃん?退学したなら尚更会えないんだし、大学の方が会える確率が高いじゃん」
「ちゃんと断ってるんだからそんなわけないでしょ」
そうは言ったけど凄く嫌な予感がした。
まさか・・・まさかだよね?ここまで私を追いかけてきたってことはないよね?
背中がゾクッとする。
森本君が私のブラとパンツを持って逃げた時のあの顔が頭の中に蘇ってきて変な汗をかく。
西門さんに言った方がいいかなぁ・・・でも、仕事中だしね。今日は確か千葉の方で講演があるって言ってたから。
スマホの画面を見ながら『西門総二郎』の名前の上を指でなぞる。
通話ボタン、押しちゃ・・・ダメだよね?
「な~に?可愛い顔してたけど。彼氏でも出来たの?」
「はっ?いや、そんな事ないって!盲腸だったのに彼氏とか出来るわけないじゃん!」
「何言ってんの?2ヶ月間盲腸だったわけじゃないでしょうが!」
「・・・・・・」
この後も卒業後の事とか色々話して加奈子とは別れた。
「森本君が近寄って来ても話したりしちゃダメだよ?あの人、何考えてるかわかんない男だからね!」
「うん、気をつける。ありがと、加奈子」
「お人好しだから心配なんだよね~!つくし、すぐについて行きそうでさ」
「そんな事しないよ。じゃあ、またね~!」
この日の夕方、大学が終わったら急いでバスに乗って病院に向かった。
私はあれだけ西門さんに「大学の中までは守ってやれないからとにかく気をつけろ」って言われていたのに周りをよく見ていなかった。加奈子にもさっき言われたばかりで「気をつけるよ」なんて返事したばかりだったのに。
病院で言われる結果次第で・・・って、そっちのことばっかり考えていた。
帽子を目深に被った男の人が私のあとからバスに乗って、私と一緒にバスを降りたことなんか全然気が付いていなかった。
私は就職先を取り敢えず西門会館に変更して残りの大学生活を楽しむことにしていた。
マンションの事はやはりまだ友達には内緒。
春になったら西門家に出来る新しい離れに引っ越すって言ってたけど、ストーカーの森本君のことがあるからだとか。
「大学の中までは守ってやれないからとにかく気をつけろ」って言うのが西門さんからの言葉だったけど、私が適当に返事をしていたら「護衛を付けるぞ」とか言い出したから慌てて止めた。
「あのねぇ!護衛の人がいたら誰とも話せないじゃないの!」
「別にいいんじゃね?男避けにもなるし」
「こんな私に寄ってくるような物好きはいないわよ!」
「・・・俺は物好きか?」
そんな会話をしながら彼に渡しているのは今日も特製の味噌汁。
それを美味しそうに飲んでくれて朝ご飯は完食。家元夫人にもこれだけは喜ばれているらしい。
『毎朝ぼーっとしてたのに牧野さんのお味噌汁のおかげで午前中の仕事も捗ってるみたい!ほほほ、良かったわぁ!』
そう言われちゃサボれないからあれから毎朝鰹節を削る羽目になってるんだけど。
向かい合ってのご飯も10日目を過ぎた・・・恐ろしいのは2週間目の検査が終わってからだ。
あのお医者様の言葉は今でも彼を我慢させてるみたいだから。
私がいたゲストルームの荷物はさっさとマスタールームに移動させられて当然夜も同じベッド。でも、これまでと同じように抱き締めて胸を触ったりはするけどそこまで・・・まだ、私たちはそこ止まり。
お腹にある小さな傷跡を触っては「あと何日だ?」って何回聞かれたか・・・それを考えたら大学どころじゃないんだけど。
アルバイトも半分に減らされた。
あのT大付属病院に近かったコンビニは1番に辞めさせられて、朝の早いお弁当屋さんもダメだと言われ、カフェのウエイトレスと新しく西門の出入り業者の呉服屋さんで勉強も兼ねてアルバイトをする事になった。
そこでも西門流若宗匠の・・・ってことで入ってるから特別扱い。
アルバイトじゃなくてお客さんみたいに扱われるから困ってるんだけど。
「何もしなくていいので座っててください!」・・・そんなアルバイトってどうなの?お給料、受け取れないんだけどって西門さんに言ったら・・・
「楽でいいじゃん。染め物の種類や小物の名前とか覚えとけ。意外と難しいからいい勉強だ」
そう言って笑ってた。
「本当はバイトなんかさせたくねぇんだけど」
「それは嫌だ。自分のものぐらい自分で働いたお金で買いたい。食費が西門さんってだけで申し訳ないんだもん」
「男の仕事だから当然だろ?これが俺の働く意味になるんだから」
「・・・そ、そんなものなの?」
「春までだから仕方ねぇよ。卒業したらすぐにここも出るからな」
ホントに新婚さんみたいで恥ずかし過ぎる。
朝からずーっとドキドキしたままだから早死にするかも・・・なんて真剣に考えながら西門さんを送り出した。
**
その検査がある日、大学に行ったら2ヶ月ぶりにあう友達の顔があった。
「おはよう!つくし、久しぶりだね~!ちょっと痩せたんじゃない?元気だった?」
「あぁ、加奈子!うん、元気だよ。あはは!それがさ、盲腸で入院しちゃって!」
「はぁ?あんたが盲腸?もう大丈夫なの?」
「うん、今日病院で検査したら終わりだよ。せっかくの夏休みだったのにバイト、1週間も休んでピンチだよ~!」
仲良しの加奈子と久しぶりだからってお昼はカフェテリアで一緒に食べることにした。
加奈子はまだ就職が決まっていなくて焦り気味だった。
だから初めのうちはその話をずーっと聞かされて少々疲れた。
英徳大学の学生と言っても加奈子も私と一緒でお嬢様ってわけじゃない。外部からの編入生で一般家庭の子だったから口利きで入れるような会社はなく、自分で就職活動をしなくちゃいけなかった。
この状態で私が決まってた会社を辞めて西門会館に行くだなんてとても言えない・・・うんうんと頷いて加奈子の愚痴を聞くことに専念していた。
この状況で彼氏も出来ましたって言ったら殴られるかもしれない・・・そんなわけないんだけど言い出しにくくなったから、西門さんの事はしばらく話さないことにした。
その時、急に思い出したように話題を変えた。
「あっ!そうそう、あいつが来てたんだよ、大学に」
「誰よ、あいつって」
「森本君よ、森本哲也!あの下着泥棒で警察に捕まった森本君!」
「・・・えっ?」
「今日も誰かが見たって言ってたけど、この3日間毎日来てると思うよ。見なかった?」
「う、うん・・・私は見てないや」
ちょうど飲んでたカフェオレを溢しそうになった。
手に持ってたサンドイッチは下に落とすし、あんまりにも慌てたから加奈子に馬鹿にされ「なんで、あんたが動揺すんのよ!」って言われた時には危うく「被害者だよ!」って言いそうになった。
危ない危ない・・・。
「もう退学したはずなんだけどどうしたんだろうねぇ。つくしの事気に入ってたから見に来たのかな?」
「なによ、見に来たって・・・」
「だって、大学か自宅じゃないと会えないじゃん?退学したなら尚更会えないんだし、大学の方が会える確率が高いじゃん」
「ちゃんと断ってるんだからそんなわけないでしょ」
そうは言ったけど凄く嫌な予感がした。
まさか・・・まさかだよね?ここまで私を追いかけてきたってことはないよね?
背中がゾクッとする。
森本君が私のブラとパンツを持って逃げた時のあの顔が頭の中に蘇ってきて変な汗をかく。
西門さんに言った方がいいかなぁ・・・でも、仕事中だしね。今日は確か千葉の方で講演があるって言ってたから。
スマホの画面を見ながら『西門総二郎』の名前の上を指でなぞる。
通話ボタン、押しちゃ・・・ダメだよね?
「な~に?可愛い顔してたけど。彼氏でも出来たの?」
「はっ?いや、そんな事ないって!盲腸だったのに彼氏とか出来るわけないじゃん!」
「何言ってんの?2ヶ月間盲腸だったわけじゃないでしょうが!」
「・・・・・・」
この後も卒業後の事とか色々話して加奈子とは別れた。
「森本君が近寄って来ても話したりしちゃダメだよ?あの人、何考えてるかわかんない男だからね!」
「うん、気をつける。ありがと、加奈子」
「お人好しだから心配なんだよね~!つくし、すぐについて行きそうでさ」
「そんな事しないよ。じゃあ、またね~!」
この日の夕方、大学が終わったら急いでバスに乗って病院に向かった。
私はあれだけ西門さんに「大学の中までは守ってやれないからとにかく気をつけろ」って言われていたのに周りをよく見ていなかった。加奈子にもさっき言われたばかりで「気をつけるよ」なんて返事したばかりだったのに。
病院で言われる結果次第で・・・って、そっちのことばっかり考えていた。
帽子を目深に被った男の人が私のあとからバスに乗って、私と一緒にバスを降りたことなんか全然気が付いていなかった。