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plumeria

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数年前の蒼と同じく、花衣と蓮も本邸の前で茫然と立っていた。
自分の住んでる家でもあの土地では大きな方だったのにここ本邸とは比べものにならない。ここが俺の実家だと言ってもピンとこないのだろう。個人宅ではなく、何かの会場だと思っているのかもしれない、そんな顔をしていて笑えた。

「ほら、こっちだよ。花衣、ついておいで」
「お兄ちゃん、来たことあるの?いつ?」

「小学校に上がる前。2人は留守番してたからね」

蒼は兄貴面して花衣の手を持って、俺の後について中に入って行った。つくしは蓮の手を引き一番最後に入ってくる。
いつものように弟子が勢揃いして正面玄関で俺達を出迎えたが、やはり今回も志乃さんが一番前で待っていてくれた。

「お帰りなさいませ、総二郎様、つくしちゃん・・・あら!今でもそう呼んでいいのかしら?」
「ご無沙汰しております。志乃さん、私はいつまでもその呼び方がいいです。ふふっ!嬉しいわ」

「ちゃんって歳か?」って言ったら「童顔だから!」って言い返しやがった。


「志乃さん、紹介するよ。長女の花衣(かえ)と下の蓮。7歳と4歳なんだ。どっちもつくしに似て暴れん坊なんだぜ?」

「あらあら、そうなんですか?元気のいい事が一番ですわ。初めまして・・・花衣様、蓮様、ようこそいらっしゃいました。遠くて疲れたでしょう?蒼様もお久しぶりですね。すっかりいいお兄様ですこと!お顔つきがしっかりとしてきましたわねぇ」

「こんにちは、志乃さん」
「こんにちは・・・えっと、しのさん?」
「・・・こんにちは。し、しのさん・・・」

流石に蒼は茶道を始めてからは落ち着いているが、2人は何が起きたかわかってないから挨拶どころか家の中を見回す方が忙しいらしい。それを俺達ではなく蒼が叱っていたのにも笑った。

そして蒼の時と同じく3人を連れて家元夫妻の部屋に行き、あの時と同じく2人を紹介し挨拶をさせた。
家元達は更に歳をとっているせいかどんどん穏やかな顔つきになっていて、3人の孫を交互に見ながら嬉しそうに笑っていた。

祥兄の所には2人目の女の子が産まれていて華菜(はな)と名付けられていた。もうすぐ3歳、上の新菜は8歳になっていた。
その日の夕食は久しぶりの大人数で賑やかだった。だが子供が5人・・・これだけ集まれば煩すぎて酒は美味くなかった。


「どうだ、総二郎。蒼は何か言ってたか?」
「いや、別に何も言わねぇよ。ただ稽古は必死だな・・・根性だけはあるみたいだ。この茶会の後、蒼に聞こうと思うよ」

「そうか。何度も言うが蒼の気持ちが一番だ。俺は無理強いだけはしたくない。押しつけられる事ほど悲劇はないからな」
「あぁ、わかってるって。明日は茶室に入れようと思う。茶懐石は無理だろうから後座の方だけな。後で家元の許可をもらうよ」

桜の茶会・・・野点の前の正式な茶事に蒼を立ち会わせる。

蒼がこの空気をどう感じるか、それでこいつに決めさせよう。
つくしとも北海道を出る前にそう話してきたんだ。今更引き留めやしない・・・俺は自分の子供を信じる。
もし、蒼がここに残ると言っても反対しない。

蒼が稽古を始めてから呪文のように繰り返してきた言葉だった。


********


西門に来てから2日目、家元夫人と志乃さんが子供達の着物の着付けに部屋まで来てくれた。
あの時のように3人に話しかけながら楽しそうに着せていく。やはり今回も着物は新調して下さったみたいで、とても奇麗なものだった。特に花衣はピンク色の桜模様の着物に喜んで鏡の前から離れようとしない。
それを蒼に叱られて泣き出した。

「うわーーん!お母さん、お兄ちゃんが怒るーっ!」
「花衣が鏡を独り占めするからだろう!こういうものは自分だけで使わないで交代するもんだよ!僕は悪いことは言ってないからな!」

「こら、2人とも静かにしなさい!ここを何処だと思ってるの?本邸の中ですよ?もしかしたらお客様がいるかのしれないのに・・・」

私はこの家で小さいときから声を出して泣くことは耐えてきたから花衣の泣き声にはびっくりした。家元夫人が怒るんじゃないかと思って。この人から叱られでもしたら自分の方が苦しくなりそうで慌てて花衣を抱き締めた。

「あらあら、つくしちゃん、そんなに怒らなくてもまだお客様は来てないわ。そうね・・・志乃さん、もう1台姿見をここに持ってこさせて?1つしかないからいけないのよ。そうしたらいいでしょう?」

「は?本当に申し訳ありません!家元夫人・・・」
「昔から変わらないのねぇ!つくしちゃん、そろそろお母さんでもよくってよ?」

「えっ!と、とんでもありません!あ、あのそれはまだ・・・無理かと」

家元夫人はクスクス笑って「そのうちそう呼んでね」なんて言って志乃さんと一緒に部屋を出ていった。


10年、経ったんだなぁ・・・って思った。


自分で着物を整えてる蒼、蓮の髪を整えてやってる花衣、初めての正装に窮屈そうな蓮・・・みんな私の宝物だ。
私と総二郎の・・・希望の光だ。


しばらくしたら総二郎が部屋にやってきた。今日も真新しい着物を着て、何歳になっても格好良くて腹が立つ!
そして私も何年経ってもこの姿を見て赤くなってしまう。

「なんだよ、今更見とれなくてもよくね?」
「バ、バカじゃないの?子供達の前で恥ずかしい!早く行きなさいよ!亭主、務めるんでしょ?」

「まぁな!お前こそ子供達の前で怒ってんじゃねぇよ」

総二郎はそう言って私を抱き締めてキスをした!もちろん軽めのヤツだけど、なにも本気ですることないのに!ほっぺたでもおでこでも良くない?どうしてこんな時に唇にするのよっ!
花衣は着物の袖で顔を隠して蓮は大笑い!蒼は・・・すごく冷めた顔で私たちを見ていた。

「何すんのよ!こ、子供達がこんな目の前にいるのにっ!」
「・・・仕方ねぇだろ?純粋な愛情表現だ」

「いいよ。僕、見慣れてるから。いつもじゃん、お父さんがお母さんに抱き付くの。それこそ今更だよ」

それを聞いて総二郎がニヤって笑った。心の中で「流石、俺の息子!」とか思ってるんでしょうね!
そっくりな顔の2人・・・どうか蒼が総二郎のようになりませんように!って祈らずにはいられなかった。


「じゃあ、行くか。蒼、お前は今日俺の茶席に入れ。子供が入るのは特例だ。場の邪魔をしないように、作法は教えたとおりに。これは稽古ではなく”もてなしの場”だ。その目でよく見て身体全体で感じ取れ」

「はい、わかりました」


急に蒼が総二郎の弟子になった。

この後総二郎の後に並んで本邸の茶室の方に向かう。この時の蒼の後ろ姿を私は一生忘れないだろう。


”総ちゃん”と同じ道を歩いて行く・・・私の蒼の姿を。


*******


すでに俺の茶席の客は待合に入っている。
この時は半東が客の相手をしてくれているから亭主である俺がする仕事を蒼に見せた。すべては自分でタイミングを計り、客の動きと自分の動きが噛み合わなくてはならない。
少しでもズレるとその場の雰囲気を崩してしまう。

蹲踞(つくばい)を清め、迎付に出る。この時がこの茶席の客との初めての対面となり、無言で総礼を行うのが通例だ。
今回の俺の申し出を快く引き受けてくれたのは正客である九条前会長。詰には婦人会の会長が入っていた。

静かにお互いが頭を下げる中、蒼も俺に合わせて礼をする。
顔を上げたら九条前会長が嬉しそうに蒼のことを見ていた。


客達は席入りし、俺達は一度下がる。

「蒼、この後の茶懐石はまだ控えていなさい。時間も長いしお前にはまだ全部教えていないからな。後座の濃茶薄茶に立ち会わせる。いいな」
「はい。宜しくお願いします」


そして茶懐石が終り中立になると蒼を呼んで茶席の後座準備を手伝わせた。
掛け軸を巻き上げさせて花を生けさせ、釜に蓋をしてから座席を掃き清める。点前座に水差しを置き茶入を整え、再び客を招く。

客が揃い、俺が蒼を伴って入ると全員の顔が緩んだ。
後座は簾を上げて室内を明るくするから余計に場が和む気がする。

濃茶が進むまでは誰も言葉を出さないから静かにその時間が流るはず。なのに、蒼が俺の手元を稽古の時のように見つめていたのだろう、九条前会長がクスクス笑って「お気を楽になさい」と声を掛け、慌てて下を向いた。

まぁ、これも仕方にないことだ。俺も何もいわずに茶を点てて客に差し出す。
正客の九条前会長が飲み、次席に回すとようやくここで会話が始まった。

「良い目をお持ちのご子息ですな・・・先が楽しみでしょう?総二郎さん」
「恐れ入ります。稽古を始めましたのが遅いものですからまだまだ・・・向こうでは伸び伸びとさせておりましたので」

「それが良いのですよ。自然を感じる心は必要です。いいものを見極める心はそういう時に育つもの・・・間違ってはおられませんよ。お名前は・・・なんでしたかな?」

九条前会長は蒼に向かって話しかけ、この時には詰が吸い切りを終えていたので全員が蒼を見つめた。
俺が蒼を見て軽く頷くと、両手をついて挨拶をした。

「初めてお目にかかります、西門 蒼と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

「よいお返事です。それに綺麗なお声と気品のある立ち居振る舞いはお父上のお若いときとそっくりです。これからもしっかりとお稽古をして、この西門を守っておいきなさいよ、蒼さん」

「はい。父のようになれるよう今後も努力したいと思います」


今日は花の話も茶の話もなかったな。
こんな茶席は初めてだ。この俺の茶に対して誰からの言葉もないだなんて・・・まぁ、これもいいか。


後座も終り退席となり、本来はここで別れるのだが今日は蒼と一緒に見送りをした。


茶室の前に咲く桜の木からほんの少し花びらが舞う。
九条前会長がその小さな腰を曲げて蒼の頭を撫ででくれた。


「あなたの将来を楽しみにしております。いい茶人におなりなさいよ」
「はい。ありがとうございます」


蒼の将来・・・か。
この2人の姿を俺は一生忘れないだろうな。




1sakura2.jpg





お茶の用語は難しいですよね。
1yjimage3.jpg
これが蹲踞(つくばい)です。

待合・・・茶席に入る前にお客様が入る控え室のようなもの。
正客・・・客の中で一番上の人。基本この人しか言葉を出しません。
詰・・・・・・最後のお客様。色んなお役目があるので大事なんだそうです。
中立・・・茶懐石と濃茶の間。休憩時間のような感じですが亭主は大忙しです。
吸い切り・・・ズッと音をたてて茶を飲みきったことを示すサイン。詰のお仕事です。

簡単ですがご説明まで。
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2018/02/27 (Tue) 12:46 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様・・・今晩は!

いやいや、いくら祥兄ちゃんでもそんな器用なことしませんって!(笑)
方法はあるみたいですけどねぇ。
日にちじゃなくて女性側の身体を酸性にするかどうかって話じゃなかったっけ?

理科の実験みたいだ(笑)

男が1人の方が良くないですか?
本邸では蒼君の取り合いで大変っ!それなのに女に興味のない蒼君・・・「みんな、どうしたの?」みたいな(笑)
ここが総ちゃんとは違うとこなんですよ。

実は・・・類の・・・だったらびっくりですけどね!あははっ!
(笑い事じゃねぇよ!by総二郎)

2018/02/27 (Tue) 20:15 | EDIT | REPLY |   

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