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plumeria

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食事が終わった後、2階の鍵を受け取って店の外から階段を上がって教室に向かった。

部屋の鍵を開けて中に入るとここにもピアノが置いてあり、その隣にはヴァイオリンの保管庫がある。
そこまで重厚なものではないけどその保管庫の扉に鍵を差し込んで開けると、目の前にケースに入れられたヴァイオリンが2挺(ちょう)並んでいた。

「今日は・・・やっぱりお婆さまのかな。朝、夢にも出てくれたしね・・・」

そう思って出したのはお婆さまが使っていた方のストラディヴァリウス。

ドイツのメーカーで作らせた特注の革製ケースに手をかけた。内装はビロード調の生地で断熱性と気密性に優れたもの。
お爺さまの使っていたものと揃いで頼んだらしく、こっちは外がブラックで中が深紅、お爺さまのは外がブラウンで中がグリーン・・・仲が良かった2人が嬉しそうに注文する顔が目に浮かぶようだった。

それを手に持ち、楽譜なんてものは見ずに、朝、お婆さまが言ってた「トロイメライ」を弾き始めた。


夢で聞いた音・・・それを耳で感じながら、お婆さまの笑顔を思い出しながら弾いていた。


弾き終えたとき、後ろから小さな拍手が聞こえて、振り向いたら橋本さんが上がってきていた。

「お店は?まだ営業時間でしょ?」
「いいんだよ。誰もいなくなったから少し聞きに来たんだ。リクエストしてもいいかな?」

「くすっ・・・弾けるものかな。何?」
「サン=サーンスの白鳥・・・沙耶香が好きだったから」

「ん、弾けると思うよ」

サン=サーンスの”白鳥”元々はチェロで弾かれる曲だけど今ではヴァイオリンで主に弾かれている美しい曲。少し悲しそうな旋律、それでいて上品で緩やかな曲。
それを橋本さんは目を閉じたまま聞いていた。

もしかしたら沙耶香さんが弾くピアノで、昔一緒に弾いた思い出でもあるんだろうか・・・切なそうにな表情は苦しそうにも見えたけど、弾き終わったらまた笑顔を見せてくれた。

「流石だね、類君。勿体ないなぁ・・・オーディション、受けてみればいいのに」
「それは考えてないよ。考えられない・・・考えちゃいけないことだから」

「・・・事情はあるんだろうけどね。こんなところで弾くだけじゃ勿体ないような気がして・・・惜しいなぁ」

「俺ね、誰でもいいからその人の為に弾いていけたらいいんだ。だけど今はそんな人がいないだけ。どう思う?出会えるかな・・・俺のヴァイオリンの音を愛してくれる人。聞いてくれる人は沢山いると思うけど、俺が弾いてあげたいって思える人。
心から愛せる人って・・・出会えるかな」


「出会えるさ。類君がちゃんと心を開いて向き合える人。君の未来を照らしてくれる人が、いつかきっと・・・ね」

「そう?くすっ・・・ありがと」


思わず出た本音に自分で苦笑いだ。
そのつい話してしまった本音のついでに橋本さんに聞いて欲しくなったんだ。

「ね・・・少し話してもいい?古い話なんだけど」
「あぁ、構わないよ。下に行く?ここがいい?」


「ここで・・・このヴァイオリンのことだから・・・」


*************


『類・・・これはお爺さまが愛用していたヴァイオリンだけどあなたにあげるわ。弾いてみない?』
『お爺さま?3年前に亡くなられたお爺さまの?大事なものではないのですか?』

『ほほ・・・すごく大事なものだから、私の大事な類にこれを持っていて欲しいの。まだあなたには大きいからもう少し大きくなったら是非これで演奏を・・・私の夢なんだけどどうかしら?私にも一緒に作ったヴァイオリンがあるの。いつか協奏したいわねぇ』

『ありがとう、お婆さま。じゃあ上手に弾けるようになったらご一緒に』


深いブラウンが光を受けて金色に輝いてるのかと思うぐらい、美しい曲線を持ったお爺さまのストラディバリウス。
小さい頃、先に他界していたお爺さまのこのヴァイオリンを譲り受けたときから、俺の中でその楽器は切り離せないものになっていた。

俺には大きかったヴァイオリンだけど弾かなきゃヴァイオリンそのものが死んでしまうからって、お婆さまがそれを弾きながら俺に弾き方を教えてくれた。俺には子供用のヴァイオリンを買ってくれて。

すぐには音が出せなかったけど、お婆さまの出す音色に憧れて必死になって練習して、小学部高学年の頃にはそこそこの曲は弾けるぐらいになった。

『類にはヴァイオリンの素質があるのねぇ!まさかこんなに上手になるとは思わなかったわ』
『お婆さまの教え方が上手なんでしょう。わかりやすいし、お手本が素敵ですから』

『ほほほ・・・嬉しいわ。でも、趣味で留めなくてはならないことが残念ね・・・仕方ないわ。あなたは花沢の跡取りですものね』


お婆さまは父さんの実の親なのに那須にある別荘に数人の使用人と住んでいて、毎月一度は東京の花沢邸に足を運んで俺にヴァイオリンを教えてくれた。あとは週に2度、お婆さまが頼んだ先生が来てくれていた。
中等部の頃にはもう教えると言うよりは聞くだけになっていたけど、たまには自分でもヴァイオリンを弾いて、協奏しては楽しんでいた。
たまには俺がお婆さまのヴァイオリンを、そしてお婆さまはお爺さまの形見のヴァイオリンを手に持って・・・。


だけど父さんは俺がヴァイオリンを弾くことを快く思わなかった。だからお婆さまが来ると露骨に嫌な顔を見せて姿を消した。
会社経営に音楽は不要・・・趣味程度で抑えられるならいいと思ったんだろうが、俺が本気になりかけたからヴァイオリンを取り上げようとしたのが高等部に入った頃だった。

『類!いい加減にしないか!そんなものは余程暇があるときに遊びで弾けばいいものだろう!毎日のように弾くな、耳障りだ!』
『・・・止める気などありません。勉強はしているでしょう?成績の確認がしたかったらすればいい・・・恥ずかしい成績ではありませんよ』

『学校の成績よりも会社の実務にそろそろ興味を持て!あと数年で花沢に入るんだから覚えなければならないことも山ほどあるんだ。ヴァイオリンをこちらに渡しなさい。それはストラディヴァリウスで数億するもの・・・捨てはしないが私が預かる!』
『お断りします。これは誰にも触れさせない・・・たとえ父さんでも渡すことは出来ません』

『類・・・!』


頑なに拒否した俺に腹を立てて、このあと父さんはお婆さまに花沢への出入りを禁じた。ヴァイオリンの先生も断わった。
電話で何度も俺に謝るお婆さまに「俺の一番の理解者はお婆さまですよ」と、言うことしか出来なかった。

『私があなたにヴァイオリンなど譲ったから・・・あなたに興味を持たせて夢中にさせて、それなのに手放さなくてはならないなんて。わざわざ類に辛い思いをさせたようなものね・・・』
『そんなことはありません・・・出会ってよかったって思っています。ヴァイオリンは俺の一生の友だちですからね。それを教えてくれたお婆さまには感謝しています。いつかまた弾いてあげますよ。お婆さまの好きな曲・・・待ってて下さい』


そう約束したのに・・・最愛のお婆さまは2年前、病気でこの世を去った。
数年前から身体を蝕んでいた病魔が、悲しみに沈んでいたお婆さまに一気に襲いかかったんだ。

優しそうな顔で棺の中で眠るお婆さまに、俺は一番初めに買ってもらったヴァイオリンを持たせてあげた。
小さくなってしまったお婆さまにはちょうどいいような大きさの子供用のヴァイオリン・・・あっという間に花に埋もれてしまったけど、どうかそれを弾いていて・・・そう思いながらお婆さまを見送った。



その数日後、俺の手元に那須の別荘から1つの鍵が送られてきた。銀行の貸金庫の鍵・・・。

俺にこの中のものを渡して欲しいと・・・手元に置いて欲しいと遺言のように手紙が残されていたからと。

いつかこういう日が来ると思っていたのか貸金庫の利用者はお婆さまだったけど、予め俺を代理人登録されていてすんなりその金庫の中のものは俺の前に現われた。
お婆さまのヴァイオリンがケースに入れられてそこで眠っていたんだ。

俺はそのヴァイオリンを抱きしめて涙を溢した・・・こんなもの、流れることなんてないと思っていたのに。


2挺のストラディヴァリウス・・・それが俺の部屋のクローゼットにはあるけど誰にも見つかってはいけない。
誰にも渡せない。だけど手元に置いて欲しいと言われたものをもう一度貸金庫に入れることも出来ないし、弾かなくては死んでしまう、そうお婆さまがいった言葉が頭から離れなかった。


**************


「そんな時にここを見つけたんだよ。橋本さん・・・あなたに出会ったんだ」

「そう・・・それで、こんな高級なヴァイオリンがここに2挺もあるわけなんだね。そんなに大事なものを預かっていたとはねぇ」
「ごめんね、負担だよね」

橋本さんは「いいや」と首を振った。
そしてすぐ側のピアノに目をやって、そのピアノの上にも飾ってある沙耶香さんの写真を見ていた。

「愛されてる楽器は幸せ者だね。今度からもう少し違う気持ちで類君のヴァイオリンを聞くことが出来そうだ」
「自己流になってるけどね」


いい時間になったからヴァイオリンをケースにしまって、また保管庫のもう1挺の隣に置いて鍵をかける。

この部屋を出るときにはいつも2人に見送られてるような気がしていた。



violins-2256763__340.jpg
難しいのですがヴァイオリンは個別で数えるときは、挺(ちょう)
オーケストラなどで数えるときは、本
演奏の中では、つ(2つのヴァイオリンなど)

と、数えるそうです。
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2018/04/26 (Thu) 11:51 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんにちは。

あはは!ないない!そんなもの!
私はエレクトーンだったんですよ。アパートでピアノが置けなくて、エレクトーン習ってました。
で、弦楽器は全然ダメなんです。

中学校の時、音楽の授業でギターがあったんですが全然弦を押さえられなくて弾けなくて。
とうとう先生が「机の上に置いていいから・・・」って言ったんで、ギターを琴みたいに机において弾こうとしたぐらいです。
え?弾けたか?・・・弾けなかったけどなにか?(笑)

ただ、演奏会は大好きで良く行くんです。
私が好きなのは打楽器とコントラバス(笑)

コントラバスの人をじーっと見るのが好きです。
1度、打楽器の人がシンバル?あれを落とした時は笑ってしまった!

サンサーンスの白鳥・・・これ好きなのよ。
この曲でこの話を締めくくりたい・・・いつになるのかわかんないけど。

ハープって・・・教室有るの?
その方、どうやって習得したんだろう。そこ、気になる・・・。

2018/04/26 (Thu) 12:09 | EDIT | REPLY |   

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