喧嘩するほど仲がいい?(53)
「ぶっ!」
思わず吹き出して慌ててハンカチで自分の口元を拭いた。ここで動じないのは流石に大人・・・むしろニヤニヤ笑われた。
「は?西門さんの事ですか?あの・・・どう思ってるかって、私がですか?あの人を?」
何となく色とか食べ物は聞いてこないと思ったけどまさか一番初めの質問が「西門さんをどう思うか」だとは思わなかったから瞬間頭が真っ白になった。
「総二郎が少し変わったって聞いたからさ。あいつを変える事なんて今まで誰も出来なかったのにさ。もしかしたら君が原因なのかと思ったんだけど・・・違うの?」
「私のせいで?そんな事はないですよ。私と西門さん、仲・・・悪いとは言いませんけどいい方じゃないと思います。喧嘩ばっかりですから!それに私、彼を今までに2回本気で殴って1回肘打ちして、数回蹴ろうとしていますから!」
「総二郎を殴ったの?で、あいつ、それでも牧野さんを西門に置いてるの?」
「いえ・・・あの、隼人さんに出会ったのが2回目に殴ったあとで、そのまま解雇だって怒鳴られて帰ろうとして迷子・・・その時だったんですよ。でも、家元夫人に引き留められてそのまま継続になりました。不思議でしょう?」
こんな話をしていたら少しだけお料理が来てテーブルに並べられた。
やっぱり大きなお皿にチョコンとのせられててとっても可愛いサイズのものだ。「どうぞ、食べながら話そうか」なんてニコッとしてくれるから遠慮なく手が伸びた。
美作さんの時は胸が一杯で食べられなかったのに今日は物足りないぐらい。食べ始めたらフォークがどんどん動いちゃう。
隼人さんは格好良くて大人で素敵・・・もちろん、目が合えばドキドキする。でも心の中が熱くならないからなのかな。
これは恋じゃない・・・自分の中でそれだけははっきりわかってるから?
「美味しそうに食べるんだね。お腹空いてたの?」
「はい!今日は朝からぼーっとしてお料理サボったからほとんど食べてませんでした。恥ずかしいけど」
「普段は自炊?総二郎、誘ってくれないの?」
「・・・そうですね。食事に誘われた事はないですね。でも、最近まで一緒にお昼ご飯を西門でいただいてました。家元夫人と一緒に」
「え?叔母様も一緒に?総二郎と?」
「はい!お昼になったら自分で作ったおにぎり持って行くと、おかずが並べられてるんです。可笑しいでしょ?」
「可笑しいって言うか・・・それって」
「でも、止めたんです。そういう事、もうしちゃいけないって思ったから」
パクンと口にローストビーフなんてものを放り込んでニコッと笑いながら、頭の中ではまた西門さんとお嬢様の抱き合う姿が浮かんできた。それをかき消すようにもう一回思いっきりお肉にフォークを刺して口に入れる。
そんな私を面白そうにみる隼人さんに気が付かなかったけど。
「どうしていけないって思ったの?何かあった?」
「・・・あぁ、西門さん、いいお話が纏まるんだと思います。私が邪魔しちゃいけないでしょう?」
「邪魔?どうして邪魔?」
「どうして・・・?さぁ、わかんないです。周りをうろうろしちゃ勘違いされるから・・・かな」
「勘違いされるほど仲がいいの?」
「だから!仲なんて良くないですよ。喧嘩ばっかりだって言ったでしょ?」
「ふぅん・・・」
その誘導尋問みたいなの、やめて欲しいわ・・・つい、うっかりヤバいことが口から出そう。その後は西門さんの話から無理矢理話題を変えて、仕事の話やお酒の話、最近行ったっていう外国の話なんかを聞いたけどさっぱりわかんなかった。
ううん、わかろうとしなかったのかも知れない。返事はすべて適当・・・。だから言ったのに・・・私と飲んでも面白くないって。
そして食事が終わって、この前みたいにお酒の時間。
テーブルにはお洒落なおつまみとカクテルが出された。
今日のカクテルはモスコミュールって言う名前らしい。ウォッカにジンジャーエールとライムジュースを合わせたもので女性には人気なんだとか。
甘すぎると飲み過ぎるからって頼んで作ったもらったものだ。隼人さんが飲んでいるのはホワイトレディという強めのカクテル。
そしてまた西門さんの話に戻された。
「しかし・・・総二郎とそうやって話せるって凄いな。あいつ・・・絶対に気を許してない相手に本心なんて見せないだろ?」
「・・・出会い方が悪かったから女だと思ってないんですよ。きっと・・・」
「でも、感情出すんだろ?牧野さんの前では」
「すごいですよ?毎日怒鳴ってます。でも、たまに心配そうに見てるかも。信用してないんでしょうね」
「・・・呼吸してるんだね。」
「一応生きてますからね」
ぷっ!と笑われたけど、別に間違ったことは言ってないし。生きてるんだから呼吸はしてるでしょ。息苦しそうかどうかって言われれば、私の前では自然体で大欠伸できるぐらいだから楽なんでしょうけど。
「総二郎見てドキドキしないの?普通の子はそうだよ?あいつに良く思われようとして飾って微笑んで照れて・・・少しでも可愛く見せようとすると思うんだけど」
「・・・ドキドキはしますよ。格好だけはいいんだもの。あんな人、見たことないですから。あんな綺麗な指の人、あんな綺麗な髪の人・・・男の人じゃないみたいな目も、いつもつけてるフレグランスにもドキドキはします。つい見ちゃいますし、いなくなったら探します」
くいっとカクテルを飲んだら喉の奥が熱くなった。やだ・・・なんだか目の奥も熱くなってきたみたい。
もう一回口にカクテルを運んだらグラスが空いたから、同じものを頼んだ。
「今日のスケジュールはなんだったっけ?って・・・朝一番に確認します。外出の時はホッとします」
「ホッとするの?」
「はい。だって、探さなくていいじゃないですか。いないんだもん」
「・・・そういう事ね」
そうよ、そういう事よ。
本邸の何処かにいるって思ったらソワソワするじゃない。だって私、西門さんの事・・・そう思った時、いきなり奥の部屋のドアが開いて1人の男の人が出てきた。
その人もびっくりするぐらい格好良くて、私たちの席のすぐ横で電話に出た。
どうやら奥の部屋が五月蠅いからこっちに出てきたみたい。美作さんみたいな茶髪だけどもっと柔らかそうな、そして瞳は日本人じゃないみたいな色をしていた。琥珀色のような・・・魅惑的な瞳の色。
「もしもし、よく聞こえなかった。うん・・・明日は何処にも行かないけど。え?来週のパーティー?いや・・・聞いてないけど。面倒くさいから断れないの?・・・・・・わかった。適当に探してみる。じゃ・・・」
私たちのすぐ横で話してるから内容が丸聞こえ・・・盗み聞きじゃないのに何故か悪いことしてるみたいでこっちの方が黙ってしまう。隼人さんも知らん顔してカクテルを口に運んでいたけど、その彼の方が何となくこっちを見てる気がした。
チラッと顔を上げるとその人と目が合った。
うわぁっ・・・やっぱりすごい美形・・・っ!なんなの、この人!慌てて視線をずらしたけど、まだこっちを見てる。
それは私じゃなくて隼人さんの方?彼を見て何故か考え込んでるみたいだった。
「あの、隼人さん、この方お知り合いですか?見てますけど」
「・・・え?誰?」
隼人さんが顔を上げてその美形の彼を見たら、お互いに「あっ・・・!」って小さな声が漏れた。
「あんた・・・花沢の・・・だよな?」
「そういうあんたは・・・名前忘れた。ちょっと待って?そこにいるから・・・」
花沢?隼人さんはそう言ったけど、その彼は奥の部屋の方に戻っていった。
そしてドアを開けた状態で叫んだ一言は私の全身を凍らせた!
「総二郎!お前の従兄か来てる。すぐそこ、女の子と一緒に」
「は?俺の従兄?・・・誰だ?隼人?」
うそっ・・・!ここに西門さんが来ていたの?
西門さん達の飲み会と私たちが来たお店が一緒ーーーっ?!そんなバカな!
どっ・・・どうしよう!!見られちゃマズいと思っても何処にも隠れる場所もないし逃げるところもないし!
咄嗟にテーブルの下に隠れようかとしゃがみ込んだら、隼人さんの方が私の肩を抱き寄せてニヤッと笑った!
「なっ!何するんですか!隼人さん?」
「いいからいいから!反応楽しまない?総二郎がどうするか・・・ね、牧野さん」
「えぇっ!そ、そんなの楽しめないですよ!ちょっと・・・あの、離して・・・」
そう言ったけど隼人さんの腕の力は強くなる一方でグイッと引き寄せられて、彼の胸に抱かれるぐらいの体勢になった時に足音が聞こえた。
あ・・・汗が流れる!まさか・・・まさか、本当に西門さんが?!
「誰だって?俺の・・・」
私たちの席の前に姿を見せた西門さんの動きと声が同時に止まった。そりゃ・・・そうでしょうね。
「よっ!総二郎。奇遇だな、同じ店で飲んでるなんて」
「隼人・・・と牧野?・・・牧野、なんでお前がここにいるんだよ!」
「なんで?なんでって・・・あの、その・・・」
「俺と飲みに行く約束したからに決まってるだろ?見てわからないか?邪魔すんなよ?」
そう言って今度は私の髪にキスをした!
私は今・・・西門さんがどういう顔をしているのか見ることが出来なかった。
