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寮に帰る途中、急に何かを思いついたかのように牧野が話しかけてきた。

「あの!何処に喫茶店とかないかしら。そのぐらいはお礼させていただきたいんだけど、実はまだ珈琲すら買ってないの。花沢さんの知ってるお店でいいんだけど」

「・・・そんなものいらない。俺のお節介みたいなもんだから」
「いや!そこは私が気になるところなのよ。ね、何処かにない?」

いいって言うのに何度もそう言ってくるから仕方なく車をcantabileに向けた。丁度その近くまで帰っていたというのもあるけど他を知らなかった。
それに橋本さんは牧野のことを詮索するような人でもないだろうし、花沢にもバレてない場所だったから。

いつもの駐車場に車を停めたら、今度は牧野の方がキョトンとした顔をした。

「へぇ・・・変わった名前のお店だね。cantabileって”歌うように”っていう音楽用語でしょ?喫茶店の名前っぽくないね」
「・・・音楽、やってたの?」

「ううん、やってたって訳じゃないけどほんの少しピアノを習ってたの。でもね、ピアノは買えなかったから知り合いに譲ってもらったキーボードで練習してた。でもちゃんと教室には通ってたのよ。中学までの私のたった一つの習い事・・・。お月謝の値上げがあってね、どうしても続けられなくなったの。好きだったのになぁ・・・」

「だから腕はたいしたことないんだよ!」なんて笑っていたけど、この子が少し音楽の話がわかるんだと思ったら何故か嬉しかった。


カランとドアベルを鳴らして店内に入るとすぐに奥から橋本さんが来て、俺に連れがいる事に驚いている。だけど、それには何も言わずに俺がいつも座るカウンター席を準備しようとするから、指でテーブルの方を指してそっちに向かった。

「いらっしゃいませ。何にしましょう?」
「・・・えっと、花沢さんは珈琲でいい?私はね、ミルクティーのホットで」
「いつもので・・・」

「いつもの」って言うと軽く頭だけ下げて橋本さんはカウンターの中に入った。
牧野は店内をぐるっと見渡して「可愛いね、よく来るの?」なんてニコニコしてる。だけど、自分が今日酷い目に遭うかもしれなかったってホントにわかってるんだろうかって・・・ちょっと呆れてしまう。

言い方は悪いかも知れないけど3万円って金額に困るほど金を持っていないんだろうか。自分の周りにはそういう人間がいなくて、それを聞いていいかさえ迷ってしまうけど、バイトのことを聞くことでわかるかも知れないと思った。

「牧野・・・別にあんたの生活の事にまで立ち入る気なんてないけど、バイト3つ掛け持ちってなにをするの?」
「バイト?今度から始めるバイトのこと?」

「そう・・・危険なバイトじゃないんだよね?」
「うん、月、水、金がファミレスでしょ?火、木がレンタルビデオ屋さん。で、日曜日が本屋さん!土曜日だけ空いてるの。1週間のうち1日ぐらいはオフの日がないと勉強できないでしょう?」

「すごい・・・勤労学生なんだ」
「まぁね!こうでもしないと親は援助できる状態じゃないから。もし、特待が外れるようなことがあればその時は退学しなきゃいけないの。だから頑張らなきゃね!生活費は自分で稼ぐしかないのよ。」

「逞しいんだね」
「そう?よく言われる。でも、自分じゃわかんないなぁ・・・夢中なだけだから」

その時に橋本さんが珈琲を持ってきてくれて、おまけに牧野にはケーキを出してくれた。
「頼んでない」って断る牧野に、最後の一切れで片付けたいから食べてほしいって言うと素直に喜んでもらっていた。
本当は橋本さんが今の話を耳にしてしまって「頑張れよ」って意味なんだろうけど。チラッと振り向いたら軽くウインクなんてして夕方の仕込みのようなことをし始めた。


「あ・・・ピアノがある。素敵・・・レトロな感じだけど、ああいうの好きだなぁ・・・」
「・・・懐かしい?」

「うん。お金持ちの家に生まれてたら絶対にピアノ買ってもらったのになぁ!だからね、結婚するならピアノが買える人にするの!」

ぷっ!そんな人は普通にいるよ。
グランドピアノの特注とかじゃなければね。

でも、そういう言葉を普通に出す牧野のことを素直に可愛いって思った。自分には出来ない感情表現、ありのままを曝け出せる彼女のことが少し羨ましかった。


「ピアノ・・・弾いてみたいなら弾いてもいいよ?丁度今はお客さんもいないし、本当はたまには弾いてあげないと可哀想なんだけど私にはピアノを弾く事が出来なくてね。どうだね?お嬢さん」

「え?いいんですか?でも・・・本当に上手じゃないんですよ?」
「橋本さん・・・いいの?」

「あぁ、少し調律が狂ってるかもしれないけどね。しばらく誰も弾いてないから」

橋本さんはそう言って沙耶香さんのピアノの蓋をあけた。それは何年ぶりだったんだろう。
彼女が亡くなってからは時々橋本さんが弾いたことはあるようだったけど、俺自身、ここに来るようになってからこのピアノが音を奏でたのは聞いたことがなかった。


牧野は橋本さんの側まで行って、準備が出来るのを待っていた。
専用の椅子がないから喫茶店の来客用の椅子を持ってきて、簡単に埃を拭き取って「どうぞ、お好きなだけ」と言って微笑んだ。


しばらく牧野はそのピアノの前で指だけ出して何かを考えていた。
何を弾こうかと考えているのか、もう指が動かないのか・・・背中しか見えないから牧野の表情がわからない。

でも、彼女の指が動き出した時・・・軽やかな音階が響きだした。

それはモーツァルトの「きらきら星変奏曲」・・・思わずその選曲に橋本さんと驚いてしまった。
これは作られた当時のフランスで流行していた恋の歌なんだけど、その後童謡『きらきら星』として知られるようになって日本では『きらきら星変奏曲』とも呼ばれるようになったものだ。
弾けるような音が玉が転がるようにコロコロと店内に広がっていく感じ・・・。今、牧野が楽しんで弾いてるんだろうって背中を見るだけでわかるような・・・意外にも引き込まれる演奏だった。

だんだんと鍵盤を叩く回数が増えていくこの曲は終わりの方はかなり難しいはず・・・何年も弾いてない牧野にはさすがに無理があったみたい。それまで軽やかに続いた音に狂いが出た。

「あっ、間違えた!・・・あはは!昔っからここが苦手なのよね~!はぁ・・・楽しかった。ありがとうございました!」

「え?終わっちゃうの?」
「うん!久しぶり過ぎて指が動かないから。でも、ホントに楽しかった!この曲が弾きたくてずっと習ってたの」

ピアノの蓋を閉めて丁寧にカバーを掛けて、牧野はまた席に戻ってきた。


橋本さんもしばらく言葉を出さなかったけど、小さな声で牧野に「ありがとう・・・素敵だったよ」・・・そう言った。


**


cantabileを出てからまた車に乗り込んで、少し機嫌の良くなった牧野はさっきのきらきら星変奏曲を口ずさんでいた。
そして自分の膝を鍵盤に見立てて指を動かして、昔習っていた頃を思い出しているかのようだった。

それは幼い頃の俺とよく似てる・・・お婆さまが明日来るって聞いた時には授業中でも頭の中にはヴァイオリンの音が響いてて、気がついたら左手が弦を押さえるポーズをとっていたから。

あの頃の俺もこんな顔で笑っていたような気がする。
今・・・隣にいる牧野のように、楽しそうに笑っていたような気がする。


寮に着いたら牧野は大事そうにスーツのケースを抱えて車から降りた。
そして階段を上がる途中でハッと俺の方を見た。

「どうかした?」
「・・・忘れてた。ずっと・・・」

「何を?」
「花沢さんの事よ」

「俺のこと?」

「そう、そうなのよ!私ね、この寮に入るって決まって部屋が302号室ってわかったときに、301号室の人とは話してはいけませんって言われてたの。昨日は覚えてたけどお菓子渡すだけならいいと思ったのよ。でも・・・もうこんなに話して車に乗って、ついでに喫茶店にも行っちゃった・・・。ねぇ、これって何がいけないの?」

なるほどね・・・英徳がそういう風に出てきたのか。花沢からの要請だろうけど、寮生にまで制限つける気?
問題が起きたらすぐに俺の方が連れ戻されるか、この子の方が退去させられるか。スキャンダルだけは絶対に起こしたくないって訳だ。


「牧野はどうしたい?もう話すのやめたい?」

でも、牧野の返事はあっさりしたものだった。

「話してもいいの?」
「俺は問題ないけど?あんたが決めていいよ」

「じゃあ・・・話してもいい?これからもご近所付き合いしようよ!」
「・・・わかった。じゃあ一言言ってもいい?」

「なあに?」なんて嬉しそうに言うけど、最後にもう一度釘を刺しておいた。


「あのさ・・・もう一回言っとくけど、わかってんの?今日のこと・・・本当に理解してる?行こうとしたバイトのことだけどさ」
「え?あぁ、あれ?・・・でも、本当にヤバいときには逃げるつもりだったもん」

「逃げられると思うの?提供した方も犯罪だからね?」
「提供・・・ってなんの?」

「分かってないじゃん・・・そりゃ身体でしょ」
「えっ!から・・・もうっ!そんなこと言葉に出さないでよ!花沢さんのバカ!」


たった今まで機嫌の良かった牧野は真っ赤な顔して怒りだし、階段を駆け上がって自分の部屋に戻っていった。

今日、何回お節介なことしたんだろ。
階段から空を見上げたら一番星が輝いていた。



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2018/05/01 (Tue) 13:39 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんにちは。

そうなんですよ~!このつくしちゃんはピアノが弾けるんです(笑)
こうしてみるとマルチな人だよね!
お菓子焼いたり、お茶点てたり、保母さんしたり(笑)

きらきら星は最初の出だしのお星様の話に絡ませて選んでみました。
最後まで弾けたか?って言われるとこのときは途中で止めてますね。
終わりの方のやたら難しいところで失敗してます(笑)

クラシックのCDだけはやたらあるのですがモーツァルト、好きです♥
あと好きなのはプロコフィエフ・・ロミオとジュリエットの音楽ですが、この妖しい感じが好き。
今回はこれを書くときにはクラシックかけてます。

総ちゃんになったら毎度の如くポルノグラフィティに変える(笑)

音楽繋がりですが基本は「いつの間にかの恋物語」ですので音楽はチョイチョイですかね。
でも、つくしちゃんも何かしら音楽に関わって欲しかったので無茶ぶりでピアノを(笑)

似合わねぇーってみんなの声が聞こえますがね。ははは!

たまにはこんなつくしちゃんもいいんじゃないかい?ってことで。

2018/05/01 (Tue) 14:21 | EDIT | REPLY |   

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