plumeria

plumeria

事務所で手続きを済ませてから母屋のリビングに向かった。
そこには怒ったようなお袋と呆れた親父が待っていて、牧野を降ろすとまずは俺に「節度がない」と説教が始まった。

「全く・・・どうして総二郎さんは我慢ってものが出来ないの?いくらつくしちゃんと気持ちが通じたからってそこまで見せつけなくてもいいでしょう?皆が驚きます!ご自分の立場を考えなさい!」

「・・・わかったけど、今までのお袋のしてきたことはどーなんだよ」
「何のことかしら?」

自分の事は棚上げしてなんてことを言うんだ!って思ったが、これからは牧野がお袋について動かなきゃいけないから機嫌だけは損ねないようにしないと後が面倒だ。
仕方ねぇから抱きかかえるのは母屋の中でも自分たちの部屋付近のみで手を打った。

「一応牧野は西門の事務職から外してきたからな。これからはスケジュール組み直してこいつの稽古を増やさねぇと」
「そうね、それは和真さんと相談しなさい。それに私のスケジュールは志乃さんが把握してるから志乃さんも交えてね。朝食も足が治るまでは自室で結構ですけど、治ったら西門の朝の習慣を教えてあげなさい」

「わかってる。着物はまだ無理だと思うから着せなくていいだろ?」
「いいわよ。それでは後ほど本邸でね」

このやりとりを終始キョトンとした顔で聞いてる牧野に笑いが出た。

**

ここで1度自分たちの部屋に戻って俺は着物に、牧野はお袋が用意した服の中から控えめなワンピースを選んで着替えた。
本来は牧野も着物に着替えるがまだ足袋が履けないし、正座も出来ないから洋服で向かうわけだ。

「今日は省いたんだけどいつもは朝起きたら飯の前に先祖への挨拶をするんだ。この奥に仏間があるからそこで。お前は足が治るまではしなくていいから治ったら2人で行こう。それから親父とお袋と朝飯・・・だけど、たまには自分たちだけで今日みたいに食っても問題はねぇから、そうしたいときは言ってくれ」

「へぇ、そんなこと毎朝してたの?」
「・・・一応な。たまに忘れてるけど」


今は松葉杖で本邸に向かっていたから俺はその横にぴったりとくっついてた。

しかし、ここで俺達にぴったりくっついて後ろから来るのは和真。その顔は実に不満そうで、冷めた目で俺を睨んでやがる。
「鬱陶しいな、お前・・・離れろよ」って言っても返事もせずについてくる。余程、俺達のことが気に入らねぇのか会話してるとわざと咳払いして邪魔してやがる。

「これからするのは省くことが出来ないことだから、今から俺のすることを見といてくれ。和真、牧野を支えながら座礼の説明をしてやってくれ」
「畏まりました」

先祖の挨拶と朝飯までは母屋での家族行事みたいなものだけど、ここからは西門流の作法になる。


本邸に入ってから1番初めにすることは家元と家元夫人への挨拶。これは古来からある”浅礼”で行うとされている。
俺が家元の茶室の前の廊下に座り、障子越しに声をかける。

「お家元、総二郎でございます」
「・・・入りなさい」

静かに障子を開けて、ここからは「入れ」と言われても廊下で済ませるのが通例。和真が俺の行動を細かく牧野に説明し始めたから、俺はいつもより遅めの動きで毎朝の挨拶を行った。


「今、総二郎様がされているのは座礼の中の浅礼というもので日常的にする挨拶で使われます。まずは気をつけていただきたいのは手の位置です。男性は、両手を離したまま、両膝の前に相互に平行となるように手をつきます。女性は身体を傾けるのと同時にゆっくりと手を出して、膝頭のところで両手をそろえます」

「はぁ・・・なるほど」
「身体の角度はだいたい30度です。背筋は当然ですがまっすぐに。視線を置く位置は、自分の膝頭の位置から測って、自分が座ったときの座高の高さの2倍の長さだけ前方の床の上に置きます。わかりますか?」

「いえ・・・全然」
「ですよね・・・で、時間は4秒です」

「4秒?なんて中途半端な・・・」
「まず1秒で、30度屈体し、次の1秒間はそのまま静止。そして2秒で上体をもとにもどし、正座の姿勢をとる・・・慣れれば出来ます」

和真の説明の後に家元には「本日も宜しくお願いいたします」と挨拶し、その後は牧野に立ったままの礼の仕方を教えた。もちろん今日は家元にも許可をもらってのこと、牧野は松葉杖をこの時だけは和真に渡して、俺が腕を支えた。

「座れるようになったら俺と一緒にさっきの挨拶をするんだけど、今は座れないから立ったまま挨拶しろ。で、間違っちゃいけないのが正しい日本の挨拶をするって事だ」

「正しい挨拶?どういうこと?」
「今、世間じゃ韓国式に似た挨拶ばっかなんだけど知ってるか?両手を腹の辺りで合わせるヤツ。あれは공수(コンス)と呼ばれる朝鮮式のお辞儀なんだ。昔は中国では”皇帝に刃向かう気はない”って意思表示のため、朝鮮の場合、民族衣装チマチョゴリをお辞儀の時にズリ落ちないように手で押さえるって意味らしいから日本国内でこの礼をするのは本当は不自然なんだ。まぁ、わざわざ取り込んだってわけじゃなくて自然とそう変わってきたのかもしれねぇけどな」

「じゃあ、どうやるの?今までは重ねてきたわよ?」

「日本のお辞儀の場合、そもそも体の前で手を重ね合わせるということはない。手は体の側面に沿わせて下に垂らすんだ。腰を折って頭を下げると手は重力に従って一緒に下がって太ももの前に移動してくるだろ?そこでいいんだ。ただし、手を重ね合わせちゃいけないって事はない。雑談や普通に立ってるときに自然とそうなっても問題はない」

オドオドしながら家元に挨拶したら家元が珍しく言葉を出した。本来ここでは言葉は出さないものなんだけど。

「ゆっくり覚えなさい。正しいことを正しく行うこと・・・面倒と思わずにおやりなさい」
「はい、頑張ります」

牧野はたったこれだけで身体がガチガチになってる。
ここを離れたら一気に俺に寄りかかってきた。


「ねぇ・・・ここで働く人が全部これをするの?」
「ははっ!そんなことしてたら家元が仕事できねぇじゃん。この挨拶をするのは志乃さんと古弟子の数人と料理長ぐらいかな?挨拶って言っても家元の部屋の前の廊下で顔見せるだけ。一言で済むから心配すんな」

「朝ご飯、一緒に食べてるのにねぇ」
「親父とお袋から、家元と家元夫人に変わる儀式みたいなもんだ」

「なるほど・・・その割には変わってないけどね」
「・・・・・・そうかも」


その後は志乃さんと今後の打ち合わせ。
この時間から俺は横浜まで行かなきゃいけなかったから夕方までここにはいない。とにかくこれ以上怪我すんなよ!と、喧しく言ってたら牧野は耳を塞ぎやがった!

「もうわかったから早く行ってきたら?和真さんが睨んでるよ」
「何だ、その態度は!早く色んな事を覚えなきゃいけないのにその足だと困るから心配してんのに!」

「大丈夫だって!これだって3日もすれば腫れも引いて歩けるって言われてるのに西門さんが過保護にするから重傷みたいに見られるんじゃん!」

和室で行うはずの説明も牧野の足に合わせて応接室で椅子に座ってやることになって、志乃さんを前にそんなことを言ってたらコホン!と咳払いをされて会話を止められた。

「まずは総二郎様はお出かけくださいませ。それとお名前ですが、今後は呼び方を変えていただきます。「牧野」、「西門さん」では困りますわ」
「え!なんて呼ぶんですか?」

「そうですね、牧野さんは『総二郎さん』と、お呼びください。総二郎様は牧野さんの下のお名前を呼んでくださいな」

チラッと牧野を見たらこいつも俺の事を赤くなって見上げてる。
つくし・・・って呼ぶのか。仕方ねぇけどなんか照れる。そう思ったのは俺だけで、牧野の方はとんでもないことを言って志乃さんを驚かせた。

「あの・・・どうしても”さん”を付けなきゃいけませんか?」
「はぁっ?!お前、この俺のことを呼び捨てにする気か!」

「ま、牧野さん!お母様の家元夫人でさえ”総二郎さん”と呼んでいらっしゃいます!いきなりあなたが”総二郎”などど呼び捨てては使用人全員がびっくりしますわ!」

ははっ!って頭を搔きながら舌を出して笑ってるが、俺は今まであいつら以外から呼び捨てにされたことはない。
それなのになんてヤツ・・・あいつらの前で殴られてるのにその上”総二郎!”って呼ばれてみろ!一生、あいつらに馬鹿にされるじゃねぇか!
後ろで肩を揺らしながら笑っている和真に急かされて部屋を出たが、自分の立場がわかってんだろうな?って今更だが無茶苦茶不安になった。


「本当に面白い方ですね、牧野さん。退屈しないでしょう?総二郎様」
「退屈はしねぇけど不安だらけだ。この先、重要な場面でとんでもないことしそうで怖ぇよ!」

「するでしょうねぇ、牧野さんですから。京都でさっそく何かしそうですね!楽しみです」
「面白がるな!俺の機嫌次第でお前も苦労するぞ?牧野が何かやらかしたら仕事放棄するかもしれねぇからな」

「・・・それは困りますね。ただでさえ私の言うことはなかなか聞いてくださらないのに」

その後車で西門を出て、それが正門の前を通過するときに牧野が志乃さんと一緒に門まで出てきて一礼しているのを見た。
さっそく志乃さんに言われたんだろう、着物じゃないのが可笑しかったけど。

それでも、その姿は俺にすげぇ安心感を与えてくれた。

*

車の中でふと思い出してあいつらにメールだけしておいた。簡単に一言だけ・・・『手に入れたから』って。

それぞれの返信はあいつららしくで笑えた。

あきらからは ”初めからお前だったんじゃないのか?俺は練習相手だったりして”
桜子からは ”婚約指輪のご注文は私ですわね?すぐに伺いますから特注品でお願いします”
途中で帰った司からは ”何をだ?”の一言。こういうことに疎いから・・・。

類からは ”今度の日曜に牧野を貸して?パーティーのパートナーになってもらうから”


何考えてんだ?こいつ!・・・貸す訳ねぇだろうがっ!




f8b7d19d249b0afdf22bc5a1e479da0f_t.jpg
関連記事
Posted by

Comments 6

There are no comments yet.
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/05/16 (Wed) 13:41 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/05/16 (Wed) 18:54 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: こんにちは!

えみりん様、こんばんは。

それも面白いかも・・・国宝級、いくつかありそうですもんね!
それでお茶でも点ててもらって、手が滑って・・・割るのは気の毒なのでポロリと縁が欠けるってのは?

それでも家元は硬直しますわね・・・いや、総ちゃんか?(笑)
2人で夜逃げしないといけませんねっ!

あはは!司、もういいんだ!確かに出てこれないですよね・・・あんな早くに私によって消えたんだから!
ごめんねぇ、司君。多分、結婚式には呼んでもらえると思うから(笑)

そうそう、再びの類君!
忘れてました?もう随分前ですもんね!ってお話上はあれから3日しか経ってないんですが・・・(笑)

2018/05/16 (Wed) 20:02 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

Gip様、こんばんは。

色々とありがとうございます。
例の件、承知しました。私はもう忘れておりましたよ(笑)

連絡が来たら答えておきますね。

ご心配かけますが元気にしてますよ~!
ただねぇ(笑)タブレットは嫌いっ!動きが遅い・・・!たまにインターネットが切れるっ!
イライラしますわ・・・壊そうかと思うけど、これしかないから壊せないし(笑)

メリットはコソコソしても気づかれないことですね!はははっ!

2018/05/16 (Wed) 20:07 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/05/16 (Wed) 22:21 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんばんは。

そうですねぇ、私もね、これ調べているときに初めて知ったんですよ。
日本式の挨拶ってあるんだって。
私のいた会社も接客業だったので挨拶の練習ってするんですが、なんか、胃の辺りまで合わせた手を持ってきてましたよ?
そういう風にしなさいっていう指導があってね。

なんか変なの?って思いながらやっていました。
だからって合わせないのもなんか可笑しいんですけどね(笑)

さんってつけたら恥ずかしくないですか?私だけ?
多分つくしちゃんは恥ずかしいんだと思います。

総二郎さん(笑)・・・昨日まで喧嘩してたのに!って感じですよね?

私は「西門さん」が1番好きです。類君はやっぱり「花沢類」ですね!

2018/05/16 (Wed) 22:52 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply