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西門家と相談した結果、牧野は大学まで進学をさせてもらう事になって俺達と同じように英徳大学に入学した。
高校を卒業したら西門以外の場所で働きたかった牧野は少し困惑していたけど、これは彼女のためというよりは西門が世間に美談として知らしめたい行動だろうって事はわかっていた。

親を亡くした可哀想な子供を大学まできちんと出してやった・・・何かの話題作りにはもってこいの内容だから。

だから牧野は一番無難な学部で無理のないように、西門のためだけを考えておとなしく進学したんだ。
それは何故かとても辛そうに見えた。

早く独立したい・・・そう思っていただろうから。


後見人については未成年のうちだけだから、本来牧野はあと2年経てば自由になれる・・・と言うか、むしろ自分の力で生きていきたかったはずだ。
でも、その本心が金銭的援助を受けてる申し訳なさとは別に、総二郎に対する気持ちだってことはわかっていた。

このままだとあと4年間、牧野は”養ってもらってる使用人の子供”って立場のままだから。
たとえ総二郎と恋が出来る立場になんてなれなくても「西門」と切り離して見てもらいたいって思ってるんだ。


俺はあと3年間の間に牧野の心を掴めないかって、そればかり考えてた。
牧野が18歳、俺が19歳の大学生の頃。

もう初恋から13年も経ってたなんて思わなかった。
だって、その間ずっと・・・あんただけを見て、あんただけが好きだったから。


**


そんな大学生活はなんの変化もなく過ぎていった。牧野と総二郎の距離も俺と牧野の距離も変わることなく・・・。
そして俺達が大学の4年の時、総二郎は部員でもないくせに学校からの依頼で「全国大学弓道選抜大会」のメンバーに選ばれた。
精神修行の一環で昔から弓道をしている総二郎は全国大会で個人優勝できるほどの腕前だけど、滅多にこんな試合には出なかった。いや、出られなかったという方が正しい。

あくまでも修行の1つだから当然茶道の方を優先させる。
腕を酷使する弓道は茶会前後にはさせてはもらえなかったからだ。

だけどこの年は都合がついて試合に出ることになったんだ。
昨年は総二郎が出なかったために逃した優勝旗を是が非でも取り戻したかった学長が西門に頼み込んだ、なんて噂も流れた。


「コホン、コホッ・・・はぁ、痛いなぁ」
「牧野、どうしても行くの?結構ヒドいんじゃないの?」

「うん・・・なんかねぇ、昨日から喉が痛くて咳が・・・コホン!花沢類、うつっちゃうから離れた方がいいよ?」
「大丈夫だよ。誰かにうつしたら早く治るらしいから俺にうつしたら?」

「えー?なんてこと言うのよ、そんなの嫌だよぉ!コホン!コホ・・・はぁ、もう、いやんなっちゃう!」
「そんなに辛いのに応援・・・行くの?」

総二郎の試合の日、牧野は風邪を引いていた。
それなのに行くっていうから明治神宮の弓道場まで付き添ってきたんだけど、会場入り口まで来て咳が止まらなくなってた。
どうせ英徳は優勝候補。だから予選から入らなくても大丈夫だろうから牧野と一緒に武道場の外で咳が落ち着くのを待ってた。

でもそんなものすぐには治まらなくて、中で起こる歓声が聞こえる度にソワソワしてる。

「もう入ってみる?そろそろ決勝トーナメントかも」
「う、うん・・・総ちゃん、大丈夫かな」

「総二郎の心配?そんなもの要らないでしょ?牧野の方が心配だよ」
「でも、でもさ・・・もしもってこともあるし・・・。総ちゃん、今朝あんまり食べてなかったから体力が持つか心配だし」

「少々食べなくても大丈夫だって。じゃ・・・見に行こうか」


この試合は近的競技の団体戦。
36㎝の的に中てる的中制で男子は5人立。各自4射1回の的中数で決勝に進むけど、当然英徳は決勝に進んでいた。
でも確かに牧野が言ったとおり、総二郎の様子がおかしかった。

顔色が悪くて汗がすごい・・・普段から涼しい顔して弓を構えてる総二郎がそんな辛そうにしている姿は見たことがなかった。
横を見たら牧野も青ざめてる。総二郎の調子が悪いことに気がついたんだ。


「それでは只今より決勝トーナメントに入ります!各自4射1回、同射の場合は各自1射の総的中数の多い方を勝者とします。それでも同射の場合、決定するまで繰り返すこととします」

アナウンスが終わってから試合は始まった。

英徳は難なく進んで準決勝までは余裕があった。
でも、そこで総二郎が立ち上がることも難しくなってふらつく場面があった。

もしかしたら総二郎も風邪で熱でもあるんだろうか・・・監督達も声を掛けているけど総二郎の方がそれを撥ね付けてる、そんな感じだった。

「やっぱり総ちゃん・・・具合、悪いんだ」
「やっぱりって?知ってたの?」

「うん・・・総ちゃんの方が咳が長引いててね。夜も寝てないの。私、ずっと廊下で咳をしてるの聞いてたから・・・」
「それであんたまで風邪?」

牧野は両手を組んで必死に総二郎に”念”でも送ってるみたい。
周りは歓声や応援で煩いぐらいなのに牧野は何も言わずに祈るようなポーズで総二郎だけを見ていた。


牧野は気がついてないのかもしれないけど、総二郎がこっちに気がついた。
チラッと俺達の座ってる応援席に目を向けて、すぐにその目は床に落ちたけど、確かに一瞬こっちを・・・牧野を見た。


決勝戦・・・総二郎が最後に少しだけ的を外したために総的中数が相手校と同じになった。ここからは1人1射で射詰め競射となる。つまり、外したら負けってことだ。
総二郎は5人目・・・3人目までは両校的を中てた。
4人目が同時に外し、5人目、ライバル校の選手が外した・・・。

ここで総二郎が外せばまた同じように1人目からの繰り返しになる。だけど、この時点ですでに総二郎には弓を引く力が残ってないように見えた。
立って構えるのも苦しそう・・・それは会場内の誰もがわかる感じだった。

「それでは英徳大学5人目!」

総二郎が弓道の作法「射法八節」に入った。

「足踏み」から始め、的と爪先が一直線上になるように立つ。「胴造り」に移り、脊柱、項を真っ直ぐに伸ばし、重心は腰の中央に置く。
「弓構え」に入ると射の準備・・・「打起し」では角度は45度程度。両肩を下に沈め、ほぼ水平で体と平行にする。左右均等に「引分け」、縦横十文字をつくる。
それらの行程を経て総二郎の矢はその指を離れて的に向かった!

その矢は静まりかえった道場の中で、的の中心に見事に中たった。結果、英徳大学は2年ぶりに優勝した。


牧野は・・・顔を覆って泣いてた。



帰り道、まだみんなが興奮してる中で疲れ切った顔の総二郎が出てきた。牧野は丁度温かいお茶を買ってくるって自販機まで走って行ったところで、総二郎は半分閉じてるような目でその後ろ姿を見ていた。
胴着を着替える体力もなかったのかふらふらしてて、俺が傍に行ったら嫌そうな顔で睨まれた。

「なんで来たんだよ・・・来なくていいのに」
「だって牧野が行くって言うからさ。俺だけなら総二郎なんか見に来ないよ」

「・・・あいつ、風邪引いてるだろ。道場は寒いんだから・・・ゴホッ!」
「お前が引いてるんじゃん。何やってんのさ・・・中たったから良かったけど、外したら笑い者だよ?」

「外すかよ・・・あいつの目の前で・・・」
「総二郎・・・!」

そう言った途端に俺に倒れかかった総二郎はすごい熱だった。
こんな身体で矢を持ってたの?何処からそんな力が出たの・・・?

その時、牧野がお茶を手に持って戻ってきた。だけど俺の腕に寄り掛かって顔を歪ませてる総二郎を見て、びっくりしたのかその場で足が止まった。
試合中は青冷めてたのに今は少し頬が赤い・・・額に滲んでた汗がツーッとその頬を伝って流れて落ちた。


「総ちゃん・・・?総ちゃん!どうしたの、総ちゃん!」
「牧野、西門の車が何処かにいるはずだから探して?俺が抱えていくから」

「わ・・・わかった!」

飲みたかったお茶なんて忘れて急いで車を探しに行く。総二郎が少しだけ目を開けて、俺の腕に縋ったままその姿を見ていた。


「類・・・俺はつくしのこと・・・」
「なに?牧野がどうかした?」

「いや、何でもねぇ・・・つくし、大丈夫なのかな・・・」
「倒れてるのは総二郎でしょ。牧野は少し咳き込んでるぐらいだよ」

「そうか・・・それならいいや・・・」


このあと総二郎は殆ど意識を失って、牧野が呼んできた西門の車に倒れ込んだ。
当然のように牧野はそれに乗って西門に帰って行く。


俺1人、ここに残して。



**



「類様、フランスに着きましたよ。お目覚めですか?」

秘書がそう声を掛けてきて俺は目を開けた。
飛行機はシャルル・ド・ゴール空港にすでに着陸してて、俺はこの先を過ごすフランスの地に足を着けた。


「よくお休みでしたね。いい夢は見られましたか?」
「・・・そうだね。いい夢だったよ。すごく素敵な夢・・・懐かしかったな」

「そうですか。それでは今日はもうご自宅へ?」
「そうする・・・今は書類を見たくないからね」


7月のフランスは東京に比べるとかなり涼しい。湿気もなくカラッとした気候だ。
そんな過ごしやすい季節・・・俺は2ヶ月半ぶりに戻った。おそらく日本にはしばらく帰ることはないだろう。


ねぇ、総二郎。
お前があの時なんて言おうとしたか、俺は知ってるよ。

『類・・・俺はつくしのことをお前には渡さねぇからな!』・・・って言いたかったんでしょ?

あの時・・・最後の1射の時、なんの力も残ってなかったのに、牧野の姿を見たから弓を持つことが出来たんだよね。

あの時に中てた的・・・総二郎にとっては「西門」だった?
それならもう一度、全身の力を込めて矢を射れよ。今度は少し難しいかもしれないけどね・・・。



名寄の別荘から最後まで手を振ってくれた牧野の姿・・・あんたのその姿、絶対に忘れないよ。

どうか、幸せに・・・。
俺はこれからもあんたの幸せだけをフランスから祈ってるから。



だから笑顔を忘れないで・・・ね、牧野・・・。



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2018/06/04 (Mon) 13:08 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんばんは。

ふふふ、グッときました?それはよかったわ!

実は総ちゃんが弓道してる所を書きたかったのです。
いつか書いてみたくてチャンスを狙っていたら、ここで書けるかな?って思ってね。

それで1話追加になったんですよ(笑)

弓道、憧れてるんですが、私は肩に力がないんで無理みたい。
整体の先生に言わせると肩を使う競技はダメ!って言われたことがあります。

日常生活になんの問題もないけど、肩関節の作り?が右と左で違うらしい・・・。
小学校の何かの検査でも肩甲骨の高さに左右で差があって、それが酷いと言われたことがあります。

そう言えばバレーボールやってたけどサーブが横打ちしか出来なかった(笑)


でも、おとなしい人間じゃないから弓道みたいに静の動きはダメかも・・・。せっかちだもんな!


では、次の類君も楽しみにしてくださいね!

2018/06/05 (Tue) 00:23 | EDIT | REPLY |   

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