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plumeria

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その年の春、私も大学を卒業した。
入社した会社は幸いにも大手で、交通機関に困らないところだった。だからアパートをもう少し地下鉄の駅に近いところに変えた。それでも歩いて10分ぐらい。駅前のマンションなんて手が出ないもの。

理由は簡単・・・1人で傘を持たずに通勤できるように。
花沢類に迷惑、かけないように。

「そんなこと気にしなくていいのに・・・」ってブツブツ言いながら引っ越しの手伝いをしてくれた。
そんな彼を苦笑いしながら見る私。使われない傘を見ても怒ることもなく、今度はそれに苦笑いする彼・・・その傘だけは私が手に持って古いアパートを出た。


その頃の花沢類は花沢物産の後継者として毎日激務に追われてるみたいだった。詳しくは教えてくれなかったけど、もしかしたらフランス行きの話もあるのかもしれない。
いつまでも甘えてちゃいけない・・・彼の仕事の邪魔は出来ない。

あれだけの大企業をこの先守っていかなくてはいけないんだもの。私の事で余計な心配をかけたくなかった。それに休みが取れなくて体調を崩したりしたら大変だから。


それでも雨の日には迎えに来てくれた。

「いいのに。私の会社に回ったら花沢類が会社に遅れない?大丈夫?」
「だって牧野の会社と近いから。帰りも送れたらいいんだけど約束できないから」

「もちろんだよ。私は大丈夫、少しずつ慣れてきてるから。怖くなったらカウンセラーのところに行けるよ?」
「・・・仕事が終わったら寄る。夜、部屋で待ってて」

会社の目の前で降ろしてくれる時もいつものように優しい笑顔で手を振ってくれる。私が会社の中に入るまでその場で見届けてからゆっくり車は動き出す。
私は殆ど濡れることなく会社に着く。彼のおかげで・・・。


それを同僚がすぐに見つけて大騒ぎだ。

「牧野さんの彼氏?すっごいイケメンじゃない!何処で知り合ったの?あんな人滅多に出会わないわよ?」
「・・・彼氏じゃなくて大学の先輩。高校から知ってるから付き合いは長いの。友達として・・・」

「何言ってんの!友達は送ってくれたとしてもあんな笑顔は見せないよ?手だって振ってくれないって!」
「だってそうなんだもん。彼、そういう人なの・・・すごく優しいのよ」

「牧野さんって意外と罪な女なのね。そんなわけないじゃん、彼が可哀想だよ?」
「・・・大丈夫。私たちはこれでいいの」

更衣室で制服に着替えながら隣で騒ぐ同僚の言葉を聞き流してた。


罪な女・・・そう言われるとまた思い出す。
あの雨の日に酷い言葉で1人の男を傷つけてしまったこと。


『でも、道明寺はダメだったよ?必要なものが沢山いるの!私じゃ持てないものばかり・・・それがなきゃ側にいられないんだって!もう嫌だ・・・もうこんな恋絶対にしない!』


花沢類の前で言ったんだもん。もうこんな恋、絶対にしないって。
道明寺にした恋を、今度は花沢類と・・・って、そんなことは出来ない。それだけはしちゃいけないって自分に言い聞かせてる。

同じ思いをしたくないから・・・同じ言葉を花沢類に言いたくないから。そんな結末しか思い描けなかったから。


その日、帰りは少しだけ濡れてしまったけど駅から走ってアパートまで帰った。
黄色い「御守り」は今日も玄関で濡れた私を出迎えてくれる。『早く暖まって』・・・そんな言葉を言ってるみたい。

すぐにシャワーを浴びて服を着替えてご飯を作る。
雨の日だけ2人分・・・待っててって言う言葉通り、何時になってもすぐに食べられるように。
それから彼の服を準備する。バスルームに新しいバスタオルと部屋着・・・前から少しずつ増えていった花沢類の服の中から選んで出しておく。
ご飯はテーブルにすぐに出せるように準備が出来たらキッチンの電気を消してリビングに戻る。そして窓際に行って外の雨を見る・・・これが雨の日の私の日課だ。


しばらくしたら雨の中を走る人が見えた。
帰ってきた・・・ここが彼の家じゃないのに「帰ってきた」って思ってしまう。

急いでおかずを温め直して玄関の電気をつける。タンタンと軽い足音が響いて私の部屋の前で止まる、同時に鳴るインターホンの音。私はここで待ってたことを悟られないように5秒数えてからドアを開けることにしてる。


「お疲れ様、花沢類。雨酷くなった?」
「ううん、そこまで酷くない。でも今から強まるらしいよ」

「そうなんだ。シャワー、使うでしょ?」
「うん、お腹空いた」

「あはは!準備できてるよ。早く済ませてきてね」


これを人が聞いたら間違いなく幸せな恋人同士の会話だろう。
何も障害もなく、何も迷いなく、何も怖くなく、ただ楽しくて楽しくて・・・そんな風に見えるんだろうと思う。

でも実際は・・・まだ『友達』だ。

バスルームから聞こえる音に少しだけドキドキしながら毎回ご飯を並べていた。



「今日さ、オーストラリアから帰ってきた同僚に聞いたんだけどさ・・・」

ご飯の時の会話は雨にも学生時代にも関係のない話が殆ど。毎回どうでもいい話を私が延々と話し、花沢類が聞いてくれる。たまに返事したり教えてくれたりしながら。

「カンガルーって前にしか進めないんだって知ってた?車にもぶつかってくるらしいよ。だから”カンガルー注意”って看板が出てるんだって。早いカンガルーは時速70kmのスピードが出るって言ってた。すごいよねぇ・・・当たったら車が凹むんじゃない?でね、カンガルーって65種類もいるんだって!私はどれ見ても区別なんて出来ないだろうなぁ。花沢類、カンガルー見たことある?」

「あるよ。因みにカンガルーは前にしか進まないから国章に描かれてる。国家の前進の象徴的意味で」
「国章?国旗じゃなくて?」

「そう、国章。日本だとパスポートの表にあるでしょ?”十六一重表菊”ってマーク、あれのこと。で、オーストラリアの国章にもう1匹描かれてるのがエミューって飛べない鳥。この鳥も実は後退出来ないんだって」

「うわっ・・・花沢類の方が詳しいじゃん」


ご飯が終わっても雨は止まなかった。
花沢類の言うとおり・・・少しだけ強くなった。

私たちはソファーに並んで座ってほんの少しのお酒を飲みながら話し続けた。



花沢類はアパートの近くに車を停めずにわざと離れた所に停める。そして・・・彼も傘を持たないの。
傘を持たないことでその日のうちに帰るかどうかを決めてる。

雨が止んだら傘がなくても車まで行けるから自宅に帰る。
雨が酷くなったら傘がないからそこまで行けない・・・その時は私の所に泊まる。でも私たちはそんな関係にはならなかった。


ずっと朝までソファーで肩を寄せ合って座ったまま。
気が付いたらどっちかがそのまま寝てしまって、朝になったらどっちかが珈琲を煎れて・・・
そして雨が止んでいたら私より一足早く花沢類はアパートを出て行って、雨が降り続いていたら2人で車まで走った。


『大丈夫・・・俺はいつもあんたの横にいるよ。雨の日には必ず来てあげるからね』


数年前のこの言葉を今でも続けてくれてるんだ。


でも、わかってるよ。
そろそろ・・・変わらなきゃ。

ちゃんとわかってるよ。
もっと強くならなきゃ・・・1年中、雨じゃないんだから。


そう言いながら空が曇るのが最近少し・・・待ち遠しい。



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