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plumeria

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6月終わりのある日、会社で会議資料を人数分揃えていた時に営業の人がすごい勢いで部屋の中に入ってきた。
よく見たらずぶ濡れで、スーツの色が半分以上変わってる。髪からも雫が落ちてて営業鞄もびしょびしょで。

「大丈夫ですか?急に降ってきたの?」
「あぁ、今日は天気予報じゃ雨って言わなかったから傘持ってなくてさ・・・ここに戻る直前にすっごく降り出して・・・寒っ!」

「すぐにタオルで拭かなきゃ!着替えないですもんねぇ。牧野さん、その辺にタオルなかったっけ?」

「あぁ、はい!業者さんからもらった新しいのがあります!」

先輩達の話し声で窓の外を見たらホントに真っ暗になってて雨が降り出していた。
確かに今日は曇りって天気予報が言ってた・・・でも、外れることもあるもんね、と気にはしなかったけど、このまま降り続いたら自分が帰る時にはかなり酷いのかしら、って窓の外を見ながら溜息ついてた。


そして雨はどんどん酷くなって私の終業時間の頃には嫌な予感的中で本格的に降っていた。

どうしよう・・・これじゃ駅からアパートまで走ってもパンツまでびしょびしょだわ。
そんなことを考えながら今日の事務処理を終わらせ、時間になったから更衣室に向かった。

こんな事は何回もあったから気が重たいだけ。
同僚に何度も「貸そうか?」って言われる傘を断ってエレベータに乗って1階に降りた、その時・・・メッセージが入った。


花沢類からだ。

『ristorante casa mia(リストランテ カーザ ミーア)で待ってて。もう少ししたら行くから』

私の会社のすぐ近くにあるイタリア料理のお店だ。可愛らしいお店だけど本格的なイタリア料理のコースを出してくれる類が好きなお店の1つ。何度か連れて行ってもらったことがある。

そこなら私は全然濡れずに行くことが出来た。彼はきっと・・・この雨を心配したんだ。


そのお店に入るとカメリエーレ(イタリア料理店のウエイター)が私のことを聞いていたのかいつもの特別席に案内してくれた。
小さな花瓶に薔薇が一輪。そこまで高い位置にある店じゃないから雨に濡れた通路を歩く人が見える。

色んな色の傘の花・・・ここから見ても時々1つの傘に2人で入ってる人達を見かけた。同時に・・・いいなぁって思う自分がいる。

小さな足音が聞こえて、振り向いたら花沢類がいつもと同じ笑顔でやってきた。


「お待たせ。どうしたの?窓の向こうに何かいいものあった?」
「ううん、何でもない。雨が酷いからみんな急いで帰ってるなぁって・・・それだけ」

「くすっ・・・食べたら早く帰ろうか?急いでるの?」
「ううん、なんの予定もないの、知ってるくせに」

優しい瞳が少し細くなって私を見つめる。雨だからかな・・・彼の髪が少しいつもよりふわっとしてる。夏だからスーツの色が薄くなってる・・・相変わらず憎たらしいほど格好いいのね。いやんなっちゃう・・・そう言いながら私の口が緩む。


イタリア料理のフルコースはアペリティーヴォ(食前酒)とアンティパスト(前菜)から始まる。
今日はハーブの入った白ワインベースのお酒、ベルモットだそうだ。
前菜の役目は食欲を駆り立てること。少しの量だけどイタリア料理のアンティパストはカラフルで可愛らしい。赤・黄・緑で味もフランス料理よりは刺激的なものが多い。

「いつ見てもここのアンティパストには元気をもらうね」
「くすっ・・・あんたは毎回そう言うね。だからここのシェフが俺と牧野の内容を変えるんだよ。はい、好きなの取りな?」

「トマトとバジリコのブルスケッタ・・・これ、好きなの」
「・・・ブロッコリーのフリッタータ(オムレツ)もあげる」

「ダメ!花沢類は緑の野菜が足りないんだからちゃんと食べて?」
「・・・ちぇ」


1つ目のメイン料理、プリモ・ピアット。この店自慢のパスタが出てきた。
冷製カッペリーニ、フレッシュトマトソースと鴨肉のラグーソース・・・花沢類がこういう店を選ぶから、いつの間にか上手に食べられるようになった。

「今日は楽しい出来事あった?」
「今日?うーん・・・お客さんにお食事誘われたよ」

「え?それ、楽しい出来事なの?」
「誘われたら嬉しいじゃない。こう見えても女の子だからね」

「どんな人?何処の会社?・・・何歳なの?」
「高橋産業って会社の人。ふふっ・・・60過ぎたお爺ちゃん。私が孫に似てるんだって」

「・・・くすっ、行くの?」
「行かないよ。ちょっと離れすぎだよ」

ちょっと心配そうに聞くんだね。気にしてくれた?・・・って言葉は言えなかったけど。


セコンド・ピアットは2つ目のメイン料理。
国産牛フィレ肉 黒トリュフソースを添えて・・・大仰な名前の料理だけどこれにも驚かなくなった。花沢類はメカジキとラディッキオのロール巻きドライトマトソース、どっちかって言うと私の方がボリュームがあるって笑った。
だから私には赤ワイン、花沢類には白ワイン。

「どうして揃えなかったの?」
「だって牧野、いつも俺の欲しがるじゃん。これはわざと変えたんだよ?はい、一口どうぞ。見てないことにしてあげる」

「あはは!遠くからカメリエーレさんに見られてるって!」
「気にしない!美味しい方がいいでしょ?」

最後はドルチェ(お菓子)と珈琲。この時間はゆっくりお喋りタイム。
聞き上手な彼は相槌だけで私が一方的に最近の出来事を話すのがいつものパターン。

気が付いたら雨が止んでいた。


「そろそろ帰ろうか。ちょうど雨が止んだし」
「うん・・・そうだね」


**


車の中では会話が出来なかった。

運転席の花沢類とは反対側を向いて窓の外を見ていた。道は濡れてるけど雨は降ってない・・・傘を差している人は誰もいなかった。
それなのにどうしてこんなに気持ちがどんよりするんだろう。
私にとっては嬉しいはずなのに、どうしてこんなに残念で悔しくて・・・寂しいんだろう。たった今、素敵な時間を作ってもらったばかりなのに。


そして車は私のアパートに着いて、黙って助手席を降りた。『寄っていかない?』・・・そう言いたかったけど理由がない。


雨が降ってないなら私の側にいなくてもいいんだもん。


「それじゃ、また連絡する。戸締まり、気をつけて」
「・・・うん、ご馳走様。今日はありがとう。楽しかった」

「今度は違う店に行こう。探しとくよ」
「無理しないでいいよ」


したい会話はこんなんじゃないの。
『部屋に行ってもいい?』・・・そう聞いて欲しいの。そしたら私、ちゃんと答えるから。


「じゃあね、花沢類。おやすみなさい」
「おやすみ、牧野」


結局何も言わずに彼の車はアパートから離れていく。肩の高さまで手を上げて小さく振って、見えなくなるまでそこに立っていた。そしてたった1人で階段を上がって部屋に戻る。黄色い傘は今日も私を出迎えてくれた。

『お帰り』、そう言ってくれてるみたい。でも、ごめんね・・・何年たっても出番がなくて。


今日はお湯を張ってゆっくりお風呂に入った。あの人の着替えも準備しなくていいし、急いでお茶を入れて温まる必要もない。
自分1人のためにお風呂の時間を沢山とって、1人分のお茶を入れる・・・今日、残りの時間は私1人だから。



深夜のニュースを見ていたら週末は雨だと言った。

花沢類が来てくれる・・・週末は3日後だ。




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次回は7月2日です。7月は偶数日が予定です。
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