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plumeria

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明日の試験はフランス語。今日は一晩中花沢類の特訓を受けなきゃいけない。
だから勉強は彼の部屋で、ご飯を作る時間も惜しいってことで橋本さんに持ち帰り出来るように「特製弁当」を頼んだって言っていた。

だからまずはcantabileに寄ってから。


「ねぇ、花沢類の部屋は防音だったよね?」
「・・・そうだけど」

「じゃあさ、お部屋でヴァイオリン弾いても下の部屋には響かない?」
「え?どうだろう・・・多分大丈夫だと思うけど完全には防げないかも。音楽用の防音かどうか知らないし」

運転しながら「何考えてんの?」って変な顔してる。
実はフランス語の勉強の何が困るかって、眠たくなるような花沢類の発音なんだもん。
それじゃなくても甘い感じの発音なのに、それを彼の声で聞くのよ?初めこそドキドキしてたけど、慣れてしまえば声が小さくてボソボソしてるからすぐに睡魔が来る。

でも教えてもらってるからそんなこと言えない。
それで教えてくれなくなったら困るし。

「あのね、お部屋でヴァイオリン、聞きたいなって思ったの。ダメかな・・・ほら、勉強ばっかりで頭がぐちゃぐちゃになるでしょ?そういう時に花沢類のヴァイオリン聞いて、心を落ち着けて、それからまた頑張る!・・・どう?」

「そんなことが必要なの?それに室内で聞くと結構煩いかも・・・まぁ、俺の部屋ぐらいあれば問題ないか」

「うん、お願い!だってさ、ご飯だって食べにいけないし、全然休み時間ないんだもん。少しぐらい気分よくならないと元気でないんだよね」

「何言ってんの、結構俺の目を盗んでサボってるよね?」

「特待落としても助けてあげないよ?」なんてちょっと怖い顔して言うんだけど、本当は多分1番心配してくれてる。
だけど私の頼みを聞いてくれてcantabileについたら私を店内に残して1人で2階にヴァイオリンを取りに行ってくれた。

橋本さんは可愛らしい容器に2人分のパスタソースを入れてくれて、ゆで時間を短くするようにって生ペンネをくれた。それにグリーンサラダと白身魚のフライ。それを小さな袋に詰めてくれて「試験が終わったら2人でおいで」っておまけのチョコケーキまで!


すぐに花沢類は一挺のヴァイオリンのケースを手に持って降りてきた。
そして、もう店内には入らずにドアから顔だけ出して橋本さんにお礼を言って、「車で待ってるから急いで」って。そのいつもより行動の早い彼に驚いちゃう。

「はぁ・・・あれは早く勉強するよってことなのね。うわ・・・これで点が取れなかったら怒られそう!」

「ははっ!類君は怒らないよ。多分、つくしちゃんが泣かないようにって、それだけだと思うけどね。表情を読み取りにくい子だから会話に困ることがあるんじゃない?」

「そうなんです!たまにとんでもないこと言うし・・・普通の家庭じゃないみたいだから驚くことだらけです!ゴミを出したことがないとか珈琲カップが5万円とか!」

「・・・でも、随分変わったよ」

私が袋を抱えて、もう車に向かおうとドアに手を掛けたとき、橋本さんがボソッと言った。


「よく覚えてるよ。類君が初めてここに来たときのこと・・・高校生の頃だけどね。急に入ってきて何も言わずに1番奥の窓辺に座って外を眺めててね。景色がいいわけじゃないのにどうしたんだろうって思ったけど、何かを思い詰めてるようだったから何も声を掛けずにいてね。ははっ・・・2時間ぐらいぼーっとしてたよ」

橋本さんが指さしたのは彼が私を1番初めにここに連れてきてくれたときに座った場所。
今は誰も座ってないその席に、高校生の花沢類が黙って座っているのを想像してしまった・・・西門さん達が言ってたご両親と上手くいってない時期だったのかしら。
大好きなことを取り上げられて、夢も何も持てないって・・・彼が1番苦しんだ時期だったんだろうか。

「珈琲の2回目だってとっくに飲み終えてるし、それでも動かなかったから気になってね。声を掛けようかどうしようか悩んだ時に店の音楽がヴァイオリンに変わって、それに反応して視線を店内に向けたから音楽をしてる子だと思ったんだよ。それで話しかけたのがきっかけ・・・聞いたらヴァイオリンを弾いてたっていうから驚いてね。大事にしているヴァイオリンがあるけど弾く場所がないって言ったから、ここの2階でどうだい?って言うと嬉しそうに少し笑ったよ。いや・・・寂しそうな子だったねぇ」

「お婆さまの・・・2階にあるヴァイオリンですか?」

「そう・・・後で聞いたんだけど、ちょうどお婆さんが亡くなった直後だったみたいでね。唯一の理解者だって言ってたよ。うちの2階の保管庫なんて1番簡単なものだから、本当はあんな高価な物を預かるなんて恐ろしいんだけどね。自宅で見つかったら取り上げられるからって。大事そうに2つ抱えて持ってきて、初めてここに置いた日にはなかなか帰ることが出来なかったんだ。ははっ、可愛いだろう?」

「くすっ・・・ホントですね」

「そんな彼がよく笑うようになって君の話をしてくれるようになって、こんなに短い期間なのこの変化はすごいなぁって感心してるんだ。いや、本当に嬉しいんだよ。子供のいない私には何となく息子みたいに思えるからさ」


橋本さんの視線は沙耶香さんの形見のピアノに向かった。
もし、自分たちに子供が生まれていたら花沢類ぐらいの歳でもおかしくないんだって笑いながら。


急にお店のドアが開いて、真顔の花沢類がヌッと現れた。

「ねぇ・・・帰って勉強じゃなかったの?何してんの?」
「あっ、ごめん!試験のこと忘れてた!」

「えっ?俺はいいけど問題は牧野だよね?・・・急ぎな!」
「はいはい!それじゃ、橋本さん、ありがとうございます。晩ご飯、助かります!」

「頑張れ!」ってもう1回手を振って見送ってくれた橋本さん。
花沢類が私から袋を取り上げてムスッとした顔でドアを押さえてる。私も橋本さんにペコッと頭を下げて花沢類の前を通り抜けてお店の外に出た。

「またね、橋本さん」
「あぁ、類君も試験頑張れよ。油断するなよ?」

「・・・大丈夫だよ」


そんな会話が聞こえてきて彼もお店を後にした。


***


牧野が寮でヴァイオリンを聞きたいって言ってくれた。

嬉しかったけど少し不安もあった。
寮にこのヴァイオリンを持って入ることが。

花沢が俺の部屋のキーを持ってる可能性はある。何かの情報でヴァイオリンを寮に置いてることが知られたら奪いに来るんじゃないだろうか・・・そのぐらいやりそうな気がしてるからここに隠してるのに。

cantabileの保管庫の前でどうしようかと迷っていた。
本当は手元に置いておきたい2人の形見・・・”2人”を引き離したくはない。でも万が一を考えたら一挺にした方がいいだろうか。それならどっちを?

保管庫の鍵を開けて並んでる”2人”を見つめた。

やはり長く愛用してるお爺さまのヴァイオリンにしよう、そう決めた。

「お婆さま、少しお爺さまをお借りしますね。寂しいでしょうけど少しの間だけですから」


お婆さまのヴァイオリンケースに手を当ててそう言うと、お爺さまの方を手に抱え、そこから出した。
『酷いわね、類』なんて言ってる気がする。

「ごめんなさい、お婆さま・・・大事な人が聞きたいって言ってるんです。この前来た人ですよ・・・可愛いでしょう?」


”独り”になってしまったヴァイオリンを保管庫に残して鍵を掛けた。
そしてお爺さまのヴァイオリンを持って階段を降りた。


まさかこれが”2人”を本当に引き離す結果になるだなんて思いもせずに。



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