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plumeria

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火事があってから数日、類は大学に行かずに部屋でぼんやりしていた。

元気がないわけでもない。顔が見たくて連絡をすればベランダ越しに優しい笑顔は見せてくれた。でもその手が私に伸びることはなかった。私も類が1人がいいなら傍に行ける日を待とうと思って無理は言わなかった。

1日に1度、笑顔が見られれば・・・そう思うことにした。


私は彼のおかげで試験の成績もよくて特待継続が決まったから、それを報告したくて何度かメッセージを送ろうかと思った。
でも、やっぱり言葉で伝えたい・・・だからベランダに出て類の部屋を覗き込んだ。

いつもなら気配を感じて出てきてくれんるんだけどな・・・今日もダメかな?

諦めて窓を閉めようかと思ったら類の部屋の窓が開いた音がした。
慌ててもう1度類の部屋を覗き込んだら彼が手摺りに縋って星を見てた・・・初めて会った時みたい。少し寂しそうだけど。


「・・・星、よく見えるね」
「ん、そうだね。今日は晴れてたんだね」

そう・・・よく晴れてたんだよ?天気も気にならないほど部屋の中に閉じこもっていたの?


「類・・・あのさ、特待の合格ライン、ちゃんとクリアしたんだよ?ありがとうね」
「あぁ、そうなんだ。くすっ・・・頑張ったね。ご褒美あげなきゃ・・・もう少し待っててくれる?」

「そんなもの要らないよ。これからも教えてもらわなきゃいけないんだもん。宜しくね、先生!」

わざと戯けて話しかける。
それに軽い笑みで返してくれるけど、それもほんの数秒・・・類の目はすぐに夜空に向かってしまう。

だから私も同じように夜空を見上げるしかなかった。この1メートルのベランダの隙間がすごく遠く感じる。この星空も類と肩を並べて見たいよ・・・私の肩はあなたの温度を恋しがってるよ?・・・そんな言葉が喉の途中で止まってしまう。

「ごめんね、バイトの迎え・・・サボってるね」
「え?あぁ、いいよ、大丈夫!そんなの気にしないで?それよりちゃんとご飯食べてね?顔色が悪いからさ」

「そう?・・・牧野のご飯もしばらく食べてないね。だからかな・・・ぼーっとする」
「ほら!やっぱり食べてない!今週末はちゃんと作るから食べるんだよ?」



たった数分間、私たちは恋人らしくもない会話をしてそれぞれの部屋に戻った。

あの広い部屋で1人踞って膝を抱えて、類は何を考えてるんだろう・・・。
お婆さまのヴァイオリンのことが頭から離れないんだろうな。あれから全然cantabileには行ってないみたいだし。

**

次の日、私は1人でバイト先から歩いて帰っている時、ふと現場に寄ってみようかと思いついた。
昼間なら誰かに見られて出来ないかもしれないけど夜なら・・・そう思って急いで近くのスーパーに立ち寄って懐中電灯を買った。それを持って急いでcantabileに向かった。

お店はもうブルーシートは外されてて”立ち入り禁止・危険”のテープだけ。
真っ黒になった建物を見るとまた涙が溢れそうになったけど、懐中電灯を握りしめて今にも崩れそうな階段に足を踏み入れた。

「うわっ・・・怖い!もしかしてホントに落ちるんじゃないの?もうちょっと端っこに・・・きゃっ!」

階段の壁に手を当てたらズルッと手が滑って、懐中電灯で照らしたら手の平が真っ黒に・・・あちこちが煤だらけなんだ。ここを出たら自分は全身真っ黒なのかもしれない。

だけどどうしても探したかった。
類のお婆さまの形見の欠片・・・何か1つ、類の手元に返したくて。


ドアはもうないも同然だったから恐る恐る歩けそうな場所を確かめながら保管庫があった方に向かった。
床が抜けてて喫茶店の店内が懐中電灯の向こうに見える箇所もあって、自分の体重でまた抜け落ちたらどうしようって怖かった。

1歩進むのも凄く時間をかけて、少しでもグラッときたら足を引っ込める・・・そうやってなんとか目的の場所に辿り着いて灯りを向けながらその辺を探した。
でも、今までに2度しか見てないヴァイオリンだし、ケースもいくつかあったけど皆真っ黒でどれが類のお婆さまのものかわからない。

私はしゃがみ込んで必死にボロボロになってる保管庫の中を探した。1番大きくて丈夫そうだったケース・・・半分でもいい、4分の1でもいい・・・どうか見つかって、と祈るような気持ちで1つ1つ手に取った。

でも殆どのケースは燃え尽きてて楽器は原型を留めていない。
練習用のヴァイオリンで簡易ケースだったから?それは無残な姿で私が向けた灯りの中に現れた。

「やっぱりダメなのかしら・・・何処にもないのかなぁ。うわっ!」

諦めようかと立ち上がったら、そこで何か固いものを踏んでしまって後ろに倒れてしまった!同時に凄く軋んだ音がして、その瞬間下に落ちる!と身を屈めたら、目の前にもうひとつヴァイオリンのケースがあった。
もしかしたら・・・そう思って手に取ったらそれも真っ黒に焼けていたけど、中に半分以上焼失したヴァイオリンがあって、演奏するときに左手で持つ部分の先、スクロールと呼ばれるところの模様に見覚えがあった!

「これ・・・もしかしてお婆さまの?」

それを手に持って抱きかかえた・・・これは絶対に類のお婆さまのものだ。そう思ったら涙が出てきた。


ほんの少しでもこの世に残ってくれたんだと。
これを類が喜んでくれるかどうかなんてわかんないけど、彼に届けたくて私は急いで2階から降りた。

なんとか外に出て自分を見たら全身真っ黒・・・腕も足もおそらく顔も。
こんな姿で歩いていたら通報されるんじゃないかと思ったけど、それでも構わない・・・怒られるんならこれを類に渡してからいくらでも怒られればいい。

私が1歩足を出したら少し先にこのビルを見上げてる人がいた。



「あなた・・・どうしてここに?」



************



もう何日経ったんだろう・・・。

毎日ぼんやりとお爺さまのヴァイオリンだけを見てあの日の炎を思い出していた。
何度もこれは終わったことだ、今更どうにも出来ないと思っても、牧野の言葉を思い出して気持ちを浮上させようとしてもどうしても顔を上げられずにいた。

何度か牧野から来たメッセージを見返して、早く普通に戻らなきゃ・・・そう思うのに。


「あ・・・今日はメッセージが来てない・・・何曜日?バイト、何処だっけ」

曜日すらよくわかってなくてスマホで日にちと曜日を確認した。
今日は水曜日、牧野はファミレスのバイトの日だ。時間は8時45分・・・もうとっくに戻っている時間で、部屋に戻ったら必ずメッセージが来ていたのに。その、いつも来るはずの連絡がないことに気が付いてベランダに行ってみた。

身を乗り出して牧野の部屋を覗いたけど電気がついていない。


「あれ?まだ帰ってない・・・どうしてだろ」

急な行動なんて滅多にしない牧野がいつもの時間に部屋にいない・・・それが自分のせいのような気がして妙な胸騒ぎがした。
由依という彼女の事はまだ何も片付いていない。まさか、牧野にこれ以上何かする気だろうか・・・今まで自分のことばかりでそこに考えが至らなかったことにすごく腹が立ってきた。

もし、牧野に何かあったら・・・

それを打ち消すように首を振り、車のキーを手に持って急いで迎えに行こうと思った時、スマホが鳴った。


でも、それは牧野からじゃなかった。
かけてきたのは母さんだ・・・こんな時に!と思うけど出ないわけにもいかずに不機嫌なまま電話に出た。


「もしもし・・・こんな時間になんでしょう」

『類、急なんだけどあなたにすぐにフランスに行って欲しいの。大学に休学届を出して1度自宅に戻ってきてくれない?』


「・・・はい?以前お話ししていたことですか?今、この時期にですか?」
『緊急事態なの。お父様の事業に問題が起きてしまって、あなたの力が・・・あなたに間に入って欲しいのよ』

「意味がわかりません。俺はまだ入社もしてない人間で力になれることなんてありませんよ」
『いいえ、あなたじゃないとダメなのよ!お願い、類。1度戻って来て・・・今からでもいいわ、話があるの』

今までにない母さんの焦りよう・・・父さんがフランスで進めてる事業の中でトラブルが起きたという事だろうけど、それに俺が必要ってことは頭脳ではなく、俺自身ってことか・・・?

頭の中にはローラン社の意味ありげな令嬢のことが浮かんだ。


でも今はそれどころじゃない。
この時間から花沢に帰るなんて出来なかった。


「申し訳ありませんが今からは無理です。話なら明日聞きます。それでいいですか?」

『・・・わかったわ。明日必ず家に戻ってきて。でも、頭にフランスに行くことを入れておいて。類、この相談は花沢の社運が掛かってるの。こればかりはあなたにも協力してもらわないと困るのよ。ごめんなさい、受け入れてちょうだいね』

「・・・明日、顔を出します」


どうしてこんな時に重なる・・・!

いつもネットで見ていた花沢の情報もこの火事のあとは確認していなかった。一体何が起きた?・・・あの父さんがそこまでのミスをしたんだろうか。それとも他に想定外の裏切りがあったのか、重大なプログラムミスがあったのか・・・?
とにかくそれは牧野を連れて帰ってからでいい。

急いで車に乗り込んで牧野のバイト先に向かった。
この胸騒ぎが牧野の事なのか、フランスのことなのか・・・イラつきながらアクセルを踏み込んでいた。



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