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久しぶりに牧野が自分のアパートに戻るって言った。
窓も閉め切って、あの日作ったものもそのまま冷蔵庫に入れてるから片付けるのが怖いって泣きそうだった。
メニューを聞いたら俺の好きなパスタと牧野特製ドレッシングのサラダ。「勿体ないことしちゃったね」って言ったら「いつでも作れるから」って笑ってくれた。

「すぐに戻ってくるからね。類は何か欲しいものある?買ってくるよ」
「何も要らない。車に気をつけて行っておいで」

行きかけては困った顔して戻ってくる。それを何度も繰り返すから可笑しくて噴き出したら咳き込んでしまった。そうしたらまた背中をさすって動かなくなる。
「帰るの明日にしようかな・・・」何度も心配そうに言うから、何回キスしたかわかんないくらい。



牧野が出て行ってすぐに部屋に母さんが戻って来た。

「あら、牧野さんは?何処かに行ったの?」
「アパートに戻ったよ。すぐに戻ってくると思うけど。長いこと部屋を空けさせてるからね」

「ホントね。あの日からずっとだもの。毎日毎日その椅子に座ってね・・・あなたの右手を握っていたわ。24時間ずっと・・・自分の食事も言わないと手をつけなかったわ」
「・・・そうなんだ」

「・・・なによ、嬉しそうな顔して!」


医者から聞いた話ではもう1週間、検査入院して異常が無ければ退院。
その間に歩行訓練をして支障がないかを調べたり、点滴しか受けてないから体力の回復と栄養指導を受けたり。酷い衝撃を受けてるから脊椎の方も再検査されるらしい。

「あんまり運動しないくせに丈夫よね、類って。親としては嬉しいけど」
「・・・よく言うよ。子供の時から強制的に武道とか護身術とかさせられてるから自分を守ることは得意なんじゃないの?覚えてないけど」

「・・・くすっ、じゃあ役に立ったのね?良かったわ!」

左腕の骨折は完全回復までは2ヶ月程度掛かるらしい。ここも綺麗に折れてたから回復は早いだろうって。
俺の横で涙ぐみながら説明してくれたけど、あとは牧野に任せて自分はフランスに帰ると言った。


俺のフランス行きは予定より1ヶ月遅れただけ。
それでスケジュールを組み直したから、その日が来たら渡仏するようにと言われた。


「本当は完治まで日本でって思うけど、これも仕方が無いことだわ。準備が出来たらいらっしゃい。向こうで待ってるわ」
「ん、わかった。心配かけたね」

「母親ですもの、当たり前よ。でも、もうその役目も終わりそうだけど」
「くす・・・ごめんね。あのさ、フランスに行ったら新しい部屋を探すよ。2人で住んでもいい?」


「・・・ま!もうそこまで話が進んだの?ふふっ、いいわよ。それじゃ私は行くわ。類・・・良かったわね。大事にしてあげるのよ」
「会ってから帰らない?」

「・・・だってヤキモチ焼いちゃうわ。いいのよ、いつでも会えるようになるんだから」


ほんの少し、光るものを見たような気がする。
「またね!」って笑いながら母さんは病室を出て行った。


母さんが出て行ってから10分後、廊下を走る元気のいい足音が聞こえる。
それはどんどん近づいてきて俺はドアが開くまでのカウントダウンを始めるんだ。

5・・・4・・・3・・・2・・・


「類、ただいまーっ!」
「くすっ・・・お帰り。本当に早かったね」



**



それから1ヶ月後、ギプスも取れてなんとか左腕を動かせるようになった俺は牧野を迎えにアパートに向かっていた。
あの日と同じように雨が降りそうな、薄暗い雲の下を小さなスーツケースを車に乗せて。

牧野は住んでるアパートを今日、出て行く。すべての手続きを終えて部屋で待ってるはずだ。


俺のために会社を辞めてしまった牧野はあれから少しずつ花沢について勉強を始めた。家のことは加代に、会社のことは俺に聞きながらフランス語も習い始めた。
「お買い物ぐらい1人で行かなきゃ!」なんて嬉しそうに言うからパリの地図を広げて将来の夢を語った。

小さめのアパルトマンに住みたいんだって。
パリは災害の少なさと気候が関係して建物の寿命が長い。だから築100年以上のアパルトマンは数多くて、そんな中でバルコニー付きの部屋がいいらしい。
今まで出来なかったから家庭菜園を始めたいんだって。

「マンションは殆どシャワーだけだよ?」って言うと大反対だった。
「お風呂に入りたいもん!」・・・声を大にして叫んでいたよね。今度から2人で入ろうか?っていうと真っ赤になって答えてくれなかったけど。

そしてパリでは洗濯物を外に干すことが景観を壊すって理由でアパルトマンの規約上殆ど禁止されている。それには大ショックを受けててしばらく落ち込んでいた。布団も干せないのが嫌だって。

そんな『生活』の話がとにかく楽しかった。
2人で暮らすんだなぁって・・・肩を寄せ合ってパソコンの中を覗き見る。
あんたの生活をすべて変えてしまう俺の提案を、文句1つ言わずに受け入れてくれてありがとうって・・・牧野の横顔を見ながら毎日思ってた。




「あ・・・降ってきた。くすっ・・・ホントに雨が好きだね」


あの交差点を過ぎて、今日は順調にアパートに向かった。

事故に遭う直前、頭が真っ白になった時、浮かんできた牧野の笑顔。
もうダメだと覚悟をしたのにその笑顔を思い出したらもう1度会いたくて、会いたくて・・・長い眠りから起きた時に見た彼女の泣き顔が嬉しくて。
今まで何度も抱き締めて来たのに、あの日の牧野の温かさは一生忘れない。


大通りから1つ中の道に入り、俺がいつも停めていた駐車場も通り過ぎ、見えてきたのは牧野が住んでた小さなアパート。
そこには黄色い傘を差してアパートの下に立っている恋人・・・嬉しそうに傘を持っていない方の手を高く上げて振ってるんだ。ぴょんぴょん飛び跳ねて子供みたいに。

やっぱり小さなスーツケースを足元に置いて。


ねぇ、牧野。
これからは雨の日じゃなくても一緒だね。

あの雨の日にきっともう新しい恋は始まってたんだね。



「お待たせ、牧野。荷物それだけ?」
「うん!だって何にも要らないんだもん。類がいるから」

「・・・俺は大きな荷物持ってるよ?大事なものだから機内には抱きかかえて持っていくけど」
「え?そうなの?そんなに大きなもの持って入っていいの?」

「・・・くすっ、それ、自分で歩けるから」
「・・・・・・あっ!荷物扱いした!ひどーい!」


怒った顔をした牧野を黄色い傘と一緒に抱き締めた。
雨が少し強くなって傘の中には雨の音が響いてる・・・その中でそっとキスをした。


優しい雨が俺達を包んで、黄色い傘は俺達を隠して、そこに聞こえる雨の音は穏やかにリズムを刻んだ。


いつまでも
いつまでもこの時間が続きますように。


あの日から6年・・・雨が連れて来てくれた恋人は、今、俺の腕の中で優しく微笑んでいた。




fin




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『雨が連れて来た恋』、終了です。

この度の豪雨災害で被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
そんな中で「雨」に関するお話しを公開することに抵抗がありましたが、待っていて下さる方もいらっしゃいましたので予定通り公開させていただきました。

お話しの中の表現で、多少なりとも嫌な思いをされたのではないかと心苦しく思います。
申し訳ございませんでした。

一日も早い復旧と被災された方々が日常生活に戻れますことをお祈りしております。


平成30年7月18日(水) plumeria

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Comments 4

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2018/07/18 (Wed) 13:02 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さゆ様、こんにちは♥

あはは!無事に2人で旅立ちましたねぇ!
良かった良かった!向こうで幸せに暮らしてることでしょう♥

ドキドキしましたか?ふふふ、それはそれは・・・嬉しいですね。
事故なんて起こしたので怒られたらどうしようかとヒヤヒヤしましたが(笑)

8月になったらまた短編を予定してます。
少し夏向けの・・・ヒヤッとするお話しです。

今月の終わりに予定をお知らせするので待っててくださいね!
応援コメント、ありがとうございました。

さゆ様もこの暑さには十分にお気をつけ下さいね。

2018/07/18 (Wed) 14:54 | EDIT | REPLY |   
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2018/07/19 (Thu) 15:51 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんにちは。

はい!短いお話しでしたがほんわかしていただけたら嬉しいです!

雨のお話しで申し訳ない上に、始まってすぐに梅雨明けしたのでマジ驚きましたけどね・・・。

傘の中でハグ・・・これ、好きかも♥
私は絶対に傘を差さない人なので出来ませんが(笑)


8月には違う短編があります!待っててね♥

2018/07/19 (Thu) 19:21 | EDIT | REPLY |   

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