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plumeria

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久しぶりに自分の部屋に帰って旅行の支度をしていた。
類に言われたとおりアルバイトは全部辞めてきた。秋からどうしよう・・・ってそればっかり考えて頭が痛かったけど。
預金通帳・・・目標の貯金額にはほど遠いのに・・・。

初めてヨーロッパに行くのにお小遣いすら持って行けない。情けない、って首が90度折れ曲がった。


「いや、楽しい旅行じゃないよね。どっちかって言うと闘いに行くような気分だけど、私は直接闘わないと思うし・・・微妙な旅行だよね・・・」

ブツブツ言いながら僅かしか持っていない服を準備したけど、小さなスーツケースすら埋まらない。
類は何も要らないって言うんだけど流石に手ぶらって訳にもいかないし。
昨日用意してもらった服に着替えて、一応念入りにお化粧をした。理由はどうあれ海外旅行だもん、少しぐらい可愛くしたいし。


類は今、お爺さまのヴァイオリンを銀行の貸金庫に預けに行っている。
いつ帰って来るかがわからないから寮には置いておけないって言ってたけど、私にはその「いつ帰って来るかがわからない」って言葉の方が実は怖かった。


しばらくしたら軽快な足音が聞こえて来た。そして私の部屋のインターホンが鳴ったからドアを開けると類がひょいっと顔を出した。

「支度できた?」
「うん、持っていくものが殆どないんだもん」

「・・・ぷっ!」
「笑わないでよっ!いきなり行くって言ったクセにっ!」

私の小さな荷物を持ってくれて、空いてる方の手を差し出された。その手を繋いで階段を降りて、そのまま正面につけてあった彼の車に乗り込んだ。
それを窓から管理人さんが覗いてる・・・「気にしないでいいよ」って類はそっちを睨みながら車を出した。


管理人さんはすぐに姿を消した。私が彼とここを出たことは、そのままお母様に伝わるんだろう。



類の車は寮を出たらcantabileのあった場所に向かった。
そこはもう火事の後片付けがされていて平地に戻ったらしい・・・類は今日、日本を離れることを橋本さんに伝えていて、そこで待ち合わせをしていたみたい。
それを聞いて少し怯えた私に「大丈夫だよ。橋本さんは何も変わってないから・・・」ってそう言った。


類の言った通り、お店のあった場所には何もなくなっていた。

火事を思わせるように少しだけ黒ずんだ土地になっていたけど瓦礫やなんかは全部撤去されていて何も残っていなかった。
その真ん中に橋本さんは立っていて、じーっと空を眺めていた。

遮るものがないから私たちの車が来たことにはすぐに気が付いて、まだ降りてないのに手を振ってくれている。
その笑顔を見た瞬間、やっぱり涙が込み上げてきた。

「久しぶりだね、つくしちゃん。あれ?泣いてるのかい?」
「・・・こんにちは。橋本さん、あの・・・」

「気にしてるのかい?ははっ・・・それなら心配しないで。俺はもう次の事をちゃんと考えてるから」
「でも、あのピアノは・・・もう・・・」

もうこの世にないんですよ?って言葉をもう1度この人に告げるのは酷だろうか。思わず言葉を飲み込んだ私の肩をポンポンと叩いて橋本さんは本当に穏やかな顔で笑ってくれた。


「沙耶香は俺の中で生きてるし、あのピアノは俺の心の中で今でも音を奏でてるよ。その最後の音はつくしちゃんだけど、沙耶香の音だってちゃんと覚えてるよ。だからいいんだ・・・俺より一足先に沙耶香の所に行っただけだよ。今頃沙耶香が喜んで雲の上で弾いてるんじゃないかな?ははっ!」

「私もそれを信じていいですか?でも・・・やっぱり言わせてください。本当に・・・ごめんなさい」


深く頭を下げた私の髪を橋本さんは優しく撫でてくれた。
類は黙って私と橋本さんのやりとりを聞いていたけど、私の話が終わるとお婆さまのヴァイオリンの疑問を話し始めた。橋本さんはそれにはすごく驚いていて言葉が出なかったみたい。

今まで信じてきたものが他人のものだったかもしれない、そんな信じられない出来事に唖然としてる。橋本さんもプロのヴァイオリニストだったんだから、そのミスが起きること自体考えられないと頭を抱え込んでいた。

「フランスに行って花沢の事を片付けながら、時間をとってイタリアに行ってくるよ。その工房に何か手掛かりが残っていればいいけど」
「そうだね・・・イタリアの人は腕の確かな職人が多いけど、なんと言ってもお国柄なのか書類的な部分は大雑把だ。直接聞いた方がいいとは思うね。あれだけの楽器なら覚えてると思うから」

「うん・・・もしかしたらお婆さまのヴァイオリンは何処かにあるかもしれない。俺が持っていた方は燃えてしまったから交換なんて出来ないけど、もしこの世にあるんなら1度でいいから会いたいって思ってる」


「そうなるといいね。俺も祈ってるよ・・・お婆さんのヴァイオリンが何処かで君に会えるのを待ってるって・・・」


平らになってしまった土地の真ん中で、今、私たちが手に持てるのは自販機の珈琲だけど、それを3人で乾杯した。

「気をつけて行っておいで」って橋本さんが言うから「お土産買ってきます!」ってつい言ってしまった。
「牧野らしい・・・」って類がクスクス笑って「ワインがいいな!」って橋本さんは戯けて言った。


そんな私たちの間を優しい風が吹き抜けた・・・それはきっと沙耶香さんとお婆さまだったんだろうと思う。


*****


そのあとで類は車を自宅に置きに行った。

類には話してないけど1度見たことがある彼の自宅・・・今日もあの日と同じように”冷たい要塞”は白く輝いていた。
今日はこの門の中に入って行く。遠目にしか見なかった豪邸の正面玄関が私の目の前に現れた。

美作さんの家と同じく類の車がそこに停まったら、呼んでもないのに数人の男性が現れて1人が運転席のドアを開けた。
そしてもう1人が助手席のドアを・・・私は恐る恐る車を出て、先に降りていた類の隣に並んだ。
堂々としなくちゃ・・・そう思うけど身体の半分は完全に類の後ろ。ゴクリと喉が鳴って、汗がジワリと流れる・・・。


もう1度玄関が開いて、出てきたのは上品な中年の女性だった。
その後ろにも数人の若い女の人がいる・・・みんな綺麗な人ばっかり。

美作さんの家のようにメイド服ではなかったけど、花沢邸のお手伝いさんも紺色の統一したワンピースにフリルのない普通のエプロンを着けていた。


「類様・・・今からフランスに行かれるのですね?どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「・・・・・・ん」

「旦那様や奥様とよく話し合いをなさって・・・」
「加代!それ以上言わなくていいから!」

急に類が大きな声を出したから驚いた。こんな声は火事の時以来・・・その怖い目もあの時以来だった。
だから思わず類の服の袖を掴んだ。

「類、ダメだよ、そんな言い方しちゃ。”行ってらっしゃい”の言葉の返事は”行ってきます”だよ。あのね、1回家を出たら何が起こるかわからないから、出掛けるときの挨拶はきちんとしないとダメだって・・・うちのお母さんはいつもそう言ってるよ?」

「牧野・・・」

類はそのあとに小さな声で「行ってくる・・・」そう言って花沢の車に乗り込み、車内から私を呼んだ。
加代さんという人に黙って頭を下げた。挨拶をしたいけど何て言っていいかわからないから。

そしたら加代さんの方が「あの、お嬢様」と、私に声をかけてくれた。


「お嬢様が牧野様ですか?私からはこの度のフランス行きのことについて何も言えないのですが・・・類様のこと、宜しくお願い致します」
「え?あ・・・はい!初めまして。牧野つくしと申します。でも本当は私が行ってはいけないのでしょう?」

「・・・類様のご希望です。行ってからのことは類様にお任せするしかないのです。私は類様がお幸せならそれが1番・・・でも、もう25年もこちらにお世話になっておりますので花沢家も大事です。ごめんなさいね・・・お力になれなくて。あの、これをお渡ししていいかしら」

加代さんはポケットから小さな箱を出した。
掌に入るくらいの本当に小さな箱・・・少し古びた感じだった。


「これは・・・なんですか?」

「これは先代の旦那様が大奥様、類様のお婆さまに贈られたものです。実は奥様に内緒で類様のお相手の方が決まったら渡して欲しいと大奥様から私が直々に頼まれたものですの。この先、どうなるかはわかりませんが類様が本気なのでしたらこれは牧野様に。もしかしたら今日、ご一緒に来られるかもしれないと思って用意してましたの。
どうぞお持ちになっててください。大奥様からの御守りだと思って・・・」

「でも、どうして類のお母様にじゃないんですか?」

「それは・・・奥様が1度受け取られたのにお返しになったからです。それなら類様のお相手の方にと・・・そう言うことですわ」


お母様が1度受け取って返したもの?
それを私に・・・?


その中にあったものは真珠で囲まれた綺麗なカメオのブローチ。細かい装飾が見事な薔薇の花を象ったものだった。
私はそれを持って加代さんにもう1度頭を下げ、類の所に走って行った。


「加代と何を話したの?」
「・・・ううん、何でもない。私にも気をつけてって・・・それだけ」

私は自分の鞄の中にその箱をポトンと落として類には言わなかった。


ううん、まだ言えなかった。
類のお母様が受け取れなかったものを・・・私が持ってるだなんて。




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2018/08/04 (Sat) 07:55 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: おはようございます

ゆき様 おはようございます。

あらら!早速ですか?うふふ!嬉しいです。
がっ!夜更かしはいけませんよ~💦

急になくなったりしませんのでどうぞ時間を掛けて読んで下さい。

この話は後半になりました。
今から少しややこしい部分に入りますが宜しかったらお付き合い下さいませ♥

2018/08/04 (Sat) 10:25 | EDIT | REPLY |   
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2018/08/04 (Sat) 16:34 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんばんは。

加代・・・喋ってましたね(笑)
多分ここだけだと思うけど。訳ありブローチを渡す人が必要だったので・・・

今回の花沢家が極寒の地ですからね。
物の怪ではございませんがブリザード類が住んでいると思います。

窓をガタガタと揺らして・・・

『ヴァイオリンヲカエシテ・・・オバアサマノヴァイオリン・・・カエシテ』


怖いですねぇ~💦
後ろの鏡から当然のように出てきたのは・・・

『ルイサマ・・・コレデゴザイマスヨ~ハイ、ヴァイオリン!』

加代さんでした♥

2018/08/04 (Sat) 23:49 | EDIT | REPLY |   

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