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plumeria

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「このブローチに見覚えがあるんですか?私もこれは初めて見ますが、彼女が祖母からの贈り物として花沢の家から持たされたようです。しかも祖父が祖母に渡したもののようですが・・・?」

ローラン会長は掌に乗せたブローチを何度も撫でていたが、やがてそれを箱に戻し俺達に説明してくれた。


「これは私の実家が宝飾品を扱っていたからマサユキさんが買い求めに来た時に私が選んであげたものです。一点物で珍しいデザインだからどうかってね・・・それがマサユキさんとの出会いだったの。せっかくイタリアに来たんだから奥様に贈り物をしたいって言ってね・・・。
ひと目でマサユキさんに恋をしたんだけど日本の方で奥様もいて、到底叶わない恋だったけど若かったものだから気持ちが抑えられなくてね・・・」

お婆さまは知っていたかどうかわからないけど、お婆さまを恋敵のように思っていた人とこうやって話すのも不思議な気分だった。それはこの人にとっても同じだろう・・・恋をした人の孫と対面するなんて思わなかっただろうから。


「マサユキさんもこのブローチを気に入ったみたいで買って下さって、私ったらその場で渡さずに『あとで届けるから宿泊先を教えて下さい』なんて言ったの。奥様って人をこの目で見たかったのよ。私とどっちが綺麗なのかって・・・ほほほ、馬鹿でしょう?それで届けに行った時、2人が嬉しそうにヴァイオリンを手にしていたのを見たの」

「その時に2人はヴァイオリンを買ったんですね?」

「そうみたいね。だから今度はつい、見栄を張って『私も弾けますわ!』って言ってしまったの。多少は弾けたんだけど、本気で練習したことがなかったから下手だったのに、コンサートを開きましょうって提案して2人を実家へ招待したりしてね。
慌てて2人が購入した楽器店に出向いて、同じ職人が手掛けたストラディバリウスで、ほぼ同じデザインのものを私も買ったの。父には随分怒られたわ、なんと言っても値段が値段だったから。それから毎日毎日ヴァイオリンの練習をしてね、あの頃は辛かったけど今となってはいい思い出だわ・・・」

同じ職人が作ったほぼ同じデザインのヴァイオリン。
その頃から考えると200年ぐらい前のもののはずだけど、同じ職人が極僅かにデザインを変えて数台のヴァイオリンを作ることはよくあること。
現にお爺さまのヴァイオリンとお婆さまのヴァイオリンはスクロールの装飾の線がほんの数ミリ太いか細いかの違いだけ。それがローラン会長のものは線が2本か3本かの違いだけ。

そこがあまりにも小さな部分で鑑定書と見比べないとわからないほど・・・お婆さまもローラン会長も既にヴァイオリンから遠ざかっていたから気が付かなかったんだ。


「・・・確かにこれが手元あると言うことはあなたはマサユキさんのお孫さんね。わかったわ・・・お見せしましょう」

ローラン会長は使用人を呼んで客間にヴァイオリンのケースを持ってこさせた。
その中にお婆さまのヴァイオリンがあるかと思うとドキドキした・・・もう会えないものと思っていたから。

牧野も俺の腕を掴んでそのケースが開けられるのを待った。


「さぁ、どうぞ。これが修復したヴァイオリンよ。私はもう目が悪いからあなたが見てごらんなさい」

「ありがとうございます。失礼します」

開けられたケースの中からヴァイオリンを取り出した。
そしてスクロールを確認したら・・・俺がつけた傷がそこにはあった。ホントに小さな傷・・・お婆さまに隠し続けた傷だ。


それを見た瞬間、このヴァイオリンを抱き締めた。


**


「それで、私のヴァイオリンはどうなったの?日本にあるというの?」

ローラン会長は本来自分の手元にあるはずのヴァイオリンの行方を聞いてきた。それは当たり前の事で説明しなくてはならない・・・お婆さまのヴァイオリンをケースに戻してテーブルに置き、畏まって会長を見つめた。
会長はそんな俺の事を不思議そうに見ていた。

鞄からスクロール部分が入った箱を取り出し、彼女の前に差し出した。


「これは・・・なんなの?」
「申し訳ございません。これが・・・あなたのヴァイオリンのこの世に残った一部分なんです」

「なんですって?どういう事なの?」

ローラン会長は訳がわからないといった表情で俺と小さな箱の中身を交互に見ている。
ここで作り話なんて出来るわけもなく、俺はこれまでにあった出来事を話した。

ダニエル同様、そのような事が起こるのかとでも言いたそうな困惑した表情を見せ、箱の中のスクロールを手に取って哀しそうな顔をした。
ただ、すごく楽器を愛していたというわけでもなかったようだから俺が心配したほどには怒らなかった。


「そんな悲劇があったのですね・・・辛かったわね」

「・・・はい。私は祖母の愛情を受けて育ちましたし、これは形見として譲られたものでしたからとてもショックでした。でも、この焼け残ったスクロールが事実を教えてくれてここまで辿り着いた・・・ローランさんには申し訳ないと思うのですが、ここで大事に保管されていたことがわかり嬉しく思います。私はこのヴァイオリンをこの目でもう1度見たかったので・・・今はとても幸せです」

「愛された楽器は幸せね。マサユキさんもそれとお揃いのヴァイオリンをとても気に入ってたみたいだったわね」

「祖父のヴァイオリンも私が持っています。あなたのヴァイオリンと一緒に保管していたのですがたまたま祖父の方を私が別の場所に移動したために難を逃れました」

「そして私のヴァイオリンだけが燃えてしまったのね?」

「それについてはお詫びのしようがありません・・・本当に申し訳ないことをしました。もし、良かったらあなたの楽器の弁償はさせていただきたい・・・そう思っています」


ローラン会長は静かに首を横に振った。
金銭的な事はいいと・・・それなら戻してくれるんだろうかと僅かな期待をしたがその言葉もなかった。
お爺さまが選んだものとして大事に持っておきたいのだろうか・・・この人の楽器を焼失させてしまった俺としてはこの段階で無理を言うことは出来なかった。

ただ、ここにあるとわかっていればいつでもこの先に話し合いの場は持てる・・・それに1ヶ月後、この人とはまた会う事になるだろうから。
その時の状況次第で動き方は変わる・・・今日はこの手に持てた事で満足しようと自分に言い聞かせていた。

牧野にもこれまでの説明をしたら嬉しそうにお婆さまのヴァイオリンに触れていた。
「これが本物の”お婆さま”なんだね。良かったね・・・類」って涙を浮かべてる。cantabileの火事が起きてからずっと胸を痛めてきたからホッとしたようだ。

ローラン会長にはこのスクロールを火事現場から探したのは牧野だと説明を加えたら驚いていた。
「やはり女性の方が強いのよね!」なんてイタリア語で言われて握手され、牧野は訳もわからず大喜びでローラン会長の手を握った。


「ルイさん・・・お願いしてもいいかしら?」

「はい、なんでしょうか?」

「このヴァイオリンで1曲・・・弾いて下さらない?」


ローラン会長の思いも寄らぬひと言で、このあと俺はお婆さまのヴァイオリンに弓を当てた。


修復をした後、数年は殆ど音を鳴らしていない楽器だから上手く音が出ない。
弾き込んでいないと伸びやかな音にならないから調整のために少しだけ練習をした。特に駒と魂柱を新しく替えたお婆さまのヴァイオリンは弾く事でその僅かな隙間を縮めて密着度を上げ、弾き手の圧力が楽器に伝わりやすくなる。

この数分じゃ満足いく音にはならないかもしれないが、本来この楽器が持つ力を信じようと思った。


「リクエストがありますか?」

「トロイメライを・・・」


意外なことにローラン会長のリクエストはお婆さまが1番好きな曲だった。
それを日本から遠く離れたイタリアで弾く・・・それでもきっとお婆さまには届いているだろう。




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2018/08/29 (Wed) 00:42 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

まりぽん様 おはようございます。

やっと出会えましたねぇ~♥
でもこのヴァイオリンを類君の元に返してくれるのかどうか・・・ですよね!

何もかもうそう上手くはいかないかも?(笑)
このお婆さま・・・ひと癖ありそうですもんねっ!

何を言い出すのか・・・ふふふ、お楽しみに♥

それにしてもヴァイオリンというものは難しいですね。
色々と調べていくと頭はこんがらがるし、仕組みは難しいし。
ヴァイオリンのCD買って毎日聞きましたが私が好きな曲は激しいものばかりで類君には似合いませんでした(笑)

音楽って奥が深いわ・・・次はもう書けない(笑)

2018/08/29 (Wed) 09:26 | EDIT | REPLY |   
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2018/08/29 (Wed) 15:42 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんばんは~!

たまにはホッとする場面もないと類君が可哀想なんで(つんつんされたり憑依されたりしてるから)

ほほほ、数億の衝動買い(笑)
F4だけじゃなかったのね!って事で。

だんだんいい婆ちゃんに見えてきましたか?

悪者が類の父ちゃん、母ちゃんになってきたりして(笑)

2018/08/29 (Wed) 22:15 | EDIT | REPLY |   

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