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ローラン会長は俺のヴァイオリンを目を閉じて聞いていた。
そして弾き終わるとゆっくり目を開けて優しい笑顔を見せた。

「その曲はマサユキさんがよく弾いていたのよ。それは綺麗な音で私も憧れてねぇ。奥様もそれは嬉しそうに横で聞いていらして、その仲の良さにヤキモチ焼いてしまって『私はその曲は好きではありませんわ』なんて言っちゃったの。そしたら奥様が苦笑いされて・・・全然敵わないのに私ったら。ふふふ・・・」

「そうなんですか・・・私は祖父を知らないので」

「あなたのヴァイオリンの音はマサユキさんによく似てるわ。お上手なのね・・・私ももっと練習したら良かったわ」

「買った時に練習を始められたのでしょう?続けなかったんですか?」

「マサユキさんが帰国してしまってからは弾く気がしなくなったの。ふふっ、数億もするものを僅か数ヶ月で触らなくなって父がカンカンだったわねぇ。でも見たら思い出すんですもの、お2人が仲良く弾いていたところ・・・羨ましかったわ」

こんなにも人を好きになれるのかって言うぐらいその時はお爺さまに恋をしたんだそうだ。
だから何度も来る結婚話を断って、気持ちが落ち着くのに3年かかったと・・・「恋の病」とは本当にあるんだと思ったわ、と戯けて見せた。

俺の方はこのクレモナで、お爺さまとお婆さまがどんな風に過ごしていたのかを想像した。
日本の屋敷の写真では感じられなかった優しいお爺さまと、結婚したばかりの可愛らしいお婆さまが笑顔でヴァイオリンを弾いている姿・・・きっと、外国だからお爺さまは気を張らずに自然体で過ごせたのかもしれない。

那須の別荘で聞いた話とは違う夫婦の姿・・・お爺さまはもしかしたら照れ屋だったのかも。誰もいないところでなら素直な自分に戻ってお婆さまに笑顔を向けられたのかもね・・・。


お婆さまのヴァイオリンをケースにしまい、それはテーブルの上に置いたまま。
最後にローラン会長が持っているヴァイオリン鑑定書と、俺が持ってきたスクロール部分が同じであることを確認してお互いに自分の所有物が取り間違えたということには納得した。


「ルイさんは、やはりこのヴァイオリンを手元に置きたいわよね・・・」

帰ろうと思った時に言われたひと言・・・いずれはと思っていただけに足が止まった。
弁償の話を受けてくれるんだろうかと次の言葉を待っていたが、彼女の口から出たのは違う言葉だった。

「このヴァイオリンの価値はあなたもご存じの通りだと思うけど、私はこれをフランスにいる孫娘に渡そうと思っていたの。あなたのお婆さまがしたように私も形見としてね・・・それがこの世になくなったのはとても残念。だからお金で弁償というのも受ける気がしないのよ。でも確かに私のものではないし、あの人がルイさんに渡したかったって言うのもわかるし・・・少しお時間をいただけるかしら」

「・・・わかりました。ローランさんのご意見が纏まったら教えて下さい。もう少しここには滞在しますので」

「ごめんなさいね。私のじゃないとわかってもマサユキさんが気に入ったヴァイオリンには間違いがないから手放したくないのが本音だわ。また連絡をしましょう・・・今日は弾いて下さってありがとう」


足が痛むからここで、と言ったローラン会長と客間で別れ、俺達は屋敷を後にした。

確信して出向いたとは言え、本物のお婆さまのヴァイオリンに触れることが出来た上に弾くことも出来た・・・それは満足だったが、ここにあるとわかっていながら持って帰ることが出来ないもどかしさも確かにあった。


門を出てからもつい振り向いてしまう。
お婆さまを置いて帰るような気がして・・・。


「あれはお婆さまのだって鑑定書でわかっても持って帰れないの?どうにかして返してもらうことは出来ないの?」

「そうだね・・・出来ないことはない思うけど。所有者はお婆さまだけど既に他界してるし、あのヴァイオリンの所有者を俺に変える手続きは取ってない。それに個人的に弁償って形での話し合いが出来ないなら、弁護士に入ってもらって交渉することになるよね。ローラン夫人が故意に間違えた訳じゃないから悪意の証明も出来ないし、金銭も要らないからあのヴァイオリンを手元に残したいとなると・・・時間はかかるかもね」

「時間をかければ解決するの?」

「その前に俺とアリスのことを知ってしまうよね・・・そこが問題かもしれない」


牧野の顔を曇らせたくはないけど、アリスの名前はこの先の不安を強くした。



**********



類はホテルに戻っても口数は少なかった。

確かにお婆さまのヴァイオリンを手に持てたことで安心はしたみたいだし、弾くことも出来たから嬉しかったのは間違いない。だけど傍に置けない寂しさがやはり彼の心を沈ませてるんだろうと思う。

そんな彼にかける言葉は見つからない。
窓の下の公園をジッと見つめてるから1人にしてあげようかなって思った。


「類、私ちょっとホテルの中を探検してきてもいい?」
「探検?1人で?」

「うん!外には出ないしそんなに長い時間じゃないと思う。あっ、デザートでも食べてこようかなぁ・・・ジェラートとか美味しそうだもんね!」

「・・・一緒に行くよ」

「ううん!大丈夫だって。すぐに戻るから心配しないでね!」

一生懸命笑顔を作って部屋を出た。
そして廊下で大きく深呼吸して・・・私は本当に1人でホテルの中を散歩することにした。


フロント前には硝子ケースに入ったヴァイオリンが飾られている。
そして奥には小さいけれどコンサートホールがあった。そこに足を向けたら隣には練習用の小ホールがあるみたい。
小さな子供を連れたご夫婦がそこにいて、まだ5歳ぐらいの男の子がピアノの鍵盤を乱暴に叩いていた。そしてもう少し年上の女の子はそこにあるヴァイオリンに興味があるようで恐る恐る手を出している。

「ここは自由に弾いてもいいのですか?」

私が英語で聞いてみたらその若い夫婦は英語で答えてくれた。どうやらイギリスから来ている観光客らしい。

「ここの楽器は弾いてもいいと許可をいただいてきました。でも私たちが弾けるわけではありません。子供が習いたいって言うから触らせていました。あなたは?ヴァイオリンが弾けますか?」

「いえ、私はヴァイオリンは弾けません。ピアノなら少し・・・でも、下手くそです!あはは!」

「あら!ピアノが弾けるの?是非弾いていただけませんか?」
「えっ?!」

首をブンブン振って断ったのにこの夫婦に負けてピアノの前に座った。
うそでしょ・・・って思ったけど最近弾いたのはきらきら星変奏曲、それしか弾いてないから「失敗するけどいいですか?」なんて変な断りを入れてからピアノに向かった。

そしてこの家族が期待に満ちた目で見てる中、緊張しまくって『きらきら星変奏曲』を弾き始めた。


初めの方は大丈夫・・・私も調子に乗って楽しく弾いていた。そしてどんどん進んでいって、いつも間違うところに近づいて、フランスで教えてもらったことを思い出しながら・・・軽くミスったけどこの人達には気が付かれなかった。

最後まで弾き終えた瞬間、この家族とは別の場所から拍手が来て、そっちを見たら類が笑いながら手を叩いていた。


「あーっ!類、聞いてたの?」

「うん、牧野が帰ってこないから俺も出てきたんだよ。そしたらこの奥から聞こえてきたんだ、あんたの”きらきら星”・・・くすっ、上手く誤魔化したね?」

「あはは!やっぱり類にはわかっちゃうか!」
「でも凄く良かったよ」


やっと笑ってくれた類の顔・・・それが嬉しくて抱きついてしまった。
そしたら今度はその家族が類にもリクエストして、彼はヴァイオリンを披露することになった。

「じゃあ・・・さっき練習したから”トロイメライ”で」


お婆さまのヴァイオリンじゃないから少し音は違ったけど、ここでも類の演奏は小さな子供の心を動かしたみたい。
弾き終わったら女の子の方が涙目で大きな拍手をして、そのあと類はその子にヴァイオリンの持ち方だけ教えていた。


その家族と別れて類と2人、今は誰もいないコンサートホールの椅子に座っていた。

「もしかしたら、さっきの女の子・・・ヴァイオリン、習うかもしれないね。今日の事、心の奥に一生残るかも・・・」

「そうだといいな・・・あのぐらいの時に感動したことって宝物だもんね」


「そうだね・・・きっと類の事、忘れないと思うよ」





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2018/08/30 (Thu) 00:24 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

まりぽん様、おはようございます。

音楽・・・音の世界を文字で表すのには限界があるので残念ですが、私も専ら聞く方です。
子供がバレエしてるからなんですが、クラシックだらけ。
この度はそれにヴァイオリンの曲を集めたCDを買ってかけてます。

”白鳥”もバレエ音楽として有名ですが、いつか子供に踊って欲しいなぁって思っていたら、今年の春は”黒鳥”を踊っていました。

まぁ、そんなもの。親の心子知らず・・・。
優雅で美しい白鳥ではなく、妖しく色気ムンムンの黒鳥でした。

ふふふ、毎晩こんなに穏やかな終わり方だといいんでしょうけどねぇ・・・。

そこはね・・・(笑)
もう、ごめんなさいとしか言えないかも(笑)

2018/08/30 (Thu) 09:58 | EDIT | REPLY |   
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2018/08/30 (Thu) 15:24 | EDIT | REPLY |   
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2018/08/30 (Thu) 19:45 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんばんは。

ふふふ、そうだといいんだけど。
道明寺楓かイザベラ・ローランか・・・ってぐらいとんでもない人かもしれませんよ?(笑)

もう少しこの婆さんは要注意・・・かな?

この書いたホテルには本当にコンサートホールがあったんです。
凄いよね・・・さすがイタリア。
オーケストラ用なんですって。類君達が弾いた場所も調べたらありそうだったから書いちゃった!

そうね、この女の子(笑)
若き日のローランのお婆ちゃんみたいに類に恋をしてヴァイオリン習って日本に会いに来て・・・あら、素敵なお話♥
でも、隣に自分より子供っぽいつくしちゃんがいて「私の方が綺麗じゃん!」って泣いて怒るの♥

「でも俺にはこの人しか見えないんだよ。ごめんね、カトリーヌ」(命名カトリーヌ・今決めた)
「やだっ!類ったら!」

・・・なんか考えてみよう。
(コメント返信で考えなくてもいいんだけどww)

2018/08/30 (Thu) 23:36 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: To plumeriaさん

まりぽん様 こんばんは!

そうですねぇ・・・確かに毎日電話があります。
学生ですけど研修のために幼稚園児のクラスを教えてるので、その話とかで毎晩毎晩・・・よく話すなぁって思いますが。

あらら、そちらも運動を?
でも大人になったら楽ですよね!自分たちで全部するから。

うちの娘も美術は良かったですが、音楽はダメでしたね。
踊ることは出来ても弾くことは出来ない・・・良く両方習ってる人がいましたが、お金が(笑)
楽器にも興味を示しませんでしたから。

よく一緒に演奏会とか行ったんですが、娘は大抵途中で寝てました(笑)


確かに類がヴァイオリン奏者でそこにいたら・・・猛ダッシュして最前列にしがみつくかも~!
同じく溶けますね(笑)

2018/08/30 (Thu) 23:49 | EDIT | REPLY |   

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