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『ヴァイオリン・ソナタ第5番・スプリング、それとラ・カンパネラ・・・それをお願いするわ。そしてルイさんにはご自分の好きなものを1曲。後はその場でお願いするかもね。お得意なものをそれぞれが練習しなさいな』


ローラン会長のリクエスト曲の楽譜を手配して、CDも朝からかけっぱなし。
自然とその曲を自分の耳で聞いて身体に染み込ませるため・・・だけど、牧野は心配そうに楽譜を眺めて溜息をついてばかりだった。

楽譜の上で指だけ動かして覚えようとしてる・・・牧野の焦りは見ていて可哀想なぐらい。


「そんなに緊張しないで?伴奏なんだから気を楽に・・・ってわけにはいかないだろうけど」
「うん・・・そもそも伴奏っていうものを経験したことがないのよね。自分勝手に弾いちゃダメでしょ?」

「そうだね、俺との息も合わせないといけないし、楽譜通りに弾くんだけど俺のテンポに合わせるようなレッスンがいるんだと思う。ヴァイオリン同士で弾く時も相手の呼吸を感じながら弾くよ。たまたま橋本さんと俺はそういう意味では相性が良かったんだろうね、悩むことはなかったから」

「どうしよう・・・私のピアノで類を困らせたら・・・」

「だから何度も練習するんだよ。今日の午後にはスタジオに行こう?」
「・・・うん・・・」


毎朝必ず牧野が作っていた朝食・・・初めて俺が担当することになった。
その後もずっと楽譜を見てるから声をかけられなくて、慣れない手つきでバゲットをカットしてそこにチーズを乗せてミクロ・オンド(電子レンジ)へ。こうやって温めれば食べられたと思うんだけど・・・って睨めっこしてたけどミクロ・オンドに変化がなかった。

「あれ?なんで?どうして出来ないんだろ」

スタートちゃんと押したのにって首を捻ってるうちに湯が沸いたから珈琲に移った。これは俺でも大丈夫・・・その香りで牧野が気が付いてキッチンに走ってきた。

「ごめんね!類・・・何してるの?珈琲煎れてくれたの?」
「うん、でもさ、これ・・・故障してるのかな?動かないんだけど」

「・・・だって種類の選択してないんだもん。ここのはね、温めか解凍かって選んでからスタートなの。類、中に入れただけでスタート以外何も押してないでしょ?」
「・・・・・・うん」

「そりゃ動かないわ」
「・・・牧野、やって?」

牧野が温めとスタートを押したらミクロ・オンドは動き出した。
それを見てプッ!と噴き出した牧野はすぐにお腹を抱えて笑い出した。そんなに馬鹿にしなくてもいいのに・・・。


「そこまで笑う?いいけどさ・・・はい、珈琲持っていって?」
「あはは!ごめんね、寮での類を思い出したのよ!あの全部腐らせた冷蔵庫の中身とか1枚も持っていなかったゴミ袋とか。やだ、可笑しい・・・あははは!」

「あぁ、そんなこともあったよね。あんた、凄い怖い顔して腐ったものをゴミ袋に入れて俺に持たせたよね?」
「そうそう!類ったら1回もゴミ捨てに行ったことがないからゴミステーションも知らなかったよね」

「でも今は結構知ってるよ?牧野と一緒に暮らし始めてから」

「・・・類」


大笑いしてた牧野が止まった。
今度は真面目な顔で俺の方を見ている。


「今みたいに笑って暮らしたいんだ・・・あんたと毎日笑って暮らしたい。俺の食事はあんたが作って俺はあんたのために働いてさ。ゴミ捨ても行くし買い物もする・・・そんな未来のために頑張りたいんだ」

「・・・うん、わかった。ごめんね・・・1人で思い詰めちゃって。私も同じ夢のために頑張るよ」


珈琲よりも何よりも・・・朝のキスは欠かせないよね。
牧野の頬を持って何度もキスをした・・・ミクロ・オンドがとっくに終わってて催促されてるのに。


*********


アパルトマンから歩いて行ける場所に借りた音楽スタジオにはグランドピアノがあった。
これまで牧野が弾いたことないようなピアノ、それを見たらまた緊張したみたいで恐る恐る蓋を開けていた。

「うわぁ・・・綺麗なピアノ!下手くそな私が弾いても綺麗な音が出そうじゃない?」
「あはは!本番はこれで弾かないよ?」

「あっ、そうか・・・残念!でもグランドピアノだよね?慣れなくっちゃ!」
「お婆さまのヴァイオリン、長いこと弾いてないみたいだから少し弾き慣しするね。牧野も指慣ししておいて」

「はーい!」

朝よりは幾分元気にピアノに向かった。


椅子に座って指のストレッチを始めた。
グーとパーを繰り返すような動きと指先の押し合い、おそらく昔教室でそう習ったんだろう、真剣な表情でそれを繰り返したら今度はハノンを弾き始めた。
ハノンとは作曲家の名前だけど多くの練習用の楽譜を残してるからピアノ教本の事を「ハノン」と呼ぶことも多い。
その中から覚えているものを弾き始めた。

勿論それを弾くのでさえ数年ぶりだろうから間違えてしまう。
間違う度に牧野の顔に焦りが出るからそれを見ないようにして俺は自分の作業をした。

指慣らしで止まるようじゃ本当は不安・・・だからって諦めるわけにはいかないから。
予定していた時間よりも多くのレッスンがいるかな・・・ってちょっと考えた。


俺の方も先日少し弾いただけで何年間も使われてなかったお婆さまのヴァイオリンは少し音が震える。
それは弾き熟せば大丈夫だろうけど、俺自身もここ1ヶ月は弾いていないから勘が鈍ってる。それを取り戻すために数分間、簡単な曲を弾いていた。

それが済んだらヴァイオリン・ソナタ第5番・スプリング、それとラ・カンパネラの楽譜を渡した。

「ピアノ伴奏のことは俺も専門じゃないけど後でマリアが来るから教えてもらおう?」

「う、うん・・・頑張る」
「牧野・・・力抜かなきゃ。そんなに肩に力入れてたらすぐに疲れるよ」


楽譜を見ながら牧野がピアノを弾き始めた。

CDで聞くだけで弾くのは勿論初めて。だから当然のように間違ってるけど、真剣な顔で何度も挑戦してやっと出だしが掴めたくらい。それだけで牧野は汗びっしょりになってて、額を拭いながら先を進めていた。

「あっ・・・ダメだ!もう1回・・・やだ、何処からだっけ?」
「あれ?ここどうやるの?指がまわんない!えーと・・・あぁ、そうか!」

何度もでる独り言がどんどん酷くなってきて最後の方は叫び声に近いヒステリーが出ていた。
だから俺の練習を止めて牧野の隣に行って一緒にピアノの練習・・・少しなら弾けるから楽譜を見ながら2人で弾いた。

そうしたら少し落ち着いて、また深呼吸して練習を始める。

「類、ピアノも弾けるんだ?凄いねぇ!」
「そんな事ないよ。好きじゃないから人に感動を与えるような演奏は出来ない。多分、俺のピアノを聞いても牧野のきらきら星のように人を笑顔には出来ないよ」

「そんなに私のきらきら星って笑えるの?」
「笑えるって言うより印象的なんだよ。牧野が楽しそうに弾くから音がそういう風に聞こえてくるんだと思うよ」

「ふーん・・・じゃ、がんばろ!」
「あはは!単純だね」


本当ならこのレベルでリサイタルなんて無理だろうと思える牧野のピアノ。
だけど俺には彼女のピアノじゃないと自分の音楽が生きてこないような気がしてる。

何故だろう・・・こんなに心許ない演奏なのに、数週間後にはこれが大勢の人に笑顔を届けそうな気がしてる。


「あーっ!また間違えたっ!!よし、もう1回!」

「牧野・・・本番ではもう1回とか無いからね?」




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2018/09/06 (Thu) 15:29 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さゆ様、こんにちは!

私は子供に絵を教えてましたがその時に「なんでそうなるかなぁ?」っていつも言ってました。
絵なんてその人の感性ですから自由でいいのにね(笑)

だから私の前で描くといまいちだけど、学校で伸び伸び描いたものはよく入賞とかしてました。
親ってのは「教師」にはなれませんよね。感情的になるから。

勉強もそうでしたね・・・厳しくした頃は成績が悪かったけど、もういいや!って何も言わなくなったらぐんぐん伸びました(笑)
何事も自分から進んでやったら伸びるのかも・・・。

って、つくしちゃんは伸び伸びし過ぎたらとんでもないことになるので類君としっかり練習してもらいましょう!

妄想とはいえ可哀想に(笑)つくしちゃん。

2018/09/06 (Thu) 16:13 | EDIT | REPLY |   

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