隣の部屋の彼 (151)
アリスの部屋をノックしたら中から可愛らしい声で返事があり、ドアを開けて入った。
そこにはジルベールもいて椅子に座ったアリスは今日も美しく着飾っていた。
俺が来るまで2人で・・・なんてことを思わせるほど2人共が赤い顔。それが面白くて噴き出すとジルベールの方が少し彼女から離れていった。
「あぁ!ごめん・・・いいよ。俺よりもあなたが近い方がアリスも嬉しいんだから。遠慮しないで隣へどうぞ」
「ま、まぁっ!ルイ様ったら!」
「は・・・はぁ、いえ!私はここで」
1度近づこうとしたのにまた慌ててアリスから離れ、俺にソファーに座るようにと手を差し出した。それも仕方ないか・・・万が一誰かが急にこの部屋に入ったらこの光景には驚くだろうし。
「今はここにいても大丈夫なの?社長の秘書達は忙しいんじゃないの?」
「ジルベールは私が頼みたいことがあるって言って少しだけここに呼びましたの。すぐに戻らなくてはなりませんが、ルイ様に見ていただきたいものがあるそうですわ」
「俺に見せたいもの?」
「はい・・・これなのですが」
ジルベールが出してきたのは以前俺が話しておいた今回の事案に関する彼の提案書。
細かく調べられていてミスが起きた原因からその修復のためにかかる費用と期間、その方法や可能な代替案。ジルベールが計算、設計したと思われる新型鉄橋の図面など。
騒音対策や災害時の安全性についても記載があって、秘書課の人間が作ったとは思えない立派な提案書だった。
「凄いね・・・細かい事は俺にもわからないけど専門家に見せたらすぐにでも動けそうなぐらいじゃない?流石だね」
「いえ、そのような・・・」
「ジルベールったら最近は殆ど寝てないと思うんです。お昼も仕事があるのに終わったらそれにかかりっきりでしたわ」
「くすっ、アリスには面白くなかったんだね?ごめんね」
「あ!あら・・・そのような意味では・・・嫌ですわ!」
正直な心の声がつい出てしまったようでアリスは両手で顔を覆って真っ赤になった。だけど彼の方は逆に厳しい顔つきで話を続けた。
「実は調べていましたらおかしなことがありました。・・・確信はありませんし証拠もないのですが」
「どういう事?」
「この新しい鉄道に関する事業の中で、確かに花沢物産の関連企業が重大な計算ミスを起こして工事が止まっておりますが、その数字に修正が加わっているような気がするんです」
「修正?誰が?」
「おそらくローラン社側ではないかと・・・」
「ローラン社側で修正?・・・でもこの件は発覚してから花沢でも何度も調べてるはずだよね?修正が加わったのなら誰かが見抜けると思うんだけど」
ジルベールの説明が始まった。
この鉄道建設では車体をローランで、その他の鉄道や鉄橋、防音工事や駅などの設備を花沢を主に行うことにしている。1番始めにローランが出してきた車体の最高速度や重量、車輪の形状などからうちの関連会社がそれに対応した設備を設計してローラン側に提出。そんなやりとりを繰り返して工事が開始された。
完成まで数年かかるものだから、承認が出た時点でお互いに工事・製作を進めている途中で花沢側に大きな計算ミスがあったことが発覚。今はその工事はすべてストップしている。
「初期のプログラムの時、花沢物産がローラン社に提出した計算方式が、ローラン社で検証されて承認され、花沢物産に返却された時点で極僅か数字が変わっています。それを見つけたのですが、もしかしたら花沢物産がプログラムの上書きをして探せなくなったのではないでしょうか?
実は同じ計算書が秘書室長の重要書類を保管する棚にあったのを偶然見てしまったのでわかったんです」
「営業サイドで見つかったら厄介だから秘書課に保管させたって事?それだとこのトラブルは故意に引き起こされたってわけ?」
「わかりません。憶測でしかないのですが花沢物産のマークが入った事業計画書が秘書室にあること自体がおかしいのです。不思議に思って念入りに調べたら私でもわかったのですから」
「それって専門家が見ても発見出来ない?」
「鉄道工学を専門にする人が見ればすぐにわかります。想像ですが、このトラブルで見直しをしたという担当者が原因調査にわざと時間をかけている間にアリスとハナザワ様の婚約を公表し、それが終わった後で如何にもローランが発見したかのように正確な計算式で作られた初期のプログラムを出す・・・これはそのために保管されていたのでは?」
「・・・なるほどね」
「極僅かな数値の改ざんでも規模が大きくなっていくとズレも大きくなる。もしかしたら見つけるタイミングまで計算されていたのかもしれませんね」
花沢にとって初めての鉄道事業だから現場が不慣れでスタッフが弱いかも・・・とは思っていたけどね。
鉄道施設の建設、鉄道車両の技術開発、運用方法やシステムの総合的な維持管理を扱う鉄道工学・・・確かその関連会社もフランスの企業のはず。
何か裏で動いててもおかしくはないか・・・?
「ありがとう、ジルベール。この資料はあなたが持っててくれる?いつでも俺が言ったら出せるようにしておいて」
「はい、わかりました。それでは私は会場に戻りますので」
部屋を出るときにはアリスの頬に軽くキスをして出て行った。
さっきまで自分も牧野を抱き締めてたのに、人のそういう行為を見たら羨ましいなんて・・・ちょっと面白くなかった。
アリスは誕生日パーティーをして社交界にデビューしたからだろうか、あの時よりも大人っぽくドレスアップしていた。
ふわっとしたお姫さまのようなドレスではなくスレンダーな、身体のラインがわかりやすいドレス。まだ少し彼女には早いような気もするけど、これも両親の意向なんだろう。
俺のそんな心の声を読み取ったのかアリスも2人になったら苦笑いだった。
「ふふっ、そんなに見ないでくださいな。お母様が選んだんですわ。私はあまり好きではないんですけど」
「そうだろうね、あなたにはもう少し可愛らしいデザインのドレスが似合うのに。婚約発表する気だから大人の女性に作り上げられたって感じ?」
「そうかもしれませんね。でも、こんなドレス、ジルベールが嫌だって言うんですもの」
あぁ、そっちか!
でもわかるかも・・・そんなに背中を開けたドレスを牧野が着たら、俺・・・そのまま隠しちゃうかもしれない。
「ツクシさんはどうですか?今はどこにいるのかしら」
「会長秘書に連れられて何処かの控え室で待ってるよ。時間まで寝とくって言ってたけど、今頃ドキドキしてるんだろうね」
「あれから手の方はいかがですの?良くなりました?」
「いや、毎日弾き続けたから今は最悪・・・はっきり言えば今日の演奏もわかんないね。でも、信じてるけどね、俺は」
「意外と凄いパワーを出せるかもしれませんわよ?」
「そう?じゃ、俺も頑張らなきゃね」
そうしているうちに執事がパーティー開始時刻を告げてきた。
俺が差し出す手を持ってアリスが横に並ぶ・・・だけどお互いが見てる未来は別々。
その両方を叶えるために今は並んで歩いて行った。
そこにはジルベールもいて椅子に座ったアリスは今日も美しく着飾っていた。
俺が来るまで2人で・・・なんてことを思わせるほど2人共が赤い顔。それが面白くて噴き出すとジルベールの方が少し彼女から離れていった。
「あぁ!ごめん・・・いいよ。俺よりもあなたが近い方がアリスも嬉しいんだから。遠慮しないで隣へどうぞ」
「ま、まぁっ!ルイ様ったら!」
「は・・・はぁ、いえ!私はここで」
1度近づこうとしたのにまた慌ててアリスから離れ、俺にソファーに座るようにと手を差し出した。それも仕方ないか・・・万が一誰かが急にこの部屋に入ったらこの光景には驚くだろうし。
「今はここにいても大丈夫なの?社長の秘書達は忙しいんじゃないの?」
「ジルベールは私が頼みたいことがあるって言って少しだけここに呼びましたの。すぐに戻らなくてはなりませんが、ルイ様に見ていただきたいものがあるそうですわ」
「俺に見せたいもの?」
「はい・・・これなのですが」
ジルベールが出してきたのは以前俺が話しておいた今回の事案に関する彼の提案書。
細かく調べられていてミスが起きた原因からその修復のためにかかる費用と期間、その方法や可能な代替案。ジルベールが計算、設計したと思われる新型鉄橋の図面など。
騒音対策や災害時の安全性についても記載があって、秘書課の人間が作ったとは思えない立派な提案書だった。
「凄いね・・・細かい事は俺にもわからないけど専門家に見せたらすぐにでも動けそうなぐらいじゃない?流石だね」
「いえ、そのような・・・」
「ジルベールったら最近は殆ど寝てないと思うんです。お昼も仕事があるのに終わったらそれにかかりっきりでしたわ」
「くすっ、アリスには面白くなかったんだね?ごめんね」
「あ!あら・・・そのような意味では・・・嫌ですわ!」
正直な心の声がつい出てしまったようでアリスは両手で顔を覆って真っ赤になった。だけど彼の方は逆に厳しい顔つきで話を続けた。
「実は調べていましたらおかしなことがありました。・・・確信はありませんし証拠もないのですが」
「どういう事?」
「この新しい鉄道に関する事業の中で、確かに花沢物産の関連企業が重大な計算ミスを起こして工事が止まっておりますが、その数字に修正が加わっているような気がするんです」
「修正?誰が?」
「おそらくローラン社側ではないかと・・・」
「ローラン社側で修正?・・・でもこの件は発覚してから花沢でも何度も調べてるはずだよね?修正が加わったのなら誰かが見抜けると思うんだけど」
ジルベールの説明が始まった。
この鉄道建設では車体をローランで、その他の鉄道や鉄橋、防音工事や駅などの設備を花沢を主に行うことにしている。1番始めにローランが出してきた車体の最高速度や重量、車輪の形状などからうちの関連会社がそれに対応した設備を設計してローラン側に提出。そんなやりとりを繰り返して工事が開始された。
完成まで数年かかるものだから、承認が出た時点でお互いに工事・製作を進めている途中で花沢側に大きな計算ミスがあったことが発覚。今はその工事はすべてストップしている。
「初期のプログラムの時、花沢物産がローラン社に提出した計算方式が、ローラン社で検証されて承認され、花沢物産に返却された時点で極僅か数字が変わっています。それを見つけたのですが、もしかしたら花沢物産がプログラムの上書きをして探せなくなったのではないでしょうか?
実は同じ計算書が秘書室長の重要書類を保管する棚にあったのを偶然見てしまったのでわかったんです」
「営業サイドで見つかったら厄介だから秘書課に保管させたって事?それだとこのトラブルは故意に引き起こされたってわけ?」
「わかりません。憶測でしかないのですが花沢物産のマークが入った事業計画書が秘書室にあること自体がおかしいのです。不思議に思って念入りに調べたら私でもわかったのですから」
「それって専門家が見ても発見出来ない?」
「鉄道工学を専門にする人が見ればすぐにわかります。想像ですが、このトラブルで見直しをしたという担当者が原因調査にわざと時間をかけている間にアリスとハナザワ様の婚約を公表し、それが終わった後で如何にもローランが発見したかのように正確な計算式で作られた初期のプログラムを出す・・・これはそのために保管されていたのでは?」
「・・・なるほどね」
「極僅かな数値の改ざんでも規模が大きくなっていくとズレも大きくなる。もしかしたら見つけるタイミングまで計算されていたのかもしれませんね」
花沢にとって初めての鉄道事業だから現場が不慣れでスタッフが弱いかも・・・とは思っていたけどね。
鉄道施設の建設、鉄道車両の技術開発、運用方法やシステムの総合的な維持管理を扱う鉄道工学・・・確かその関連会社もフランスの企業のはず。
何か裏で動いててもおかしくはないか・・・?
「ありがとう、ジルベール。この資料はあなたが持っててくれる?いつでも俺が言ったら出せるようにしておいて」
「はい、わかりました。それでは私は会場に戻りますので」
部屋を出るときにはアリスの頬に軽くキスをして出て行った。
さっきまで自分も牧野を抱き締めてたのに、人のそういう行為を見たら羨ましいなんて・・・ちょっと面白くなかった。
アリスは誕生日パーティーをして社交界にデビューしたからだろうか、あの時よりも大人っぽくドレスアップしていた。
ふわっとしたお姫さまのようなドレスではなくスレンダーな、身体のラインがわかりやすいドレス。まだ少し彼女には早いような気もするけど、これも両親の意向なんだろう。
俺のそんな心の声を読み取ったのかアリスも2人になったら苦笑いだった。
「ふふっ、そんなに見ないでくださいな。お母様が選んだんですわ。私はあまり好きではないんですけど」
「そうだろうね、あなたにはもう少し可愛らしいデザインのドレスが似合うのに。婚約発表する気だから大人の女性に作り上げられたって感じ?」
「そうかもしれませんね。でも、こんなドレス、ジルベールが嫌だって言うんですもの」
あぁ、そっちか!
でもわかるかも・・・そんなに背中を開けたドレスを牧野が着たら、俺・・・そのまま隠しちゃうかもしれない。
「ツクシさんはどうですか?今はどこにいるのかしら」
「会長秘書に連れられて何処かの控え室で待ってるよ。時間まで寝とくって言ってたけど、今頃ドキドキしてるんだろうね」
「あれから手の方はいかがですの?良くなりました?」
「いや、毎日弾き続けたから今は最悪・・・はっきり言えば今日の演奏もわかんないね。でも、信じてるけどね、俺は」
「意外と凄いパワーを出せるかもしれませんわよ?」
「そう?じゃ、俺も頑張らなきゃね」
そうしているうちに執事がパーティー開始時刻を告げてきた。
俺が差し出す手を持ってアリスが横に並ぶ・・・だけどお互いが見てる未来は別々。
その両方を叶えるために今は並んで歩いて行った。