FC2ブログ

plumeria

plumeria

「こちらのお部屋でお待ちでございます」
「ありがとう」

2階の1番奥の部屋に向かうとそのドアの前で秘書の男性はその場を離れた。俺だけで入れ、と言うことだと理解し、ノックをした後でドアを開けた。

そこに牧野はヴァイオリンを抱えたまま何故か窓に向かって立っていて、俺が入ると驚いたような顔をした。


「待たせたね。今から俺達の時間だって。迎えに来たよ」
「うん、わかった」

「気分はどう?落ち着いてる?」
「・・・どうかな。でも、何となく出来そうな気がしてるよ?」

「え?くすっ、頼もしいね」
「えへへ!ここまで来たら開き直りよ!これで最後だと思えばむしろ楽しいかも!」

空元気だとは思うけどそんな牧野に救われる。
ここで『もう嫌だ!』って叫ばれたらどうしていいかわからない・・・少しは想像してきたけど真反対の反応に笑いが出てきた。
時間がないからすぐに出て行かなきゃいけないけど、1度だけ抱き締めてキスをした。

震えてるかと思った・・・でも、確かに牧野は落ち着いていたから少し驚いた。
唇を離したらいつものように照れて下を向く、その時に見せる困った顔が実はすごく好き・・・可愛くて、誰にも見せたくないんだけど、そんなことも言ってられなかった。

「行こうか」
「うん、行こう」

牧野はドレスの裾を持ち上げて顔を上に向けた。
何があったんだろう、その姿は本当に潔くて逞しかった。

お婆さまのヴァイオリンは一緒に来た秘書に持たせて、腕は組まずに牧野の背中を支えて会場に向かった。



会場に入ると、まるでスキャンダルでも撮るかのようにまたカメラが向けられる。だけどそのフラッシュの中を俺と牧野は顔を上げて歩いて行った。
向かうのはローラン会長の席だけど、同じ場所にいる社長夫妻とうちの両親も、牧野を連れて戻って来た俺の事を冷ややかな目で睨んでいた。

ザワザワと招待客達が小声で話す中、牧野を横に立たせて会長の真正面まで来るとドレスを軽く持ち上げて牧野はお辞儀をした。

「ローラン会長、こちらが先ほどお話しした女性、牧野つくしさん・・・私の大事な人です」
「・・・初めまして、牧野つくしと申します。突然お祝いの席にお邪魔して申し訳ありません」

「初めまして。なかなか可愛らしいお嬢様ねぇ!フランスは初めてかしら?今日はどのようなプレゼントをして下さるの?」


「そうですね。今日は私たちで会長のために音楽をプレゼントさせていただこうかと思います。彼女のピアノ伴奏で私がヴァイオリンを・・・いかがですか?」

「まぁ!リサイタルをしていただけるの?嬉しいわね!」

ローラン会長の演技が上手過ぎて俺達の方が驚いてしまう。
アリスも知ってるからクスクス笑い出したが、その逆で2組の親達は何が起きたんだと言わんばかりの慌て方。特にうちの両親は何故かローラン社長夫妻から顔を背けて狼狽えていた。

だがこうなっては客の前で動揺も見せられない。
父さんも母さんもすぐに冷静な顔を作っていた。

ローラン社長はすぐにアリスを呼び寄せ「これは一体どういう事だ?」と問い詰めているが、アリスが「ルイ様のリサイタルが始まるようですわ。楽しみですわね」と、こちらも傷ついた様子も見せず笑っているからパニックになってる。


会場はすぐに舞台に注目し始めて、俺達はそこで準備に入った。

牧野はピアノに楽譜を載せると深呼吸して椅子の前に立った。
俺は舞台の中央でお婆さまのヴァイオリンを手に持ち・・・2人で正面を向いて軽く一礼した。


今から俺達の協奏が始まる・・・その瞬間だった。



**************



類の手が背中にあってそこが燃えるように熱かった。

会場には何人いるんだろうってぐらい人がいて、そのみんなが私たちを見てる。
どんな会話があってここに入ったのか類からは聞かなかったけど、おそらく殆どの人が私の事を歓迎してないんだろうって思った。


それでもここで挫けたら今までの努力が無駄になる。
私のために闘ってくれてる類の気持ちを踏みにじることは出来ない・・・ここにいる人全員が『敵』だとしても、類がいてくれるから大丈夫。

そう思って向けられるカメラやフラッシュにも俯くことはしなかった。


この会場の中央にあるメインテーブル・・・大きな花が飾られてて一段と華やかなテーブルに車椅子のお婆さんがいて、私は最初その人がイタリアで会ったローランさんだとはわからなかった。
少し手前まで来た時、類が小さな声で「ローラン会長だよ。見違えたでしょ?」って笑うからわかっただけ。そのぐらい様子が違っていたんだもの!

そこではイタリア語ではなくフランス語で挨拶があったから私にもわかった。
だから自分の言葉で挨拶をして類の横に立っていたけど、その向こう側・・・類のお母様の険しい顔を見つけてしまった。

「大丈夫、気にしないで。突然の事でみんなわかってないからね」
「そうなの?えっと・・・私はピアノに集中するだけでいいの?」

「そう、他は何も考えないで。リサイタルが終わったあとも牧野は俺の横にいてくれたらいいからね」
「うん、わかった。何も考えない・・・」

「ここの人達はカボチャだと思ってたらいいよ」
「カ、カボチャ?!」

急に真面目な顔で何を言い出すかと思ったら!
自分で言っておきながらクスクス笑ってステージに上がる類を見て、何故か私まで可笑しくて笑ってしまった。


テレビで見るような、オーケストラホールで見るような、そんな広いステージでもなかった。
確かに人か多かったけど、豪華すぎるお屋敷の大広間で充分怖かったけど、舞台の中央は類で私は隅の方・・・そこまで緊張しなくてすみそうだ。
スポットライトが当るわけでもないし私がメインじゃない。私は・・・類のためにここで楽しく弾いたらいいんだよね?


類が真ん中に立って、私もピアノの前に立った。
そして同時に一礼した・・・拍手は疎らだ。だけど、これが終わった時には類には凄い拍手が送られるはず・・・そのためには私が頑張らなきゃ。


今から私達の協奏が始まる・・・その瞬間だった。


「あれ?・・・あの人・・・」

私が座った正面・・・類の向こう側のカーテンの奥にさっきのお婆さんが立っていた。
ニコニコ笑って私たちを見てる。

目をゴシゴシ擦ってもう1回見たら・・・もういなかった。


あの人は類のお婆さまだよ?だって写真の人だったもん。
会場まで聴きに来てくれたの?


お婆さま・・・私と類の演奏聴きに来てくれたんだ・・・!そう思ったら急に元気が出てきた。

私が椅子に座ったら類がほんの数秒だけ音出しをして確かめる。
初めの曲は「ヴァイオリン・ソナタ第5番・スプリング」。出だしの音は類と同時・・・ずらすわけにはいかない。

類が目で合図をしてきた。


私たちの『音楽の時間』が始まる。
大きく息を吸った後、類の弓が動き出し、私の指は目の前の鍵盤に降りていく。




03c6647b6d760d2fd7ef7657d46b2476_t.jpg
関連記事
Posted by

Comments 6

There are no comments yet.
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/09/21 (Fri) 00:59 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/09/21 (Fri) 01:15 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

まりぽん様、おはようございます。

始まりましたね!
ふふふ、なんとか頑張ってくれるといいんですが・・・どうなるかな?

我が家はクラシック音楽だらけなので逆にどれにしようかで悩みました(笑)

長すぎても困るし重すぎても困るし・・・何度もかけて聞いてたら寝ちゃうし(笑)
ヴァイオリンソナタ5番は大好きなので選んだんですが、これをつくしちゃんが?って言うのは無理があるんですけどね。

そこはもう妄想の力を借りて・・・。

ピアノを弾く方にしてみたら「無理だっつーの!」って言われそうですけどね。


類君のを書くときには毎回CDをクラシックに変えるんです。
考えたときから自信がなかった協奏のシーンですが、なんとか読者様に伝わりますように・・・。

2018/09/21 (Fri) 08:44 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

まりぽん様、おはようございます。

えぇっ!凄いですね!
日本の技術がそんな所で?あらら、見たかったです(笑)

ヴァイオリン修復のことは本を買って調べて、ネットで調べて大変でした。
詳しく書きすぎても専門的すぎて読者さんには必要ないでしょうし、そうは言っても書かないといけない部分もあるし。

そういうネタがあれば読者さんも少しは興味が持てたかも(笑)

でも、そういう番組でこのお話を思いだしていただけて嬉しいです♥
情報、どうもありがとうございました。

2018/09/21 (Fri) 08:53 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/09/22 (Sat) 23:26 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、おはようございます。

おぉ!懐かしい人の名前が!(笑)

そこに居たらきっと教えてくれるんですよ。
「今、カーテンに隠れてますね。他の人には見えないんだから出てくればいいのにねぇ!」とか言いながら。

でも、実際に見えたら悲鳴あげそうですけどね(笑)


それ見て笑えるだけでも心臓が強い!

オカルトだらけですね(笑)

2018/09/23 (Sun) 07:14 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply