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牧野が目を覚ましたのはその日の夜・・・もう屋敷中が寝静まった頃だった。
少しだけ目を開けて辺りを確認して小さな声で「ここはどこ?アリスさんち?」って呟いた。

「ここはね、俺の自宅・・・パリの花沢の屋敷だよ。1度は目を覚ましたのに忘れちゃった?」
「類の・・・自宅?どうしてそこに私がいるの?」

「熱が凄く高かったからね・・・母さんが医者を呼んでくれてたんだよ」
「お母様・・・が?」

「うん、そう・・・これまでの事も全部話したよ。cantabileのこともイタリアの事も・・・もう隠し事はなくなったよ」
「・・・喧嘩、しなかった?」

「しなかったよ」

布団から出てきた手はまだ温かいけど病的な熱じゃなかった。体温計で測ったら37.2度・・・寝ていたから少し高くて当たり前だけど高熱じゃなくなったから顔色は元に戻っていた。

指先だけはまだ熱い。よくこんな折れそうな指であれだけの曲を演奏したなって思うほど細くなってしまって、俺の頬に当てたらクスクス笑ってる。


「・・・アリスさんは?彼とのこと・・・どうなったの?会長さんは・・・喜んでくれた?」

あの演奏の大拍手の中で倒れたからその後のことは何も知らない。
だからそれを1つずつ説明するために俺も布団を剥ぐって牧野の横に潜り込み、細い身体を抱き締めてからこれまでの事を話して聞かせた。


牧野の演奏は会長も他のみんなも褒めてくれたって言えば「良かった!」って笑い、アリスの話に社長が怒り出したというと「可哀想に・・・」と涙ぐみ、それでも最後には俺とアリスの婚約は白紙になってジルベールの花沢入りが検討されていると話すと「上手くいくといいね・・・」ってまた笑った。


「本当に素敵だったよ、牧野。なんで今日はあんなに何もかも上手くいったんだろうね。マリアにも聞かせたかったな」

「それはね、類のお婆さまが来てくれたからだよ」

「お婆さまが?」

「あのね・・・控え室でうたた寝してたら知らないお婆さんが私の横に来てたの。そしたらね『大丈夫かしら、お嬢さん?』 って声をかけられてね、少しお話をしたのよ。寝過ぎてぼーっとするって言ったらね、『今日はきっと楽しく弾けるわよ。土壇場に強そうだから』 って・・・何処かで見たお婆さんだって思ったら那須で見た写真の人だったもん」

そしてステージに上がった時もカーテンの横に立ってて、目が合うとニコって笑ってくれたんだって嬉しそうに話してくれた。
俺の所には現われなかったのに牧野に会いに行ったんだ、お婆さま・・・それは牧野の事を気に入ったからかな?


「お婆さま、力をくれたんだね」

「うん!すっごくそれで勇気が出たの。楽しくなってね、途中で失敗しても何とも思わなかった。類のヴァイオリンも素敵だったなぁ・・・私ね、ずーっと夢の中にいたような気がするの。とっても楽しい夢・・・終わった時は寂しかったな」

「あはは・・・俺はもう懲り懲りだよ。これからはあんな所じゃなくて牧野と2人だけでいいよ」

「あはは、2人だけ?誰も聞いてくれないの?」

「うん、誰にも邪魔されずに牧野と2人がいい・・・だから早く元気になって」


そう言うと照れ臭そうに顔を俺の胸に埋める・・・擦り寄せられたところが熱くなって来る。
また無茶をして牧野を抱き潰しそうになる気持ちを抑えるのに必死な俺・・・もしかしたら、を考えたら違う意味で牧野の事が心配でたまらない。


「ね・・・きらきら星、橋本さんにも聞かせてあげたかったな。ホントは間違えずに弾けるんですよって・・・」
「あはは!でも、違う所で思いっきり鍵盤叩き間違えたよ?」

「・・・くす、そうだったかな・・・」


もっと・・・もっと近くで抱き締めたくて牧野の身体を引き寄せた。
「痩せたね・・・」って言うと「すぐに戻るよ・・・お腹空いたもん」、そんな可愛い返事が返ってきて2人でクスクス笑って、やがて疲れから2人同時に眠りについた。



***********



「・・・類様、類様、お休みのところ申し訳ないのですが・・・類様」

執事が耳元で小さく声を出すから目が覚めて、瞼を擦りながら顔を上げた。
牧野はまだぐっすり・・・でも、カーテンから漏れる光で朝なんだとわかった。彼女を起こさないようにそっと腕を離して身体を起こすと、執事も牧野には聞こえないような小声で話しかけてきた。


「旦那様と奥様がダイニングでお食事中です。類様にお話しがあると言われておりますのでお越しいただけますか?」

「そう・・・わかった。支度してすぐに行く」

ベッドから降りて自室で着替え、顔を洗ってダイニングに向かった。


そこにはいつものように難しい顔をした父さんと、幾分スッキリした顔の母さんがいて無言で珈琲を飲みながら経済誌に目を通していた。
どうやらそこまでの難問を持ち出されるわけでもなさそうだ・・・俺もそのテーブルに用意された自分の席に向かい2人と挨拶を交わした。


「おはようございます。寝過ごしてしまい申し訳ありません」

「おはよう、類。牧野さんはどう?熱は下がったかしら?」

「はい。あれからは上がってないようです。ご心配いただきありがとうございます」


父さんの向かい側の席・・・そこに座ると使用人が俺の前に朝食を並べる。
朝からすごく華やかに飾られた食卓だけど食べる気にはならなくて珈琲だけを口にした。

そのうち経済誌を閉じて父さんが真顔で俺の方に目を向け、昨日の話を始めた。


「・・・昨日の件だが」
「はい。ジルベールのことでしたら勝手をして申し訳ありませんでした」

「それはいい。大体のことは母さんからも聞いた。全く・・・あんな子供染みた計画を会長も良く考えついたものだな」
「・・・ご相談もせずに進めたことは謝ります」

お互いに無感情なやりとり。
母さんは苦笑いで俺達の会話を聞いていた。


「ジルベールだが、今日から彼の出してきた修正案とやらを検証するのに花沢に出向という形で来てもらうことにした。うちのプロジェクトチームに加わってもらってもう1度耐久性と車両速度のプログラムを組み立て直す、その中心に入ってもらう。
花沢に正式に入るかどうか、それはローラン社長と後日話し合うつもりだがジルベールの希望はうちだそうだ。まぁ・・・開発事業部に入るかもしれんな」

「そうですか。うちがこういう分野にこれから進出するのならいい戦力になると思います」

「確かに秘書としてよりは適任だろうな」


そして肝心な俺とアリスのことは完全白紙。
あの場で社長が漏らした言葉はなかったことに・・・しばらくはマスコミ対応に追われるかもしれないが両社が再び共同事業を開始すればこの話題も鎮まってくるだろう。

ローランが仕組んだと思われる小細工についても、うちが見抜けなかったこと、関連会社に任せっきりだったことなどから特に咎めることもしないという。
ただし、押され気味だった花沢の方が今度からは優位に立って進められるかもしれんと、父さんはそこだけ機嫌良く話していた。

大きな損害が出そうだという懸念もローラン側が補填するということになり、結果として花沢にはそこまでのマイナスはなく事業の再スタートが切れそうだと。


「日本に戻るのか?類」
「はい、彼女が動けるようになったら帰ります」

「・・・そうか。なかなか度胸のある娘さんのようだがな・・・」
「俺も今回は驚きました。力をもらったのはむしろ俺でしょうね」

「そうね、あの会場のあの雰囲気に呑まれなかっただなんて凄い精神力だと思うわ。私も久しぶりに感動したもの・・・目が覚めたらお礼を言いたいけど、類はすぐにここから連れて帰るんでしょうね」

俺が笑うと母さんも呆れたように笑った。
そんな俺達を父さんが少し驚いた顔をして見ていた・・・こんな場面を久しく見たことがなかったからだろう。



父さんはこの後本社に向かい、母さんも少し遅れて屋敷を出て行った。

話が終わって2人を見送ったら牧野のところに戻った。
ちょうど目が覚めたようで、俺の顔を見たら手を伸ばして以前と変わらない笑顔を見せてくれた。


「・・・おはよう、牧野。よく眠れた?」
「うん、もう大丈夫。類、お腹空いた!」

「くすっ・・・ここに持ってきてあげる。その前に・・・」


ほんの少し乾いた唇に、今日も朝一番のキスをする。





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2018/09/29 (Sat) 00:13 | EDIT | REPLY |   
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2018/09/29 (Sat) 14:02 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

mizutama様 こんにちは。

ふふふ、類パパ・・・どうですかね?
なかなか石頭のパパさんみたいなので・・・すんなり行くかどうか(笑)

これから日本に帰ってラストスパートです。
驚く展開かも・・・ですが希望を捨てずに応援、宜しくお願いします♥

2018/09/29 (Sat) 14:23 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんにちは。

ジルちゃん(笑)
毎回変換したら汁ちゃんになるんだけど。

汁ちゃんってなんか卑猥だよね!あはは!

おっさん(笑)、この人とはまだ和解してないのでねぇ。
困った親父さんです。

こんなに仲の悪い親子っているかな?って思ったらうちの旦那がそうだった!(笑)
うちの旦那は実の父親と絶縁して25年になります。

そうなるとあんまり感情がなくなるらしいですよ?


台風来てますねぇ~!
さとぴょん様、気をつけて下さいね?

私の所は昨日から雨が降ってて風も少しずつ強くなってます。
それよりも気温が急に下がって寒くて寒くて。

くしゃみが止まんない。風邪引いたかな・・・?クシュン!

2018/09/29 (Sat) 14:36 | EDIT | REPLY |   

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