浴衣と花火と夏の恋~浴衣~(theme [yukata])~plumeria~
私は1人で買い物に来ていた。ある決心をして…それを現実のものにしたくて。
この夏が終わる時には今の私とは違う笑顔であなたの横に立ちたくて。
*
『綺麗じゃん……』
たったその一言が聞きたくて一生懸命自分に似合う浴衣を探していた。
白かな……無難にピンク?やっぱりちょっと変わってて黄色。それとも夏らしくブルー?
柄は流行の花柄?それとも金魚か朝顔か…少し粋な柄が好きなのかしら。古風な撫子…それとも、それとも……。
よし!と手に取ったらさっき見たものの方が良さそうだし、それを戻して別のを見たら展示してあるものの方が良く見えたり。
どんなものが好きなのかわかんなくて悩んで悩んで、結局1番初めに「いいな…」って思うものにした。
白地に紫の濃淡の紫陽花の花。アクセントに黄色が入った浴衣。帯は鮮やかな
「ありがとうございました」…上品な店員さんが頭を下げる。少し照れながらその袋を抱えて浴衣コーナーを後にした。
これを着た私のことを誰よりも先に見て欲しい……そんな願いを込めて胸の真ん中で抱きしめた。
『もう大学も最後だしみんなで花火大会ってのに行ってみないか?』
美作さんがそう言ったのは梅雨が終わってすぐの頃。
4人ともがバラバラになるからって今まで行ったことのない花火大会に行こうって話になって、嫌がる花沢類と面倒くさそうな道明寺を説得して桜子や滋さんも誘って全員で行くことになった。
『やっぱここは浴衣だよね!ねぇねぇ、派手にバーッと着飾って何処かの屋上貸し切ろうよ!』
『いいですわね!新しい浴衣作ろうかしら。滋さん、一緒に作りません?』
『あ?そんなもの着るのかよ!面倒くせぇことはしねぇからな!』
『…強制参加なの?これ』
滋さんの言葉に桜子が頷いて、大勢の中で見るのが嫌なみんなは場所を貸し切ることで賛成した。私は「はいはい、わかったよ!」なんて答えたけど、本当はそんな場所じゃなくてお祭り会場で見たかった。
正確に言えばお祭り会場の中に2人で紛れ込みたかった…。
肩が触れあうぐらいの距離で手を繋いで、騒々しいくらいの場所でこっそり告白なんてしてみたかった。
だって面と向かって言いにくいから。花火の音に助けてもらって「好き」って言いたかったんだけどな…。
大勢の中の1人から特別な1人に……こんな私の気持ち、あの人は全然知らないんだけどね。
「今日も暑いなー。今年は特に暑いってテレビが言ってたっけ?」
昔みたいな日焼けはしないの。だからちゃんと日傘を用意してる。
少しでも綺麗に…去年よりも綺麗にあの人の目に映りたいから。
ショーウインドウでそんな自分を確認しながら、炎天下の街の中をドキドキした想いと一緒にバス停に向かって歩いていた。
***
デパートの特設会場で樂茶碗の展覧会があって、それに足を運んだ帰りに着物売り場をうろつく牧野を見掛けた。
何やってんだ、あいつ…そう思って足を止めてしばらく眺めていた。
そこは俺がいる場所の一階下。吹き抜けの手摺りに縋ってあいつの行動を見ていた。どうやら浴衣を探してるみたいだ。
すげぇ真剣な顔……今、手に取ったものは俺が嫌いなものじゃね?そんなもの選ぶなよ!って思わず眉根に皺が寄る。
次に取ったものは派手すぎる。お前、自分に似合うかどうかもわかんねぇの?
もう一度手に取ったものは渋すぎる。歳を考えろ!って、もう少しでここから叫びそうだったけど面白いから黙って見ていた。
そのうちじーっと1枚の浴衣を見つめてそいつを手に取った。
あ、いいじゃん!それ……それ、選べよ!
なんて思ってたら何度も鏡の中の自分に当てて確かめて、最後はそれに決めたってわかった時はホッとして俺の方がニヤリとした。
あいつはすげぇ嬉しそうに買った浴衣を抱えて帰って行く。
その浴衣、誰に見せたいんだ?…遠離っていく後ろ姿に呟く独り言。
今は1人の友人になった司のこと、本当はどう思ってんだ?
お前のことをいつも一番近くで見てる類のこと、あれだけ近づいてんのに少しもドキドキしねぇのかよ。
何かが起きる前にすっ飛んでくるあきらのお節介、お前、心の何処かで喜んでるんじゃねぇの?
そういう俺はいつも調子のいい言葉で巫山戯て、軽めの口喧嘩で何もかもが終わって少しもまともに話したことがない。
このままこんな感じで過ぎていくのか?って思い始めたのは最近のこと。
でも、お前の真っ新な部分が俺には眩しすぎんだよな……。この手に掴みたくて堪んねぇけど、思いっきり掴んだらすげぇ勢いで振り解かれそうな気がするし。
「もうすぐだったっけ、花火大会。面倒くせ…」
バスで帰るんだろう牧野とは反対に駐車場に向かう俺。
ここでも追いかけて「一緒に帰るか?」……なんて言葉は出せなかった。
**************
花火大会当日、美容院で髪を結ってもらって浴衣も着せてもらった。
似合ってるかな?褒めてくれるかな、やっぱりいつもみたいに「なんだ、それ」って笑うのかな。
笑われたらなんて答えよう。「いいじゃん!今そこで男の人に声かけられたよ?」なんてわざと言ってみようか?
そしたらどんな顔する?「そいつ、物好きだな!」ってからかうのかな。
それは嫌だな…。
花火大会の会場近くのホテルの最上階。
そこのガーデンスペースで花火を見ることになったらしいけど、私は少し早めに出掛けた。特に意味はなかったんだけどドキドキしてるから少し気分を落ち着けたかっただけ。
だから海沿いの出店が並んでるような通りの中に入っていった。
もうすぐ始まるからすごい人混み…すこし息苦しいくらいの会場の中をゆっくり、ぼんやり…誰を見るわけでもなく、何を買うわけでもなく。
しばらく歩いたら疲れちゃって、その通りの端っこのフェンスにもたれ掛かって行き交う人をずっと眺めていた。
蒸せるような熱い風が吹いてきて、どこか焦ってる私をもっと煽ってるみたい。パタパタとうちわで扇いで顔の熱を取っていた。
ざわざわとした人混みにいたら逆に自分の心が静かになる。
いろんな色の浴衣を見てるとこの中から見つけてもらえたら特別かもって思える。
手を繋いでる恋人を見たら羨ましくて堪んない…いいな、いいなって目で追ってしまう。
「探したよーっ!」って1人の女の子が彼の浴衣の袖を掴んだら「はぐれんなよ!」って、その手は袖から掌に移ってった。
時計を見たら待ち合わせの時間の5分前…でも、足が動かなかった。
花火…あの空に上がるんだよね。もう少ししたらここに沢山の花が咲く…やっぱり2人で見たかったなぁ。
その時、真横から声が聞こえた。
「お前、何やってんの?行かねぇのかよ」
**
待ち合わせのホテルに向かう途中、渋滞にはまって動かなくなった車から何気なく外を見ていたら牧野が横断歩道をトボトボ歩いていたのが見えた。
あの時の浴衣が大勢の中に居ても浮かび上がるように俺にははっきりと見えた。
あいつは気がついてないんだろうけど擦れ違った男が振り向いてる…牧野の事をすっげぇ見てる。
その瞬間、運転手には「降りる」と一言だけ告げて車から飛び出た。
動かなくなった車の間を通り抜けて牧野の消えた方向を見たけど、もうその姿は人混みの中に紛れてわかんなくなってた。
この先が待ち合わせのホテルだけど、牧野はそこに行ってないような気がする。
ただの勘だけど。
この先の祭り会場の雑踏の中でボケッとしてるんじゃないか…って勝手に思って、自然と足がその中に入って行く。
今時の浴衣をみっともなく着崩した女がド派手な化粧をして騒いでるのを見ると溜息が出る。
いい年の男が着慣れない浴衣の裾を乱しながら、女に引き摺られてヘラヘラ笑ってやがる。
たまには色っぽい女が上品に着熟した浴衣姿で近寄ってくる…まぁ、それにはチラリと目が向くけど。
そんな中…やっぱり見つけた。
大勢が行き交う道の端っこでまだ花火が上がってもない夜空を見上げている牧野。
俺の事なんてまだ気がついてない。だから人の流れに乗って近づいて、真横まで行ってから偶然を装って声をかけた。
「お前、何やってんの?行かねぇのかよ」
「西門さん…どうしたの?なんでここにいるの?」
「なんでだろ?ホテルに行くのに道に迷ったって感じ?」
「あはは!そんな馬鹿な!待ち合わせ場所、すぐそこだよ…行こうか?」
でもその瞬間、1発目の花火が上がった。
びっくりして2人で夜空を見上げた。そこにはデッカい花火が大輪の花を咲かせていて牧野と俺の顔を同じ色に染めていた。
その後にも次から次へと打ち上がる花火。その度に歓声が上がり騒々しかった。
「始まっちゃったね。どうしよう……」
「いいんじゃね?ここで見ようぜ。ちょっと周りが喧しいけど」
「みんなが…」
「いいって!俺達迷子だから」
これだけの人混みの中で見つけた俺ってスゴくね?なんて柄にもなく呟いてみる。
”運命の出会い”なんて信じない俺がこれを”運命”だと思ってる…斜め下にあるこいつの顔が花火の色に染まるのを気づかれないように目の端で捉えていた。
誰にも渡したくない。誰にも…。
***
沢山の人に囲まれた花火大会の会場の、しかも普通の道の端っこで西門さんと並んでる。
夢にまで見たシチュエーション、でも想像してなかったこの状況に花火よりも隣の人の香りにクラクラしていた。
花火を見るふりをして彼の横顔を見る。
夜空に上がった花火と同じ色に染まる瞳…気がつかれないように空と彼を交互に見る。
この心臓のドキドキが花火の音で聞こえませんように。
ゴクリと飲み込んだ喉の音が歓声で消されますように。
掌にかいてる汗をさりげなく拭いてるの、バレていませんように……私の瞬きの回数、どうか見られていませんように。
そんなことを思いながら2人でずっと見上げてた夜空。
どんどん迫ってくるような人の流れに、思わずくっついた腕…そうしたら西門さんの手が私の手を掴んだ。
それに驚いて顔を見たらニコッと笑って…「お前、はぐれそうだから」って。
どうしよう。
どうしよう…。
伝えちゃう?
今、伝えちゃう…?
本当の気持ち……ここで伝えちゃう?
「牧野、もうすぐ最後の花火だぞ。デッカいの、連発で上がるらしいぜ」
「えっ!もう?……もう終わり?」
どうしよう。
どうしよう…!あのさ、あのさ……!
言葉がすぐそこまで来てるのに声になって出てくれない。その時にドーーン!!と大きな音と歓声が上がってラスト前の花火が打ち上げられた!もう、言ってしまおう…!
そのために選んだ浴衣を空いてる手の方でギュッと掴んだ。
「あのさ…!」
「俺、お前のこと好きだわ」
ドドーーン!!と最後の花火が今日一番の花を咲かせて夜空を金色に染めた。
同時に聞こえたその言葉……光のシャワーと一緒に私の中に飛び込んできた。
「綺麗じゃん。その浴衣、よく似合ってるな」
「…ありがと……」
頑張って選んだ紫陽花の浴衣……私の夏の恋が始まった。
- 関連記事
-
- あまい(theme [firefly])~asuhana~ (2018/07/15)
- 蛍(theme [firefly])~空色~ (2018/07/15)
- 浴衣(theme [yukata])~Gipskräuter~ (2018/07/13)
- 浴衣と花火と夏の恋~浴衣~(theme [yukata])~plumeria~ (2018/07/13)
- 七夕(theme[the star festival])~Gipskräuter~ (2018/07/11)
- 七夕 ~本当の願いは~(theme[the star festival])~nainai~ (2018/07/11)
- 『空蝉』(theme [cicada])後編~凪子~ (2018/07/10)