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*


「花沢類ーっ!早く早くっ」


夕暮れ時、少し前を弾むように彼女が歩く。

その後ろ姿をゆっくりと追いかけて、登りきった先で少し息を切らしながら… 二人して立ち止まり、周囲の木々に改めて耳を澄ませば


カナカナカナカナカナ…
ケケケケケ……
キキキキキ……


「うわ、凄いね…// これが…」
「あぁ……」



蜩(ヒグラシ)───

圧倒的だった。

都会のアブラゼミの五月蝿さとも違う。森に囲まれたこの景色の中では、高音の絶妙な音の重なりが、まるで天然のハーモニーのようで…
この響きが一服の清涼感までも、この地にもたらしている気がする。


「嬉しい… 聴きたかったんだ、これ…」

感慨に打たれたように、彼女から言葉が溢れる。


「この蝉時雨をね… 花沢類と、聴きたかったから…」


…あぁ…

その言葉に、類の中にも歓びが湧き上がる。
今、自分と彼女とは確かに、同じ気持ちを享有しているのだと───

高揚した気持ちのまま…
隣に立つつくしの手を、そっと取ってみた。

拒まれれば離そうと思ったのに…意外にも、自然に繋いでくれた事に安堵しながら



「でもなんか、切ない…」

ドキリとした。

暖かな掌に、自分の胸の内を、ズバリ言い当てられたのかと思って…。

けれど、咄嗟に離そうとした手は、返ってキュッと握り返されて…


「あたしね…
きっとこれ、一生忘れない」

ふと驚いてつくしを見ても、 帽子で隠れた横顔からは表情が読み取れない。

けれどその視線の先は
真っ直ぐに、前方のタブの木を捉えていた。


「蜩(ヒグラシ)…」

それを見つけて、類もついその名を呼ぶ。アブラゼミよりも一回り小さなその蝉は、今も透き通った羽根を振るわせ懸命に鳴き続けていた。

まるで 命そのものを、振るわせるみたいに…


「うわ…// 本物の羽根って、凄く綺麗なんだ」
「ホントだね…」

よほど待ち望んでいたのだろう。蜩の鳴き様に吸い寄せられるように、つくしはただ、夢中で見とれている。

だから…
ほんの一瞬だけ、類は思う。

自分も…
せめてこの蜩に、なれたらいいのに、と…



「ねぇ」
「…ん?」

「花沢類も… 忘れないでね…」

再び驚き、彼女を見た。
力強い漆黒の瞳は逃げることなく、
今は自分を、真っ直ぐに見上げて…

それがとても、綺麗だと感じたから…。




「ん… 忘れないよ…」


絶対に。

忘れるわけなんか、無い────。





「フフッ… ありがとう」

嬉しそうに破顔したつくしは、類の目には、あまりにも眩しすぎて…

その心の内に秘めた決意が何かなど

この時はまだ
何ひとつ、知る由もなかった────。



*
*
*


「ねぇ花沢類、ヒグラシの鳴き声って聴いたことある?」

「蜩って、…蝉の?」

「そっ。ほら、都会だとあんまり見かけないじゃない? でも、この近くにもいるのかなぁ、って思って…」


あれはまだ、夏の始まる前の事───

二人は大学生になっても相変わらず、高等部の非常階段で、時折落ち合うような関係で

…とは いっても…


「あのね。…蝉のメスって、全然鳴けないらしいよ?」

唐突に切り出された蝉の話に、
それはそうだろう、と類は思う。

一般的に、鳴くのは種の保存の為、オスの方からメスの個体を探すからで…

でも今は、それよりも確かめたい事があってここに来たのだから。


「なんかさ。悲しいよね、それって…」
「ねぇ牧野… あんた、大丈夫…?」

いつもより、やはり元気が無さそうな後ろ姿に、そっと声をかける。

「えっ? 何よ急に… もう、やだなぁ花沢類ってば、いっつも心配性なんだから」

アハハと笑って振り向いたつくしの笑顔を、類は黙って見守る。

「どうしたの?… あたしは、別に…
「昨日聞いたよ。…アイツから、電話貰った…」」

動揺するつくしを見れば
やはり胸の奥で疼き出す痛みには、もうとっくに、慣れっこになっているから…


「司。今年の夏もまた、帰れなくなったんでしょ。残念だね… 」

思いきって切り出してから、まだ続く鈍い痛みは、軽くやり過ごして…

励ましの笑顔とともに、
類は昨晩交わしたばかりの友との会話を、密かに思い返していた。



*


真夜中の珍しい着信に、類はすぐに目覚めた。


「…司? 何、どうしたのさ急に…」

『おお。わりぃな類、寝てたか?…』

藪から棒に切り出されたいつも通りの物言いに、すぐに嫌な予感がした。


『いや、実は今年の夏、そっちに行く予定だったんだがな…』

今年、久々に司が帰国するらしいとは、既につくしから類も聞いていたことだ。

でも、まさか…

「またなの? 今年も牧野のとこ、帰れそうにないの?」

つい友を責める口調になってしまうのは、泣きそうなつくしの顔を思い浮かべたから。勿論、世界規模で見ても既に人一倍忙しい身の上であることは、類とて充分に、わかっているつもりなのに。


でも、だからって──────

「今年こそ、夏に帰ってくるだろうって… 牧野、きっと楽しみに待ってるよ?」

少しでも、待ち続ける彼女の気持ちを代弁したいと思った。


『予定が変わったんだ…ギリギリでかなりデカい仕事が舞い込んでな。アイツに悪いとは思ってる…』

司の言い分は、同じ男としてわからなくもない。近い将来、社会に出れば必然的にいつかは自分も…同じような選択をするのかもしれない。

…けど…


「あのさ司… いつもこういうの、先に俺じゃなくて…」

司は知っているのだろうか。
いつも彼女が、無理をして笑っていることを…


『だからわかってんだよっ!…けど何言われてもな、仕事ばっかりは、どうしたって無理なんだよ!』

どうして、こう上手くいかない…?

その物言いにイラつく気持ちと、
どこか少しだけ、ホッとする気持ちと…


『だから類。悪いが今年もまた、牧野を頼む』


ハァ… やっぱり、ね…


更に複雑なのは…

その言葉に少しだけ
まだ心が浮き立ってしまう、自分もいて…



『まぁ、お前にこんなふうに頼むのも、今回で最後になるかもな』

「最後? それって…」

得体の知れない眩暈を覚えた。


『実は…今度の仕事が無事成功したら、やっとこっちに牧野を呼べるかもしれねぇんだ。既にババアから、許可も出ててよぉ』

急に嬉しそうに変わる親友の声と裏腹に、類は沈みゆく気持ちを、必死に引き上げる。


『だから、この夏が終わったらすぐにでも、アイツを迎えに行こうと思ってんだ。今度こそ、な…』



類にとっては、突然の”最後通告”

期間限定の”ナイト”の役目がもうじき終わりを告げることに、一瞬 頭を殴られたような衝撃を受けながら…
それでもどうにか、言葉を絞り出す。



「そっか…司。なら、良かったじゃん」
『まぁな… やっと、って感じだ』


次に浮かぶのは…

心から嬉しそうな彼女の笑顔と、
隣に立つ親友の

二人並んだ、幸せそうな姿────



「牧野も、きっと喜ぶね…」



『あぁ。ただ、まだアイツには言うなよ?』
「…なんで?」

『そりゃあアレだ… サプライズってやつ、女は好きなんだろうが?』

電話の向こう、親友の照れて嬉しそうな顔が、すぐに浮かんだ。


「成る程ね… イイんじゃない?」

精一杯の賛同を示して、
深く息を、吐ききって…。

もう一人の自分を、必死に落ち着けようと足掻く。


わかってた
そんなのとっくに…

これはもう、ずっと前から決められている、二人の確かな、未来(ゴール)なのだから───


やがて

簡潔な労いの言葉で結んで
再び溜め息と共に…

類がその電話を切ったのは、まだ昨晩の事…


そのままうつらうつらと朝を迎えれば、すっかり慣れてしまった”痛み”の方は案外キツくはなく…

代わりに彼女のガッカリした顔が、すぐに思い浮かんでしまう。



─『ただ、まだアイツには言うなよ?』


…もしかして…

ならば彼女には、この夏の残念な方の知らせだけが届いている筈…

それなら期間限定でも…
まだナイトでいられる、自分に与えられた役割は、ただひとつ…


──『ピンチの時の花沢類』──

いつか彼女が、そう呼んでくれたっけ…


彼女を想い、類はうっすらと微笑む。


そして結局…

類はまたいつものように、落胆している筈のつくしの心に寄り添いに…
今日も非常階段へと、足を運んだわけなのだが…


*


「そっか… なーんだ! じゃ、花沢類も知ってたんだね。今年の夏も、道明寺が帰ってこない事…」

「あぁ…」

妙にあっけらかんとした物言いに、少し拍子抜けする。


「まっ、どうせまた、結局仕事が忙しくなる癖にさ? 夏休みだけ日本へ!なんて… そんなのは無理だって、始めから半分、わかってたようなものだしね…」

やはりいつもより…
どこか冷めたような言い方に、少しだけ違和感が残った。


「そう、なんだ…」

「うん。そりゃ4年も遠距離だと流石にこっちも慣れちゃうよ?慣れなきゃやってらんない、って感じで…

でも…それで?
アイツ花沢類に… 何て言ったの…?」


…牧野…?

一瞬、なぜか見慣れた筈の彼女が別人に見え、類はドキリとした。

けれど…再びこちらを向いたときは、もういつものつくしの顔で


気のせい、か……


「司、今年もまた、夏休みは『牧野を宜しく』って… わざわざ俺に頼んできた。あれでも一応、気を遣ってるつもりなんじゃない?」

本当は、司本人が一番歯痒い筈だ。

だが向こうに行けば必然的に、やはり忙しすぎて会えない時間が続いていたのだと思う。類から見ても、二人の付き合いはどうなっているのか、それは推測するに過ぎない。けれど何故か、司はいつも類にだけ、この言葉をずっと送り続けていた。


─『牧野を宜しく頼む』─

きっと司なりの懺悔と、類に対する少しの牽制もあるのかもしれない…



「ふうん… 『牧野を宜しく』、ね…」

そんな男達の思惑など関係なく…
遠く澄んだ青空を眺める空虚なつくしの横顔を、類は黙って見守る。


「でもそれってさ… なんかあたしって、モノみたいだね。」

「モノって… いや、司はきっと、そんな事…
「なーんてね、わかってるよ!大丈夫、ちょっと言ってみただけだから」」

何かが変だった。

だが、強がる彼女の背中は、これまでだって何度も、側で見てきたから…

類には、また何かしらつくしが思い悩んでいる事がわかってしまう。

でもせめて…
つくしには少しでも、笑っていて欲しい。

本当は、あと少しの辛抱だと言いたけれど、それは自分の役目ではない。

ならば…

…それまで愚痴なら、いくらでも聞くからさ…


類は堪らず、寂しそうな彼女の頭を掌でポンと撫でる。正直にいえば、こんな風につくしが無防備に弱味を見せてくれるのも、あと少しの時間…
残された特権だということも、自覚していたから…

それなのに…

「あっ、ち、違うの!別にね、花沢類が悪い訳じゃ…」

こんな自分にまで、慌てて頬を染める無垢なつくしの反応を見せられれば…

閉じ込めた筈の心の奥は、簡単にざわついてしまう。



「クスッ、ま、物足りないかもしれないけどさ? 俺でも司の代わり位には… ちょっとは なれるかもよ?」

わざと茶化して、嘘をついて

「ちょっ//! なんで今さらエロ門みたいなこと言ってんの!…は、花沢類は、花沢類でしょうがっ//」

「あ。やっぱり? ククッ、駄目だった?」
「もおっ!当たり前っ//! 全然違うっての!!」

類の予想通り…
ポカポカと小さな拳で胸を叩いてくる彼女は、もういつも通りの無邪気な笑顔に戻っていた。


…良かった…

秘かに安堵し、また冗談めかして、他愛ない会話を繰り返して…

いつもなら

このままこれで、終われる筈だったのに…




「ね… じゃあ、さ…」

無意識に、類はその先を口にしていた。


「この夏は、いっそ二人で…
あんたの好きなとこ、どっか行ってみるとか…」

どうしてこんなことを口走ったのか、自分でもわからない

でも多分…

この夏が
きっとつくしと過ごせる『最後の夏』になるのだと…

昨晩改めて気付かされた現実に、
少しだけ、抗いたかったのかもしれない。

だから…
その先がどうなるかなんて、真面目に考えもしなかったのに…



「嘘っ… それホントに? いいの!?」

予想外のつくしの反応に、類は呆気にとられる。

「じゃ、ホントに今年は、二人でどっか行こうよ!」

あまりに無邪気過ぎる答えに、不意を付かれて、心臓まで飛び跳ねて


…でも、「二人で」って…

動揺する自分に、必死でブレーキをかけようとしても


「そうだなぁ… ねぇ? じゃあさ、さっきのヒグラシは!?」

「え?…蜩」

「あれ?…さっきあたし、ヒグラシの話したよねぇ? もうっ、忘れちゃった?」

思い出せ!とばかりに、一方的につくしに詰め寄られて。友達にしては近すぎる距離感。無防備な癖に、ほんわりと香る魅惑的な甘いシャンプーの香りに、内心、必死で平静を装った。


「あぁ… 蝉の話、してたっけ…」

「うん、そう! 花沢類はさ。今までヒグラシの鳴き声って、間近で聴いたことある?」


…プッ//、なんだ…?

少しだけホッとした。
気づけば、まるで子供のように興奮を隠せないつくしは、一心に… 目の前の興味だけに、瞳をキラキラと輝かせていたから。


「いや、無い…かな? 多分」
「わ!本当に//!?」
「ん」

「ならよければ、それを一緒に、聴きに行かない//!?」

「蜩の、鳴き声を…?」

「そう! 1度ちゃんと聴いてみたいの!お願いっ…//」

さっきまでの虚ろな表情が嘘のように…
類に向かい珍しく必死に手を合わせて頼み込むつくしは、もうすっかり、彼女本来の逞しさと元気を取り戻していた。


やっぱり牧野は、笑ってる方がいい…



「わかった。最後が蝉の鳴き声だなんて… クスッ、やっぱ牧野らしいよね」

「えっ… 最後…?」

…あ


「ほら… 蜩(ヒグラシ)の鳴き声なんて… 来年の今頃、向こうに行ったらさ。もうなかなか、聴けなくなるだろ…」

軽く誤魔化した、類の苦し紛れの言い訳に、つくしの視線が再び遠くにさまよう。


「そっか… ニューヨークにヒグラシとか… きっと、いないんだよね…」

しまった、と後悔しつつも、その横顔が…
なんだか急に、寂しそうで…

でも来年から確実に…
あんたの隣にいるのは、もう代役の俺なんかじゃなく、司の役目で

だからやっぱり

今までみたいな夏は、もう
この先2度とやって来ないのだと…

急に胸が、締め付けられた。


「そうだ!だったらさ、ヒグラシの蝉時雨は?」

「…蝉、時雨?」

再びつくしの声で現実に呼び戻されて


「そう! あの、セミがわーっ!ってたくさん鳴いてるところ!この夏は、蜩の蝉時雨が聞ける場所をたくさん探して… で、花沢類と一緒に、聴いてみたいな、って…」


その時に、少しだけ…

類は予兆を感じた。

もしかしたら…

類と同じ様につくしも…
今まで二人で過ごしてきた、細やかな時間の積み重ねを…

無くすのは”寂しい”と、そう感じているのかもしれない…


…それなら

たとえ俺達の関係が、「友達」だったとしても────


「わかった。いいよ。」

類の答えに、つくしの笑顔が広がる。

「ヨシッ決まりだね!じゃ今年の夏休みは、誰にも内緒で… 二人で蝉時雨、聴きに行こう!」


そう言って

青空の下、凛として向けられたつくしの笑顔に

類はただ、黙って静かに頷いていた。






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Comments 2

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スリーシスターズ  

おはようございます。
凪子さん、お久しぶりです♪
類くんとつくしちゃんのお話だから、司くんが出てきたことにもびっくり!で、しかもつくしちゃんはまだ司くんと遠距離恋愛してるんだ~とまたまたびっくり!で、どなたが書いたのかな~?と最後まで読み進めたらなんとΣ(゜Д゜)
凪子さんでした~σ(≧ω≦*)
いつも類くんへの愛が文章から溢れ出ている凪子さんなので本当にびっくりしましたよ~
それでも、お話を読み進めていくうちに、やっぱり類くんへの愛が滲み出てきていました!
けど、まだ前編は類くん切ないですね。
司くんの嬉しそうな顔だけが浮かんできます。
つくしちゃんも何かを考えているみたいだし・・
つくしちゃんの内に秘めた決意は何でしょう!?
類くんの笑顔が見れることかな?
類くんが幸せになれることかな?
後編をドキドキしながら待ってます♪

2018/07/10 (Tue) 08:08 | EDIT | REPLY |   
凪子♪  
スリーシスターズ様🎵

スリーさん🎵
お久し振りですヽ(*´▽)ノ♪
そして…Σ(゜Д゜)
と、とりあえず、先ずはスリーさんには謝っときますm(__)m💦💦
ご、ごめんなさい(;∀;)←超小心者w
そうなんです…
このお話…
司くんと付き合っているつくしちゃん、
それでも気持ちを隠して支える類くん、
からのスタートに…(;∀;)💦
今凪子の中の小さな出川さんが、「ヤバいよ!ヤバいよ!」と申しております…(笑)
ええ…
なので…
スリーさんの超地雷だったらごめんなさい(;∀;)💦
どうしよう💦 ジャンピング土下座でっ!!!m(__)m💦💦(苦笑)
…あ、ヤバい…
と感じたら、いつでも退避可能ですので、スリーさんに限り、どうかお気をつけてお読み下さいね m(__)m(笑)
でもコメ頂けて嬉しかったです❤
優しいスリーさん大好き(。´Д⊂)💦
どうもありがとうございました♪

2018/07/10 (Tue) 10:34 | EDIT | REPLY |   

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