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結局、類のお昼ご飯中は全然顔を見ることも出来なかった。
奥の方でトレイの準備をしたり、お皿を出したり、返却口に届けられた食器を洗浄機に入れたりと本当に忙しかった。

それも1時半が過ぎると随分と人も少なくなって、会議なんかで食事時間がずれた人とか、商談ついでにカフェコーナーを利用する人ぐらいになった。
それまでの2時間・・・あっという間に過ぎていって自分が何をしたのかもよく覚えていない。


「それじゃあ牧野さん、スタッフに紹介しますからこっちに来てくれますか?」
「はーい!」

笹本さんに言われて初めて厨房に入った。


そこも社員食堂とは思えない設備と広さの厨房で、ズラッと並んだスタッフだけでも30人・・・いや、40人以上いるのかしら?
白いコックコートの人が20人ぐらいと私のようにオレンジのエプロンの人が15人ぐらい。あとは紺色のエプロンの人が数名・・・その人達はフロアに出ない人だそうだ。

その真ん中に私が立たされて、笹本さんが紹介を始めた。

少し・・・いや、かなり緊張してる。


「えー、今日からうちに入社した牧野つくしさんです。花沢家縁の方ですけど、その辺は普通に接して欲しいとの専務からのご要望ですので宜しくお願いします。今までこのような業種には関わっていない方なので、当面はフロアと窓口受け渡しをしていただこうと思っています。では、牧野さん、自己紹介をお願いします」

「は、はい!・・・牧野つくしと申します。訳あって花沢家にお世話になっております。こうやってお仕事に出るのが初めてですのでご迷惑かけるかもしれませんが宜しくお願い致します!」

最低限の事しか言わなくて頭を下げたら、何処かから小さな声が聞こえた。


「迷惑かけると思うんなら来なきゃいいのよ」
「花沢専務のなんなの?さっき呼び捨てしなかった?感じ悪いったらないよね・・・」


え?っと驚いて顔を上げたけど誰が言ったのかは判らなかった。

私を見てる人が殆どだし、後の方の人の顔は私からは見えないし・・・でも、確かに今、悪口のような言葉が聞こえたと思うんだけど・・・凄く怖くなってキョロキョロしてたら笹本さんがすぐにフォローしてくれた。

「今のは誰の発言かな?これから一緒に働こうって言う人に対して失礼だろ?それに牧野さんは花沢家にお住まいだから関係はどうであれ専務のことを名前で呼んでしまっても仕方ないんだ」


「・・・でも」「ねぇ・・・」ってまた小さな声が聞こえた。

「もう牧野さんにも注意をして判ってもらってるから今後はないと思う。この件に関しては専務からも一切の詮索をしないように言われてるから牧野さんに質問もしないで欲しい。また、専務宛の贈り物なんかも牧野さんに渡さないようにね。宜しく!」

「「「はい!」」」

「・・・宜しくお願いします」


別会社とはいえ花沢グループ。類は凄く人気があるんだ・・・。
そりゃそうだよね、あの容姿だもん。モテないはずがない・・・彼女になりたい女子社員はここでも多いって事なのね。

イケメンの彼を持つと虐めに遭う・・・ネットの中だけじゃないのね。現実にあるんだ、こんな虐め。
そう思ったら少しだけ怖かったけど、それでも新しい世界は私にとってはそれ以上に魅力的だった。


「牧野さん、お疲れ様でした。お昼は賄いを準備してるので持ってこなくていいですよ。この奥の休憩室で食べましょう」

「あっ、はい!」

笹本さんが連れて入ってくれたのはキュイジーヌのスタッフが使う休憩室。
ここで一斉に食事が始まったけど、食堂だからなのか凄いご馳走が並んだ。お昼に残ってしまったものが出されるらしく、衛生上の問題でビルから調理したものを持ち出しちゃいけないって理由でここで全部食べて帰るそうだ。

と、言ってもおばさん達の中には普通に鞄からタッパーが出してきておかずを詰めてる人がいる。それを見ても注意をする人はいなくて、詰め終わったら嬉しそうにまた鞄にしまわれた。

そのおばさんが私にも小さな声で囁いた。
「専務には内緒よ?」・・・そのお茶目な笑顔が可愛くて「私も明日持ってきます!」って言うと笑われた。


このあと明日の仕込みだと言って調理師さん達は作業を始め、私達はお掃除や食器の片付け、テーブル周りの小物のセッティングに明日の日替わりメニューの掲示を変えたりと忙しかった。

空席になったテーブルを拭いてくるように言われたけど、1200席もあるんだがらテーブルも相当な数・・・それを数人のスタッフで手分けして、15分ぐらいで終わらせるんだそうだ。
呆然と立っていたら少し年配の女性に「あなたはこっちから奥の方ね」って場所を指定され、慌ててそのテーブルを拭いて回った。

足腰は丈夫な方だけど使う筋肉が違うのかしら、足と手も震える。


「牧野さん、このナフキンを奥の円形テーブルにね」
「牧野さん、ゴミの回収するから手伝って?」
「牧野さん、ここが伝票類の予備がある場所。たまに来る社員さん以外の注文はこっちで受けてね」

「はい!これからも頑張りますので色々教えてくださいね!」


この中に私のことを好ましく思わない人もいるんだろうけど、とにかく頑張ってみよう。
失敗するかもだけど、疲れてダウンするかもだけど、それでも1日中閉じ籠もっていた頃に比べれば楽しいことも多いはずだわ。


帰ったら類に沢山話そう・・・そう思いながら一生懸命テーブルの上を拭きまくった。



****************



車に乗り込んだら牧野はすぐに今日の出来事を話し始めた。

今から自分があそこで何をするのかとか、お昼が凄く遅いから朝ご飯をもっと食べなきゃとか、本当は作る方に行きたかったとか。さっきまでヨロヨロしてたのに車だから急に元気になって眠たそうにしていた目を輝かせて。

「類が見えたから大声出しちゃったでしょう?気が付いた?」
「気が付くでしょ。あんなに大声で呼ばれたんだよ?みんなだってシーンとしたじゃん」

「あはは!そうそう、驚いたよねぇ!」
「・・・1番驚いたのは俺だよ」

「笹本さんにもね、専務のことを呼び捨てしちゃいけませんって怒られちゃった。だからすぐに裏に回されたの。残念だったなぁ・・・類にご飯、渡したかったのに。ね、何を食べたの?もしかしてビュッフェの方にしたの?」

「あんたの行動に驚いてウロウロしてたら藤本が適当に選んでたよ。それより酷く怒られたの?そんなに?」


俺の昼食がベトナム料理だったってのはどうでもいいんだけど、あの隅の方で壁に押しつけてまでどんな怒り方をしたんだろうって、ハンドルを握りながらまたムカついてた。
新人なのに・・・わかんなくて当たり前なのに、あんな場所で声が出るだけでも大したもんなんじゃないの?

少し腹が立ってたから赤信号に気が付くのが遅れて、慌ててブレーキを踏んだら牧野の方が窓ガラスでゴンッ!と頭を打ち付けた。「ごめん・・・」って小さな声で言うと「石頭だから!」って笑ってた。


「酷く怒られたわけじゃないけど、類は女子社員の憧れの的で横に立ちたいと願う人は山ほどいるから気をつけなさいって。
そのせいで私が文句言われたり、嫌がらせ受けちゃいけないからって・・・キュイジーヌの社員がそんなことで注意されたら会社としても困るんだって。あっ・・・ダメダメ!」

「え?何がダメなの?」

「・・・えっとね、食堂で言われたこととか聞いたことを誰にも話しちゃいけないって言われてた。就業規則に違反するんだって」

「くすっ、俺にはいいよ。親会社の経営者だし」


信号が青に変わって車が動き出すと、また話が始まった。

テーブルが多すぎて拭いて回るのに足腰が痛いとか、あまりに沢山の食器だから片付けるだけでも手首が痛いとか、見たこともない大きな食器洗浄機の話とか、料理士の手際の良さとか。
特定の男の話も笹本の話も出てこなかったけど、ちょっと怖い感じの女性スタッフがいるって、そこだけは眉間に皺を寄せていた。


「何処にだって嫌なヤツはいるけど解り合えるまでは気になるよね。俺も藤本に慣れるまで2年ぐらいかかったから」

「え、あの藤本さん?変わった人なの?」
「・・・変人なんだよ。あんまり近づかないでね」


藤本に言わせたら俺が変人らしいけど。


しばらく走って花沢に着く頃には助手席のシートベルトに顔をくっつけてぐっすりだった。
あれだけ大事に抱えていた紙袋が今にも足元に落ちそう・・・あんまり気持ちよさそうに寝てるから静かに車を停めて、音を立てないようにドアを開けた。

加代が心配して出てきたから口に指を当てて「静かに・・・」って言うと、足音を忍ばせて助手席を覗き込んでた。


「あらまぁ・・・お疲れになったんでしょうか?」
「そうみたいだね。彼女は俺が運ぶよ。起きたら連絡するから牧野の夕食、部屋まで運ぶように手配しておいてくれる?」

「畏まりました」
「加代、牧野の荷物は頼むね」

「あら、可愛らしいエプロンですわね」
「くすっ・・・嬉しそうに着てたよ」


こんな歳になってるのに抱きかかえても起きないなんて信じられない・・・。
まるで無防備な子供みたいに寝てる牧野をそっと抱き上げて部屋まで運んだ。





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2018/12/05 (Wed) 06:43 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

ビオラ様 こんにちは。

ふふふ、有り難いお言葉、つくしちゃんも喜んでると思います。

私は長いこと事務職、もしくは内部オペレーターだったので接客業の経験ってあまりないんですよね。
たまに接客すると怒られたりして(笑)

若いときは結構それで対人恐怖症みたいになりましたよ。
どっちかって言うと大人しいのですよね・・・実は(笑)
団体競技よりも個人プレーみたいな人ですから。

だからつくしちゃんみたいな性格には憧れがあります。
明日も頑張ってもらいましょ!そしてだんだん変化も出てきますよ?(笑)

2018/12/05 (Wed) 17:02 | EDIT | REPLY |   
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2018/12/08 (Sat) 12:57 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

miz**様、こんばんは!

そうですねぇ。自分の新入社員の頃なんて昔過ぎて思い出せませんが、最近は会社の新人研修を担当しておりましたので宇宙人かと思うような子には何度か出会いましたよ(笑)

私の住んでるところが田舎だから全員が車通勤なんですけど、だからってパジャマで来た子にはドン引きしました(笑)
寝坊したらしく、遅刻したらいけないとの必死の思いだったから叱れなかったけど・・・。

男性社員の前で下着になる子もいましたしねぇ・・・。


つくしちゃん、色んな経験して欲しいですね♥

2018/12/08 (Sat) 19:12 | EDIT | REPLY |   

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