私の帰る場所・18
時間が経つにつれ身体中の痛みが増していく。
少し発熱もあるせいか朝になっても身体を起こすことも出来なかった。
これで俺の誕生日の行事なんてなくなる・・・宝生とか言う女にも会わずに済む。
それだけは良かったが痛むのは身体よりも心の方・・・俺への誕生日プレゼントを残したまま消えた牧野の事ばかりを考えていた。
何度も血液検査と血圧やなんかを測りに来る看護師にも碌な返事もせず顔を背けた。
食事の時間だと言って運んでくる係の人間にも「下げろ!」と文句だけは口から出る。
「総二郎様、ご気分が悪いのはわかりますが食事は摂っていただかないと困ります。これも治療の一部です。綺麗、と言っては失礼ですが骨折にしては傷口がそこまで酷くはないのです。確かに足の方はまだ手術も終えていませんから何とも言えませんが、きちんと治療に取り組めば歩行訓練の開始も早いと思いますよ」
「・・・早く治らなくても構わねぇ。それよりも1人にしてくれ」
「そういうわけにもいきません。これは西門のお家元からのご命令のようなもの、うちがそれを無視することなど出来ません。1日も早く仕事復帰していただきたいとご両親様は願っておいでです。それだけ西門流には総二郎様が必要なのですよ」
看護師が泣きついたんだろう、医者が直接俺に文句を言ってきやがった。
仕事復帰・・・簡単に言うが脛骨骨折の俺が正座しての茶席を熟すには1年以上かかるだろうと言われた。短時間での正座なら出来るだろうが茶事になると4時間、茶会でも1時間半はかかるわけだから。
左腕の骨折は後遺症も残らないだろうし、利き腕でもないからいいだろう。
右手の指の骨折がどの程度茶を点てるのに戸惑うかはリハビリ次第。これも幸い面倒な親指とかじゃなかったから深刻ではないだろう・・・それもこれも俺の治そうとする気持ちの方が問題だと散々説教された。
「宜しいですね?総二郎様、ただいまよりもう1度昼食をご準備します。指の骨折があるので箸は持ちにくいでしょうけど」
そう言い残して医者が病室を出た後、怯えたような看護師が恐る恐る食事を運んで来て、テーブルに置くと逃げるように出て行った。
だが勿論そんなものに手を付けずに目を閉じた。
目を閉じれば牧野に会えるから・・・そのうち熱に負けてまた深い眠りに落ちたようだ。
**
次に目を開けた時には病室に人の気配があった。
洗面所で水を出す音・・・それに小さく響いたのは女性のヒールの音?それでお袋じゃねぇって思った。
「・・・・・・牧野?」
そう呼んだあとに壁の向こうから現れたのは見たこともない女だった。
長身で黒髪のストレート、誰もが振り返って見るんじゃねぇかってぐらいの美人。
モデル並みのプロポーションで歩き方も上品・・・その手には黄色い薔薇とかすみ草、白いマーガレットを生けた花瓶があった。
「お目覚めですの?随分よく寝ておいででしたからお花を生けたら帰ろうかと思っていましたの」
「・・・あんた誰だ?なんで俺の病室にいる?ここは西門の連中以外の立ち入りを禁止してるはずだ」
「家元夫人から言われて来ましたの。初めまして、総二郎様・・・宝生紫と申します」
「宝生・・・紫?あんたが?」
「はい。あなた様の婚約者・・・と、申しましてもまだ公表はしておりませんけど、宝生家と西門家で予てよりそのように約束事があったとか・・・。どうぞ宜しくお願い致しますわ」
なんの感情もない喋り方。
この女は自分の人生が大きく変わろうとしてるのに、それに対してなんの疑問も不安もないのか・・・?
俺を見ても顔色1つ変えないし、大丈夫かのひと言もない。黒く澄んだ目をして入るが何も映し取っていないのか、逆に冷たく淋しい瞳に見えた。
名前だけ名乗ると静かに移動して窓際に近いテーブルにその花瓶を置いた。
その動きにも育ちの良さは窺い知れる・・・余程教育されてきたんだろう、ひとつひとつの動作が計算されたように美しかった。
「紫さん・・・だっけ?悪いけどこの話、あんたから断わってくれねぇか?」
「・・・え?」
「俺にはあんたじゃなく、他に惚れた女がいるんだ。そいつ以外とは将来なんて考えてねぇからさ・・・そんな男と一緒に生活なんてあんたのプライドが許さねぇだろうし、俺はいくら両親に言われてもあんたを愛することは出来ないから」
寝たまま視線は天井に・・・紫を見ることなく言葉を出した。
こんな風に簡単に喋っちゃいけねぇ内容なのに、わざとそうやって不誠実な男を演じた。その方が紫も愛想尽かせるだろうって思ったから。
俺の事なんてどう思ってくれてもいいし、それを宝生家でどう噂されようが関係ない。
いっその事散々罵ってこの部屋から出て行けばいい・・・そのぐらいしてくれないかと逆に願ったぐらいだった。
「そんなこと、なんとも思いませんわ」
「・・・は?」
「私は総二郎様の妻となり、西門で生きていく・・・それだけですの。あなたが他の誰かを好きでも問題ないと言っているのです。本妻は私・・・次期家元夫人として恥ずかしくないようにするだけです」
「あんた、正気なのか?・・・どうしてこんな怪我をしたのか知ってんのか?惚れた女の所に行って、その帰りの事故だ!西門に酷い目に遭わされた彼女の事を想いながらイラついて運転した結果がこの様だ!そんな男のところに来るってのか?」
少し語気を強めても怯えたような素振りも見せず、美しい指先は花瓶の中の花を整えている。まるで誰か他人の話でも聞いてるかのように、自分には無関係だと言わんばかりの態度にイラッとした。
もしかしたらそんな怪我をした俺に対する嫌がらせのつもりか?・・・自分だけが感情を剥き出しにしてることに腹が立って紫を睨み付けた。
花を整え終わると紫は花瓶から手を離してベッドの方に向かって歩いてきた。
その時もまるで無表情・・・陶器のように白い肌で整った顔立ちの女が、全身包帯だらけの情けない俺の横に立ってその姿をジッと見下ろしてやがる。
なんだ、この女・・・なんで、そこまで自分の感情を殺すんだ?
「家元達は何も仰いませんでしたが、宝生だって色々と調べさせていただきますからそのような存在の方がいることなど知っております。その人を愛人・・・と言う形でも宜しければ愛して差し上げて宜しくてよ?ただし、公の場では妻は私・・・そうしていただけるのであれば問題ありません」
「は?愛人・・・って、俺はあいつを愛人として見る気はねぇけど?ついでに言えばあんたも妻として見ることはねぇよ」
「総二郎様が見る見ないはどうでもいいのです。私の立場が次期家元のあなたの妻であると世間が認めてくれていたらお互いの感情は隠せばいいだけのこと。私はそれで構いませんが問題はありますわね・・・」
「・・・問題?」
「私は西門の後継者を産まなくてはなりません。ですから夫婦関係だけはないと困ります。どうしてもお嫌なら人工授精でも構いませんが、あなたの遺伝子を残さないと妻の役目が果たせませんから」
深窓の令嬢らしからぬ言葉に驚いた。
自ら俺に抱かれなくてはならないと・・・俺の子供を産むことが役目だと言った紫の表情があまりに冷めていてゾッとした。
「あぁ、忘れていました」
「・・・え?」
「お誕生日おめでとうございます。お祝いの行事が総てなくなってしまったので残念でしたわね。婚約者として初めての贈り物がございますのよ?」
ここで初めて笑った紫を見た。
笑えばそれなりに感情があるのかと思ったが、それは作られた笑顔・・・俺から視線を外したらその目はまた何も語らない冷たいものに変わった。
そして次に俺の方に向き直ったら、その美しい「笑顔」で高級そうな包みを差し出した。
中身は腕時計だと言われたが嬉しくもなんともなかった。
形だけでも「ありがとう」と言うことも出来たのに、俺の口からはひと言も言葉が出なかった。
<お知らせ>
本日は15:00にもお話しがあります♥
このドシリアスなお話からグイン!と180度向きを変えて、童話の世界にお連れ致します♥
良かったら遊びに来てくださいね~!
少し発熱もあるせいか朝になっても身体を起こすことも出来なかった。
これで俺の誕生日の行事なんてなくなる・・・宝生とか言う女にも会わずに済む。
それだけは良かったが痛むのは身体よりも心の方・・・俺への誕生日プレゼントを残したまま消えた牧野の事ばかりを考えていた。
何度も血液検査と血圧やなんかを測りに来る看護師にも碌な返事もせず顔を背けた。
食事の時間だと言って運んでくる係の人間にも「下げろ!」と文句だけは口から出る。
「総二郎様、ご気分が悪いのはわかりますが食事は摂っていただかないと困ります。これも治療の一部です。綺麗、と言っては失礼ですが骨折にしては傷口がそこまで酷くはないのです。確かに足の方はまだ手術も終えていませんから何とも言えませんが、きちんと治療に取り組めば歩行訓練の開始も早いと思いますよ」
「・・・早く治らなくても構わねぇ。それよりも1人にしてくれ」
「そういうわけにもいきません。これは西門のお家元からのご命令のようなもの、うちがそれを無視することなど出来ません。1日も早く仕事復帰していただきたいとご両親様は願っておいでです。それだけ西門流には総二郎様が必要なのですよ」
看護師が泣きついたんだろう、医者が直接俺に文句を言ってきやがった。
仕事復帰・・・簡単に言うが脛骨骨折の俺が正座しての茶席を熟すには1年以上かかるだろうと言われた。短時間での正座なら出来るだろうが茶事になると4時間、茶会でも1時間半はかかるわけだから。
左腕の骨折は後遺症も残らないだろうし、利き腕でもないからいいだろう。
右手の指の骨折がどの程度茶を点てるのに戸惑うかはリハビリ次第。これも幸い面倒な親指とかじゃなかったから深刻ではないだろう・・・それもこれも俺の治そうとする気持ちの方が問題だと散々説教された。
「宜しいですね?総二郎様、ただいまよりもう1度昼食をご準備します。指の骨折があるので箸は持ちにくいでしょうけど」
そう言い残して医者が病室を出た後、怯えたような看護師が恐る恐る食事を運んで来て、テーブルに置くと逃げるように出て行った。
だが勿論そんなものに手を付けずに目を閉じた。
目を閉じれば牧野に会えるから・・・そのうち熱に負けてまた深い眠りに落ちたようだ。
**
次に目を開けた時には病室に人の気配があった。
洗面所で水を出す音・・・それに小さく響いたのは女性のヒールの音?それでお袋じゃねぇって思った。
「・・・・・・牧野?」
そう呼んだあとに壁の向こうから現れたのは見たこともない女だった。
長身で黒髪のストレート、誰もが振り返って見るんじゃねぇかってぐらいの美人。
モデル並みのプロポーションで歩き方も上品・・・その手には黄色い薔薇とかすみ草、白いマーガレットを生けた花瓶があった。
「お目覚めですの?随分よく寝ておいででしたからお花を生けたら帰ろうかと思っていましたの」
「・・・あんた誰だ?なんで俺の病室にいる?ここは西門の連中以外の立ち入りを禁止してるはずだ」
「家元夫人から言われて来ましたの。初めまして、総二郎様・・・宝生紫と申します」
「宝生・・・紫?あんたが?」
「はい。あなた様の婚約者・・・と、申しましてもまだ公表はしておりませんけど、宝生家と西門家で予てよりそのように約束事があったとか・・・。どうぞ宜しくお願い致しますわ」
なんの感情もない喋り方。
この女は自分の人生が大きく変わろうとしてるのに、それに対してなんの疑問も不安もないのか・・・?
俺を見ても顔色1つ変えないし、大丈夫かのひと言もない。黒く澄んだ目をして入るが何も映し取っていないのか、逆に冷たく淋しい瞳に見えた。
名前だけ名乗ると静かに移動して窓際に近いテーブルにその花瓶を置いた。
その動きにも育ちの良さは窺い知れる・・・余程教育されてきたんだろう、ひとつひとつの動作が計算されたように美しかった。
「紫さん・・・だっけ?悪いけどこの話、あんたから断わってくれねぇか?」
「・・・え?」
「俺にはあんたじゃなく、他に惚れた女がいるんだ。そいつ以外とは将来なんて考えてねぇからさ・・・そんな男と一緒に生活なんてあんたのプライドが許さねぇだろうし、俺はいくら両親に言われてもあんたを愛することは出来ないから」
寝たまま視線は天井に・・・紫を見ることなく言葉を出した。
こんな風に簡単に喋っちゃいけねぇ内容なのに、わざとそうやって不誠実な男を演じた。その方が紫も愛想尽かせるだろうって思ったから。
俺の事なんてどう思ってくれてもいいし、それを宝生家でどう噂されようが関係ない。
いっその事散々罵ってこの部屋から出て行けばいい・・・そのぐらいしてくれないかと逆に願ったぐらいだった。
「そんなこと、なんとも思いませんわ」
「・・・は?」
「私は総二郎様の妻となり、西門で生きていく・・・それだけですの。あなたが他の誰かを好きでも問題ないと言っているのです。本妻は私・・・次期家元夫人として恥ずかしくないようにするだけです」
「あんた、正気なのか?・・・どうしてこんな怪我をしたのか知ってんのか?惚れた女の所に行って、その帰りの事故だ!西門に酷い目に遭わされた彼女の事を想いながらイラついて運転した結果がこの様だ!そんな男のところに来るってのか?」
少し語気を強めても怯えたような素振りも見せず、美しい指先は花瓶の中の花を整えている。まるで誰か他人の話でも聞いてるかのように、自分には無関係だと言わんばかりの態度にイラッとした。
もしかしたらそんな怪我をした俺に対する嫌がらせのつもりか?・・・自分だけが感情を剥き出しにしてることに腹が立って紫を睨み付けた。
花を整え終わると紫は花瓶から手を離してベッドの方に向かって歩いてきた。
その時もまるで無表情・・・陶器のように白い肌で整った顔立ちの女が、全身包帯だらけの情けない俺の横に立ってその姿をジッと見下ろしてやがる。
なんだ、この女・・・なんで、そこまで自分の感情を殺すんだ?
「家元達は何も仰いませんでしたが、宝生だって色々と調べさせていただきますからそのような存在の方がいることなど知っております。その人を愛人・・・と言う形でも宜しければ愛して差し上げて宜しくてよ?ただし、公の場では妻は私・・・そうしていただけるのであれば問題ありません」
「は?愛人・・・って、俺はあいつを愛人として見る気はねぇけど?ついでに言えばあんたも妻として見ることはねぇよ」
「総二郎様が見る見ないはどうでもいいのです。私の立場が次期家元のあなたの妻であると世間が認めてくれていたらお互いの感情は隠せばいいだけのこと。私はそれで構いませんが問題はありますわね・・・」
「・・・問題?」
「私は西門の後継者を産まなくてはなりません。ですから夫婦関係だけはないと困ります。どうしてもお嫌なら人工授精でも構いませんが、あなたの遺伝子を残さないと妻の役目が果たせませんから」
深窓の令嬢らしからぬ言葉に驚いた。
自ら俺に抱かれなくてはならないと・・・俺の子供を産むことが役目だと言った紫の表情があまりに冷めていてゾッとした。
「あぁ、忘れていました」
「・・・え?」
「お誕生日おめでとうございます。お祝いの行事が総てなくなってしまったので残念でしたわね。婚約者として初めての贈り物がございますのよ?」
ここで初めて笑った紫を見た。
笑えばそれなりに感情があるのかと思ったが、それは作られた笑顔・・・俺から視線を外したらその目はまた何も語らない冷たいものに変わった。
そして次に俺の方に向き直ったら、その美しい「笑顔」で高級そうな包みを差し出した。
中身は腕時計だと言われたが嬉しくもなんともなかった。
形だけでも「ありがとう」と言うことも出来たのに、俺の口からはひと言も言葉が出なかった。
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本日は15:00にもお話しがあります♥
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良かったら遊びに来てくださいね~!
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