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plumeria

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相変わらず点滴に繋がれ、上半身だけは何とか起こせるようになったある日。
もう病院の診察時間も終わったってのに特別室には医者とお袋と紫の姿があった。

その後ろには担当医の他にもう1人の医者と看護師長に担当看護師。
仰々しい雰囲気の中で医者が俺の横で説明を始めた。


「それでは感染症の心配もコンパートメント症候群の危険もなさそうですから次の手術に入ります。今度は髄内釘という金属性の棒を骨の中に挿入して骨折部を固定する方法です。こちらは骨が完全に出来上がって固くなる前に髄内釘を取り除く手術を受けなくてはなりませんが、脛骨骨折の場合殆どがこの方法ですのでご理解ください」

「・・・それを受けて退院が2月末・・・か?」

「そうですね。術後しばらくは加重が掛けられませんので機械を使って少しずつ動かすリハビリを開始致します。幸い膝関節の骨に骨折は見られませんでしたが髄内釘は膝の骨、所謂皿の部分から挿入します。膝関節の曲げ伸ばしから初めて、30%加重、50%加重と右足に体重を掛けていきます。これはリハビリの専門士が側に付かないと危険ですから」


こんな姿で反論なんて出来るわけがない。
言われたことに頷きもせず、天井を見つめたまま話を聞いた。

「どうぞ宜しくお願い致しますわ」
「・・・宜しくお願い致します」


お袋と紫が俺の代わりに医者に返事して、その後全員が部屋から出て行った。

この俺の足に金属?まさかそんなものの力を借りなければ歩けなくなるとは思わなかった・・・。
情けない思いが込み上げる中、唯一良かったのはこの姿を牧野には見せずに済んだこと。あいつが見たら泣いて泣いて傍から離れねぇだろうな・・・なんて誰も居ないベッドの横の椅子を見た。


ここに座るのが牧野なら・・・一瞬見てしまった夢の後に、いきなり襲ってくる虚脱感。
動かせる右腕で両の目を覆い、奥歯を噛み締めた。


**


12月13日、事故から10日経って俺の2回目の手術が行われた。
手術時間5時間・・・麻酔で寝てるから何も覚えてはいなかったが、目が覚めてからは再び猛烈な吐き気との闘いだった。

少し頭を動かしただけで全身に激痛が走り、胃に何も入ってないから胃液だけを吐き、ベッドの上で情けない姿を晒していた。


そこに紫はいたが、勿論俺に触れることも、声を掛けるわけでもない。
だからと言って面倒臭そうな素振りを見せるわけでもない。自分はこの部屋にいるのが当たり前だとでも言いたそうに、ただそこに立っていた。
今日も人形のように美しい顔で・・・遠くからチューブに繋がれ包帯とギブスで固められた俺の事を見ていた。


そこに一欠片の愛情なんてものは何も感じなかった。
俺にもそんなものは無かったが、お互いに「何かを育もう」なんて気は更々ないんだと・・・そう確信した。


**


「今はご自分で身体を動かすことが出来ないのですが、お怪我をしていない方の腕や足を鍛えておかないと歩行訓練が始まった時に苦労します。ですから本日より機械を使ってベッドの上で左足の筋力トレーニングと右腕のトレーニングを致しましょう」

理学療法士が俺の横でそんな言葉を言い始めたのが手術から3日後。
全くやる気の無い俺に勝手に機械を取り付けて、俺は機械が動くのを冷めた目で追うだけだった。

「少しはご自分でも動かさないといけませんよ」
「・・・うるせぇよ、いいから触んな!!」

気安く触ろうとする理学療法士の手を音を立てて払い除けると、泣きそうな顔して部屋から飛び出して行きやがった。
どうせすぐに担当医の説教が始まるんだろう。それさえどうでも良かった。


毎日来て新しい花を生けるだけの紫にも、たまに来て呆れたような目を向けるお袋にも俺は無言を貫いた。
誰がそこに居ようと、何を話しかけようと、俺の脳裏には牧野の笑顔と声しか浮かばない・・・それ以外は何も入っては来なかった。



数日間が過ぎた。

牧野と過ごすと思っていたクリスマスも、夜通し祝ってやろうと考えていたあいつの誕生日も過ぎてしまった。

新年すら1人、病院で迎えた。
外出許可は出ていたが戻る気すらなかったから面会謝絶にして誰も部屋には入れなかった。
動けないもどかしさ、歩けない悔しさ、あいつの事が抱けない虚しさ・・・何もかもが嫌になってそこら中のものを投げ付けて破壊し、何度も看護師が悲鳴を上げて飛び込んでくる。


「お止めください!総二郎様、お家元に来ていただきますよ?!」
「呼べばいいだろう!呼んでこの俺の様を見せればいい!!・・・来れるものなら来ればいいだろう!」

「誰か!誰か鎮静剤を!!」
「・・・俺に触るな!出ていけ!」

「きゃああぁーっ!誰か来てぇ!」
「喧しい!誰も入ってくるな!」


自分でもわかっている。
こんな事は無意味だと・・・こんな事をしても牧野は目の前に現れないと。
それでも牧野が今何処で誰といて、何をしているのかを考えたら我慢が出来なかった・・・気が狂いそうだった。

割れた硝子や滅茶苦茶になったシーツ、倒された点滴のスタンドにサイドテーブル・・・病院とは思えない光景の中で今年初めての夜を迎えた。


**


初釜が終わった頃、お袋が病院にやってきた。

俺の行為は病院からも聞いているだろうに、それにはひと言も触れず西門の仕事の話を淡々と聞かされた。
その後ろには年明けから西門に住むと言っていた紫の姿も当然のようにあった。

見舞いには相応しくもない華やかな訪問着姿の2人は、この後西門の後援会幹部の屋敷に一緒に行くのだとか・・・勝手にすればいいと目も合わさなかった。


「まだまだ茶事などは無理だけど、立礼式のお茶会なら出来るでしょう?退院したら少しずつお茶にも触れていかねばねぇ・・・もう長いことお茶室から遠ざかっているから懐かしいのではなくて?総二郎さん」

「・・・・・・」

「そうそう、12月のうちに総二郎さんのお部屋の隣に紫さんのお部屋を用意したのよ。年が明けたら西門に住んでいただくことになっていたけど、あなたが退院してからにしようと思って待っていただいてるの。
そうなったらあなたの身の回りの事は紫さんにお任せすることにしています。紫さんもそのおつもりで・・・いいかしら?」

「はい・・・宜しくご指導くださいませ、お義母様」
「・・・・・・」


「総二郎さん、聞いてるの?」

「・・・聞こえてるが俺には関係ない。あんた達の思うようにはならねぇよ」


紫の前でこんな事を言う俺にお袋は厳しい目を向けて睨んでいた。

勿論紫は顔色1つ変えない。
そんな紫にお袋も本当のところは戸惑いを隠せないんだ。今、この部屋で1番緊張してビビってんのはお袋だ・・・刃物のような俺と氷のような紫、この2人を同時に見てるんだから。


松葉杖を使って歩行訓練を開始したのは1月の中頃。
少しずつ右足にも体重を掛けられるようになったが、身体は傾いたまま。それを支えようとする看護師の手を振り払い「俺に触るな!」を繰り返した。
そこで倒れようが誰にも俺の身体には触れさせない・・・近づいた人間を睨み付けてたった1人でリハビリを続けた。


2月の中半、松葉杖も1本になり、50%加重まで許可が出て身体もかなり真っ直ぐにして歩けるようになった。
歩行訓練は病棟の外でも行うようになり、階段昇降の訓練も開始。

ふと何かが腕に触れると「牧野・・・?」と囁く自分がいた。
でもそこには何もなく、俺が何より欲しいと願う温かさはない・・・相変わらず牧野についての情報は何1つないままだ。


常に俺の後ろにあるのは冷めた表情の紫・・・誰もが目を留めるほど美しい姿だった。






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