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plumeria

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2月の終わり・・・小雪が舞う日の朝。

まだ歩行杖というものを使ってはいたが全加重掛けての歩行の許可が出て、俺は退院することになった。
病院に居ても問題行動の多い俺を早く出したかったというのもあるんだろう、医者はホッとしたような表情を見せていた。

「完治というわけではございません。ほぼお1人での歩行は可能となっておりますがくれぐれも無茶はなさいませんように。それとお家元のご希望で看護師をお屋敷に派遣させていただきます。2交代制で常駐させますので何かありましたらすぐに連絡が入りますからね」

「・・・病院からも監視付きか」
「総二郎さん、何ということを言うの!失礼ですよ」

一応形だけの迎えで来ているお袋が俺を窘める。そんな奴らを無視して着替えを済ませ、さっさと特別室を出た。

この先は月に1度、骨の出来具合を確認するだけ。
そして完全に出来上がった後、髄内釘を取る手術を終えたら病院とは手が切れる。何度も聞かされた今後の話なんて聞く気にもならずに車に向かった。


俺が病院を出るのも正面からじゃない。
こんな入院の場合はスキャンダル防止のために裏口にある出入り口から極秘に退院するものと決まっていた。車だって目立たないもので、そんな瞬間を狙ってくる記者が写真すら撮ることが出来ないように、特別に作られた駐車場から出ていくわけだ。

そんな場所でも退院祝いの花束を院長が持って来る。
俺はそれを無視して車に乗り込んだからお袋が受け取っていた。
「お大事になさいませ。必ず通院はしてくださいね」と看護師長が言うのにも「わかっております」と答えるのはお袋。


濃いシールドに囲まれた車は病院を出て西門に向かった。
俺が家を飛び出して3ヶ月・・・久しぶりの外の風景も色が付いていないような気さえした。



**



西門にも裏の駐車場から戻った。
お袋は何も言わずに屋敷に入り、俺は自分の車やバイクが停めてあるガレージに向かった。

そこにはあの日、事故ったバイクが酷く痛んだ状態のまま置かれていた。
元々頑丈なハーレーだがメーター類は割れてなくなってるし当然ライトなんて跡形もない。タンクもすげぇ傷が入りハンドルも曲がってやがった。

1番大事にしてた愛車の無残な姿・・・いつかこいつの後ろに牧野を乗せてどっかドライブにでも、なんて思ってたのにな・・・。


そいつにつけてたサドルバッグ・・・そこにもすげぇ傷があってボロボロだったが中に入れていた牧野からのプレゼントを探してみた。誰も触っていなければここにあるはず。
そして変形したそいつの中に手を突っ込んだらガサッと紙袋の音がした。

牧野のアパートで見つけた時には胸が痛んだが、今度は何故かホッとした。
これがあいつからの最後の贈り物だなんて思いたくもなかったが、今の時点では「最後のメッセージ」・・・ぐしゃぐしゃにはなってたがそいつを手に持って屋敷の中に入った。


少し足を引き摺る俺に、通り過ぎる使用人や弟子達が恐る恐る「お帰りなさいませ」と声を掛けるのを完全無視して言葉も出さず、相変わらずひんやりと冷たい空気が漂う自分の家の廊下を進んだ。


3ヶ月ぶりの自分の部屋・・・12月の時のまま何も動かされてない部屋は脱ぎ捨てた服でさえソファーの上に置かれたままだった。机の上の書類も、次の日に着る予定で出していた着物のそのまま・・・テーブルには菓子の袋があった。

あぁ、牧野が稽古に来る日が近かったから買ってやってたんだ・・・あいつの好きな茶菓子。
どうせ稽古するなら好きなものを出してやろうと前の日に買ったもの。当然腐ってるだろうから中身を確認もせずに丸めて捨てた。
そしてベッドに腰掛けてバイクから取り出した袋を開けた。


中には俺が好きだと言ったブランドのブレスレット。

「馬鹿じゃねぇの?これ、牧野のバイト代で買えるほど安もんじゃねぇのに。無理して自分のもの我慢したんだろうな・・・」


そいつをつけて眺めてみたものの・・・嬉しかったが虚しくなった。
牧野に礼の1つも言えねぇし、あいつの満足気な顔も、俺の喜んだ顔も見せられねぇし・・・。

どんな気持ちでこれを置いて出て行ったんだ?お前から手渡しされねぇのに俺が喜ぶとでも思ったのか?


「馬鹿野郎・・・次に会った時は説教だな。覚悟しろ、牧野・・・」



「総二郎様、お家元がお呼びでございます。書斎の方にお越しくださいとのことでございます」

廊下から若弟子がそう告げてきた。


**


改まった話をするときには大抵使われる親父の和室の客間。
そこではなく書斎に、というのは俺が正座をすることが出来ないためだろう。言われたとおりに着物にも着替えることなくジーンズのままその部屋に向かった。

親父に会うのは12月1日以来・・・あの日から1度も顔を合わせていない。

その部屋の前に行って、1度深呼吸して自分の感情を押し殺した。
入院しようが手術をしようが現れなかった親父・・・俺を牢部屋に閉じ込める指示を出した冷たい親父の顔を思いだして腸が煮えくりかえるのをグッと堪えた。

「総二郎です。失礼致します」

中からの返事なんて確認もせずドアを開けたら・・・そこに居たのは紫を含めた3人だった。


「そちらにお座りなさい、総二郎さん」

お袋の差し出した手は紫の隣…親父は眉1つ動かさずに腕組みをして俺の席の向かい側に座っていた。
仕方なくそこに座ると今度は紫が立ち上がって茶の支度を始めた。それをチラッと確認したお袋の目は、やはりまだ彼女とは打ち解けていないのだと感じさせた。

美しい所作で皆に茶を配り、また俺の横に座ると親父の話が始まった。


「何かひと言あってもよくはないか、総二郎。どれだけ周りに迷惑掛けたと思っている?」

「迷惑?それを言うなら原因はそちらでしょう。私をあのような部屋に閉じ込めて、1人の人間を東京から追い出したのはあなた達です。そのようなことをされなければ起きなかった事故・・・故にこの席でこれまでの話を訂正していただきたいと思いますが?」

「総二郎さん!口を慎みなさい!」
「お義母様、私は大丈夫ですから。総二郎様もそのうち落ち着かれますでしょうし」

良く出来た女を演じる紫・・・この話でも動じることなく俺の横に座れる神経には驚きだが、それはむしろ親父達の方だったのかもしれない。紫の笑顔を見て、逆に表情を歪めていた。


「その話はもう終わったこと。蒸し返して何になる。姿を消した者は所詮その程度の考えであったのだろうよ。
それよりもお前の事故のせいで色々と予定が狂ったのだ。今後はリハビリに励み、1日でも早く茶室で茶を点てられるように努力するのだな。しばらくは立礼式で点てられるように西庭の茶室を一部屋改造している。そこで休んでいた間の勘を取り戻し、稽古を積みなさい。わかったな、総二郎」

「・・・・・・稽古には戻ります」

「稽古だけではない。その状態だろうがお前が今後も問題なく茶を点てられ、西門の後継者であると世間に示さねばならぬ。それなりの茶会は開くつもりだ。気を引き締めて茶と向かい合うのだな。特にお前は自分の精神状態が茶に出やすい・・・長老方にはすぐに見抜かれてしまうぞ」

「見抜かれたならそれまでのこと。私に後継者としての器がないと判断されたのならそれでも構いませんが」

「・・・それでもお前は茶を捨てることも西門を捨てることも出来まい。早く己の置かれた立場を思い出すのだな」


・・・もう殆ど痛みのない左腕までが疼く。
これ以上話すと親父を殴るんじゃないかと・・・そうすれば俺はこの家から解放されるのか?

瞬間そんな事を思ったが、ここでもなんとか堪えて身体の震えを悟られないようにと必死だった。


「それとね、早速本日より紫さんが西門に住まいを移すことになりましたの。ですから総二郎さんの部屋の隣は紫さんのお部屋です。何かありましたら相談してお互いに早く打ち解けていただきたいわ。
紫さん、こんな子ですけど宜しくお願い致しますね」

「はい、お義父様、お義母様、至らぬ所も多いと思いますが宜しくお願い致します。総二郎様、色々とお聞きすることもあると思いますの。お話し相手になってくださいませ」

「・・・話し相手なら他にいくらでも居るだろう」

ここでもう話すことはないと自ら席を立ち、書斎を出ようとした俺に、親父が声を掛けてきた。


「総二郎、お前がこの先何かをすれば・・・わかっておるだろうな?それで困る人も出てくるというものだ。
宝生家との縁組みが消えることはない。お前は西門をこの先も守っていくことだけを考えろ。そのための伴侶は紫さんだ。それを肝に銘じよ」

背中でその言葉を聞いたが振り向いて返事をすることもなくドアを閉めた。
俺が動くと困る人間が出る?やはり西門が牧野を監視してるのか・・・汚ぇ手を使いやがって!

下唇が切れるかと思うぐらい噛み締めて、両の拳も震えるほど・・・急いで歩けない足に歯痒さを感じながら自分の部屋に戻った。




そうして日にちはゆっくりと過ぎていった。

あいつが卒業する時、パートナーになりたかった英徳のプロムナード。
桜色の着物を作って春の茶会をしたかった3月の終わり・・・桜吹雪が舞う4月、そして日差しが強くなる新緑の頃。


俺が正座以外の動きが出来るようになったのは、牧野が消えてから半年以上経った頃だった。





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