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plumeria

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5月の始め・・・朝から雨が降っている日曜日だった。

この頃、立礼りゅうれい式で茶を点てるようににはなっていたが、以前とは比べる事も出来ないほど情けない茶しか点てられない状態が続いていた。
何をするにもやる気にならない・・・時間さえ判らない日もあれば全く手が動かない日もあった。

身体の中心に力が入らないような感覚・・・集中力も気力もなくなって茶筅を回している時でさえ頭の中が真っ白でタイミングを逃してばかり。碌な茶が点てられないからと茶席に出るのは家元から認めてもらえなかった。

だから出来ることは自分1人の稽古と道具の手入れだけ。
茶巾を手に持って気持ちも込めずに茶碗を拭いていた。


窓の外に目をやって、水たまりが出来てる庭の敷石の間・・・そこに出来る破門を眺めながら少し前の事を思い出していた。


**


杖なしで歩けるようになった3月の中頃、俺は車でもう1度牧野のアパートを訪ねてみた。
そこはもう別の人間が住んでいるようで、違う色のカーテンが掛かり男の洗濯物が乱暴に干してあった。ポストの表札も「牧野」じゃなくなった・・・ここにはもう居ないのだと、あいつが住んでいた部屋を見上げただけで向きを変えた。


実家にも連絡をした。だが、返事は「1度連絡があったきり何も知らない」・・・だった。
むしろ何故俺から掛かるのかで困惑され、これまでの事情を説明するために実家に出向いた。

そこは俺も初めてだったが確かに苦しそうな生活ぶりだった。
独り暮らしの牧野の方がまだマシかもしれない、そのぐらい金銭的には困っているようだったが、両親の様子は草臥れてはいたが家の雰囲気は明るそうだった。
牧野と同じような温かい空気が流れてるような・・・何もない部屋なのに不思議とそう感じた。


「・・・あの子と、西門様が?あの、それは本当ですか?またあの子が傷ついたんでしょうか?電話じゃ何も言わなくて、バイトの都合で東京を離れるからって・・・また電話するって言ったっきりで気になっていたんです」

司のことがあるから不安に思うのは当たり前。この時だけは最近見せなかった真剣な表情で自分の気持ちを伝えた。

「つくしさんがアパートから姿を消してしまった原因として、西門流が動いたことに間違いはないと思います。
それについてはお詫びするしかないのですが、私達は真剣に付き合っていましたし、いずれ両親を説得してつくしさんを西門に迎えたいと思っておりました。
誓って申し上げますが、遊びなどという気持ちはありません。私は何があっても彼女を守るつもりでした。ですが・・・」

「ご両親様の方が早く動かれたのですね?でも、西門様のご両親様があの子を何処かに?それとも勝手に自分から出て行ったんでしょうか?」

「西門はつくしさん本人が『東京を離れる』と言ったと言うのです。ですが私はそうは思わない・・・お恥ずかしいのですが、つくしさんが出て行かなくてはいけないように脅したのではないかと・・・そう思っていますが証拠はありません」


牧野の両親は顔を見合わせて・・・母親の方がひと呼吸置いてから言葉を出した。

「よくわかりました。つくしから連絡があったら今のお話は伝えておきます。ごめんなさいね、私達も自分たちの暮らしが精一杯であの子のことは放置してるみたいで・・・。電話の時の声があんまりにも普通だったから何も気にしてなくて・・・」

チラッと見たらこの家の電話はこの時代でもナンバーディスプレイなんてなさそうだ。
それに掛かってきたのは正月前だったような記憶だという・・・日付も定かではないようだった。


「もし、また電話があったら私が待っていると伝えていただけますか?信じるのは私の言葉の方だと・・・思い違いをしているのかもしれないから会いたいと、そう伝えていただけますか?」

「はい、必ず伝えます。でもね、もしもつくしが泣くようでしたらその時は西門さんから離れてください。あの子にはもう幸せになって欲しいんですよ。こんなに情けない親が言うのも可笑しいでしょうけど」

「・・・いえ、わかります。でも私は彼女と離れる気などありません」


何度も頭を下げて、牧野の両親と別れた。


**


雨足が強くなった・・・そろそろ片付けるか、と目の前の茶碗に手を掛けた時だった。


「総二郎様、美作様がお見えですけど如何致しましょう?」

「あきらが?そうか・・・じゃ、母屋の俺の部屋に行くように言ってくれ。場所は知ってるから」
「畏まりました」


イギリスから一時帰国したのかってぐらいで何も考えず、茶室から自室に戻ったら、既にあきらはそこで待っていた。
そして普通に歩いてる俺を見てホッとしたような表情を見せ、イギリスで買ってきた酒が土産だと言って手渡された。

「良かった・・・引き摺ってたらお前らしくないからって気になってたんだ。歩くのは普通なんだな」
「まぁな。骨の出来具合には問題ねぇけど、正座しての茶会はまだ無理だな。その体勢を長いこと保てねぇから」

「・・・そう焦ることもないだろう。ゆっくり回復すればいいさ」


「飲めるのか?」って聞くと「車だから」と言う返事。それなら珈琲にするかと俺が煎れてやった。
ソファーに腰掛け珈琲をひと口飲んで「お前の味だな」ってニヤリ・・・久しぶりに会う幼馴染みは結婚したからなのか落ち着いて見えた。


「それでどうしたんだ?一時帰国か?嫁さんは?」
「・・・いや、そうじゃなくて完全に日本勤務って事で向こうを引き上げてきたんだ」

「は?少なくても2年間はイギリスじゃなかったのかよ。まだ1年ちょっとだろ?」
「・・・いろいろ状況が変わってな」


ここであきらが妙に真面目な顔になった。
状況が変わった?俺の知る限り美作に経営上のトラブルなんて発生してねぇけど?

あきらの目を見ると特に落ち込んだとか悩んでるって感じでもない。逆にすっきりしてるようにも見えるし、何かわかんねぇけど覚悟を決めたって風にも見える。
いずれにしろあきらから言葉が出るまで俺は黙って待っていた。


「彼女が・・・仁美が手術したんだ。子宮全摘の・・・俺の子供は望めなくなったんだよ」

「・・・・・・え?」

「凄く珍しい悪性腫瘍ってヤツに罹患してな・・・子宮を残すとリスクが数倍にも上がるんだそうだ。若いから進行も早いし転移するかもしれない。だから説得して日本で手術を受けさせたんだ。俺の居るところではそんな手術受けたくないって言うから半年間は俺だけがイギリスに残ってたってわけ。もう普通に暮らしてるよ」

「・・・そう・・・だったのか」

「あぁ、だからこれからしばらくは日本での勤務。仁美を連れ回せないからな」


美作の両親は相当ショックを受けていたが、それでも嫁さんの命を迷うことなく選んだあきらを褒めたそうだ。
「跡取りの事などそのうち考えよう」、そう言っておじさんはあきらの血を引く孫を諦めてくれた・・・夢子おばさんも内孫が出来なくても外孫に継がせればいいと理解を示してくれたそうだ。


なんてこった・・・こんなに理解してくれる両親がいて腹が立つほど羨ましい、危うく言葉になって口から出そうになった。
羨ましいのは両親の理解って部分だけ・・・俺達のような後継者必須のように言われる人間にとっては簡単に結論が出せないような大問題だ。両親以外の奴らからは相当な批判もあっただろうに。

いや、それよりもあきら本人が1番悩んだのには間違いないんだ。
こんなに落ち着いてるけど優しい男だからな・・・話を聞かされた時のショックは大きかっただろうから。


「それで、総二郎・・・牧野は見付からないままか?」

「・・・あぁ、わかんねぇままだ」

「お前が事故って身動き取れなかった間に捜索も出来なかったか・・・」

「それもあるし、本当にあいつ・・・何も持たずに何処かへ行ったみたいだから。アパートの物は家財道具全部処分してくれって大家に頼んでたし、バイト先にも決まってた就職先にも大学にもひと言も連絡しないで出て行ってる。
それが本人の意思なのか、西門の監視下なのかもわかんねぇ。北に行ったのか、南に行ったのか、それとも東京なのか・・・あいつが頼りそうな人間には当たったけど誰も知らないそうだ。スマホも繋がらないままだしな」


たった1度実家に明るい声で電話を入れてるが、それが本人の判断なのか西門の命令なのかもわからない。今となっては実家に掛かった電話の履歴も調べられないと言うとあきらも溜息をついた。


「それで・・・お前はやっぱり諦めないのか?」
「諦めるわけねぇだろう。絶対に見つけてやる・・・何も残されてねぇし、手掛かりも何もねぇけどな」

「どうやって・・・」


その時に部屋のドアがノックされてあの女の声が聞こえた。


「総二郎様、ご挨拶したいのですが入っても宜しいでしょうか」

「・・・・・・」


「失礼致しますわ」

2人だけの時、こいつが伺いを立てても俺は1度も許可したことはない。
だが、来客時だけは撥ね付けられないから無言を突き通す・・・それがあきらならどんな場面を見られても平気だったから、紫が入ってきても目も合わせなかった。

あきらはそんな俺を見て呆れていたけど、既に存在は話していたから特には驚かなかった。


「お初にお目に掛かります。美作あきら様・・・総二郎様のご親友でいらっしゃいますね?私は宝生紫と申します。
この度、総二郎様とのご縁をいただき、西門でお作法の勉強中でございますの。どうぞ宜しくお願い致します」

「初めまして、紫さん・・・お名前だけは聞いています」



あきらにはこの光景がどう映っただろう・・・戸惑いを隠しきれないあきらもまた、紫にはこれ以上言葉をかけられなかった。






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2018/12/20 (Thu) 16:57 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: こんにちは🎵

meimei様 こんばんは。

お気遣いいただきありがとうございます。
大丈夫ですよ~!

こんな内容が続くので読まれる方も辛いでしょうねぇ💦
お時間あるときに遊びに来てくださいね♡

あら、どうなんでしょう?考えていませんでした。
胡座・・・じゃないとは思いますが、少しの時間なら頑張れたのかな?

ちなみにうちの旦那はもう正座をすることは出来ません。
胡座も殆ど出来ないなぁ・・・膝関節を粉々にしたのでそうなんですけどね。

うんうん、バイクは危険です。気をつけて下さいね!

2018/12/20 (Thu) 22:53 | EDIT | REPLY |   

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