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plumeria

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「牧野さん、僕の気持ちはあの時より強くなってるんだけど」

そういって手を強く握られて、私の心臓はバクン!遠きな音を立てた。
男の人の手の感覚が久しぶりで、こんなに力があって大きくて・・・小柄な吉本さんなのに逞しく感じた。

いつも誰かの手を探してるから?・・・縋ってしまいたいって思ってるから?


「あ、あの!熱いお茶持ってるから・・・溢したら火傷しますから離してください」
「あっ、ごめん・・・でも、聞かせて欲しいんだ」

「と、とにかく離して・・・」

吉本さんが手を離してくれて、ホッと息を吐いてお茶をテーブルに置いた。
そして1度部屋を出て行こうとしたけどそれはやっぱり許してくれなかった。また後ろから腕を掴まれて同じ言葉を出された。


「逃げないで、牧野さん。返事が聞きたい。嫌だって返事じゃなくてその子供達の父親になれるって言う返事・・・君達のことを守らせてくれない?僕はお腹の子供達を愛することが出来ると思うんだ」

「・・・今はまだ生まれてないからなんとでも言えます。でも、この子達に父親の面影はあると思うの・・・それを見た時にあなたは同じことが言えますか?あなたには似てないのよ?」

「・・・そうかもしれないけど、君のお腹がまだ大きくないうちから変化を見てるんだ。自分でも不思議だけど凄く生まれてくるのが待ち遠しいんだよ。僕もワクワクしてるんだ」

「でも、私には・・・吉本さんは役場の人、そういう意識しか今でも持ってないんです。酷いこと言ってごめんなさい・・・だから無理だと思います」


「役場の人・・・」

「・・・そうです」

吉本さんの手が緩んだからそっと手を退かして部屋を出ようとした。その時・・・!


「うっ・・・!痛っ!・・・」
「牧野さん?!」

「ごめんなさいねぇ、お待たせしました・・・えっ!つくしちゃん?!どうしたの!!」

ちょうど女将さんもこの部屋に入って来て、私は2人の前で急に痛み出したお腹を抱えて疼くまってしまった!
まさか・・・あと2ヶ月も先の予定なのに陣痛が始まったの?これがそうなの?

それとも・・・それとも・・・!

「うっ・・・誰か、たす・・・けて!赤ちゃん・・・助けて!はぁはぁ・・・ううっ!」

「誰か!誰か産婦人科へ連れて行ってやって!!」
「僕が行きます!女将さん、車を玄関に回しますから彼女を車椅子に!」

「く、車椅子?あぁ、はいはい!誰か車椅子を!」


吉本さんが部屋を出る前に「大丈夫、頑張って!」って声を掛けてくれたのが聞こえた。
そして私は旅館に常備してある車椅子に乗せられ、吉本さんの車で掛かり付けの産婦人科へ運ばれた。


**


「まだ陣痛ではないから落ち着いて。お腹の張りが少し酷かったんだね・・・無理したんじゃないのかい?」

診察室のベッドの上で点滴を受けながら先生の話を聞いていた。
どうやら出産が始まったんじゃなかったみたい・・・多胎妊娠だから張りが酷くて、それで急に痛みが来て、それに慌てたから余計に痛く感じたんじゃないかって。


「・・・無理してないつもりですけど最近、腰が痛くて・・・色んなところを庇いながらお仕事してたけど」

「そうだろうねぇ。双子を抱えてる場合はね、積極的運動も進めないんだよ。胎児が1人の人はなるべく動きなさいって言うんだけど、それだけリスクが高いから安静第一なんだよ。・・・そろそろ仕事は限界かもしれないねぇ」

「・・・気をつけますから・・・私、まだ働いていたいんです。ギリギリまで・・・そうじゃないと・・・」

「相手の人のことを考えるから?」
「・・・ははっ・・・そうかもしれません」


「少し寝ていなさい」と言われてそのまま産婦人科のベッドで目を瞑った。


『馬鹿じゃねぇの?もう少し自分の事を考えねぇか!』


ほらね・・・目を閉じると西門さんが私を怒る・・・。
でも、その顔はとても優しいの・・・とても・・・優しいの。



**



少しだけ寝ていたら痛みも治まって、病院内を歩くのにも問題はなかった。
だから旅館まで歩いて帰れると言ったけど、大事を取って迎えを呼ばれた。

その時に来たのは女将さんと吉本さん。
打ち合わせが私のせいで遅くなったのか、まだ吉本さんが旅館にいるとは思わなかったから驚いた。
まるで自分の奥さんの心配でもしてるかのような表情・・・この人も驚いただろうに素早い行動で助けてくれて、頼りになるんだなって思った。5歳も上だから?・・・あの人とは全然違う腕なのに安心してしまうだなんて。

そんな風に思いながらも、運んでもらったお礼だけ言ってこの日も返事はしなかった。


「気をつけてね、牧野さん。またこっちに来ることがあったら様子を見に来るから」

「・・・ご心配かけました。でも大丈夫ですから私のことは気にしないでください。今日は本当に助かりました・・・ありがとうございました」


このあと、女将さんから「もう休んでおきなさい」と言われて自分の部屋に戻り、布団を敷いてまだ明るいうちから横になった。
病院からもらった薬を手の届くところに置いて、今日だけじゃなく、この先の自分の身体のことを考えたらすごく怖かった。


もう何回こんな事を繰り返してるんだろう。
人並みに働けないのに住み込んで、それでも誰も嫌みも言わないし、むしろ体調を心配してくれて。
そんな人達に囲まれたのは幸せだったけど、この先もこんな事を続けていけるんだろうか・・・それは迷惑だろう。そんなことは言われなくてもわかってるけど、それでも甘えていいんだろうか。

1人になるのが怖いんだろうか。
何処か温かいものに触れて生きていたいんだろうか・・・こんなに弱い人間なのに子供なんて育てられるんだろうか。


頭の中がゴチャゴチャして纏まらない。
訳もなく流れる涙を拭いながら布団を頭まで被ったら、ガチャッとドアが開いて女将さんが入ってきた。


「おや?起きてたの?あぁ、そうか・・・病院で寝てたからね」

「・・・はい。女将さん・・・本当に申し訳ありません」

「あはは!そんなことは承知で雇ってるし、ちゃんと減給してるから気にしなくていいよ。あんたはもう少ししたら大変なことが待ってるんだから、それ以外の余計な事は考えなくていいんじゃないの?」


そう言って布団の横に座ってポットのお湯でお茶を入れてくれた。


「あぁ、そうそう!今度ね、お偉いさんが来るんだけど、その時に体調が良かったらお茶を点ててくれない?さっき吉本さんが来たのはその話だったのよ。唐津の方にだけど観光事業の関係で東京からお客さんが来るんだって。
でね、こっちの海鮮料理でもてなしたいらしくて、こんな古い旅館を選んでくれたのよ。1日中居るって言うから空いた時間にお抹茶でもって思ってねぇ・・・ほら、うちには気の利いたものなんて何もないから」

「そうなんですね・・・はい、いいですよ。その日にはお腹が張らないように気をつけなくちゃ」

「もう少し仕事も減らしていいから無理しないようにね・・・それとね・・・」


急に女将さんは真剣な顔で私の方に身体を向けてきた。
なにか重要な話だろうか・・・嫌な予感がして私も布団の上に正座して女将さんと向かい合った。


「吉本さんから聞いたのよ。つくしちゃんにプロポーズしてるって・・・私はいい話だと思うんだけど、あんたはダメなのかい?あの人は優しくていい人だと思うんだけどねぇ・・・子供のこともきちんと考えてるみたいだったよ。どうなの?つくしちゃん」


吉本さんが女将さんに話した・・・?
まさかそれを言われると思わなかった私は、この話に賛成だという女将さんに返す言葉がすぐには出なかった。




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