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plumeria

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お茶の湯気が消えてしまうぐらい時間が経ってから、女将さんはもう1度私に声を掛けた。

「子供がいない私でも色んな人を見てきたからねぇ・・・小さな子供を抱えて女1人ってのは大変だと思うのよ。それにここにはあんたの両親だっていないでしょ?そりゃ私は母親代わりみたいに思ってるから頼ってくれてもいいんだけどね。
子供が大きくなって分別がつく頃にお父さんが出来るぐらいなら、産まれる前から何もかも承知してくれて受け入れてくれる人がいるって幸運だとも思うの。どうだろうかねぇ、つくしちゃん」

「・・・女将さん。ご心配かけてすみません」

「謝ることなんてないのよ。吉本さんは確かご兄弟もいてその長男さんでね、家もそこそこ大きなお屋敷だったと思うわ。お爺さんって人が県の議員さんだったはず。お父さんもお役所勤めでお堅い家系かと思ったら、意外とお母さんが面白い人で日本舞踊をされてるの。いくつか教室を持ってるのよ。暮らしには困らないと思うんだけどねぇ」

女将さんは吉本さんの経歴やら家のことを知ってる範囲で話してくれた。
1番理想的なのかもしれない家の大きさと、温かそうな家族構成。吉本さんも役場では人気者らしくて、実はモテるんだそうだ。そんな人からプロポーズされるなんて有り難いことだと、本当は凄く喜んでるみたいに女将さんは顔を綻ばせていた。

それを聞いても変わらない私の表情に少しだけ不満なのかもしれない。
「吉本さんの話を受けて、産んだ後にここで働けばいいのに・・・」と本音を漏らした。


「・・・嬉しくないわけじゃないんです。でも、気持ちが・・・」

「何度も言ってるでしょ?あんたはうちの旅館の娘同様だって・・・だから、今の状況を思い悩む必要はないんだけどね」


女将さんの言うこともわかる。確かに吉本さんはいい人。
優しくて温かくて・・・多分、生まれた子供を自分の子供のように可愛がってくれそうな気はするけど、1番肝心な私の心が動かないんだもの。

私の心は1人の男性しか見ることが出来ない。これから先、どんな素敵な人と出会っても、私は西門さん以外の人を愛さない。
それが自分でわかってるから吉本さんの好意を受けるわけにはいかない。

それは・・・吉本さんに失礼だと思うから。


「ごめんなさい。私、お腹の子供の父親のことしか好きになれないんです。忘れなきゃって毎日思うけど、忘れられないんです。夢を見ちゃいけないってわかってます。住む世界の違う人だって知ってます。それでも、いつかは一緒に笑ってる自分たちを想像してしまうんです。そんな私が傍にいても吉本さんが傷つくだけですから」

「・・・そう。まぁ、私も無理矢理ってのは嫌いだからどうしてもって言うつもりもないの。つくしちゃんの思う通りでいいと思うけど、1人じゃないからね・・・2人分の人生も考えてやらないとね。あんた、母親なんだから」

「・・・はい。ありがとう、女将さん」



その日の夜は寝ることが出来なかった。
お昼に病院でずっと寝てたし、旅館に戻ってもずっと寝ていたから目が冴えてしまった。

だから窓からずっと星を見てた。
ここは東京よりも星が綺麗に見える・・・深夜になると街の灯りがなくなるからだろうけど。


初めて西門さんと結ばれたのも星の下だったなぁ・・・って、その時の情熱的な彼を思い出してた。
怖くて怖くて痛くて・・・でも、彼の肌の熱さに驚いて、男の人の力強さに驚いて・・・私、どれだけ泣いたかわかんないぐらい泣いたよね。西門さんの身体に必死にしがみついて、ただ受け止めるので精一杯・・・くすっ、ホントはよく覚えてないわ。


覚えてるのは西門さんの「愛してる」って言葉と、私の心臓を射貫くような妖しい目だけ。


西門さん・・・あなたの子供ね、もう8ヶ月なの。とっても元気に私のお腹を蹴ってるよ。
それがたまに痛くてね、早く産んじゃいたいくらい。
それにね・・・ふふふ、私すっごく太ったの。今はねガリガリじゃないんだよ?胸だって少し大きくなったよ。

もうすぐ私、お母さんになるんだよ?あなたの子供のお母さんになるんだよ?



今はあの日と違う怖さが私を襲う。

誰もいないから心の中で叫んでもいいのかな・・・小さな声なら自分の気持ちを素直に出してもいいのかな。
誰に許しを請うているのかわからないけど、急に怖くなってパジャマの前側をギュッと強く握った。そして、星に向かって小さな声で呟いた。


「お願い・・・西門さん。誰のものにもならないで・・・!すぐにここに来て私を抱き締めて『心配すんな』って笑ってよ・・・!
ここまで頑張った私を褒めてよ・・・生まれた子供の名前も決めてよ。そうじゃないと・・・そうじゃないと・・・私・・・!」


ポコン!

「あっ、痛っ・・・くすっ、また蹴ったな?」

ポコン!

「こういう時も2人同時?それとも・・・弱いお母さんを叱ってくれたの?」


涙が流れる前にこの子達が私を救ってくれた。
「もう今日はおやすみ」・・・きっと、そう言ってくれたんだよね。

私は眠たくなかったけど布団に潜ってお腹を抱き締めた。
「小さな総二郎」を抱き締めて話しかけて、そのうち夢の中に入っていった。



***************



「何を考えて茶を点てておるのかな?総二郎・・・」

「・・・申し訳ございません。邪念が見えてしまいましたか」


今、茶室で俺の茶を飲んでいるのは京都から来た先代家元・・・俺の祖父に当たる人物だ。
事故から半年経ってまだ精神的に回復しないと噂を聞きつけやって来たって訳だ。

子供の時から兄や弟よりも俺の腕に期待を掛けて、祥一郎が茶道を捨ててからは願いが叶ったとばかりに俺の次期家元を推し進めた人物。
順当に行けば先代の押しがなくても俺が内定する事はほぼ決まりだったが、この人のひと言で誰1人反対するものも出ず、異例の速さで公表されたのだから俺の人生を決めた1人だ。

それなのにこの為体ていたらく



「・・・何が不満だ?総二郎・・・。女の事ぐらいでここまで腕を落とすのか?」

「そのぐらいの事・・・と申されますか?私には総てだったのですよ。それこそ茶を点てるのに必要な人でしたからね」

やはり牧野の事を知っている。
親父達がどんな風に説明したかは知らないが、おそらく西門に相応しくもない女に俺が現を抜かした挙句の事故だとでも言ったんだろう。もしかしたら牧野が西門の資産を狙って・・・ってな言葉も付け加えられたのかもしれない。

西門に都合のいい言葉で・・・牧野が姿を消さなくてはならなかった事情なんて詳しく話してはいないだろう。


「それは一時の感情じゃよ。何が己にとって一番大事かを考えれば答えなどすぐに出ると思うが?」

「私にとって一番大事なのは茶を点てること・・・西門を盛り立て後世に引き継ぐこと、と言わせたいのでしたら、そのために必要なのは自分の心身が満たされていることが一番でしょう。故に大事なのは彼女だったんですよ、先代」

「・・・はっ、口だけは達者じゃな。で、まだ茶事などは出来んのか?」

「心の乱れが激しゅうございますので無理でしょう。それに身体の事を言われるのでしたら、長時間の正座に耐えるにはあと1年を要します。お客様の前で転ける亭主の姿など見せられないでしょう?」


畳の茶室なのに正座ではなく棚を置いての立礼式りゅうれいしき
客より高い位置で点てるわけにもいかないから、自然と客も椅子に座って茶を飲むわけだが、俺は元々このやり方があまり好きではなかった。

野点ならともかく、やはり座って落ち着いて点てたい・・・身体の事と牧野の事、両方が重なって、茶を点てている時でも心を何処かに置き忘れたような気分がしていた。
素人にはそれは伝わらないだろうが「西門」の人間になら内弟子にも伝わる出来の悪い茶。そんなものは誰かに言われなくても自分が一番わかっていた。


「・・・探し出して見つかったらどうする気だ?」

「お認めくださるのでしたら西門に迎え入れます。宝生には申し訳ないが彼女とは一緒に暮らす気などございませんのでお帰り願いたい。認めないと言われれば・・・」

「認められなければ?」


「・・・・・・最終的には自分の気持ちに正直になります。そのために家を捨てることもあるかもしれませんね」

「馬鹿者が!そんなことが許されると思うか!そのような娘、見付かった後でも傍にだけ置けば良かろう。本妻はあくまでも宝生の娘、それは変わることはない!」

「・・・先代?」


・・・・・・なんだ?この先代の怒りようは。
宝生の事を押してきたのはもしかしてこの人か?親父が逆らえない唯一の人物は先代家元・・・この人が紫を決めた張本人か?

先代が大声を出したせいで内弟子が飛んで来て障子の外から「何事ですか?」と尋ねてきた。
それに「何でもない、下がれ」と命じて再び場は静かになった。


「先代、私は牧野つくしを側に置きたいのではありません。常に隣に居て欲しいのです。私の至らぬところを叱り改めてくれる人でもあり、私の総てで守りたいと思う人なのですよ」

「・・・甘ったれた事を言うでない!自分の腕が落ちたのをそのような理由で誤魔化そうとしておるのだ。修行が足りないようだな、総二郎」


「何とでも仰ればいい・・・あなたのご希望通りの茶は今の私には無理・・・そういうことですね」


睨み付ける先代の視線など恐ろしくもなんともない。
俺が一番恐れてるのは・・・牧野が泣きながら俺を見る姿・・・俺に背中を向けるあいつの後ろ姿だ。






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