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plumeria

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茶を点てることが上手くいかない俺に回って来る仕事は執筆の仕事ばかりだった。
昔から書いてるエッセイや時節に関する書き物・・・自分の気持ちが落ち着いている時にはあまり苦にはならなかった執筆も、今のように無気力な状態じゃ素人作品もいいところ。

それでもネームブランドだけで此奴らはやってくる。
何かしないと気が狂いそうだった俺には救いなのかもしれないと、誰も寄せ付けない離れの一室でパソコンを叩いていた。


「・・・くそっ、また間違えた!面倒くせ・・・」

直筆での仕事でなくて良かった、なんて思いながらキーボードを叩いた。

今回依頼された出版社の記事・・・前回は11月に原稿を書き上げたが、内容はクリスマスについてだった。
「日本独自のクリスマスについて」なんてタイトル付けて、偉そうに日本と外国のクリスマスの比較みたいなものを書いた。「商業的クリスマス」だなんて表現をしながら、頭の中では自分も思いっきりそれに乗っかって牧野とその時間を過ごすつもりだった。

豪華なディナーとホテルの予約、あいつは嫌がるだろうがプレゼントも色々考えた。
すぐに来る牧野の誕生日は特別に祝ってやろうと、俺の方がワクワクしながら仕事をしていた・・・あれが半年前か。

僅かな文章を打ち込んだだけでまた手が止まり、あいつの笑顔がパソコンの画面に浮かんで見えた。

「・・・これじゃ終んねぇな」


締め切りは明日・・・急がねぇと五月蠅い担当者にまた横でギャアギャア喚かれる。
気分転換に自分で珈琲を煎れに行き、また離れに戻って作業を再開させた。

数分後、ザッザッと誰かが玉砂利を踏んで歩いてくる音が聞こえた。だが、この足音は紫じゃない・・・弟子の誰かだと思ったから、そのまま指を動かし続けた。
どうせ飯の内容確認か送付物の報告程度のものだろう、と。


「若宗匠、お家元がお呼びでございます」
「家元が?」

「はい。至急お家元の執務室にお越しくださいませ」
「・・・わかった」

至急だと?この俺にはまだ茶に関する用事なんて無いはずだが。
パソコンの電源を落として立ち上がり、離れを出て本邸に向かった。その時にチラリと見えた派手な着物の2人組。
ご苦労な事に今日も2人で外出か・・・そう言えば、もう秋の着物の反物を選びに行くと言っていたから呉服屋か、それとも何かの観劇か。

遠目でもわかる笑顔の紫とお袋。
その腹の中はお互いに隠してるんだろうが表面上は仲の良さをアピール・・・その演技力は大したもんだ、と冷めた目で見る自分もこれから演技する訳だ。

何処を見回しても真実のない自分の家・・・今更ながらこの息の詰まる家にうんざりしながら親父の元に急いだ。


「総二郎です。お呼びだそうですが」

「入るが良い」


・・・声の調子から考えると機嫌が悪いわけではなさそうだ。
それなら紫に関する事じゃねぇのか・・・茶道の事ならまだマシか、とばかりに小さな溜息をついてドアを開けた。

「失礼致します」

無言のままソファーに腰掛けている親父の向かいに座り、姿勢を正した。
テーブルの上には湯呑みがあるだけで書類らしきものもない。難しい話でも無さそうだが、元々俺とは会話をすることが少ない人だ・・・視線は合わせないまま話は始まった。


「総二郎・・・まだ茶室でのもてなしは出来ないのだったな」

「はい。申し訳ございませんが年内は無理かと思います。長時間の正座でしたら来年からではないでしょうか。その後も手術を受けて金具を取り除かねばなりません。茶事などが完全に出来るようになるのはそれが総て終わった時の足の状態を見てから、そう言われておりますが」

「・・・まぁ、それはよい。実はな、来月か再来月の日の良い時に岩代様の屋敷で野点をしたいとの話があるのだ。総二郎、その野点の亭主にするからそのつもりで稽古をしなさい」

「岩代様の・・・野点ですか?」


岩代の当主は西門の前後援会長で先代の古くからの友人だ。
奥方は西門分家筋の娘で、うちの宗家よりもまだ歴史のある名家。現後援会長も頭が上がらない人でもあるし、日本経済界の裏のボスのように呼ばれる実業家でもある。

家柄資産共に日本有数の旧家・・・家元ならまだしも俺などが亭主を務めるような茶会ではないはずだが?
しかも俺は身体もだが茶に向き合う心の方に問題がある状態・・・それをわかっているから俺を表に出さないようにしてるのはこの人だろうに。


「いつまでも離れで書き物に耽る事もなかろう。このぐらいの規模の茶会を任されるとなれば自ずと気合いも入るであろう?」

「それはまた意外なお言葉ですね。まるで賭け事のように茶会をお考えとは思いませんでした。
お恥ずかしい話ですが、今の私では野点でさえ満足していただける茶が点てられるかどうかわかりません。家元が亭主を務められた方が宜しいかと思いますが?」

「これは岩代様のご希望でもある・・・若手の茶を飲んでみたいとな。なに、お前は昔から大きな茶会の方が良い茶を点ててきたではないか。この野点でその勘を取り戻すのだな。このぐらいの緊張感を持たねばお前はいつまで経ってもその場で足踏みする気だろう?」

「・・・そのようなつもりはございませんが、意に染まぬ事を押し付けられたままでは何もやる気にならないだけです」


俺の言葉を鼻先で軽く笑い、組んでいた腕を解いた。
そしてもう冷めている茶に手を伸ばしてひと口飲み、また湯呑みを戻す・・・やはり返ってきた言葉に変化など無かった。


「その話は既に決まったこと。撤回も訂正も起こりはせんよ。早く受け入れて今後の事を考えよ・・・それが西門のためだ」



****************

<sideあきら>

「美作様、今から警察に電話しますから!」
「いや、それは待ってくれ。こっちで捜すから」

俺が通報する事を止めたら女将には怪訝な顔をされた。
確かに本来は警察に通報するべき状況だろうが、牧野の事を公的機関に依頼すると状況説明から始まって時間が掛かりすぎる。それにここには逃げてきている彼女だから下手したら東京の色んな場所に連絡されて、所在地が西門にバレる事も考えられる。

俺が電話を掛けたのは美作の地下にある情報システムの責任者だった。

「俺だ、大至急唐津に捜索のプロを寄越してくれ!4~5人は頼みたいがそのうち1人は女性のボディガード、出来たら医師免許か看護師の資格保持者がいい。いいな、すぐにだ!どんな手段を使ってもいいから最短で頼む!」

『畏まりました!』

「それと車両ナンバーの照合をしたい。今から言うからそいつの自宅住所を調べて所有している車のナンバーを調べろ。名前は吉本渉、年は28歳。勤務先が佐賀県呼子の役場で唐津に住んでるはずだ。判ったらスマホにメールしろ!」

『了解!』


役場の上司を脅して聞いてもいいが、今の時代個人情報提供には県警の職権行使じゃないと応じないだろう。それを待つよりはうちのシステムから入り込んで情報を得た方が絶対に早い。
それに牧野を保護できた後、美作で守るなら女性が必要・・・医学の心得がある人間が数人いたはずだから。

俺の電話を不思議そうに聞いていた女将には「極秘に人を動かすから絶対に誰にも言うな」と強い口調で告げた。
美作の裏組織の事なんてこの人には理解出来ないだろうが簡単に喋られても困る・・・万が一喋られても誰もそれを調べることなど出来ないのも事実だが。


それを指示してから次に掛けたのはお袋。

もう牧野の気持ちだけを優先してここに置くわけにはいかなくなった。
昨日散々話して、今日もこれから説得しようと思っていたが迷ってる場合じゃない。


『あらぁ!あきら君、どうしたの?もう帰ってくるんでしょ?』

「お袋、悪いけどもう少し唐津に残らなきゃいけなくなったんだ。それで大至急頼みがある。詳しいことは帰ってから話すから鎌倉のお袋の別荘、すぐに使えるようにしてもらえる?」

『鎌倉の別荘?そりゃ良いけど・・・簡単でいいから説明しなさい。何があったの?』

「総二郎と牧野の事は話してるよな?実はこっちで牧野を見つけたんだ」

『つくしちゃんを?まぁっ!それで総二郎君には知らせたの?』

「・・・いや、お袋、絶対に総二郎には話すなよ?実はな・・・」


この後、俺がここに来てから起きた事について大雑把に話して、今現在牧野が行方不明であることも話した。
美作からの応援も説明して、見付かり次第鎌倉で保護すると言えば「判ったわ!」のひと言。
もう1度西門の人間には話さないように釘を刺して電話を切った。


チラッと入り口を見ると、拝むように手を合わせて不安な顔を見せる女将がいる。

牧野が攫われてからここまでが30分・・・。
何も起きていなければいいがと苛つきながら、またスマホには総二郎の名前を表示させていた。





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<ご連絡>

★諸事情により本日より「私の帰る場所」に限りましてコメントを閉じさせていただきます。
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尚、シリアスものでは御座いますが、私は登場人物すべてに愛情を持って書いております。
どんな場合であっても総二郎、類、あきら、そしてつくしには幸せになってもらいたくて書き進めていることだけはご理解ください。
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