FC2ブログ

plumeria

plumeria

-
岩代邸で行われる野点。

野点とは茶書「南方録」によれば天正15年、豊臣秀吉の九州平定に共をした千利休が、現在の福岡市東区箱崎の松原で茶を点てたことが始まりだと言われている。
そして、その年に秀吉が主催した北野大茶湯(きたのだいさのえ)という野点では、茶人のノ貫へちかんが茶室を設けて赤い傘を立てるようになった。


今は立礼棚りゅうれいだなを使って行うものが殆どで、客の席には赤い傘が掛けられる。自然の中だから当然掛け軸はない。花は庭に自生するものを楽しむ事になる。
そのため「旅箪笥」や「茶箱」、「茶籠」など道具を運ぶためのものが必要で、茶筅や茶巾も筒に収める。

野点の作法では茶室での作法のすべては必要としない。
定法じょうほうなきゆえに定法あり」と記されているように客をもてなす心を一番として柔軟に対応をすることが大切とされている。


ただし、ここで考えなくてはならないのが「西門流としての野点」であると言うこと。


いくら作法が緩やかで多少の事は見逃してもらえるとは言え、それに甘えることは許されない。

野点であっても完璧を要求され客は亭主の手先に集中する。釜がいつもと違おうが、茶道具がいつものものと違おうが、その並びが茶室と違おうが関係ない。
俺達は気が緩みがちな野点であるが故に、余計に神経を研ぎ澄ましてその場を作らなければならない。

室内と違って気が散ることが多く、人が絶えず動いている。
そんな中での大掛りな野点はマジで厄介・・・しかも、特定の人間の依頼に因るものは特に。

宗家が行う茶会は殆どが家元自らが招待しその場を作るもの・・・その宗家にわざわざ依頼をするのはそれなりに西門流に影響力のある人物だ。まさに今回の岩代家のように。
全ては岩代の意向に合わせ、依頼主に気に入ってもらえるようにもてなす訳だ。


それの稽古のために本邸の庭で棚を使って茶を点てていた時だった。
親父が顰めっ面でやってきて俺の前の席に座り、腕組みをしたまま溜息をついた。その様子からしていい話である訳がない。それに後ろには親父の秘書が同行・・・これは家元としての話か、と稽古の手を止め姿勢を正した。

そして告げられたのは驚くべき内容だった。



「・・・え?それは本当ですか?」

「ご当主がそう言っておられた。元々それを披露したいがための野点なのだろうよ。野点の方が人が多く集まるからな」

「油滴天目茶碗・・・そのようなものをですか?」

「南宋時代12世紀のもので伝来などが完全で無傷・・・だそうだ。そのようなもので野点など普通は考えんだろうに・・・気を遣わせるものだな」


油滴天目茶碗・・・高台周辺を除いて全体に掛けられた漆黒の釉(うわぐすり)、その内・外面の黒い地に銀色に輝く斑紋が浮かび上がり、「油滴」の名はその美しさが油の滴のようであるところから来ている。中国福建省北部の水吉鎮にある建窯で焼かれたものだ。

中国で喫茶の碗として最高のものとされ、日本でも既に鎌倉時代にはその名が文献に現れている。
室町将軍家の座敷飾りの書に、その当時の価値観を知ることの出来る『君臺観左右帳記(くんたいかんそうちょうき)』があるが、その中に唐物の茶入や碗についての記述がある。

そこで喫茶の碗の中で磁器ではないもの・・・現在で言う天目茶碗についての記述があり、それによれば最高とされるのは『曜変』、これに継ぐものとして挙げられているのが『油滴』。

伝来が確かであれば博物館に展示されるような茶碗であり、国宝指定されてもおかしくないもの・・・これを岩代が手に入れて、しかもそれを使用して茶を点てろと?
安くても数百万、物が素晴らしければ数千万円から数億の値がつくもので・・・か?


「大変申し訳ないのですが、そのような茶碗での野点は聞いたことがありません。
こちらとしても何かがあっては責任が取れない。どうしてもご自分の茶碗を使いたいのであれば、他のものをご用意していただくようにお話し出来ませんか?
元々茶碗も亭主側が準備するものです。その茶碗では畏れ多くて点てられませんとお伝えいただきたい」

「確かにそうなのだが是非ともその茶碗でお前に、と言われるのだ。私とてこのような依頼は初めてなのだよ。変わったお人だとは聞いていたがこれほどとは・・・少しはこちらのこともお考えいただきたいものだ」


ただでさえ気が乗らないのに・・・そんな大層な茶碗なら大事に自宅の蔵にしまっておけ!

左腕はもう痛まないが天候次第では疼く日もある。
偏屈爺の訳のわからない野点のために稽古をしないといけないのか・・・以前ならこんな事も考えなかったのにと忌々しく思いながら釜の湯を汲み、誰のためとも思えない茶を点てた。


当然・・・こんなものが美味いとは思えないが。




***************




近くに知っている人が居ると思えたからなのか、久しぶりにゆっくり寝ることが出来た。
いつもの薄いお布団じゃなくてフカフカのベッドだったからかもしれない・・・目が覚めた時は温か過ぎてそこから出たくないほどだった。

でも、隣の部屋ではもう物音がする。
美作さんが起きて仕事の準備をしてるのかもしれない。

起き上がって昨日と同じ服を着て、そーっとドアを開けてみた。


「・・・あぁ、おはよう。よく眠れた?」
「おはよう、美作さん・・・うん、よく寝られたよ。久しぶりに夢も見なかったわ」

「ははっ、そうか。腹は痛まないか?」
「・・・うん、痛くはない。少し頭が痛いけど・・・」

美作さんの片手がそっと私の額に・・・見上げたら優しい目がすぐ傍にあった。
「熱はないな」って呟かれて、あんまり酷いなら産婦人科で薬を出してもらうように言われた。


朝ご飯も部屋まで運んでもらって美作さんと向かいあって食べて、今日の予定を話された。

「俺はこの後仕事で出掛けるから牧野には護衛をつける。昨日東京から呼んだ中に女性が居るから安心しろ。彼女にはもう頼んであるから牧野は旅館に戻って荷物を纏めてこい。それと掛かり付けの産婦人科にこれを渡してくれ」

「これは・・・?」

「鎌倉にある美作系列の病院の産婦人科についての資料と、牧野の今後の担当医の名前が書いてある書類だ。今までの診療記録のコピーをもらって、形式上の紹介状を書いてもらえ」

「もう新しい病院が決まってるの?」

「お袋が世話になってる医者で腕も確かだし口も堅い。実際に出産が始まったら最新設備の整った東京の本院に入ると思うけど、それまでは鎌倉に診察に来てくれるように手配してある」


いつの間にそこまで手配したんだか・・・。

流石だなって感心してしまう。
確かにこの人達は普通の人が出来ない事をいとも簡単にしてしまうのよ・・・昔からそうだった。
私が何日も悩んで探して、やっと見つけることが出来るって事もたった1日で。昔はそれに腹が立ったけど、今は感謝してる・・・なんて甘えん坊な人間だろうって少し自己嫌悪。



食事が終わったら1人の女性が特別室に入ってきた。
美作さんが言っていた人で、近藤さんという30歳ぐらいの背の高い綺麗な人だった。

美作さんと2人で少し打ち合わせのようなことをしてから「それじゃあ夕方な!」って、スーツ姿になった彼は部屋を出ていった。


「牧野様、少しごゆっくりされてお身体が大丈夫そうなら呼子に行きましょうか。申し訳ございませんがあきら様のご命令ですのでお手洗いであっても同行させていただきます。旅館の中でもお部屋の外で待機致しますし、病院も診察室に入らせていただきます。
煩わしいとお思いでしょうが本日だけの事ですので我慢してくださいね」

「・・・いえ、こちらこそお世話になります。私なんかのために東京から・・・ごめんなさいね」

「私はこれが仕事です。普段は美作の奥様とお嬢様の警護をしておりますから」


女性なのにキビキビした話し方に隙のない動き・・・一緒に居ると私まで緊張しそうで少し怖かった。


「あの・・・吉本さんは見付からないのでしょうか」

「彼の行き先はまだわかっておりません。自宅にも戻ってないようです。昨日は職場に休暇願いを出していたようですが本日の勤怠についての情報は私には来ておりません。なので判り兼ねますが、見付かったのなら私にも連絡が入るようになっているので、まだ不明のままだと思います」

「・・・旅館の付近に居るのかしら」

「万が一居たとしても私が護衛しますから近づくことはさせません。こう見えて一通りの武術は身に付けております。流石にあきら様クラスになると闘えませんが、一般人には負けませんのでご安心を」

「・・・わ、わかりました」

ニコリと笑うけどちょっと引いちゃう・・・きっとそのスレンダーな身体でも、スーツを脱いだら筋肉が凄いのね?頭の中で美作さんと闘う近藤さんを想像して鳥肌が立った・・・。



吉本さん・・・何処に行ったんだろう。
許せるかと言えば許せないけど、姿を消さないといけない程の事じゃないのに。

私の無事が判らないから恐ろしくて隠れているんだろうか。
それとも役場の人にバレて何処かで謹慎してるとか?


最後に見た辛そうな吉本さんの顔が頭から離れない・・・でも、もう私には何も出来ない。
早く私の事なんて忘れて新しい恋を見つけて欲しい、そう願いながら近藤さんに付き添ってもらって呼子に向かった。



 

15455516160.jpeg


★天目茶碗について

yjimageH2N2AJOU.jpg

こちらが東洋陶磁美術館所蔵の『油滴天目茶碗』、国宝になります。

文中の茶碗はあくまでもお話の中のものであり、勿論ですが実在致しません(笑)
実際にこのような茶碗で茶会も行われないと思います・・・事の真相はいずれまた、と言うことでご理解ください。



yjimage83G4554M.jpg


参考までにこちらが『曜変天目』です。
日本には現時点で3点ほど国宝があります。見た事はないんだけど、1度見に行きたいなぁ、なんて思います♡

関連記事
Posted by