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plumeria

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「夢の屋」に着いたら近藤さんが先に降りて周囲を見回し、吉本さんが居ないことを確認してから私を支えるようにして車を降ろされた。
その時の警戒ぶりが凄くて通り過ぎるお客さんが何事かと振り向いてる。

そんな私達を見付けた女将さんが着物の裾を摘まみ上げながら、今にも転けそうな勢いで奥から飛び出てきた。
昨日病院でも泣きそうな顔してた・・・まるで本当のお婆ちゃんみたいに私の傍まで来たら目を真っ赤にさせて「大丈夫かい?」を繰り返して。

近藤さんが自己紹介した後、ロビーの椅子に座って今回美作さんが決めたことを彼女が説明したくれた。
私はそれを俯いて聞いてるだけ・・・これだけ迷惑掛けて、家族みたいに優しくしてくれたのに出ていく決断をしたことが申し訳なくて顔が上げられなかった。


「・・・そういうわけで美作の別荘で牧野さんをお預かりすることになりました。これはあきら様のご判断なのです。
牧野さんは呼子に残ることをご希望されましたが、あきら様はどうしても後輩の牧野さんのお身体が心配なのです。今回のようなことが2度とあってはならないと言われまして、昨日お2人でお話し合いをされて牧野さんに納得いただきました。これから荷物を纏めさせていただきたいのですが宜しいでしょうか?」


「・・・つくしちゃん、あんたはそれでいいのかい?お腹の子の父親に伝えるの?あの人は友達なんだろう?」

近藤さんには返事をせずに私に話しかけてくる女将さん。
その優しい瞳を曇らせてしまって、私はなんて罪な人間だろう・・・自分の娘だと言ってくれて、無理を言って住み込んだくせに何にも役に立てなくて、私は今までの事を思い出して涙が止まらなくなった。


「女将さん・・・色々ご心配かけてすみません。美作さんから色々聞くと何が正しくて何が間違ってるのかよくわからなくなりました。でも私が今、彼に会うと彼の将来を潰すだろうと言うことだけは間違いないみたいです。だから会わないことにしてます。
私もここに残りたい・・・でも・・・もうご迷惑も掛けられませんから」

「私は迷惑だなんて思っていないよ?つくしちゃんの力になりたいって今でも思ってる。だから自分の気持ちで決めないといけないよ?後悔したくなくて東京を離れたんだろう?今戻っても後悔しないのかい?」

「・・・よく考えて決めました。大丈夫・・・後悔しません。それにもう働けないみたいだし・・・それなのにあと2ヶ月間、ここに居るのも気になって仕方ないんです。本当にありがとうございました」


「つくしちゃん・・・」

「大丈夫。私は雑草根性なんです。何とか生きていけます・・・この子達を無事に産んだらそれなりに生きていく自信はあるし、普通の家と同じように愛情だって注ぐ自信もあります。大丈夫です、女将さん」


顔を上げて一生懸命笑顔を作った。
目元には光るものもあるけど、頑張りすぎる笑顔だって自分でもわかるけど、それでも笑顔を見せると女将さんも泣きながら笑ってくれた。

もし、また逃げたくなったらここを思い出せと・・・皺の寄った手で私の手を握り、何度も何度も摩ってくれた。


そのあと後ろを近藤さんがついてくるけど各場所を回ってお別れの挨拶をした。誰も彼も淋しそうな顔を見せてくれる・・・何にも出来なかった私なのに「お疲れさん!」って言葉をくれる。
美紀さんは「産まれたら写真送って!」って泣きながら言うし、調理師さんは「いつか客として飯を食いに来い」って言ってくれた。

全部を回ったら自分の部屋に戻って荷物を纏めろって言われたけど、実は荷物なんて殆ど増えてはいなかった。
家具家電は全部旅館の物だし、自分で買った物はマタニティの服ぐらい。
それを近藤さんに話すと全部置いて行けと言われた。

「重要な書類などだけお持ち下さい。なるべく身軽に行きましょう。それに衣類でしたらすべて奥様がご用意されていると思います。鎌倉でも牧野さんが準備する物はありませんから」

「・・・そうですか。じゃ、置いて行きますね・・・」


近藤さんにはそこで待機してもらって部屋の中を掃除した。
半年だけとはいえお世話になった私の部屋・・・殆ど泣いてばかりで申し訳なかったねって部屋全体に声を掛けながら簡単な拭き掃除と掃除機をかけた。

最後は窓を閉めること・・・そこから今日も呼子の海を見た。


「・・・励ましてくれてありがとね・・・さよなら・・・」


波の音に港の風景、遠くに見える船に呼子の橋・・・それらに別れを告げてカーテンを閉めた。



**



「本当にお世話になりました。いつかまた、きっと顔を出しますから」
「うんうん・・・元気でね、せっかく引き受けてくれる場所があったんだから今度はゆっくりするんだよ?」

「はい、女将さん。産まれたらすぐに連絡しますね」
「あぁ、待ってるよ。とにかく元気で・・・何があっても負けるんじゃないよ?」

ゴソゴソとポケットから出したのは、福岡の久留米にある水天宮の安産の御守り。
東京にある水天宮も有名だけど、全国各地にある水天宮の総本宮がこの久留米市にある水天宮らしい。女将さんは少し前に旦那さんに頼んで久留米まで連れて行ってもらい、わざわざこれを買ってきたそうだ。

ちょうど私に渡そうと思っていたところだったと・・・クリーム色にピンクの紐が結んであって可愛らしい御守り。それを震えながら私の手の中に押し込んで「どうか無事に」と小さな声で呟いていた。


別れようと思っても女将さんが手を離してくれない。
だから同じ言葉を繰り返しては涙を拭いていて、近藤さんが間に入るようにして手を解かれた。

車の中に乗り込んだあともみんなが並んで見送ってくれる・・・まるでお客さんが帰っていくような見送り方で、それを見ながら何度目を拭ったか・・・。
近藤さんは事務的に周囲を確認して、私達の感情は気にもせず車を出した。

窓を開けて風に靡く髪を押さえ、お腹がつかえるのに身を乗り出してみんなに手を振った。

「お元気で、お元気で~!ありがとうございました!」

こんなに大声なんて何ヶ月ぶりだろうって思うような声で叫んで横腹が攣りそうになりながら手をブンブン振った。そうしたら女将さんが前に腰を屈めて座ってしまった。
みんなが駆け寄ってその小さな身体を抱き起こす・・・それを歪んだ景色と一緒に眺めながら、やがて「夢の屋」は見えなくなった。


「・・・可愛がっていただいたのですね」
「はい・・・とても」

「ごめんなさい。仕事柄あまり感情移入しないようにしてるので無愛想でしょ?例の男が現れてはいけないと思うから急いでしまいました。それでは次は病院ですね」

「・・・いえ、お世話かけます。ありがとう、近藤さん」


病院に行ったら今度は先生が心配してすぐに診察してくれて「今は大丈夫だね?」ってニッコリ笑ってくれた。
総合病院から数値に少し不安があると言われた事を伝えると、確かに血圧が高いそうだ。むくみも少しあるし、もうこれからは安静にしなさいと言葉をくれた。

「大きな病院の先生なら驚いただろうね。この状態で働いているなんて・・・本当は無茶だったんだけど君が必死だったからこっちもつい許してしまってね。悪かったね」

「とんでもないです。私が働くことを希望して無理を言ったんですもの、先生こそ総合病院から怒られませんでした?」

ははは!って笑いながら「うちの心配はしなくていいよ」って頭を搔いていた。
そのあとで新しい病院に渡す書類を作ってくれて「きっとお母さんに似て元気の良い子が産まれてくるよ」って言葉をくれた。

ここでも入り口で先生にも看護師さんにも見送られ、また身体を捻って手を振ろうとしたら「いいから真っ直ぐにしなさい!」って最後に怒られた。



こうして次の日、私は美作さんの車で福岡まで行き、そこからヘリで東京に戻った。

ヘリだから景色は飛行機よりも良く見える。
懐かしいような、少し冷たいような金属色の街と澱んだ色の海が眼下に広がった。

「・・・怖いか?牧野」
「怖い・・・のかもしれない。こんなに早く帰って来ると思わなかったから」

「本当に総二郎には言わなくていいのか?」
「うん、まだそこまで勇気が出ないの。もう少し待って・・・」

「わかった」


美作さんの顔すら見ずにだんだんはっきりしてくる風景にドキドキしていた。

東京のヘリポートからは誰にも見られないようにガードされて美作の車に乗り込み鎌倉へ・・・私の新しい住処へと移動した。





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