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plumeria

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親父達も着替えを済ませ、先ほどの女性に案内されて岩代の隠居の所に挨拶に向かった。
そこはこの屋敷の中でも奥まった静かな場所にあって、ここもまた派手な装飾の施された家具で埋め尽くされた部屋だった。

骨董が趣味とは言っていたが、何もここまで客に見せようとしなくてもいいだろうにと思うぐらいの並べ方・・・はっきり言って興ざめする置き方に、この隠居の見栄っ張り具合が判るというもの。
足を痛めたと言うが実のところはただ見せたいだけ・・・そんな気がするのは俺だけか?

そこは判らないように表情を殺し親父の後ろについて入った。


「おぉ!お家元、この度は遠い所までようお越し下された。儂の我儘に付き合わせて申し訳ない。だが皆、楽しみにして居りますから頼みましたぞ」

「はい、本日は天気にも恵まれ宜しゅうございましたな。まだ若い総二郎をご指名いただき、本人にも良い勉強となりましょう。こちらこそ有り難いことで御座います」


親父と岩代の爺さんの何処か余所余所しい挨拶の後、俺にも皺だらけの笑顔を向けて嗄れた声で話しかけてきた。

「若宗匠・・・総二郎君でしたな?暫く見ないうちに精悍なお顔立ちになられたものだ。ははっ、だが少々目付きが鋭過ぎるようですな?茶人という雰囲気ではまだまだ・・・それもお歳を考えたら無理もないこと。これからを楽しみにしておりますよ」

「・・・申し訳ございません。茶会から少しだけ離れておりましたので少々緊張しておりまして」

「あぁ・・・確か大きな事故をされたとか。その傷がまだ癒えておりませんかな?」

「完全に治りますのにもう少し時間が掛かるようで御座います。このような状態でご心配かとは思いますが、本日は一碗の茶に心を込めたいと思っております」


目付きが鋭くて悪かったな・・・!
こんな気分で他人の家で野点しろと言われても、言葉とは反対で茶に心が向ねぇんだよ!

自分の茶室でさえあれ以来真面な茶は点てられていないんだ。それを良い勉強だと言われても、俺の心が別の場所を彷徨っているようじゃ結果は目に見えている。
この爺さんがどの程度の舌を持っていて、「茶の味」が理解出来るのかは判んねぇから何とも言えないが。

これが牧野を側に置いての茶会なら・・・考えても仕方のないことを想像して小さく首を振った。


「これ、あの茶碗を持っておいで」

岩代の爺さんがさっきの女性に命じて持ってこさせたのは、話に聞いていた「油滴天目茶碗」。
桐箱に収められたそれを俺の前に置いて、自慢気に「中をご覧いただけるかな?」とニヤついた。


「拝見させていただきます」

この時は親父もお袋も少し俺の横に近づいて、使えと言われた茶碗の確認をした。

確かに美しいと感じる茶碗。黒褐色の上釉に銀鉄色を主に藍色や褐色の斑点が眩く変幻して輝いている。もうくすんではいるが金色の縁も確認出来て「国宝指定」のものに似ている。
と、言えば似ているが、この手の茶碗など毎日見る訳もなく真贋を見分ける目など持っていない。あるとすれば自分が持った時に心が動かされるかどうか、そのぐらいのものだ。


事実美しいとは思ったが、俺には感動は無かった。
国宝の『曜変天目』を硝子越しに見た時の方が遥かに感動したが・・・。

茶碗に触れた時に感じる何とも言えない温かみというものを感じない。いや、そもそも天目茶碗で茶なんて点てることが無いんだから。


「ほぅ・・・これは見事な油滴で御座いますな。ご隠居、本当にこちらで茶を?」

「ほっほっほ・・・茶碗なのですから茶を飲むのに使いましょう?いや、確かに油滴天目茶碗ですが見るだけでは勿体ない。是非これで飲んでみたいと思いましてな?」

「それでは本日では無く、茶室で行う茶事の時になされては如何ですか?野点というのもはご存じの通り野外です。勿論慎重に扱いますがそれでも事故が起きない保証は御座いません」

「いやいや、茶室では限られたお客様しかお呼び出来ませんし、何度も使おうとも思いませんのでな。それに儂が点てる茶などではこの茶碗に申し訳ない。ここはやはり多くの客に見ていただいて、西門宗家の方にお願いしたいのですよ。
六点ほどの秀品が日本に伝えられているのはご存じでしょう?関白秀次、西本願寺、京都三井八郎右衛門、若狭酒井家代々、伯爵忠道それに安宅家・・・この安宅旧コレクションの茶碗によく似ておりますのでな。
この茶会が終りましたら正式に鑑定に出そうと思っている次第です」

「それなら尚更・・・」
「総二郎、もう止めなさい。ご隠居のご希望なのだから」

「・・・申し訳御座いません」


親父が小さな声で俺を諫め、ニヤッと笑った岩代の爺さんの思い通りになった。
何となく自分の手には馴染めそうに無い茶碗で・・・それも気に入らない事の1つに追加され気分はますます悪化。それを表に出さないように「仮面」を付けてその場に座っていた。


「紫さんは相変わらず美しいのぅ。西門にはもう慣れたのかな?」

突然爺さんが紫に話しかけた時、俺は勿論、両親も一瞬驚いた顔をした。
紫がこの爺さんと面識がある?しかも今の言い方では最近のことでは無さそうだ。今までここで野点をすると言っても何も言わなかったからチラッとその顔を見て、何と答えるのかと紫の言葉を待っていた。

「お久しぶりで御座います、ご隠居様。そのようにご冗談を仰られて・・・。宗家の皆様にはとても良くしていただいております。慣れたと言えるほどでは御座いませんが、総二郎様のお側で毎日お勉強しておりますわ」

「そうか、そうか!それは何より。して、こちらの若宗匠はちと噂が多いようだが・・・それは大丈夫かな?」

「まぁ、このような席でお止めくださいませ。恥ずかしゅう御座いますわ、ご隠居様ったら」

「ほほほ!そのように頬を染めて可愛いのぉ?総二郎君、紫の事を宜しゅう頼むな?お任せしましたぞ」


「・・・はぁ、それは」
「うふふ、ご隠居様。総二郎様を困らせないで下さいませ。私はどんなことがあっても黙ってお側にいる覚悟ですの。ご心配なく、今でも大事にして下さっていますから」

「おお!そうか!そりゃ余計なお世話だったな!」


何だ?此奴ら・・・横を見ると俺と同じ顔をした親父とお袋。
この人達も紫が岩代家と繋がっていたことは知らなかったのか?




**************




「今日はお天気が良いですねぇ!牧野様、少しお庭で日光浴など如何ですか?」

「お庭で?えぇ、行きます!」

このところ雨ばかりで鬱陶しくて気分が塞いでいたから、小夜さんに言われて喜んで庭に出た。
流石美作邸の別荘・・・お庭も広くて沢山お花が咲いていた。温室もあるし花壇や生け垣に囲まれてるから、近所に住んでる庭師さんが定期的にお世話に来てくれていた。

今は梅雨だから紫陽花の青がとても綺麗・・・でも雨の日は足元が危ないし、むくみが酷い時には歩くことも禁止されていたから近くで見ることも出来なかった。

今日はお天気も足元も、私のむくみも気分も全部が良かったから、2人で庭のテーブルで午前中のお茶をいただいた。


「あと2週間ちょっとですね。このままだとご希望の七夕に手術が出来そうですね」
「はぁ・・・ドキドキする。1人逆子になってるみたいです」

「ふふふ、帝王切開ですから気にしなくていいですよ。男の子と・・・1人は女の子がいいですか?やっぱりまだ判らないんですか?」
「えぇ、この前の検診でもはっきり判らないって先生が言ってました。でも女の子が良いなぁ・・・」


「名前は?考えてるんですか?」


名前・・・それが全然思い付かなかった。
実は勝手に名字を「西門」で考えてしまう自分がいて、それを決めようとする時いつも途中で止めていた。
西門を考えなくても古風な名前にしようとする時もある。だから生まれてから、その子の顔を見て決めようって思っていた。


「双子だから関連した名前って思うと中々ねぇ・・・。良い名前、無いかしら?」
「ふふふ、今時の世界に通用する名前が良いですよ?でも最近はまた日本的な名前も増えてるみたいですけどね」

「そうなの?へぇ、日本的なね・・・」


日本的な、と言うだけでまた西門を思い出して・・・嬉しそうな西門さんの顔が頭を過ぎった。
その時慌ててしまって手元が緩み、カップが下に落ちてガシャーン!と音を立てて割れてしまった!


「大丈夫ですか!牧野様」

「は、はい!ごめんなさい、素敵なカップだったのに・・・」

「そんなのはどうでもいいんですよ、お怪我は?お腹にはお茶が掛かりませんでした?」

「えぇ、大丈夫です。私には何も・・・」


ただその時、凄く嫌な予感がした。

今日、何かが起きそう?
何か大きなトラブルが何処かで・・・そんな気がして庭の向こうの海を見つめた。





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