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plumeria

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岩代の爺さんの目の前に砕けた天目茶碗の欠片が飛んでいった。
ワナワナと震えながら筋が浮き出た腕でそれを拾い、鬼のような形相で俺の事を睨み付けてきた。

「儂の茶碗・・・儂の天目茶碗が・・・な、なんという事だ!」

「岩代様、大変申し訳ございません!」
「謝って済むと思うのか!!これを手に入れるまでにどれだけの年月を費やしたと思うのだ!やっと・・・やっと命あるうちに巡り会えたと思うた茶碗であったのに!!」

「予期せぬ事とは言え、私共の不注意で御座います。心より深くお詫び申し上げます!」
「もう遅いわ!!」

シーンとしていた会場から今度は爺さんの怒声が響き渡り、招待客は全員が息を飲んで俺の茶席に注目した。当然親父もお袋も茶を点てるのを中断し、俺の元に駆けつけ身体を震わせて怒っている爺さんに頭を下げ続けた。
西門流家元の詫び姿などこんな場所では有り得ないこと・・・俺でさえ何が起きたのか判らず呆然と立ち尽くしていた。


「岩代様、大変申し訳ございませんでした!この件につきましては誠心誠意対応させていただきますのでお許しくださいませ!」

「ご隠居様、誠に申し訳ない・・・どうぞこの私に免じてこの場はお鎮まりいただけませんか?今回の不始末、西門流として出来る限りの弁償をさせていただきたいが、そのお話は奥の間で・・・如何でしょうか」

「弁償だと?!金の問題ではない!!」


顔を真っ赤にさせ拳を震わせた岩代の爺さんは両親を前にしても怒りを抑えることなど出来ずに、そのうち興奮しすぎたのか車椅子に倒れ込んだ。
それを見てこの家の使用人が数名駆けつけ、更に会場内は騒然とした。
現当主である息子はオロオロし、その妻は面倒臭そうに・・・中には「救急車を!」と叫ぶヤツまで出てきて招待客は皆茶席から立ち上がってそれぞれがどうしていいのか判らず彷徨き始めた。


その時・・・!

「大変申し訳ございません!ご隠居様、総ては私が悪いのです!どうぞお怒りは私に向けてくださいませ!」

「・・・紫?」
「な、なんじゃ、紫・・・お前が?」

紫が爺さんの前で地面に跪き、あの紫陽花の時のように額を土に付けるほど下げて大声で謝りだした。
今度は全員が紫に注目し、爺さんは車椅子で移動しようとしていたのを止めてその場に留まった。

「私が不慣れなために総二郎様に熱せられた釜を当ててしまったことが原因なのです。自分のしてしまった事に驚いて私が棚に躓いたのです。それで・・・それでお道具が落ちてご隠居様のお茶碗に・・・ですから総二郎様がお悪いのではありません!私がすべて悪いのです!
申し訳御座いません・・・せっかくの茶会を台無しにしたのは私です。ご隠居様の大事なお茶碗を割る原因を作ったのは私なのです・・・!」

「止めないか!ここで起きた事の責任は俺にある・・・亭主の責任だ。お前がそんな事をするな!」
「いえ!大事な総二郎様の名を汚すような事は出来ません!罪はこの紫に御座います!!」


バッと身体を起こした時にはその美しい顔を歪ませ、目からは涙が溢れ唇は震え・・・まるで映画でも観てるかのような光景だった。


なんだ、今の台詞は。
大事な総二郎様・・・だと?罪は紫にあるだと?!何処からそんな言葉が出てくるんだ!・・・こいつ!


確かに俺に熱い釜を当て、それに驚いたのは俺だ。
だが不慣れな人間が居ようが慣れた半東が居ようが、茶席は俺が作るもの・・・それ故に責任は俺にあるんだ!
もう少し天目茶碗の置き場所を考えれば良かったんだ・・・まさかこんな事が起きるとは思わなかったから油断したんだ!

それを如何にも自分が悪いと、自分を責めてくれと言わんばかりのこの態度・・・どういうつもりだ、この女!


「お願いで御座います、総二郎様をお責めにならないで下さいませ!ご隠居様!」
「もういい!紫、静かにしなさい」

「・・・そうよ、紫さん。ここではいけないわ、お立ちなさい」

お袋までがこの大袈裟な紫の態度に慌ててその腕を引き上げようとしたが、それを振り切り地面に伏せて噎び泣く・・・それに手を差し出さない俺がすげぇ酷い男のように見られているのはすぐに判った。
「お可哀想に・・・」なんて、むしろ紫を擁護する声まで聞こえてきた。


親父の目が俺を睨む・・・冗談じゃねぇ!と初めのうちは反抗して紫に手なんて出さなかったが、それを許さない空気が会場中に溢れてきたために仕方なく手を差し出した。

「・・・もういいから立ちなさい。岩代様への謝罪は俺がするから・・・」
「総二郎様、申し訳ございません・・・」

「・・・・・・」

紫が俺の手を取り立ち上がってから、次に聞こえたのは岩代の爺さんの言葉だった。


「・・・紫がそこまで言うならもう良い。だが、西門との関わりはこれまでだな。気分が悪くなった・・・儂はもう休むからあとは好きにせい!」

「ご隠居!」
「ご隠居様・・・!」

親父とお袋の声にも振り向かず、このあと車椅子を使用人に押させて会場を出て行き、現当主のひと言で本日の野点はここまでと終了を告げられた。


本来、茶会は亭主の言葉で終るもの・・・このように客側から打ち切られたことなど経験した事もなかった。




****************




「あら・・・あまり食欲がありませんの?牧野様」

「・・・えぇ、どうしたんだろ・・・何だか胸が苦しくて」

「お腹は?痛くはありませんか?」

「お腹は大丈夫です。さっきも言ったけど今日はそこまで動かないから・・・ちょっとムカムカするんですよね」


小夜さんが作ってくれたお昼ご飯・・・最近少しずつしか食べられないから、そんなに沢山並んでいるわけじゃない。
小さめのお皿に彩りよく少しずつ、食欲をそそるようにって工夫して出してくれてるのに今日は箸が進まなかった。

「それならスープだけでも」って言われて、小夜さんは嫌な顔1つ見せずにご飯を下げてくれた。
「勿体ないなぁ・・・」って小さな声で言うと「夕食にしますから」って、ラップを掛けて冷蔵庫に入れられた。


「だんだん胃が圧迫されて食べにくくなるんですよね。そういう時は無理しないで、時間を考えずに『食べよう』って気になったら食べたらいいですよ」

「でも体重がそろそろヤバいんだもん・・・産んだ後、元に戻るかしら?」
「うふふ、それは個人差がありますよね!それは産んだ後に考えましょ?」

「そりゃそうだわ、あはは!」

小夜さんとは笑って話したけど、何故か胸がザワザワと五月蠅いのは治まらなかった。



窓の外が段々暗くなってきた。
今日は雨の予報じゃなかったのに、西の方から黒い雲がやってくる・・・チラッと東京の空を見たらそっちはまだ明るかった。

「あら?雨が降るのかしら。天気予報も当てになりませんねぇ!今日は1日晴れだって言うからお洗濯物、外に干したのに」
「・・・もうすぐ降りそうですね」

「仕方ない!取り込んできますねぇ~!」
「小夜さん、ありがとう!」


この雨はそのうち西門さんの所に行くのかな。

そう思ったら・・・雨でさえ羨ましいなって、そんな独り言が出た。




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