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plumeria

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「何という不始末だ!このような醜事しこごとは西門流にとって末代までの恥・・・どうするつもりだ、総二郎!」

あれから岩代の爺さんには会わせてもらえず、俺達は本邸に戻っていた。
猛火の如く怒鳴り散らす親父と真っ青になって項垂れるお袋・・・2人の前で正座してその怒りを受けていた。
紫は既に元の表情に戻り、あの時の取り乱した姿なんて何処にも無い。まだ汚れが残っている着物のまま俺の少し後ろに座っていた。


「・・・申し訳ない事だとは思いますが、前もって何が起こるか判らない野点での天目茶碗などお止めくださいと申し上げたのを、ご隠居様の方がお聞き入れ下さらなかったのです。気持ちが落ち着かれた頃にもう1度お詫びに伺うしかないと思われますが」

「何を暢気なことを言っておるのだ!!この西門を関わりないと仰ったのだ!それが今後どのように西門に影響してくるか・・・いまだ日本経済には大きな影響力をお持ちの方だ。あの方がひと言言うだけで意見を変える経営者も多いのだぞ!それをお前はどのように受け止めておるのだ!」

「申し上げ難いのですがそれも今のうちだけでしょう。次代になれば考え方も変わります。暫くはご機嫌が悪いかもしれませんが幾度となく謝罪を重ね、誠意を示すしかないと思います。違いますか?」

「総二郎・・・まるで自分が悪くは無いとでも言いたそうな口振りだな。いつからそのように偉そうな事を言うようになったものやら・・・今日とて紫さんの取り成しが無ければどうなっていたと思うのだ!」


・・・そうか?

紫のした事は逆に俺を悪者にしたようなものだけどな。あれだけ大袈裟に騒がれたら、付き人に謝らせて自らは責任逃れしたかのように取られてもおかしく無いぐらいの熱演だったが?

現に遠目でしか様子を見ていない人間や、親父やお袋の茶席に居た人間には何が起きたか判らなかっただろう。
こいつの「総二郎様は悪くないのです」と言う声は俺が止める声より遥かに響いたはず・・・まるで何かの舞台を見るような紫の台詞は招待客全員の頭に残っただろうよ。


「紫さん、確かに不慣れなあなたに総二郎さんの半東のようなことをさせた私達も悪かったわ。逆に嫌な思いをさせてしまって申し訳なかったわね」

「・・・いえ、お義母様、本当に私が悪かったのです。総二郎様の痛めた左腕に釜を・・・総二郎様が驚いてしまっても無理はありませんわ」

「いいえ、総二郎さんがもっとあなたに指導すれば良かったのにこの子も何かと苛立っていたし、あなたは私が連れ出してばかりでお稽古らしい時間も作ってあげなかったもの。本当にごめんなさいね」

「これからはもっとお稽古に時間を使います。お家元、申し訳御座いませんでした」

「・・・・・・」


驚いて棚を蹴ったのはお前だろうに・・・如何にも俺が驚いて不始末を起こしたような言い方を・・・!
だが、ここで何を言っても無駄・・・そもそもあの時の亭主は俺なのだから、紫に責任を押し付ける気なんかあるわけが無い。それはこれまで長い間亭主を務めてきた親父には良く判ってるはずだ。

だから紫の態度を本当は不快に思ってるだろう・・・それでも何も言わないんだな。いや、言えないのか?


親父の機嫌なんてすぐに良くなるはずもなく、明日また顔を揃えて詫びに行くと言う話でこの日は終った。



廊下に出て自室に向かう途中、今日は降らないと言っていた雨がポツンと庭の木の葉を揺らした。
そしてあっという間にそいつらははっきりと音を立てて聞こえるほど降り始め、見上げると午前中の晴れ間は何処へやら・・・どんよりと重たい雲に覆われて薄暗くなった。

くそっ・・・どうせ降るつもりなら朝から降ればいいものを・・・。


天気にまで文句を言いたいほど腐った気分で歩いていたが、1度足を止めて同じ速度でついてくる紫に顔を向けた。

「・・・1つ聞いていいか」
「なんでしょう?」

「あんた・・・それまでは動かなかったのに釜の湯が無くなった時だけ素早く動いたのは偶然なのか?すげぇ俺に近づいて釜を持ち上げたがあれは何か意味があったのか?」

「仰っている意味が判りませんわ。私がわざとあの時に釜を交換し、総二郎様に当てた・・・と?」

「・・・いや、何でもない」


今更動揺する素振りを見せる訳がなかった。
それに値段の付けようも無いと言っていた天目茶碗を犠牲にする勇気なんて無いだろう、そう思ってまた前を向こうとした時、

「思ったより立礼棚というものは軽うございますのね・・・それには驚きましたけど」
「・・・え?」

それだけ言うとニヤッと笑って俺の横を通り過ぎて先に自分の部屋に戻って行った。


立礼棚が軽い?もしかして自分の蹴り方が思ったより強かった、そう言いたいのか?
それはどういう意味だ?

まさか、この女・・・!


薄暗い中を鮮やかな青い着物が遠ざかって行く・・・紫の隙の無い後ろ姿を呆然と見ていた。



******************


<sideあきら>

「え?西門で騒ぎが?」

「えぇ、今日の夕方いつものフラワーショップに行ってたんだけど、そこで華道の沢森様に会ったの。それでお話ししていたら岩代様のお茶会で総二郎君が大変だったって聞いたのよ」

夕食中にお袋が話してくれたのは総二郎の事・・・確かに以前飲みに行った時、そんな茶会をしなくちゃいけないって不貞腐れていたけど・・・。

俺達の会話を黙って聞いてる仁美は今日も半分以上残してナイフを置いた。
「もう食べないのか?」と聞けば軽く笑って頷いて、「私に構わずお話して下さい」と先に部屋に戻っていった。
心配そうにその背中を見ているお袋・・・いつになったら「親子みたいに話せるかしら?」と、こっちも溜息をついていた。

双子達もさっさと終らせて2人一緒に自分の部屋に戻っていき、最後に残ったのは俺とお袋。場所をダイニングからリビングに移してさっきの続きを聞いた。


「それでどうなったって?総二郎が高価な茶碗を扱わなきゃならないってイライラしてたけど、まさかそれを割ったのか?」

「それが沢森様は家元夫人のお茶席だったから見てないんですって。ただ、大きな音がしてみんなが注目した途端にご隠居が総二郎君に怒鳴り始めて、それを綺麗な女の人が土下座して謝ったらしいわ」

「土下座して?それ・・・総二郎の婚約者?」

思い出すのは総二郎に会いに行った時に見た無表情で一本調子の話し方しかしなかった宝生紫・・・とてもあの人が誰かに頭を下げる、しかも土下座なんてしそうにないけど。
どちらかと言えば怒鳴られている総二郎を後ろから傍観して、我関せずで通しそうな女性に見えたが・・・?


「奥様も初めて見たお嬢様だけど、家元達から紹介は無かったそうよ。ただね、来た時から総二郎君の後ろに居て、凄く2人が目立っていたから見惚れちゃった、なんて言ってたわ。
でもねぇ、ご隠居様のお怒りが凄くてそこでお茶会が中止になったんですって。沢森様、総二郎君のお茶席にも行きたかったから残念って仰ってたわ」

「・・・そうか。あいつ、落ち込んだろうな」

「そうよね。私も数回総二郎君のお茶をいただいたけど、とてもそんな場面で失敗するような腕じゃ無いと思うもの。もしかしたら事故の後遺症があるのかしら。心配ね、あきら君。近いうちに顔を出してみたら?」

「・・・あいつが会える状態ならね。連絡してみるよ」


お袋はここまで話すとイタリアにいる親父と電話するからって部屋に戻った。



あの偏屈な岩代の隠居を怒らせたとなると西門は相当ダメージを喰らうんじゃないのか?
もう表舞台からは遠のいてるけど裏ではまだまだ口出ししている爺さんのはず・・・それにその茶碗、文化財ものって言わなかったっけ。

そうなったら数千万から数億・・・金額は問題無いだろうけど、そういう弁償をしたって記録が残ること自体家元には許せないだろう。それに爺さんが元気のいいうちは西門に不利な状況も生まれるかもしれない。

後援会の連中の大半が岩代とは何らかの関係がある。
いざとなったら司や類にも頼んで総二郎を援護しないといけないかもな・・・。


総二郎・・・一体どうしたんだ?




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