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plumeria

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次の日も、その次の日も親父に伴い岩代家へ詫びに行ったが全て門前払いを喰らった。
爺さんの機嫌は相変わらずで西門を許さないの一点張り・・・あの割れた茶碗はあのまま桐箱の中に保管していて毎日その前で項垂れていると現当主の奥方からは言われた。

「私は全然価値が判らないのですけれど、聞けば数千万から上だと言うじゃありませんか。そんなものを使った義父も悪いとは思うけれど、それでもお任せするのが西門流の方なら安心だったんでしょうねぇ。
どうしたものかと悩んでおりますのよ。あのままですと病気になってしまいそうで・・・」

「本当に申し訳ございません。思いもせぬ事が重なった為に起きた事故ではありましたが、それでもお任せいただきました以上非は私共にございます。是非もう1度お会いしてお詫びさせていただきたいのですが」

「それはどうしても嫌だと言うので私が出てきているのです。頑固な人ですから暫くは無理でしょうよ。お気持ちだけは伝えますから、義父から何かありましたらそれに応じて下さいな。毎日ご苦労様、本日もこれでお引き取り下さいな」

「・・・畏まりました」

横柄な態度の奥方は面倒臭そうに玄関先でそう言うと、さっさと奥に引っ込んだ。


この隠居が拗ねたからといってすぐに西門に影響が出るというわけではない。
それが表れるのはずっと先・・・徐々に後援会内部に脱退や非協力的な態度を示す輩が出てくる、親父はそれを恐れているんだ。1度離れた幹部を取り戻すのには時間が掛かる。

そのうち衰退して西門の内部から不満が噴出、分家筋などが出てきてお家騒動に発展・・・宗家を守ってきた親父の代で主流の血筋が交代する可能性が出てくる。
それだけは避けたいってところだろう・・・毎日難しい顔をして一層俺を遠ざけるようになった。


だが7月に入ってすぐ、岩代家から呼び出しがあった。
呼ばれたのは家元、家元夫人、俺に紫・・・あの日会場にいた俺達全員に来るようにとのこと、親父は急いで支度をして岩代家へ車を走らせた。


そして待機させられたのはこの屋敷の応接室。
やはり見せたがりの爺さんらしい調度品に囲まれた、少々鬱陶しいぐらいの応接室で首を並べて待っていた。
神妙な表情の両親に比べて今日も涼しげな紫の表情・・・それが気になったが話しかけることもなく親父の横に座っていた。

暫くしてガチャっとドアが開き、野点の時に俺達を案内した使用人の女性が車椅子を押して入って来た。
慌てて立ち上がった両親は爺さんの表情も見ずに頭を下げ、続いて俺もそれに従った・・・腹の中ではそこまで謝罪の気持ちもないクセに・・・。

ここまで来たらなるようにしかならない・・・半分ぐらいはそう思う自分が居た。


「いやいや、顔を上げて下さい、お家元。先日は気が動転してみっともない所をお見せしたのぅ。それを詫びようと思うてお呼びしたのですから」

「・・・はい?」

「まぁまぁ、お座りなさい。ほれ、茶など飲んで・・・ほほ、茶道のお家元にお出しするには緊張しますがね」


何だ・・・?この気味が悪いほどの変わりよう・・・それに驚いて親父と顔を見合わせたが、言われる通り座り直し、正面に車椅子を着けた爺さんと向かい合った。
その顔は穏やかで・・・と言うか、機嫌がよく顔色も良い。何がそんなに嬉しいんだ?と、こっちが困惑するほど頬を緩ませてそこに居た。


「よく考えたら若宗匠にも止められた事でしたのに儂が無理を言うて使ってもらったのです。何が起きるか判らんと仰った通りだったのに喚き散らして申し訳なかったのぅ、若宗匠」

「・・・いえ、とんでもございません。そのように申し上げましたが起きた事の責任はこちらにございます。お詫びでしたらこちらがすべきもの、誠に申し訳ございませんでした」

「いや、もう良いのです。儂も気持ちは落ち着きました。あれを鑑定に出そうかとも思うたが、割れたものは価値もない・・・それにあのようになってから本当に値の付くものだと判った時の方が悲しいのでな、忘れる事に致しました。はっはっは!」

「・・・そうですか」


あれだけ大騒ぎしたくせに10日余りでこんなにも気分は変わるのか?
数千万から数億と豪語していたのは何だったんだろう・・・すげぇ違和感があるんだが?


内心ホッとしたような表情になった親父とお袋は、笑うわけにもいかないからこの後も只管詫びを言い続けていた。


「ははは、本当にもういいんですよ。宝生家より良い品を頂いたので気分がそっちに移っただけ・・・それだけのことです」

「・・・は?宝生家から・・・ですか?」
「宝生って・・・紫さんの?」

「紫が落ち込んだ儂のために探し出してくれての。今度は『本阿弥光悦』の『樂茶碗』なんですわ」

「本阿弥光悦の・・・樂茶碗でございますか?」


本阿弥光悦は江戸時代初期、京都の鷹峯の陶芸家。
楽家と懇意にしていたため楽家の土をもらい受けて鷹峯で器を整え、楽家の窯で焼いた茶碗が国宝指定されているはずだ。
楽家の作品ではないが楽窯で焼かれているため正真正銘の楽茶碗とされている・・・和物茶碗の最高峰とされる茶碗、そんな茶碗を紫が?

そんなもの、本当に存在したらそれこそ・・・!


横に座っている紫を見るとニコリと笑って爺さんを見ている。
そんな事をしただなんて俺達にはひと言も言わなかったのに・・・!

親父達も驚いて紫を見ていたがそれにも顔を合わせず、爺さんに向かって「気に入っていただけて嬉しゅうございますわ」と小さな声で言っただけ。

またか!と、黙っていたことを怒鳴りたかったがこの場ではマズい・・・キレそうになるのをグッと堪えて膝の上で拳を握り締めた。


「本当に良い相手を選ばれましたなぁ!それでな?もしまだ仲人が決まってないのであれば儂にさせてもらえんかのう?」

「・・・は?」
「総二郎達の仲人でございますか?」

「そうそう!可愛い紫のため、儂が元気なうちに花嫁姿も見たいのでな。どうですかな?お家元」



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7月に入ってすぐ、私は夢子おば様が出産をしたっていう美作系列の病院に入院することになった。
特に体調が悪いって訳じゃないけどむくみがまた酷くなって歩きにくくなったことが原因。手術予定日は7月7日だったから、もう入院してその日を迎えようって話になったのは昨日だった。

小夜さんが荷物を纏めてくれて、美作さんとおば様が迎えに来てくれるらしい。
少しだけドキドキしながら窓から道路を見ていたら美作さんの車が来た。


意味もなく掌に汗をかく・・・病院に入ったら、そこを出る時私は1人じゃないんだ。
お腹にいる子供達が私の腕の中にいるんだ。そう思うと嬉しいような、怖いような何とも言えない気分になった。


西門さんに似てるかしら・・・そればっかりが頭を過ぎった。


「牧野、支度できたか?」
「つくしちゃん、具合どう?」

「おはようございます。はい、大丈夫です。ごめんなさい、何もかもお世話になって」

小夜さんは素早く荷物を車に運んで、夢子おば様は私の横で大きくなったお腹を摩って「この感じ、懐かしいわぁ!」ってはしゃいでいた。
美作さんはそんなおば様に「騒ぐなって!」って軽く睨んで、すぐに私を抱きかかえた。


「ねぇっ!重たいよ?私、車までなら歩けるから!」
「・・・うーん、確かに呼子の時より重くなってる!でも逆に車までなら運べるさ。心配すんな」

「きゃあっ!怖いーっ!」
「あはは!しがみついとけよ。落とさないって!」

「やだぁ!あきら君、慎重にね?!」


美作さんの香り・・・呼子の時と同じ優しくて落ち着く・・・ちょっとドキドキする香りだった。





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本阿弥光悦の茶碗・・・本文中の茶碗はお話しの為に作ったものです。

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こちらは楽焼白片身変茶碗(らくやきしろかたみがわりちゃわん)。
日本の国宝で楽焼の茶碗です。銘は不二山(ふじさん)。江戸時代、本阿弥光悦の作で別名、振袖茶碗(ふりそでちゃわん)といいます。
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