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plumeria

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「もしまだ仲人が決まってないのであれば儂にさせてもらえんかのう?可愛い紫のため、儂が元気なうちに花嫁姿も見たいのでな。どうですかな?お家元」


皺のある顔を余計しわくちゃにして、「断わるわけはあるまいな?」と言う意を込めて笑ってやがる。
余りにも急に話を変えられ、俺だけじゃなく親父までも動揺していた。

「そ、それは有り難いことで御座います。確かにまだ正式に公表もしておりませんので、そのような方は・・・ですが」

「おぉ、そうですか!それでは是非に儂にさせて下され。ははっ、今の時代仲人なんて必要ないのも知ってはおりますが西門流ともなると本人だけという訳にも参りますまい?どうせ誰かに頼むのならこの儂が引き受けましょう!」


このクソ爺!!
余計な事を・・・と、睨み付けたがそんな俺の事は見ようともせず含み笑いをしている。
親父もお袋も戸惑いながらも引き攣った笑顔を作っていた。

紫は・・・この女は何ひとつ表情を変えなかった。


「それで、いつ頃正式に公表されるおつもりなのかな?紫が西門に居を移しているのなら夫婦のようなもんじゃろう?何も時間を延ばす必要はあるまい?」

「・・・そうなのですが、総二郎もまだ23歳と年も若く、それに恥ずかしながら事故に遭いましたのでもう1度病院の世話になる予定がございましてな。完全に回復して茶事全般が出来るようになりましてから・・・そう思っております。
宝生家にもそうお伝えしておりまして、ただ西門の勉強のためには少しでも早くと言うことで住まいは移してもらっただけのこと。まだそのように一緒に暮らしているわけではないのです。そこは本人達に任せてはおりますが・・・」

「ほう、まだ傷がのう・・・。ただ、それと婚約と関係があるのかな?」


親父の言ったことは本心・・・俺の気持ちなど考えた訳ではなく、俺の茶の腕が不安なだけ。
身体が完全回復と言うよりは、茶道家として完全回復しないと公表するのが怖いだけだ。宝生家のような旧家から相手を選んだとしても、その後ろくな茶も点てられないと噂されては困る。

先代といい、親父といい、理由は判らないがこの宝生家との縁組みをどうしても成立させたいのだから。


「ご隠居様・・・お申し出は有り難いのですが、家元が申し上げました通りでございます。私はまだ身体も万全ではございませんし、何より精神修行が足りてないのです。事故の後、茶に向き合う時間が少なく茶室の空気に馴染めないままなのです。
このような状態で婚約を公表するのも早いという考えです。
故に私としては紫さんにも西門に住まいを移していただくのも早いと思うところです。もう少し経験を積み、人として成長してから・・・私としてはこのように考えておりますので」

「・・・総二郎!」
「紫さんに失礼ですよ、総二郎さん」

煮え切らない家元の言葉にイラッとして自分でそう言えば、隣から鋭い視線を送ってくる両親。だが、このまま勝手に進められるのは迷惑、そう思って口を開いた。
その俺の言葉に憮然とした表情を見せたのは岩代の爺さん・・・それまでニコニコしていた顔を再び曇らせた。


「まだ精神的にも不安定・・・そう言いたいのかな?」
「そのようにご理解いただいても構いません」

「ほう・・・それでは若宗匠はそんな状態なのに儂の野点の亭主を引き受けたと?」
「・・・は?あ、いえ・・・そういう事ではございませんが」

「そういう事ではない?でもたった今そう言われましたな?茶に向き合う時間が少ないのに・・・と。ほう・・・そういう状態でもこの年寄りの野点ぐらいなら出来るだろうと軽くお考えになったと?」

「ご隠居様、そのような意味で申し上げたのではございません。私のような若い者の茶を、とご希望されたと聞きましたのであの日は精一杯のもてなしをしたつもりでございます。決して軽い気持ちでお引き受けした訳ではありません」

「でもそのように浮ついておったから散漫な気分になったのではないのかな・・・そうでなければあの茶碗もまだこの世に存在しておったと思うがのう・・・」

「ご隠居様・・・!」


「まぁ、いずれにしろ婚約という形を取れば自ずと責任感が出てきてその不安定さが無くなるかもしれませんがね。紫もそのぐらい若宗匠のことを思っての今回の行動ではないのかな?それなのにいつ落ち着くかも判らん状態の男を待てと言うのも気の毒なことだのぅ・・・」


揚げ足を取りやがって・・・!
またあの日の事を持ち出して、この場を振り出しに戻す気か?

そう思っていた時に親父が慌てて口を挟んだ。

「岩代様、先日のことは誠に申し訳なく思っております。ただ今総二郎も申し上げましたが、決して軽い気持ちでお引き受けした訳ではございませんので、そこはご理解いただきたい。
本人も事故の後に不安定な日が続いているのも事実ですが、確かに仰る通りでございますな。もしかしたら身を固めた方が落ち着くかもしれません」

「家元!」

「ですが、本日急にと言うのも・・・それに今までは仲人は全て現後援会長にお願いしております。あちら様ともお話をさせていただかねば私共だけでは決めかねますので」

突然婚約を速めるような発言をした親父に驚いて声が大きくなったが、ここですぐに結論を出すことはしなかった。
確かに宗家に関連する人間の結婚には必ずその場所の後援会長が仲人役をさせられているようだったし、俺はそれすら廃止したかったから考えてもいなかった。


この話の結論は後日・・・そういう話でこの場は終らせ、俺達は来た時のように深く頭を下げて岩代邸を後にした。
帰り際も車椅子ではあったが門まで出てきた爺さんは、紫に何度も笑顔を見せ「近いうちにまたな」と声を掛けていた。


それを眺める俺達・・・まるで宝生家に救われたかのような構図に親父の顔も険しくなっていた。




******************




美作さんの車は都内の中心にある病院に近づいて行った。

懐かしいと言えば懐かしいこの空の色・・・無機質な色のビル、緑の少ない道路、大勢の通行人に派手な格好の子供達。
呼子では考えられない車の数も騒々しい街の声も、全部知ってるはずなのに何処か余所の国にきたかのような錯覚・・・それを窓から見ながら目的地に向かっていた。


「大丈夫か?牧野」
「・・・え?うん、大丈夫だよ」

「身体じゃ無くて心の方だ。もうお前は子供を産むために病院に行くんだ・・・まだ総二郎に言う気にはならないのか?」
「・・・あぁ、その事?」


チラッと隣に座っている夢子おば様を見ると悲しそうに笑った・・・全部ご存じだから。
その目は「つくしちゃんが決めていいのよ」って言ってるみたいな気がしたけど、それは自分に都合よく考えるから?

バックミラーに映る美作さんの表情もいつもと変わらない。
この人にも私と親友の間に入らせて辛い思いをさせているんだと思うと申し訳なかった。


「この先の事はわからないけど、もし・・・もし総二郎がこの先自分の子供を持たなかったら、その子達が唯一あいつの子供になるだろ?産まれてくるその瞬間を味わうこと無く終ってしまっていいのかって思うんだよな。
いや、強制なんてする気はないんだ。ただ後悔して欲しくないからさ・・・それだけだ」

「・・・ありがとう。でも、このままでいい・・・。もし西門さんにバレて怒られる時には全部私が怒られるから。美作さんに迷惑は掛けないよ」

「ばーか!迷惑だったらここまで突っ込まないって。そんな事じゃ無いんだ。女性はその瞬間を絶対に味わうけど、男はさ・・・こういう時何も出来ないから、せめてその場で一緒に居たいもんなんだよ。俺だけかな・・・」

「くすっ、美作さんらしいね」


夢子おば様が涙を拭いた。
美作さんは自分がもうその瞬間を味わえないから西門さんにはって思うんだろうか。

そんなにも優しい人の言葉を聞かない自分は・・・なんて我儘で酷い人間なんだろうって思った。





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