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plumeria

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7月6日・・・明日が手術の日。
前日検査を終えて特に問題もなく、お腹の赤ちゃんも元気だと言われドキドキしながらベッドに横になっていた。
書類も書き上げて麻酔科の先生とも話し合いをして、軽めの夕食を食べた。

この後は絶食・・・それは全然大丈夫だけど緊張で喉が渇く。お水は飲んでもいいって言われたけど傍にあるペットボトルにも手が出なかった。
とにかくベッドの中で深呼吸ばっかり・・・落ち着かなくて、これまでの事が何度も頭に蘇って来た。


「夢の屋」に初めて電話を掛けた時はお腹なんて大きくなかった・・・あの時は寸前まで働いて、その後も親子仲良く佐賀で暮らそうって決心していた。
女将さん達は優しかったな・・・何にも出来なかった私を邪魔者扱いもせずに出来る仕事をさせてくれた。
でもお腹が大きくなってからは本当に辛かったなぁ・・・今だから言うけど、春ぐらいには身体は悲鳴をあげてて逃げたかった。逃げてお母さんの所でひっそり暮らそうかと思ったぐらい。

吉本さん・・・あれからどうしてるだろうって考えた時、ノックの音がして美作さんが入ってきた。


「よっ!どうだ?いよいよだな」
「・・・美作さん、お疲れ様。お仕事もう終ったの?」

「いや、これから社に帰って少し残務処理したら終わり。今日は大阪に行ってて今、東京に着いたところだ」
「それなら早く帰って仕事終らせて、奥さんの所に戻りなよ。きっと待ってるよ?」

「ははっ、遅い時は先に寝てるし、今日はどっちかって言えば早く帰れる。心配すんな」
「・・・心配するよ。私が奥さんだったら嫌だもん」

「そうか?」


ベッドの横に椅子を持ってきてお布団の上から私のパンパンのお腹を摩ってた。その時の目・・・もしかしたら美作さんもこれが夢だったのかなって・・・何となくそんな気がした。


「どうした?やっぱり不安か?ま、そりゃそうだよな。いきなり双子だもんな」
「うん、少しね。美作さん・・・子供好きなの?」

「え?いや、どうだろう。牧野の場合は特別かな。だってあいつの子供だしな・・・気にはなるさ。可愛いだろうなって思うし」
「自分の・・・あっ、何でもない」

「・・・ん?」
「あぁっ!そうだ、もう少ししたら絶食なんだよ?ヤだなぁ・・・明日終っても食べられないよねぇ?今度のご飯は明後日かな?」

「はっ?そんな心配かよ!終ったら死ぬほど食え!」
「あっはは!でもさ、結構痛くて食べられないらしいよ?それで痩せられるかな?」


一瞬『自分の子供を・・・』って言いそうになって慌てて誤魔化した。
そんなの私が言うことじゃないし、美作さんも奥さんも乗り越えようとしてるんだもん・・・余計なお世話だ、そんな事。

この後明日の開始時間や書類の事、麻酔の不安や痛みへの恐怖、なんでも彼にぶつけて気を紛らわせていた。気が付いたら急いで帰れって言ったクセに1時間も引き止めて、窓の外がすっかり暗くなってしまった。

「明日は付き添ってやるよ。不安だろ?」
「え?でも夢子おば様も来てくれるって言ってたよ?だから大丈夫だよ」

「1人でも多い方が安心だろ?急ぎの仕事が入ったらそっちを優先するから気にすんな」
「・・・うん、ありがとう」

やっと腰を上げた美作さんは、ベッド脇の「明日の予定」って言う手術について書いてある紙を見ながらボソッと呟いた。


「なぁ、牧野・・・お前本当に・・・」
「・・・え?なぁに?」

「いや、なんでもない」

今度は美作さんが言葉を濁した。
言わなくても判るよ・・・「本当に総二郎には言わないのか?」って・・・そう言おうとしたんだよね?

だから逆に判らないふりして笑って彼を見送った。


そして私は呼子を出てから初めて西門さんの写真を出してみた。
アパートからたった1枚だけ持ってきた彼の写真・・・前のスマホのデータは全て消されてしまったけど唯一持ってる彼の写真。


見たら絶対に泣いてしまうから今まで見なかったけど、今日だけは彼に会いたかったから。


隠し撮りだけど本当にいい笑顔の写真。
これを手にした時のドキドキした自分を思い出す・・・まさかこの人の子供を産むなんて、その時は考えもしなかったなぁ。


「西門さん・・・明日ね、私お母さんになるの。西門さんに内緒でごめん・・・ホントにごめんね。
黙って産んじゃうけど、西門さん・・・お父さんだからね。この子達が大きくなったら話せるかもしれないから、どうかお茶を止めないでお家元の跡を継いでね。それも私の夢だから・・・」



**



7日になった。凄く朝早くに目が覚めた・・・って言うか殆ど寝られなかった。
いよいよだって思うと緊張して、やっと会えるって思うと嬉しくて・・・どうか無事にこの世に生まれてきてねって祈るような気持ちで浅い眠りしか出来なかった。

時計を見たら朝の6時。何処か遠くで色んな音が聞こえ始めていた。

7時になったら看護師さんがやってきて色んな準備を始めてドキドキする・・・でも「まだ手術室には行かないから落ち着いて」って笑われた。私、そんなに必死な顔してたのかな?
机に置いていた書類も確認されて『本日術後のため絶食』なんてカードも貼られた。まだ術前なんだけどなぁって思いながらそれを見つめてたら「明日からご飯あるよ」ってそっちで笑われた。

あはは・・・食いしん坊だと思われてるのね?


「それじゃ毎日のようで悪いんだけど名前の確認をしますね、お名前は?」
「牧野つくしです」

「はい!間違いありませんね。じゃあ今日は予定通り、牧野さんの帝王切開の手術を行います。もう少ししたら麻酔の効きを良くするための注射を打ちますからね」

「はい、宜しくお願いします」


看護師さんが手術着に着替えさせてくれてまた1人になった。
点滴のための針も刺した状態で、さっきよりもドキドキしながら時間が来るのを待っていたら、コンコンと軽いノック音の後に夢子おば様と美作さんが入ってきた。
まだ産まれてもないのに手にはお花を持って・・・それに驚いて目を大きくしたら呆れた美作さんが説明してくれた。

「おはよ、牧野」
「お、おはよう・・・おば様、どうしたんですか?そのお花」

「うふふ!綺麗でしょ?生けてくるわねぇ~!」

「今朝早くにうちの温室で咲いた花をブーケにしたんだよ。新種の薔薇を開発してるんだけど、それが丁度咲いたんだってさ。まだ試作品だけど初めてこの世で咲いた花だから牧野の出産にはぴったりだって。
そりゃ無事に産まれるだろうけど、そんなの産まれてからでいいだろうって言うのに聞かなくてさ!」

「あはっ、そうなの?嬉しい!ありがとうございます、おば様」


そんな事言って笑ってるけど手術着を掴む手は震える・・・それを見逃さない美作さんは私がずっと机の上に置いていた久留米水天宮のお守りを持たせてくれた。
「こういう時こそ持っとけよ」って・・・「ああ!ホントだね」って震える手で受け取って、両手でそれを握り締めた。


そうしたら少しは落ち着くかな?
女将さんの買ってくれたお守りだもん・・・ちゃんと手術は終るよね?


夢子おば様が薄いピンクとクリーム色が混ざったような不思議な薔薇を応接セットのテーブルに置いてくれた。

「緊張しなくてもつくしちゃんは寝ていたらいいのよ。全身麻酔じゃないんでしょ?そうしたら産声も聞けるしね。午前中で終るみたいだから、午後にはその手に赤ちゃんが来るわ。つくしちゃんの次でいいから抱かせてくれる?私、楽しみに待ってるから」

「はい、おば様・・・頑張ってきます」

「俺は午後から会議だからそれまでは居るよ。赤ん坊の顔だけ見て・・・だから1人じゃないからな」

「うん、心強いね」


時間が来て看護師さんが麻酔を効きやすくするためと、緊張を和らげるための注射をしてくれて、もう1度名前の確認。
「それでは行きましょうか」って優しい笑顔を向けてくれてストレッチャーに移った。

そして病室を出る時には美作さんと夢子おば様と握手して「行ってきます」ってひと言だけ。


心の中で西門さんにも「行ってきます」って呟いて手術室に向かった。





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