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岩代の爺さんが鷹司会長に意見を求めた。

だがこの返事は判りきっている。たとえ現後援会長でも、その前から鷹司会長を従えていた前会長で、家柄もその影響力も岩代の方が格段に上だ。
鷹司家もそれなりの名家だが総てにおいて及ばない。

会長職も降りて経済界からも引退したのなら大人しくしていればいいものを、この爺さんは裏では今でも動き回ってその権力を誇示している。

「そうですな。これまでの倣いですと私がお引き受けするんでしょうが、これは決まり事ではございません。岩代様が是非にと言われるのであれば、それも宜しいかと思いますが・・・」

「会長・・・!」
「おお!そうかの?それでは鷹司さんの了解も得られたので儂が引き受けても宜しいかの?お家元」

「・・・はぁ、有り難いことでございます。何卒宜しくお願い致します」

この場に居る俺以外が全員笑顔に包まれた。
紫でさえいつもは動かさない表情を緩ませ、演技なのか本当なのか頬を赤く染めた。親父とお袋も急展開で進んだ事なのに周りに合わせて笑ってやがる・・・俺1人、胸の中がカッと熱くなり、爪が食い込むほど握った拳が膝の上で震えた。


「それで、いつ公表致しましょうかの。来週なんぞどうかな?」
「は?来週・・・ですか?」

「目出度いことは早いほうが良かろう?その方が紫の気持ちも落ち着こうし、総二郎君もこの先の修行や稽古に一層力も入るでしょうしな。今はまだ何かとお悩みがあるそうだが、それも今度は新たな目標が出来て気分も変わるというもの。どうですかな?お家元」

「そうですな。特に問題はございません。鷹司様にご納得いただけたのであれば・・・当家としましては先代にも報告しないといけませんが反対はなかろうと思います。どうぞ宜しくお願い致します」


来週公表・・・だと?

岩代の爺さんがそう言ったのを親父が受け、問題なしと言葉を出した瞬間、頭に血が上り俺は親父に向かって片膝を立て掴みかかろうとしてしまった。
「総二郎さん!」とお袋が身を乗り出して止め、それを向かい側で見ていた宝生の両親は驚いて身体を逸らせ、岩代の爺さんと鷹司会長はそれまで柔やかだった顔を厳しいものに変えた。

「落ち着きなさい!総二郎さん、ここを何処だと思っているの!」
「お離しください!家元、今の返事ですが!」
「何を気を昂ぶらせておる!総二郎、座っておれ!」


「お家元、若宗匠・・・お鎮まりなさい!」

大きな声で怒鳴っていた俺達に向けられた声は鷹司会長・・・ハッとして俺もお袋の着物を掴んでいた手を離し、自らの着物の乱れを整えながら席に戻り頭を下げた。
胸の内は全然鎮まらなかったが、確かにここで暴れてはならなかった。


余りの事に我を失った・・・いや、総てを失ってもいいと思ったのも事実だが。


「・・・公表は来週、それでも宜しいでしょうが婚儀は若宗匠の心の問題が落ち着いてからで宜しいのではないですかな?事故を起こされてからまだ身体にも心にも傷を抱えておいでです。確かまだ手術もするとか。それが終わり、茶事を行えるようになってご自分を取り戻せた時・・・その時に次の段階に進まれたら宜しかろう」

「それでは随分先になるのかの?」

「岩代様、宝生様・・・見ての通り、今はまだお気持ちに乱れがあるようです。これも若さ故・・・我々は暖かく見守ってやらねばなりません」


鷹司会長の言葉でこの場は鎮まった。
婚約を公表するのは次の土曜日・・・だが婚儀は未定、それで両家は納得し場は解散となった。




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眠くなるお薬を使っても完全に眠るわけじゃないから自分のお腹を閉じられてる感覚はあった。
赤ちゃんを見ることが出来たし、2人共無事だって聞いたから安心して、ぼーっと手術が終わるのを待っていた。

そんな私の所に看護師さんがやってきて、耳元で赤ちゃんをNICUに連れて行くからねって教えてくれた。
NICU(新生児集中治療室)・・・手術を受ける前に説明は聞いていたけど、本当にそんな場所に入るのかと思うと少し悲しくなって涙が溢れた。

「あらあら、そんなに深刻じゃないのよ?少し小さいからちょっとの間、私達で完全看護するだけよ。預かってる間にお母さんは元気になってね?痛みも出てくるから丁度いいって思ってくれたらいいわ。それに会えないわけじゃないからね?」

返事は出来ないから頷くだけ・・・手も動かせない私の身体をポンポンと優しく触って看護師さんは出ていった。



そして1時間半後・・・私は自分の居た特別室に戻ることが出来た。
これが早かったのか遅かったのかは判らないけど、夢子おば様はちゃんと待ってくれていた。
凄く嬉しそうにハンカチで目頭を押さえて、いつも明るくて可愛いおば様が目の横の皺を隠さずに・・・そんな姿を見て自分のお母さんを思い出し、この時間を一緒に迎えられなかったことを申し訳なく思った。


「お疲れ様、つくしちゃん。おめでとう!可愛い赤ちゃんだったわね。私とあきら君も見せてもらったわ。男の子と女の子・・・口元がつくしちゃんそっくりだって笑ってたのよ」
「あはは・・・そうだったかな・・・。美作さん・・・は?」

「あきら君は赤ちゃんを見たら会社に戻ったわ。だって疲れ切った姿を見せたくないでしょ?」
「・・・それもそうですね。ふふっ、もう色んな所見せちゃったから考えなかった・・・」


今日はベッドの上から起きることは出来ない。
導尿カテーテルも入ってるし、食事はまだ出来ないから点滴による栄養補給。ベッドから降りることも当然出来ないけど、無理のない程度で身体の向きを変えたり、足を動かしたりを勧められた。
でも、とてもじゃないけど痛くて出来ない・・・それを夢子おば様に言うと「だから無理しちゃダメだって!」って怒られた。

「赤ちゃんは少しだけNICUなんですって?でも、私もそうだったから大丈夫。これはね、つくしちゃんを休ませてくれるいい時間なの。だからゆっくりしていいのよ?赤ちゃんも頑張ってるんだからね?」

「はい・・・会えるって聞きましたけど・・・いつ会えるんですかね?」
「それも病院が教えてくれるわ。それにここのモニターでも見られるし、ちゃんとつくしちゃんのお乳を飲むのよ?搾乳して持って行くの。あのぐらい大きかったらちゃんと飲んでくれると思うわよ?小さいと管を通して与えるみたいだけどね」

「そうなんですね・・・頑張らなきゃ・・・いたたたた」
「あらあら!痛いのも我慢しないの。すぐに痛み止めをもらいましょうね」


この後来てくれた看護師さんが早速モニターで私の赤ちゃんを見せてくれた。

「なんだか寒そう・・・大丈夫なんですか?」

「えぇ、温度管理は最適にしてるし、絶えず看護師が見てるから安心して下さいね。ほら、こっちが男の子でこっちが女の子。あっ、事故防止のために足の裏に字を書いてるけど数日で消えるからね。それにここ・・・青いバンドが男の子でピンクのバンドが女の子ね」

足首につけられたバンド・・・モニターじゃ見えないけど「牧野つくしBaby」って書いてあるんだそうだ。

今まで一緒に居たのに今は別々の保育器の中・・・きっと心細いんじゃないかな。
早く体重が増えて私の所に戻って来たらいいのにって言ったら、やっぱり看護師さんも「楽しいけど大変よ~!だから今は休みなさい」って笑ってた。


「名前・・・決めてるの?つくしちゃん」
「名前?・・・ううん、決めてないんです。どうしよう・・・それを考えなきゃいけませんね。大変な宿題だわ」

「うふふ・・・決まったら教えてね?楽しみにしてるわ」


ずっとおば様とモニターの中を見つめていた。
小さな身体がちょっと動いたら涙が出る・・・その手が何かを掴みたそうに見えるから抱き締めたくなる。
看護師さんが触ってたら羨ましくて代わってくれないかなって・・・私がやりますって言えたらいいのに。

今日の夜・・・西門さんが夢に出てきて名前をつけてくれないかな・・・。
そうじゃないと私のセンスを笑うに決まってるもん。


この日、暗くなるまで夢子おば様は私の横でずっと手を握ってくれていた。
誰も居ないところで産むもんだって思っていた私は幸せだった。


この時は・・・本当に幸せだった。




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