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plumeria

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7月中半の土曜日、俺は朝っぱらから紋付き袴で自室に籠もっていた。

問答無用で行われる自分の婚約記者会見、それがこの後都内のホテルで行われる。
何か挨拶を、と言われてはいるが何も思い付かず、このままだと記者の前で「婚約破棄」を言い出すかもしれない。それを心配した親父が総て自分で進行すると言いやがった。

それならば勝手に喋ればいい。間違っても俺に笑顔なんか期待すんなよ、と心の中でだけ叫んだ。


*


昨日は鷹司会長が俺を訪ねて来た。
先日の俺の振る舞いもあったから気になってるんだろう、いつものように穏やかな表情で俺の前に座り、俺の茶を飲んでくれた。

「・・・ほほ、やはり少し尖ったようなお茶の味ですな。いつものまろやかさに欠けています。でも、そういう時もおありでしょう・・・それでも随分と勘を取り戻されたと思いますよ。あともう少し・・・ですかな?」

「・・・ありがとうございます。何かと心乱れることが多かったものですから」

「長いことお悩みなのは存じていましたよ。この日に聞くのも遅いかもしれませんが・・・何か心を閉じてしまわれるようなお悩みがあるならこの年寄りにお話ししてみませんか?」


「それなら・・・庭で話しましょうか」

正座の時間に限りがある俺は会長を誘って茶室の傍の庭に出た。
今にも雨が降りそうだ・・・空の雲が重く、随分と低く感じられた。

そこにある竹材で出来た長椅子・・・元々休憩用というわけではなく、装飾の意味を持つ椅子だったがそこに並んで腰掛け、遠くに咲く紫陽花を見つめた。


「さて・・・お聞きしましょう。ご自分の思うようにお話しなさい。順不同大いに結構・・・考えて話さなくて宜しいのですよ」

「はい。実は・・・」


その優しい声に導かれるようにポツリポツリとこれまでの事を話した。
事細かくではないが牧野の存在が俺にとってなんだったのか、自分はどのような気持ちで茶を点ててきたのか、この先西門をどうしたいのか・・・総てにおいて中心には牧野の姿が有り、俺がここで茶道家として生きていくためには必要不可欠だと。

突然紫が現れ牧野が消え、それが自分の親のした事であり、何度話をしても自分の願いは受け入れられない・・・その虚しさから真面に茶に向き合えず、苛立ちも消えない。
そう話すと鷹司会長も苦しそうな表情を見せた。


ここでは紫が話した「自分の本心」というものは伝えなかった。
あきらになら言えたけどこのぐらい歳を重ねた人物に話すような内容だとは思わなかったから・・・決して庇ってやろうと思ったわけじゃない。


「初めてだったんですよ・・・本気で人を愛した事なんてそれまでにはなかったんです。噂で聞いておいででしょうけど、遊んでいた頃には誰かを愛するって事すら考えたことはありませんでした。ただその時が楽しければ良かった。その人との『明日』なんてものも考えたことはありません。
ですが彼女だけは違いました。私は彼女との『明日』だけじゃなく、未来を望みました。時間を掛けて茶を教え、共にこの家で同じ時間を過ごすこと、それを願いました。その時は茶を点てる時、不思議と雑念は消えその世界に没頭出来た・・・とても自分が穏やかになれたんですよ・・・」

「・・・去年辺りですかな?あなたのお茶に変化がございましたな。そういう時期だったのでしょうかね・・・」


「・・・会長。私の考えは甘いのでしょうか。今でも家の繋がりの為に相手を選ばれ、それに従い生きていかねばこの家は守れないのでしょうか。この家に生まれたからにはそれなりの覚悟を・・・そう言われましたが、それは必要なのでしょうか。
自分の気持ちを押し殺してこの先も生きていくこと・・・私にはそれが恐ろしくて堪らないんです」


少しだけ息を吐く音が聞こえて、その後に静かに会長は言葉をくれた。


「お家元のお気持ちはお家元にしか判りません。ですが言えるのはお家元とて人の親・・・心の奥底ではあなたのお幸せを願っていると思いますよ。ただ、それを素直に出せない何かがあるのかもしれません。
そしてあなたのお考え、私は正しいと思います。歴史や伝統を変える事は急には出来ないが、誰かがそれを変えるきっかけを作らなくては変化も始まらない。若宗匠はそのきっかけをお作りになろうとしているのでしょう。素晴らしいと思います」

「・・・変えるきっかけ・・・いえ、自分の気持ちに素直になりたいだけですが」

「それが変わるきっかけです。今までの方はそれすら出来なかったと言うことです。肝心な部分は決して変えることなく、この先の時代に添うような茶道というもので宜しいのではないですかな?
そしてそれをする為に必要な方は・・・今、捜しておられる方なのでしょうね」


ポツンと小さな雨が落ちた。
その曇天を2人で見上げたが、腰を上げることなく言葉は続けられた。


「明日の公表は致し方ない・・・今更中止にも出来ないでしょう。岩代様は少し・・・恐ろしいお方です。笑顔の下に隠された一面がおありです。もうご覧になったでしょうがね・・・。今中止にすれば間違いなく西門には不利な事態が起きるでしょうな」

「ですが、会長!」

「まぁまぁ・・・この前の話でも婚儀は未定でしたな。少し世間は騒がせても婚約解消などよくあること・・・暫く様子を見ることに致しませんか?紫様も岩代様もお家元も・・・この先何か変化があるかもしれません。
若宗匠だけで闘うのも大変だろうと思いますが、何か気になることがあるのなら公表した後でも調べられましょう。『急いては事をし損じる』・・・そう言うでしょう?」


*


鷹司会長の帰りの言葉を思い出していた。

『私はあなたの味方です。次の時代の西門をお任せしているのですからね』・・・そしてある1つの案をくれた。俺は取り敢えずその案を実行する・・・そう決心した。その手配を昨日の夕方には済ませ、頭の中で計画を立てた。


「若宗匠、お時間でございます」

「・・・判った」


廊下から若弟子が俺を呼ぶ声が聞こえ、会見を行うホテルに向かった。




***********************




そこには私が半年以上会いたくて、会いたくて・・・会いたくて仕方なかった人が映っていた。

少し痩せたのかもしれない・・・頬が痩けてるように思える。
でも変わらない髪と瞳・・・黒い紋付き袴なんて初めて見るかもしれない。凄く凜々しくて素敵・・・でも、その隣には深紅の振袖を着た見たこともない綺麗な人が居た。


この人が紫・・・さん?

凄く綺麗な人・・・西門さんと並んだから恐ろしいほどお似合いで溜息が出そう。
白くて透き通るような肌に印象的な赤い口紅・・・この人も黒い髪なんだ。私と違って堂々としてて上品・・・「西門」に似合う正真正銘のお嬢様だ。


バクバクと心臓が早鐘を打つ。
病室だからそこまで暑くもないのに顔の横を汗が流れる・・・背中にも・・・胸にも腕にも。
指の先が震える・・・そしてその指はシーツを手繰り寄せる。

カタカタと歯が鳴ってる?・・・私の目、今何を見てるの?


「牧野、見なくていい!消そう・・・!」

美作さんがそう言ってリモコンに手を伸ばした時、司会者の人の声が聞こえた。


『それでは茶道表千家西門流、西門総二郎さんの婚約記者会見を行います』


一斉にフラッシュが光ったと同時にテレビの画面は真っ暗になった。
私の横には怖い顔をした美作さん・・・彼の手に握られたリモコンが私の視界から彼を消してしまった。





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