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plumeria

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<sideあきら>

総二郎からの電話を切って牧野の部屋に戻ると、やっぱり牧野は楽しそうに鼻歌を歌いながら部屋の掃除のようなことをしていた。そんな事はしなくてもいいのに・・・そう思うけど余りに機嫌良くしてるからそのままにして暫く様子を見ていた。

「あっ、美作さん。あのね、病院でもおやつが出るんだけど食べられないの。よかったら食べない?」
「牧野が食えないもの?そんなの俺にも無理だろ」

「ううん、そうじゃなくて欲しくないの。紅茶なんてないけど向こうの冷蔵庫に何か飲み物が冷えてると思うからどうぞ・・・って、ここ美作さんの特別室だったね。あはは!」
「それだけ元気なら食えそうなのに」

「ううん、要らないの」


医者から手渡された説明書を片手に持って、それを読むフリをしてチラッと横目で見たけど牧野は俺の事を全然気にしていない。まるで自分だけの世界に入っているかのように、まだ痛む腹を押さえながらベッド周りを片付けていた。


『躁状態時
躁状態時は母親は活力に満ちあふれ、初めて赤ちゃんを産んだにもかかわらず自信満々である事が多い。
活動的で長時間話したり、休息も取らず睡眠時間も少ない。食事量も減り子育て以外にもやるべきことが沢山あると感じ、赤ちゃんの世話を疎かにしがちである』

まさに今の牧野って事か?
それ以外にも無計画に買い物をするとか、異常なほど整理整頓をすると書いてあり、この中で上手くいかないことがあると怒り出す、とあった。無計画な買い物・・・全く想像が出来ないけど、本当に牧野がこんな事をするんだろうか。

目の前で機嫌良く動き回る彼女を見て、これが病状であるとは思えないほどだったが・・・。


『鬱状態時
鬱状態時の母親は躁病の母親とはかなり様子が違い、興奮し落ち着きがないこともあるが、深い悲しみに陥り失望に打ち沈み、元気がなくなり自発的でなくなる。
罪悪感を感じたり、自分が邪悪な人間で価値がないという感情にかられることがよくある。また他人が自分のことをそのように見ていると思い込む。食欲不振、睡眠不足は躁状態時より酷く、自殺を考えたり試みたりする危険性も高い』


これは仁美にも当てはまっていたから知識としてはあった。
仁美が日本で手術をして暫く俺と離れていた時、1度本人もよく判らないまま死のうとした事があったから。
すぐに医師に連絡して病状を聞いたがその時は俺に会うことすら拒否した為に帰国しなかった。自分の両親と暮らして落ち着いたのは3ヶ月先だった。

『子供を産んだばかりの母親の場合、死を選択した時に子供を道連れにするケースがあり、現に法律で「産後366日以内に自分の子供を殺した場合、精神的に病んでいる可能性がある」と認められている』・・・そう書いてあってゾッとした。


「美作さん、見て!このお花ね、看護師さんがくれたの。綺麗でしょ?」
「・・・あぁ、そういうのが好きなら今度持ってきてやるよ。うちの庭に沢山咲いてるから」

「嬉しいけど、そんなに長くは入院しないんでしょ?退院はいつかなぁ?」
「退院・・・そうだな、確認しないとな」


退院は暫く見合わせられると、この時俺の口からは言い出せなかった。
それは専門家に任せよう。その方が牧野も落ち着いて聞けるだろうから。


「それじゃ帰るな。出生届け、出しておくからな」
「うん!宜しくお願いします。いつもごめんね、美作さん・・・」

「・・・え?」


最後に聞いた「いつもごめんね、美作さん・・・」、この声だけはいつもの牧野のようだと思った。
瞬間見せた悲しそうな顔・・・それが僅か数秒でパッと明るく変わり、また鼻歌が部屋に響いた。

帰り際には1人で新生児室に向かい、看護師に頼んで硝子窓越しに紫音と花音を見た。
色違いのベビードレスを着て隣に並んで、花音は爆睡してるみたいだ。紫音は小さく口を動かしてる・・・そしてちゃんと足には『牧野つくしBaby』の札がある。


「昨日は母ちゃんに抱かれてたのにな・・・今日は抱っこしてもらってないのか?」

そんな言葉を小さく呟いたら紫音が大きな欠伸をした。ははっ・・・小さい総二郎、元気そうだな。



**



その日の夜、約束通り総二郎に電話をしたが、会って話したいと言うからこの前の店で飲むことにした。


店に入るとマスターが手だけ差し出して総二郎がもう来ていることを教えてくれたから、あの日と同じ部屋に向かった。
そこにはソファーの上に胡座をかくようにして座った総二郎がいて、今日も俺を待たずに先に酒を飲んでいた。

「・・・早かったんだな」
「あきらが遅いんだよ・・・嫁さん、どうなんだ?」

「・・・え?仁美?」
「だって病院だったんだろ?まさか入院させてんの?」

あぁ、そうだった。昼間は仁美が病院に居ることにして話したんだったと、今頃になって思いだした。
今の俺の態度をおかしく思ってないだろうかと総二郎を見たけど、逆にこいつは俺の方を見ていない・・・気が付かれなかったようだから適当に作り話をしておいた。


「大変だな・・・病気ってのは。でも傍には居るからいいよな・・・」
「・・・まぁな。いや、見てる方も辛いけどな。精神的なものは厄介だ。どうしていいか判んないから」

仁美のことを言ってるのか、牧野の事を言ってるのか・・・両方共が精神的なものだから同じか。


「婚約・・・急だったな。何かあったのか?」
「ははっ、遅ぇよ・・・今頃聞くのかよ」

「あの日は美作でドタバタしたんだ、悪かったな。速報は見たんだけどな。それに野点の事も知ってる。お袋があの日の招待客から話を聞いてきたんだ。面倒な事になってないか?」

「・・・そっか」

「話せよ、聞いてやるから」


総二郎は酒を飲みながら野点の日の出来事とその後の宝生家の話を教えてくれた。
宝生紫と岩代の隠居の関係も、この婚約も岩代の隠居が急かしたものであり、家元が言うことを聞かざるを得なかったことも・・・。そして修行に出る話は鷹司という今の後援会長の知恵だと言われた。

いつものこいつの話し方じゃなく、随分ゆっくりと・・・流石に疲れてんだなと、少し痩せてしまった総二郎の顔を見て思った。


「そういう事か・・・そりゃ大変だったな」
「まぁな。ははっ、司と類から交互に電話があって何度も怒鳴られたけど、詳しく話すことが出来なくてさ・・・彼奴らすげぇ怒ってると思うわ。司には暫く会えねぇな・・・類が帰ってきたら殴られるんじゃね?そんな勢いだったからな」

「仕方ないさ。今度時期を見て俺が説明しとくから気にすんな」

「・・・やっぱあきらだ、その言い方」
「そうか?お節介だって言うんだろ?」


「いや・・・今回は有り難いさ・・・」


胡座をかいてる足に深く身体を沈めて項垂れる。こんな総二郎は見たことがなかった。






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