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plumeria

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あす、東京を離れて長野の寺に向かうという日。
自分の茶室で寺に持って行く道具の整理と、置いていく道具の手入れをしていた。

修行として行くのだから持ち物は最低限で、稽古は毎日寺でも行われ、修行僧にも茶道を教えることになっていた。
スマホなどは入った時に寺に預け常時持つことは出来ない。緊急の連絡は総て寺を通す事になっているし、来客は受け付けない・・・手紙は月に1度程度なら許されるがそんなものを送ってくる人間はここには居ない。


僧侶になるわけじゃねぇから修行僧とは多少生活が別けられて自由な時間がある。
その時には特別にパソコン操作が許されて、そこで執筆の仕事とは別に牧野の行き先を調べるつもりだった。

なんの情報もないが西門が手を回しそうな旅館や施設、飲食店や農園、個人商店まで事務所からデータを持ち出しパソコンの中に取り込んだ。
電話が使えないから出来るのはメールでの問い合わせ、しかも俺の名前を伏せるために偽名を使っての調査だ。


それで得られる情報なんてあんのか?って言うのは正直疑問だったが、今はこれしか手段がない。それ以外で期待できるのはあきらからの情報・・・だから今日もあいつに電話だけ入れておいた。


『・・・総二郎?もう行くんだっけ?』
「あぁ、明日家を出るわ。あきら、今何処だよ」

『会社に決まってんだろ?どうする?最後に飲みに行くか?』
「最後って・・・戻って来るっての!ってか、今日は夕方後援会長とかが集まっての飯なんだよな・・・面倒くせぇだろ?」

『ははっ!そりゃ仕方ないだろうな。お前、次の手術が予定されてる1年先まで帰るつもりないんだろ?』
「まぁな。出来るだけ引き延ばしてやる。そんな事で紫が出ていくのかどうか判んねぇけど」


そしてあきらにはこの前のことをもう1度伝えて、何か判ったらメールで知らせて欲しいと頼んだ。
「あぁ、判ってる」って静かなあきらの返事にはやっぱり少し違和感を感じるけど、今はこいつしか頼る人間はいないから。


「あきら、嫁さんどうだ?」
『仁美?・・・相変わらずって感じだな。時々自分の選択が間違ってたのかと思うこともある・・・あれだけ毎日落ち込んでるのを見るとな』

「・・・だろうな。あいつも・・・何処かで泣いてんのかな」
『そりゃそうだろう。強そうに見せてるだけで本当は弱いんだから・・・大丈夫って言う言葉を口にする度に不安になるよな・・・』


・・・まるでそこに牧野が居るみたいな話し方じゃね?
確かにあいつの口癖は「大丈夫!」だったけど、それを口にする度にって・・・そんなのあきらが聞いたことがあるのか?


「あきら、何か知ってることあるのか?」
『え?牧野の事か?・・・いや、知るわけ無いだろう。あいつが居なくなったのは俺が日本に居ない時なんだから』

「・・・そうだよな。悪い、変な言い方した」


「じゃ、またな!」なんて昔と変わらない電話の切り方だったけど、何処か余所余所しいあきらの話し方が気になっていた。

その事で暫く考え事をしていた俺は、膝の上に茶巾で拭きかけの茶碗を持ったままぼーっとしていたようだ。気が付いたら誰かが廊下から俺を呼んでいて、ハッとその声に気が付いたが・・・もう1度聞こえたその声は紫だった。

「総二郎様、お忙しいところ申し訳ございません。少し宜しいでしょうか」
「・・・なんだ?」

「先日お話ししましたけれど、宝生から寄越してもらった私付きの使用人、薫が来ておりますの。ひと言ご挨拶をと言うものですから」
「薫?あぁ、宝生家で案内をしてくれた人か」

「そうです。薫・・・こちらへ」


やはり薫と言う女性には何か特別な感情があるんだろうか、紫はまるで妹を見るかのような優しい表情で薫を呼んだ。

「失礼致します」と細い声で俺の前に出てきて綺麗な所作でお辞儀をする・・・余程きちんと躾けられたのか、着物も着熟していて使用人にしては品が有るし美しかった。
一瞬紫よりもこっちの方に目が行く・・・そのぐらい薫は穏やかで柔らかい印象だ。


「ふふふ、やはり総二郎様も薫の姿には驚かれたようですよ?さぁ、ご挨拶なさい」
「紫様・・・!またそのようなご冗談を。お嬢様の横ですから幼く見えるだけでございます!それに以前もお会いしてますが、その時は洋服でしたから雰囲気が違っただけですよ・・・」

今度は薫の姿よりも紫が微笑んだ事の方に驚いた。
いつもの俺を惑わすような妖しい笑みじゃない。俺には滅多に触れようとしないその手が薫の背中を支えていたのにも主従の関係を超えた何かを感じた。


「大変失礼致しました。宝生家でずっと紫様付きをしておりました舘森薫と申します。この度、若宗匠のお留守の間も紫様がこちらにお住まいになるという事でしたので、お世話の為に参りました。お留守の間、しっかりと紫様をお支えしますのでどうぞご安心くださいませ」

「・・・あんた、その若さで主家の娘付きってのは代々宝生家に仕えた家柄の人?」

「いえ、あの・・・父が宝生様のお屋敷で調理場を任されておりまして、住まいをお屋敷の中にいただいておりました。ですから幼い頃からお嬢様のお相手をしておりまして、そのまま側付きとなったのです。家柄なんてそんなもの全然・・・」

「そうか・・・ま、俺が不在の間はあんたに任せる。無理までしてこの家に住まなくてもいいから耐えられなくなったら2人で宝生に戻ってもいいからな」

「・・・はい?」
「総二郎様、そのような事を薫に言うのはお止めくださいませ。何も知らないのですから」

「・・・判った。俺はまだ支度があるから出て行ってくれ」



この日の夜は主な後援会幹部が顔を揃え、暫く酒も飲めない俺のためだと言ってまるで宴会のような騒ぎよう。
勿論宗家は孝三郎まで呼ばれて紫も俺の隣に同席、宝生の両親と事務長や茶道会館の館長も並び、当然鷹司会長も来ていた。

俺は誰とも深い話などはせずに挨拶程度・・・時々目が合う鷹司会長と苦笑いしか出来なかった。

「照れておられるのかな?」なんて巫山戯た事を言う酔っ払いは完全無視。紫とも言葉を交わすことなどしなかった。それは紫も同じ事、俺の方に顔も向けずに自分の前に来る客にだけ頭を下げていた。


そんなクソ面白くもない宴会が終わり、自室に戻ってベッドに寝っ転がった。

次にここで寝るのはいつだ?その時には少し変化が出ているんだろうか・・・俺にも牧野にも。
その距離が縮まってんのかな・・・まさか、今よりも離れるって事はねぇよな?

まだ遠くで騒いでる連中の声聞きながら目を閉じた。



どうしても消えない不安・・・絶対に取り戻したい過去の自分。
もしかしたらただ逃げてるんじゃね?って聞いてくるもう1人の俺・・・俺の横で笑うのは牧野以外はいねぇんだよ!と藻掻く俺。

牧野に繋がってる糸がまるで細い蜘蛛の糸のように思える。
だが、絶対にそれを離さずに見付けてやる・・・その文句を頭の中で繰り返しながら朝が来るのを待った。



**



「それでは行って参ります。留守の間、ご迷惑かけますが宜しくお願い致します」

次の日の朝早く、長野に向かう車の前で両親と志乃さん、紫に薫が顔を揃える中頭を下げた。
親父からはひと言も無く、お袋からは「身体に気をつけるのですよ」・・・ここは流石に母親だからなのか泣きそうな顔を見せていた。


「お帰りまで怪我も病気もしませんように・・・お寺に行かれるので八幡様のお守りはお渡しできないと思いまして私が作りましたの。余り御利益は期待できませんけど気休め程度に・・・はい」

「・・・ありがとう、志乃さん」

志乃さんが出してくれたのは常盤緑の布を丁寧に縫い合わせ、「御守」と手刺繍で描かれているものだった。それを両手で受け取り胸ポケットに入れた。


「行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしていますわ」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」

紫と薫が同時にそんな言葉を出し頭を下げる・・・それには「行ってくる」としか言葉は出せなかった。

車は静かに本邸を出て、俺は家族が見送っているのに1度も振り返らなかった。



**



「このような山奥にようお越しなされました。心静かに精神を鍛えられますよう、他の修行僧と共に精進なさいませ」

「お世話になります。少々身体に不自由な部分がございますが、自らを鍛え直すため修行に励みたいと思っております」

何処から出てくる言葉だか・・・自分でも苦笑したが住職に挨拶を済ませ事務的な処理を終わらせた。
俺に与えられた部屋は普通の修行僧とは違う場所に有り、1人の時間が持てるようになっていた。


本当に何もない簡素な8畳ほどの部屋。

そこにあるのは座卓と小さな箪笥ぐらいで、勿論ベッドであるわけがない。一組の布団が押し入れに用意されていた。
自宅から持ってきてここに置くものは茶道具と写経のための書道の一式、僅かな着替えとパソコン・・・こんな山奥で本当に使えるのかと不安になったが、流石最近は寺でもパソコンを使うんだろうな・・・ちゃんとネット環境には繋がった。



蝉が五月蠅いクソ暑い夏に寺に入り、都会よりも一足早い秋はすぐにやってきた。
やはり早めに来た凍えそうな冬は長く、都会では当たり前のクリスマスソングなんて聴くこともなく、新年でさえ1人でそこで迎えた。

そのうち寺の梅が香ったかと思えば山桜が優しい色を見せ始めた。
それが全部散り終えると新緑が山を覆った。


その間、修行と稽古をしながら牧野を捜したが、何1つ情報を得られなかった。



そうしてこの寺に来て1年近くが経ち、病院からの連絡で最後の手術を受けることが決まったのは東京が梅雨明けした日だった。




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