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plumeria

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<sideあきら>

「ほぎゃあぁっ!ほぎゃぁーっ!」
「牧野さん、ほら、赤ちゃんが泣いてるわよ?抱っこしてあげて?」

「・・・・・・」

「つくしちゃん、紫音君抱っこしてみる?私が花音ちゃんを抱っこするわよ?」
「牧野、抱いてみないか?」

「・・・・・・」


本当ならもう退院して鎌倉に戻れるはずだった7月の終わり、また医者から呼び出されてお袋と一緒に病院に来ていた。

牧野の症状はあれからも変わらず、と言うかむしろ酷くなり赤ん坊を世話する事がなかった。
驚くほどハイテンションで機嫌良く看護師に話しかけたかと思うと次の日にはひと言も喋らない、そんな状態がずっと続いて「統合失調症」と判断せざるを得ないと言われた。

幻覚や幻聴と言う症状は出てないらしいが、今後は出るかもしれない。効果があるとされた薬を飲んでも、牧野の場合はなかなかその効果が表れなかった。


「毎日がこうではないんです。何度か泣きながら抱っこして離さない時もありました。今は完全ミルクですから赤ちゃんはちゃんと大きくなってるし健康上の問題はないんですけどねぇ・・・」

「離さない?その時は正気なんですか?」

「正気かどうかと言われれば判らないんです。牧野さんが泣きながらの時もあれば、赤ちゃんが苦しがって泣いてても2人を抱きかかえて無表情の時もありましたしね。私達が赤ちゃんを受け取ろうとすると睨んだり、新生児室の前で踞って誰かに謝っていたり、見ている方が辛い時もありましてね・・・」


牧野が動きそうになかったから看護師は紫音と花音を新生児室に連れて行った。
面会が終わったら、また医者から話があると・・・それに頷いてお袋とこの部屋のソファーに座り、ぼーっと外を眺めたままの牧野を見ていた。

俺達の声が聞こえているかどうかは判らない。でも今の牧野が演技でこんな事をしているとは思えなかった。
多分・・・今は心が何処かを彷徨ってるんだろう。あいつの姿を捜して・・・。


「可哀想に・・・つくしちゃん、やっぱりショックだったのね。強がっていただけで待ってたのよね・・・総二郎君のこと。つくしちゃんが嫌がっても教えてあげたら良かったのかしら」

「今更だ。だからってこの時点で総二郎に話していいかは判らないな。とにかく牧野がこれ以上壊れないように見守ることしか出来ない・・・総二郎、そろそろ寺籠りに入るからさ」

「そう・・・あの子も自分の家に逆らうのに必死よね。なんか腹が立つわ!西門さえつくしちゃんを受け入れてくれたら全部が丸く収ったのに!ここに西門の孫が居るのよ?美和子さんに言ってやろうかしら!」

「お袋が騒いでどうすんだよ。よく考えて見ろ、牧野がこの状態なのに、もし双子の事を西門が知ったらこいつと引き離すぞ?そうなったら牧野が回復しても子供が居ない、そういう事も有り得るんだからな」

「その時は総二郎君がつくしちゃんを守ればいいじゃない!何処がいけないの?」

「お袋の言うことは正解。だけど理想論だ。現実には総二郎の相手は自分の家と宝生と岩代・・・こいつらの力を甘くみていたら牧野だけじゃなく総二郎も潰されるかもしれないんだ」


牧野の夢は総二郎が西門を継いでいくこと・・・茶の世界に留まらせるために自分から出て行ったんだ。

今はこんな調子でも必ず元に戻る時が来る。
自分の心が閉ざされていたとしても、その間に総二郎が茶道を捨てたり、子供が自分の元から引き離されたりとかがあったら・・・それを知ったらもう2度とこいつの心は昔のような光を灯さなくなる、そんな気がする。


総二郎に伝えればすぐにでも西門を捨ててここに来るだろう。

そうしたら動き出すのはお袋にも話した三家。牧野が姿を消そうが近づかないのなら西門は捜したりはしない・・・でも、総二郎ならどんな手を使っても捜すはずだ。
そして最悪は引き裂かれた場合・・・牧野だけじゃなく総二郎のダメージも相当なものだ。普段から強がって勝ち気で隙なんて見せないようにしてるけど、本当は脆い部分があるからな。

崩れ始めるとマジで怖い。
自分にとって牧野は必要不可欠な存在だと気付いた・・・そいつを完全に失ったと思った瞬間、あいつまで自分を追い込みそうだ。
それに紫の目的が家元夫人の座だけなら総二郎が精神的にヤられたのを良しとして医学的に跡取りを作るかも・・・そして後継者を産んだ後に・・・


「あきら君?どうしたの?」

「・・・は?あぁ、悪い。ダメだな・・・悪い方に考えていたらどんどん最悪を想像してた。赤ん坊が居るんだから前を向かなきゃな」

「そうね、お医者様のところに行きましょうか。つくしちゃん、あなたが考え事してる間に寝ちゃったわ」


お袋の言葉でベッドを見たら牧野は布団の中に入ってスゥスゥと寝息をたてていた。
側まで行くとあどけない顔して・・・ホントに母親になったのが信じられないような幼い顔のまま寝ていた。


**


「え?・・・子供を・・・ですか?」

「はい。このままずっと入院というわけにもいきません。ここよりも普通の生活の中で自分を取り戻していくというのも有効な治療法です。本人が危ない行為をするようなら別ですがね・・・。
ですがこれまで見てきましたが、やはり牧野さんは子供を育てていけるだけの精神状態ではありません。このままでは24時間監視の下で同室に置いてもいいでしょうが、何かがあってからでは遅いと判断します。何方か他の方が養育される事をお薦めします」

医者の言葉は牧野と子供を離す、と言うものだったがある程度は覚悟していた。

牧野の様子を見ていたらそれも仕方ない・・・それほど以前の牧野とは違っているのだから。


「・・・どなたもいないと言われれば児童養護施設という手段もあります。お母さんの精神状態が落ち着けば自宅に戻ることも出来ますから。本来は1歳からですが、牧野さんのお子さんの場合は乳児院に1度入所し・・・」

「いや、それはしませんから説明は不要です」
「あきら君?」

「お袋、後で話すから。先生、それでは牧野は病院を出て家に戻してもいいんですね?」

「は?え、えぇ、本当ならもう退院していますからね。それは大丈夫ですが・・・」

「判りました。それでは退院の手続きを進めてください。後は美作でケアしますから」


医者の話はそこまでにしてお袋を連れて特別室の横にある談話室に向かった。
看護師が気を遣って珈琲なんて持ってきて、それを飲みながら窓から真夏の街を眺めていた。


「あきら君・・・双子ちゃんをどうするの?あなた、まさか・・・」

「あぁ、もう判ってるんだろ?あの子達は俺が引き取るよ」

「何を言ってるの!あきら君、仁美さんになんて言う気なの!いくら親友の子供でも仁美さんには他人の子なのよ?!」

「それも判ってる。でも仁美にとってもあの子達が救いにならないかって思ってる。仁美にしたってこのままだと立ち直れない・・・いや、彼女にちゃんと聞いてからにするけど、仁美が受け入れてくれたら紫音と花音は美作で育ててやる。お袋・・・協力してくれないか?」


「そんなの・・・協力は幾らでもするわ。でもそれは皆が幸せになるならよ・・・引き裂かれるのに協力なんて出来ないわよ」


お袋はそう言って顔を覆って泣いた。

「引き裂かれるのに協力か・・・そうじゃなくて、あいつらがこの先に同じ場所に立つための協力なんだ」

「同じ場所?」

「4人で同じ場所に住めるようになった時・・・それがどのぐらい先か判らないけど、双子にはこの世界で通用するような育て方をしてやりたい。西門に戻る日が来た時に困らないように色んなことを教えてやりたい。そう思っての事だよ」

「あきら君・・・でも、それだとあなた達が辛いじゃないの!そんなの私が嫌だわ・・・可愛くなった時には手元から居なくなるかもしれないって言うの?」

「そうかもな・・・でも、その頃には仁美が前向きになってて、海外での代理出産を考えてくれるかもしれない。今は仁美の心が俺とは違う方向を見てるからそんな話が出来ないけどね。それを双子が繋いでくれないかなって思ってるよ」



沢山の問題はあるかもしれない。
子供達が美作を自分の家だと認識するまで時間が掛かったらどうする?
公にしていない子供が屋敷に居ることが世間に知れ渡ったらどう説明する?


何より双子の心を傷付けたら・・・その時にはどうしたらいいかなんて今の俺には考えられないけど、それでもあの子達を知らない場所に置くことなんて選択できなかった。



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