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<sideあきら>

お袋と話合いをした後に病室に戻ったら牧野の姿がなかった。
それに慌てて看護師に聞いたら新生児室に向かったと・・・今はちゃんと看護師に付き添われて行ったから大丈夫だと言われ、俺達もそこに向かった。

少し離れた所から看護師が見守る中、牧野はそこの廊下に立っていた。

母親なのに中に入らずに硝子窓から自分の子供を見ている。
泣いてはいないが今にもその目から涙が落ちそうな気がしてお袋と目を合わせた。そして付き添っていた看護師に「ちゃんと病室に帰すから」と伝えて、そこには3人だけになった。


「牧野・・・中に入って抱いてやればいいのに。母ちゃんのこと、待ってるぞ?」
「・・・美作さん、大丈夫・・・ここからで」

お袋が驚いた顔をして俺の袖口を掴んだ。
牧野が正気だったから・・・さっきまでの虚ろな目じゃなくてちゃんと自分の目で子供を見てるって判ったから。それならって事で牧野の背中に向かってさっき話した事を伝えることにした。

お袋は1度止めようとしたけど次にいつ牧野が正気になるか判らない・・・牧野の意識がはっきりしている時、きちんと聞いておきたいと思ったからお袋の制止を振り払った。


「牧野・・・話があるんだ。そのままでもいいから聞いてくれるか?それか病室に戻ろうか?」

「ここでいいよ。この子達のことでしょう?・・・うん、私がおかしいんだよね・・・それも判ってるの」

「・・・自分のしてることが判ってるのか?いや、責めてるんじゃないんだ。それは心の病気だからお前がわざとそうしてるだなんて思ってない。だけどこのままにもしておけないんだ。紫音と花音はこれからも大事に育ててやらなきゃいけない。牧野は自分の病気を治していかなきゃいけないからな」

「・・・うん。そう・・・だよね」

「牧野の心が元通りになる時期なんて正直誰にも判らない。そっちが早いのか双子の成長が早いのかなんて誰にも判らない・・・言ってる意味が判るか?」

「判るよ。美作さんの言ってることは判る・・・」


その時、牧野がクスッと笑った。
どうしたのかと思ったら紫音が凄く高く足を上げて変なポーズをとってるんだ。それが愛おしくて笑ったようだった。

その時だけは母親の顔・・・総二郎のニュースを見る前の新米ママの笑顔だ。


「美作さん、おば様・・・部屋に戻ります」

牧野の方からそう言ってきた。
3人でもう1度双子の顔を見て「よく寝てるね」と言ったのはお袋で、「おやすみ」と声を掛けたのは牧野・・・その手が硝子窓から離れる時、牧野の睫は濡れていた。


病室に戻るとベッドには向かわずに俺とお袋を前にして、応接用のソファーに牧野も座っていた。
目線は下向きだったがちゃんと意識はある。さっきの続きの話を言わなきゃいけなかったけど、意外にも牧野の方からその言葉が出た。

「あの子達・・・今の私じゃ育てられないって・・・そういう事でしょ?」

「・・・つくしちゃん、あのね」
「はっきり言えばそういう事だ」
「あきら君!」

「いいんです、おば様・・・話を続けて、美作さん」

優しい言葉を選んでも結果は同じだ。牧野を追い詰めるつもりは全然無いけど、正気であるなら正しく現状を伝えて牧野の気持ちを確かめないといけない。
俺だって凄く胸が痛かった・・・だけど、その感情を押し殺して医者の言葉を牧野に伝えた。

そして俺の考えを・・・双子を預かりたいと申し出た。


「何度も言うけどお前達の子供を奪う気で言ってるんじゃない。牧野が病気を治して、双子と向き合えるようになったら一緒に暮らせるように手配する。たとえそれが何年掛かってもそうしてやるから」

「・・・ありがとう。でもさ、何年も掛かったとしたらだよ?その時お母さんは美作さんの奥さんでお父さんは美作さんだって思ってるわけでしょ?急にこの人がお母さんだよって・・・そんなの可哀想だよね」

「そんなの乳児園だろうが児童養護施設だろうが同じだろう。それに長引かなければ子供達の記憶に残る前にお前の手元に帰るかもしれない。それは今考えても仕方のないことだ」

「長引いたら?それこそ多感な時にそんな事実を知ったら傷つくんじゃないかしらね・・・」

「そうかもしれないけど・・・」


なんて悲しそうな笑顔・・・こんな話をしてるのに牧野はほんの少し笑っていた。いや、笑ってるように見える泣き顔なのかもしれないけど。


「あの日からね・・・自分でも気が付かないうちに夢の中を彷徨ってるような気分になることがあって、そうしたら何も考えなくなるの。そこにあの子達が来てるって判ってても心が余所見するの・・・見ちゃいけないよって。
でも、本当は見たいし抱きたいの・・・凄く、凄く抱きたいの。抱き締めて離したくないの。でも・・・手が出ないのよね・・・」

小さな声で自分の事を話し出した。
こんな事もあるのかどうか、医学的な事は判らなかったけど牧野は自分の行動をちゃんと判ってるようだった。


「夢を見ちゃうの・・・あの子達を見てると夢を見ちゃうの」

「・・・どんな夢?」

「4人で笑ってる夢・・・私、結局諦めてなんかなかったのよ。産まれてくれれば自分の夢が叶うと思ってたみたい・・・親子4人で暮らせることを心の底ではずっと考えていたんだと思うの。馬鹿でしょ・・・自分に嘘ついてたんだよ」

「その夢を捨てるのか?まだ判んないだろ?」


小さく頭を振るだけで返事は出さなかった。
そして初めて顔を上げて、俺とお袋の顔を真っ正面から見つめてきた。凄く真剣な・・・今度はドキッとするほど真剣な目をしていたから俺達も思わず姿勢を正したほどだ。


「お言葉に甘えていいですか?あの子達・・・お願いしてもいいですか?私はこの先の自分にまだ自信が持てないからいつまでなんて言えないんです。でも・・・でもあの子達だけは幸せになってもらいたいんです。美作家の子供として・・・育てていただけますか?」

「・・・つくしちゃん?それはどういう意味で言ってるの?」
「預かるって事だろ?そうだよな?」

「ううん・・・養子として、なの。牧野じゃなくて美作で・・・それは出来ませんか?お願いします・・・お願いします!お願い・・・!」
「牧野、もういいから落ち着け!」

「お願いします!おば様・・・助けてください、あの子達を幸せにしたいんです!お願いっ・・・!!」
「つくしちゃん!!お医者様を呼んでくるわ!」

急に興奮状態になった牧野はソファーの前に倒れ込むようにして俺達に頭を下げ、身体を震わせて叫び続けた。
そして駆けつけた医者に鎮静剤を打たれてベッドに寝かされ、すぐにまた深い眠りについた。



お袋が驚きの余り立ち尽くし、俺も養子までは考えていなかったから唖然とした。
流石にそれは俺の一存では決められない・・・それこそ親父も仁美もその両親も含めて全員の了解を得ないと無理だ。そんな事を考えている時に総二郎から電話が入った。

そう言えば月が変わる頃に寺に行くって言ってたっけ・・・その電話を病室の奥にあるゲストルームで取った。


「・・・総二郎?もう行くんだっけ?」
『あぁ、明日家を出るわ。あきら、今何処だよ』

「会社に決まってんだろ?どうする?飲みに行くか?」

牧野の病院だなんて言えない・・・何度目かの嘘に自分でも悔しくて情けなくて片手ではスマホを耳に当てていたが、もう片方の手は拳をつくってそこの壁を思いっきり殴りつけた。
指の付け根に血が滲む・・・その傷みよりも胸の中が焼け付くように苦しかった。

総二郎からは自分が寺に行ってる間にも調査して欲しいことをもう1度言われたが、そんな言葉はすぐに何処かに消え去った。最後に「あぁ、判った」と軽く答えただけ・・・勘付かれなかったかと気にする余裕すらなかった。


『あきら、何か知ってることあるのか?』
「え?牧野の事か?・・・いや、知るわけ無いだろう。居なくなったのは俺が日本に居ない時なんだから」

『・・・そうだよな。悪い、変な言い方した』


総二郎との電話はここで終わった。



**



1週間後、牧野は再び躁鬱を繰り返してはいたが興奮して暴れるようなこともなかったから退院して鎌倉の別荘に戻った。
身の回りの世話はこれまでと同じく小夜に頼んで、病院にはカウンセリングのため定期的に通うことで心身の回復を待つことにした。

美作ではその間に協議が行われ、何度も話し合った結果、仁美も了解して双子を引き取る事になった。
弁護士に手続きを依頼し、牧野から美作へ「特別養子縁組」という形を取った。ただし世間的にはあえて公表しない。
仁美の詳しい病状も公にはしていなかったから、そのうち自然と知れ渡ればそれでもいい。


そうやって季節はどんどん移っていって牧野の様子は良くなったり悪くなったりを繰り返すだけであまり変化はなかった。
ただ小夜の話だと1度も子供の事を口にはしなかったと・・・だけど、正気に戻っていると思われる時間には窓から海を眺めて1人で泣いていることもあると聞いた。


総二郎に頼まれた事のうち、岩代や宝生についてだけ時間がある時に調べて、当然牧野の事については何も話さなかった。


初めて寝返りを打ったとき、初めてハイハイしたとき、初めて言葉っぽいことを言ったとき、その総てを牧野は知らない。
ベビーカーに座って秋桜を見ている2人、クリスマスツリーに興奮した2人、小さな手で雪を奪い合った2人、その総てを総二郎も知らない。

桜が散る頃には紫音が掴まり立ちをするようになった。
紫陽花が綺麗に咲いている頃、花音も同じ事が出来るようになった。


そして1年が過ぎた。
7月7日、紫音と花音の1歳の誕生日・・・それは美作の屋敷の中だけで盛大に祝ってやった。


総二郎に良く似た双子が笑う・・・それは嬉しいと思うと同時に悲しさを誘うものだった。




<第一章 別離 終>

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明日から<第二章 再会>をお届け致します。

このお話で拍手コメントを沢山いただきました。本当にありがとうございます。
尚、第二章につきましても記事コメントは閉じさせていただきます。

長編になりますし、辛い部分が多くて申し訳ないのですが、自分で思い描いたように最後まで書きたいと思っています。
どうぞご理解くださいませ。


2019年2月17日 plumeria
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