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plumeria

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~1年後~


牧野について、なんの情報も得ることが出来ないまま修行が終わった。

病院からの催促・・・骨が完全に出来たから中の金属を取り出さないといけない。先に延ばしたら骨が硬くなりすぎて取り出せなくなるから、早めに手術を受けるようにと毎日のようにメールが来た。
住職からもその方が優先だと言われ、預けていた荷物を返された。

僧侶になるわけではないのだから・・・そう言われたら仕方ない。
まだ梅雨明けしていない7月の初め、小雨の降る中で西門からの迎えの車に乗り込んだ。


**


門前に車が着くと出迎えてくれたのは志乃さんと古弟子だけ。聞けば親父とお袋は古くからの後援会幹部の家で葬儀が行われるために群馬まで出掛けているとか。

それはそれでホッとする・・・顔を見た早々寺籠りの報告なんてしたくもなかった。


「お帰りなさいませ、総二郎様。長いことお疲れ様でございました」
「・・・ただいま、志乃さん。元気だった?」

「はい。ありがとうございます。皆様も変わりなくお元気でいらっしゃいます」
「・・・そう。それは良かった。俺も御守のおかげで風邪ひとつ引かなかったよ」

「くすっ、そうですか?それは宜しゅうございました」


何1つ変わってはいないと言う自宅は俺が居ない間も冷えきった空気のままだったのか、門をくぐって中に入るなり肌を刺すような張り詰めた風を感じた。

そして玄関には紫が待っている・・・その横にはあの薫と言う使用人の姿もあった。
お袋や志乃さんが生けたとは思えない少し洋風な雰囲気の花が正面を飾り、俺が知らない掛け物がある。こいつの意見が少しずつこの家に取り込まれているような気がして嫌な気分だ。

婚約者と言うだけで「西門」の人間でもないのに・・・これまで紫の事は思い出したりもしなかったから急にムッとしてしまった。
それでもこいつの方は如何にもこの家の人間だと言わんばかりに堂々と、まるでここが実家であるかのように出迎えの挨拶をした。

「お帰りをお待ちしておりました、総二郎様。1年間の修行、大変でございましたでしょう?」
「お帰りなさいませ」

薄物の着物を着て美しい所作でお辞儀をする。
驚いたのは紫の表情が前よりも穏やかだったことだった。別に俺に向けてる訳じゃないんだろうが何処か柔らかい、優しい顔をしていて、以前の能面のような冷たい微笑みじゃなかった。

だからといって受け入れる気なんて全然ねぇけど。


「お疲れでございましょう。すぐに入れるようにお湯の準備をしておりますけど如何ですか?」
「いや、自分の部屋のシャワーで済ませる。俺の事なら今後も世話なんて焼かなくていいから」

「・・・畏まりました」

この質問そのものが紫の変化だ。1年前ならこんな言葉すらなかっただろう。
何がこいつを変えたのか・・・それは薫の存在だろうとは思うが、そこまで使用人で変わるものなのか?俺には紫の心の中が一層判んなくなって、後ろからついて歩いてくるのにもゾッとした。

「茅野市にある御射鹿池ってどの季節に行っても素晴らしい景色が見られるそうですよ?でもそこに行くまでが大変なんですって。秋にはカラマツが黄金色になって、それが池に映って見事らしいですわ。湖底に酸性水を好むチャツボミゴケって言うのが居るから湖面に景色が綺麗に映るんですって」

「まぁ、そうなの?薫はよく知ってるのねぇ」
「紫様の方が博識じゃないですか!私はたまたま昨日それを調べただけですから・・・」


・・・この楽しそうな会話はなんなんだ?


**


自分の部屋に戻って久しぶりにベッドに倒れ込んだ。
誰も入ってないのか俺が出た時と何も変わっていない・・・この家でここだけが自由に息が出来る場所、そう思って目を閉じた。


この1年間、毎日のように牧野が行きそうな所にメールを送った。

それこそ北海道から沖縄まで・・・コピーして持ち出した西門のデータの中の施設を、可能性が高いと思ったものから順に当たった。でも、返事が返ってくるのは僅かで、牧野らしい人物が働いていたり住んでいたりとかの情報はなかった。
ホテルや旅館、観光施設、農園、こいつらが有力だと思ったが、むしろ個人経営の小さな店から捜した方が良かったのか・・・ここに戻ってから悩んでも仕方ないが余りにも膨大な件数だった。

日数的にも僅かな間に移動したんだ・・・それなりの規模が有る施設じゃないと受入体勢が整わないと思ったのに。


寺の修行は午前中の読経、写経、座禅、それに時間に関係なく行われる清掃作業。
俺はそれを終わらせたら自らの茶の稽古、住職から依頼があった時には僧侶への指導をするだけだったから、それ以外は全部仕事だと言ってパソコンを叩き続けた。

全部が空振りに終わっても、何処からも返事がなくても・・・何度投げ出したくなったか判んねぇけど、牧野が何処かで泣いてる気がして捜し続けた。


あきらからは何度かメールが来たが、牧野の事ではなく岩代と宝生の事だった。


『岩代の隠居の所にこの10年ぐらい、中国の業者が頻繁に出入りしてる。少し前まで隠居が直接中国に出向いたこともあるようだ』
『焼き物業者か?中国には現存する天目茶碗はないはずだけどな』

『それは判らないが浙江省に出向いてる。そこって所謂茶碗の産地だろう?それと宝生の先代が骨董好きなのは有名だったようだな。こっちはしょっちゅう京都に出向いてる。そこで何度も茶碗を求めてるのを知ってる人間が居たよ。ただ、何度か西門の家元と来てたって言うからお前の爺さんじゃないのか?』

『うちの先代が宝生と?・・・そうか、ありがとう、あきら』



・・・先代が宝生と何らかの繋がりがあるとは勘付いてるが、誰に聞いても詳しくは知らないと言っていた。
それなのに度々京都で会っていた?何のために・・・どんな話をしていたんだろう。

それが茶碗の事だけではないような気がしてずっと引っ掛かっていた。



司と類からも何度かメールが来た。

どっちも同じような内容で「詳しい事はあきらから聞いたけど、それで牧野を見付けることを諦めたのか」とか、「どうして断わらなかったのか」とか・・・「事情は判るが」って言葉を付けておきながら、怒りを爆発させたような文章だった。

それに対しての返事は出来なかった。
あいつらも返事の催促なんてしてこなかった。

「そういう家」に生まれたって事を、嫌って程判ってるのは俺達だから。


・・・結局何1つ判らなかった。
ただ、この間に結婚が行われなかったって言うだけ・・・紫の婚約者としての立場が安定しただけだ。



この日には親父達が居なかったから何もせず、次の日の夜には俺が出ていった時のような宴会が始まった。
皆が口々に「これで漸く・・・」なんて言い出すのには返事もせず、幾分穏やかになったとは言え紫とも話なんてしなかった。

流石にこの席には薫はいない。
そうなると紫の表情は1年前と何も変わらなかった。

寺の暮らしはどうだったかとか、冬は寒くなかったのかとか、身体を壊さなかったのかとか、そういう俺自身の事については今でも興味なんてないのだろう。
自分が家元夫人になるために必要な男、その程度でお互いの距離なんて縮まるわけもなかった。


「どうですか、若宗匠。1年ぶりの婚約者殿は美しく見えるでしょうなぁ!」

・・・何処の何奴か知らねぇが、そんな質問を大声でしやがった。

「彼女は初めて会った時から変わらずに美しいですよ。おそらく心の内も変わっていないのでしょうけど」

「・・・・・・はい?」


判らないだろうからそのまま黙って消え失せろ!
そう思ってジロッと睨むと其奴はそそくさと何処かに消えて行った。勿論紫は顔色1つ変えない。むしろこの方がホッとする・・・こいつの穏やかな顔からは恐怖しか感じなかった。

親父やお袋も上辺だけの笑顔で「これで一安心」と上機嫌で酒を飲んでいるが、俺へのひと言はない・・・そんなものだ。
修行云々についての質問も成果の程も聞きはしない。

すぐ近くに居る鷹司会長だけが「後日2人でだけで話しましょうか・・・」と穏やかに言ってくれたのを嬉しく思った。



翌日には病院に入院。
その次の日には最後の手術を受けることが決まっていた。





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