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plumeria

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鷹司会長を前に正直に話しすぎたのかもしれない。
もう、こうなったら茶道家として役に立たないと言われた方が気が楽・・・そうなれば次期家元と言う立場を降ろされて、孝三郎が次に選ばれればいい。

時々浮かんでしまう、自分の心とは裏腹の感情をついポロッと漏らしてしまった。それを聞いた鷹司会長はそれまでに見せていた穏やかな表情を一変させ、珍しく険しい目を俺に向けた。


「それは若宗匠が追い求める方の喜ばれる道ですか?」
「・・・え?」

「若宗匠が捜し求められているお方は、そのような生き方をお望みでしょうか?もしそうなら、私は何もお手伝いもお支えも出来ませんが」

「会長、それは・・・」


いや、牧野はそんな事は望まないだろう。
あいつは俺の茶が好きだと言った。だから大学でも茶道部なんてのに入って、自らも真剣に稽古していた。それは少しでも俺の世界に近づきたかったから・・・そんな事を言っていた。

俺もあいつに茶を教える時は真剣でもあり、それ以上に楽しかった。
あの空気が好きだった・・・静かに俺の茶を飲む牧野の姿は今でもはっきり思い出せる。本当に美しかった・・・。

2人で作り上げるあの茶室での時間は俺の宝だった・・・いや、この先もそうでありたいと思ってる。


「確かにご自分の願った結果は出なかったかもしれません。それでも真実の心は強まった・・・それなのに戻って来たら総てを捨てると言われますか?それではこの先にも何も希望は持てますまい。私はその程度のお方なら次の家元になどならなくて良いと考えます。その程度ならね・・・」

「・・・いえ、情けない言葉を出して申し訳ありませんでした。会長の言われる通り、彼女は私が茶道家で有り続けることを1番に考えてくれる人でした。それを裏切ってはいけないのでしょうね・・・。
でも必ず宝生との話は進んできます。そうなったら今度はもう逃げ道が無いのですよ?」

「逃げ道がない・・・逃げることなど勧めてはおりません。自分の心に正直になり信念を貫きなさいと申しているのです。どういう状況であれ己を強く信じること、そうでないと大事なものを見失います」

「いや、そんなに簡単なことではないでしょう?妻という存在が出来てしまえば身動きが取れません。そうなった後で彼女が見付かってもその立場は・・・」


「このような事、本来申し上げるのは良くないことでしょうがね・・・万が一結婚されても、それでもやり直しなど幾らでも出来るのです。西門がどうであれ、この国にはそのような制度があるのですよ」

「・・・は?」


「ほほほ、いや、まぁね・・・少し役所には記録が残りますが、今の時代は余り気にしないのだとお聞きしたものですから。最悪は利用してもいいのでは、と言う事です」


・・・マジで?
これまでこんなにクソ真面目に話してたのに、今度は離婚したって構わねぇって言ってんのか?!確か俺の記憶じゃ西門の家元達に離婚歴は無いはず・・・それも俺に歴史を塗り替える「きっかけ」だって?


「・・・くくっ、あっはは!」
「これ、若宗匠、私は真面目にお話ししているのです。決して巫山戯ているのではありませんよ?」

「あはは、失礼しました。そんな話、面と向かってされた事なんてないものですから!」

「おや、そうですか?はて、儂は何か言ったかな?」


すげぇ久しぶりに笑った。
俺が笑ったら何処かであいつも笑ってる気がした。




********************




「つくしちゃん・・・つくしちゃん!」
「つくしちゃん、えっ・・・私達の事が判るの?」

女将さんも、女将さんを支えている美紀さんも私を驚いたように見ている。
私はこの2人を見た瞬間、ここを出て行った時の事を昨日の出来事のように思い出した。
走り去る美作さんの車の中から見えた光景・・・身体を折り曲げるようにして泣いてくれた女将さん、それを支えていた美紀さん、手を振ってくれたここの従業員さん達。

何1つ変わらない姿でまた私の前に・・・その姿はすぐに歪んでしまった。
私の頬を幾つもの涙が流れてしまったから


「女将さん・・・美紀さん!」
「つくしちゃん、あんた、病気だって・・・わ、私がちゃんと判るのかい?」

「えぇ、判ります。さっきここに来た時、何だかそれまでフワフワしていたものが晴れたみたいになって・・・お2人のこと、ちゃんと判ります。ごめんなさい・・・あんなに心配掛けたのに1人で来てしまって・・・」

「つくしちゃん、もう普通に話せないのかと思った!良かった・・・やだ、もう!泣いたら化粧が取れちゃう・・・」
「美紀さんったら、変わってないのね」

「つくしちゃんは変わったわよ~!そんなに痩せちゃって!もうっ・・・!」


旅館のロビーなのに3人で座り込んで泣き出して、そこに居たお客さんがびっくりしてる。
それを見て他の従業員さんが飛び出してきて、取り敢えず椅子に座れと私達を窓際のソファーに連れて行ってくれた。

そこには当然美作さんも・・・この人も驚いてこの光景を見ていた。
隣に居るのは私の身の回りの世話をしてくれている小夜さん。この人には毎日様子が違う私を見せてしまって迷惑を掛け続けた。それなのに、今は普通に人と会話してる私を見て泣いている・・・早くこの2人にも言葉を掛けたかったけど、急に意識がはっきりし始めた私にも混乱があって上手く話すことが出来なかった。


「牧野・・・どうなったんだ?えっと・・・」

「・・・自分でもまだよく判らないんだけど、凄く心の中がスッとしてるの。何だろう・・・夢から覚めた感じって言うか・・・自分で歩いてる感じって言うか、とにかくそんな感じなの。
それでね、先に女将さんと少し話してもいいかな。美作さんと小夜さんには後でお部屋に行ったらもう1回ちゃんと話すから」

「いいですよ、牧野様。ちょっと脈を測らせて下さいね?それと吐き気や震えはありませんか?頭痛は?」
「はい。大丈夫・・・ちょっとドキドキしてるけど」

「ふふっ、ドキドキするのは良い事です。心が動き始めたんです・・・うん、良かったわ。あっ、苦しいほどじゃないですよね?」
「うん、苦しくはないです」

「今日、何日か判ります?」
「え?それは・・・気にしたことないけど7月の中半だわ。だってこの前が・・・」

「ふふっ、いいですよ。当たってます」


小夜さんが少しだけ「看護師さん」になって私に問診した後で「問題ないのでどうぞ」と許可が出た。
そして美紀さんの案内で美作さんと一緒に特別室へと向かって行った。


今、ここには女将さんと私だけ。
誰も居なくなったら女将さんは私の片手をそっと握ってくれた。

1年前と変わらない、シワシワで乾燥してる、でもとっても温かい手・・・私は握られた手の上にもう片方の手を乗せた。


「何を話しても大丈夫なの?それでまた変になったら私、困るんだけど」

「あはは・・・多分それは大丈夫かも。今は落ち着いてます。子供の事でしょう?変だと思うかもしれないけど、この1年間、自分がおかしいなって日でも心の中ではずっと考えていたんだと思うんです。元気だろうか、幸せだろうかって・・・でも、それを出せなかったって言うか、自分で封じ込めてたって言うか・・・よく判らない説明ですね、ごめんなさい」

「美作さんって人が連絡くれた時はもう驚いて驚いて・・・あんた、今度は辛すぎて心が隠れんぼしたんだねぇ・・・」


心が隠れんぼ・・・そんなに可愛いもんじゃないけどってクスッと笑うと女将さんの手の力が強くなった。
本当はもっと私を叱りたいんだろうけど、わざと黙っててくれる・・・しっかりしなさいって言いたいのを我慢してるのよね。

子供を自分の手から離してしまったこと・・・凄く悔しいって思ってるんだろう。そんな目をしているから・・・。


「・・・そうみたいですね。隠れんぼして・・・見付けて欲しいのにもっともっと奥に逃げ込んで帰れなくなっちゃった・・・そんなドジな子供みたい。見付けて欲しい人は他の人に捕まってしまったんです。だから出るに出られなくなって・・・」

「・・・出てくるのにこんなに時間が掛かったのかい?」


「そうなのかもしれません。でも姿だけ隠してたけどちゃんと見てましたよ・・・心の中では見てました。
あの人のことも子供の事も・・・意識が薄れると捜しに行ってた気がする。私はここに居るよって・・・。そして、さっきやっと出られました。いや、どうなのかな・・・また戻ったらイヤだな」

「それだけ話せりゃ戻って来たんじゃないのかね?他にも沢山言いたいことはあるけど・・・今はこのひと言でいいわ」

「女将さん?」


「お帰り・・・つくしちゃん」


せっかく涙が止まっていたのに・・・また大粒の涙が私の目から溢れ落ちた。




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