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plumeria

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逗子にある植物研究所に行き始めたのは8月から。
初めはフルタイムで働けないから9時から午後1時までの4時間のアルバイトから始めた。
ここでの名前は「田中 春」・・・事務処理的には牧野つくしだけど、職員さん達への自己紹介はその名前を使った。

「田中さん」「春ちゃん」・・・そう言われたら振り向かれるかしら?それが1番心配だった。


やることは専ら雑用で、研究スタッフに頼まれた所に水を撒くだけ。それでも膨大な敷地に沢山の温室、水も適量があるからとか、葉には掛けずに土だけとかの注文が多くてこんがらがった。
「水やりにも愛情がないとね」って言われて、花に声をかけながら・・・初めは恥ずかしかったけど、だんだん慣れてきて水やりが楽しくなった。

それでも初めの1週間、たった4時間しか働かないのに帰ったらぐったり・・・何度か薬を飲んで午後は伏せてしまうこともあった。

「大丈夫?つくしちゃん、病院に行こうか?」
「ううん、疲れただけ。晩ご飯もいらない・・・」

「食べなきゃだめ!消化のいいものにするから少しでも食べてね」
「・・・はーい・・・」

歳はそこまで変わらないのにお母さんみたい・・・この頃は甘えて家事なんて全然出来なかった。


そのうち新開発された肥料を撒いたり、殺虫剤の試薬を撒いたり、枯れた花を摘んだり葉っぱを取ったりし始めた。
9月からは1時までだったのを3時まで、10月には4時まで、だんだん伸ばして11月には定時まで働けるようになった。夕方5時がこんなに薄暗かったっけ?って冬の日没時間に驚いたりして。


小夜さんは嫌な顔一つせずに私の送り迎えをしてくれる。
9月は朝が辛くてお弁当は小夜さん任せだったけど、10月からは私もちゃんと起きれるようになって一緒に作った。その頃には水やりだけは言われなくても出来るようになり、自分で肥料の配合も出来るようになった。

病院にも定期的に通ったけどその間隔がだんだん延びて、12月からは月に1回でいいって言われた。その時だけは凄く嬉しかった。


その12月初め・・・3日は私にとっては特別な日だった。
西門さんの誕生日でもあり彼と別れた日でもあり・・・佐賀に逃げた日。2年前の事を思いだして少しだけ気分が沈んだ。

まさか2年後にこんな事になるだなんて思いもしなかったなぁ・・・って、夜には窓から真っ暗な庭を眺めていた。

その時に鳴ったメールの音。
見なくてもそれが美作さんだってすぐに判った。

ふふっ、多分気になってメールしてきたんだわ・・・そう思って開いたら、紫音と花音が小さなケーキを頬張ってる写真が届いた。

「うわっ!もうケーキなんて食べるんだ?贅沢だなぁ・・・」
「え?見せて見せて!」

「ほら、小夜さん、双子がケーキ食べてるの。おっきな苺なんか乗っけてさ」
「ほんと!可愛いわねぇ・・・っ!きっと奥様が小さい子にも食べられるように工夫して作ったんじゃないかしら」

「そうなのかな?くすっ、美味しそうだよね」
「うん、幸せそう!」

本当のお父さんのお誕生日だから・・・わざわざ気を遣ってこんな事したのかな。

その「お父さん」は今頃どうしてるんだろう。
誰かにちゃんと「おめでとう」って言われてるかな・・・それとも不貞腐れて部屋に閉じ籠もってるのかもね。


この期間も美作さんから彼についての話は何も聞かなかった。
動きがあれば教えると言われたけれど、結婚の時期が決まったとか紫さんって人に変化があったとか、家元達が何かを発表したとかは全くなかった。
つまり彼は2年前と変わらず、たった1人で自分の家と闘ってる・・・そういう事なんだろうと思った。


2回目の美作家訪問はクリスマスだった。
この時は小夜さんも一緒にお屋敷に行って、2人でパーティーに参加させてもらった。
プレゼントなんて何を選んだらいいのか判らなくて、小夜さんに付き添ってもらって1日中探した。選んだのは紫音には木で出来た車のおもちゃで、花音には同じく木で出来た音が鳴る積み木。

お屋敷に入ると赤と白のサンタさんみたいなお揃いの服を着た2人が出迎えてくれた。その小さな手は仁美さんに繋がれていたけど、私を見るとニコッと笑って空いてる方の手を振ってくれた。
紫音の人見知り、落ち着いたのかな・・・泣かれなくて良かったって一安心。

そこで可愛く包装してもらったプレゼントを出すと、ちゃんと判るのか仁美さんの手を振りきって走ってきた。
その動きが夏とは大違い!転けるんじゃないかと思って思わずプレゼントを床に置いて両手を出した・・・けど、すぐにそれを引っ込めてプレゼントを持ち直して双子を待った。

危ない・・・もう少しで抱き締めるところだった。


「あら、良かったわねぇ。つくしちゃんからプレゼントですって」

おばさんともお姉さんとも言われない「つくしちゃん」。2人もちゃんと名前を覚えていつかは呼んでくれるんだろうか、そう思いながら小さな手にプレゼントの包みを手渡した。
その時にちょっと触れてしまう柔らかい手・・・ドキッとしながらそっと離した。


「はい、紫音君。遊ぶ時に怪我しないでよ?」
「・・・ありがと」

「はい、花音ちゃんにはこれね、音が出るんだよ?でも煩くしちゃダメだよ?」
「うん、ありがと!」


私が働いたお金で買った初めてのプレゼント・・・喜んでくれるといいな。


紫音も花音も1歳半。だからすっかり子供らしい体つきになってて、たたたっ!と小走りするようになっていた。
紫音がこっちに来たかと思ったら花音が向こうに行くし、紫音がケーキを食べ始めたら花音も戻ってくるし、そうかと思えばまた2人共が居ない・・・この落ち着きの無さは私に似てるのかとヒヤヒヤしていたら、最後にはパパのひと言が!

「こらっ!2人共ちゃんと食べる時は座りなさい。それが作ってくれた人に対する礼儀だぞ?」

「・・・あきらさん、まだ判りませんよ?そんな言葉」

「いや、判らなくてもちゃんと言わなきゃ。戻っておいで、紫音、花音!」
「「・・・あーい」」

2人で手を繋いで戻って来て、食べかけのケーキをまた食べ始めた。
くすっ・・・紫音ったら口の横にクリームなんて付けて。

それを拭いてあげようかとハンカチを手に持ったら仁美さんの手の方が少しだけ早かった。
優しくナフキンで口元を拭いてニッコリ笑って頭を撫でていた。紫音もニコッと笑ってフォークに乗せたケーキを見せて・・・ホントに親子に見えた。

それを美作さんも夢子おば様も小夜さんもちゃんと見ていて、みんなが私に泣きそうな顔を見せる・・・だから私は紫音と同じように笑った。


大丈夫、大丈夫・・・この子達の笑顔が見られたらそれだけで幸せ。
私じゃしてあげられない事を沢山してもらって、こんなに楽しそうに毎日を過ごして・・・この子達はとても幸せだ。

だから私も幸せ・・・何度もそう言い聞かせてお屋敷を後にした。


私の誕生日は小夜さんがケーキを焼いてくれた。ろうそくの数が24本・・・ケーキの上がろうそくだらけになって、苺もチョコも見えないと2人で大笑いした。
大晦日とお正月の3日間だけ小夜さんは実家に帰って、私は静かに1人で過ごした。
美作家は全員でカナダにバカンス・・・あの子達は初めての海外旅行で大はしゃぎだろうか。それとも疲れてぐったりかな?

そしてまた仕事が始まって、普通通り小夜さんと暮らしてた。


あれから1度も発作は起こしていない。
夢の中を彷徨うことなく、カレンダーの日付は2月に変わっていた。




*********************




「・・・そのぐらいでいいだろう。気をつけると言えばもう少し動きが速くてもいい。あんたの性格だろうけどゆっくりし過ぎるのも客がイライラする。勿論焦った感じを出すよりはいいけどな。流れは覚えているようだから何も言うことはない」

「ありがとうございました。合格点、いただけたのでしょうか?」

「・・・茶道に合格も不合格もねぇよ。人の心がどう感じるか・・・そこの問題だ」


京都に行く事が決まってから仕方なく紫に稽古をつけていた。
まるで教本通りの茶の点て方で、こいつの言う「合格点」があるなら満点だろうが、俺には紫の茶が美味いと感じたことはない。人間としての好き嫌いも多少はあるかもしれない・・・良い茶だとは思うが、「温かさ」を感じないから。

相手の事を思って点てたのなら、もう少しまろやかな味が出ても良さそうなのに紫の茶にはそれが欠けてる・・・俺にはそう感じられてならなかった。

かと言って、それを注意する事はしなかった。
俺に対して「冷めた」茶を出したって気にならない。
師匠としては最低だなと思うが、紫には作法と手順の指導はしても「もてなしの心」についての指導はしなかった。それをこいつに求めること自体が無理だと決めつけてる自分が居た。


京都に連れて行くからとは言え、紫が茶を点てるかと言えばその可能性は低い。
万が一、先代に頼まれれば断わる訳にはいかないから教えているだけ。一応師匠はこの俺になっているから紫に問題があればこっちに文句が来る。

それでも良かったが騒ぎになるのも面倒だから・・・それだけだった。


「この時期の京都は寒そうですわね」
「・・・そりゃ冬だから寒いだろうよ」

「薫にも暖かい物を持たせないと・・・」
「は?薫も連れて行く気か?」

「あら、連れて行ってはいけませんの?」
「元々ここに宝生の使用人が居ること自体おかしいんだから、そいつを連れて出歩かねぇだろ。しかも西門の先代の屋敷なんだから連れて行くならうちの人間にしろ」


薫は連れて行けないと言った瞬間、すげぇ顔で睨みつける。
どういう関係だか知らねぇが、唯一紫が感情を表に出す時には総て薫が絡んでいる・・・それは一体何を意味するんだろう。






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