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plumeria

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2月の中半、紫を伴い京都の一乗寺にある先代の屋敷に向かった。

このクソ寒い時期にわざわざと思うが3月になれば茶会が増え、桜の季節には毎日のように茶事、茶会、講演に講師の仕事がある。それと重ならないようにとの配慮だったが5日間の予定を組まれうんざりだった。

本邸では俺と紫の関係が上手くいってないのはほぼ知れ渡ってるから良かったが、京都では先代以外の人間は何も知らない筈・・・だから当然のようにこいつと同室にされるんだろうと思うと気が重たかった。
あからさまに拒否してる雰囲気を出す訳にもいかねぇから、それなりに演技しなくちゃいけないんだろう。だが、そんな事が出来るのかどうか・・・上辺だけの笑顔を作ることなんて何とも思わないが、紫にだけは出来ない。

俺はこいつの本心を知ってるから。


紫は薫の同行を直接お袋に頼んだらしいが、やはりそれは却下された。
だから今日は出会った時と同じ、無表情で冷たい紫が俺の横に居た。
それを見る弟子達のビビりようは半端ない。婚約したとは言え俺が紫を毛嫌いしてる事は知ってても、紫の方はそうではないと思っていたんだろう。
見た目が美しいだけに、無言で冷淡な表情をされたら誰も近づけない・・・その上俺の機嫌が最悪だから。


それが京都駅に着いて一乗寺からの迎えを見た途端に激変する。
急に穏やかな笑顔を作り俺より1歩後ろを淑やかに、寄り添うように歩いてくる・・・本邸の弟子はこの紫の裏表を知らなかったのか、逃げるように別に用意された車に乗り込んだ。

俺と紫は今でも先代に仕えている秘書の大崎さんが運転する車に乗った。
あの口煩い爺さんとは対照的に物静かで上品な人・・・誰に対しても平等に振る舞う常識人、俺の印象はそんな感じだ。


「お久しぶりです、若宗匠。京都の方が冷えますかな?」
「・・・どうだろう。この時期は何処に行っても寒いから気にはならないけどな。去年の今頃は長野だし」

「あぁ、噂でお聞きしましたよ。ご自分から修行を申し出てお寺に籠もられたんでしょう?なかなか出来る事じゃありませんからこっちの支部の皆さんが感心しておられた。大変でしょうなぁ、山寺修行なんて私のような年寄りには絶対に出来ませんよ」
「ははっ、大崎さんぐらいの歳の人も何人かは居ましたよ。俺は1番年下だったけどね」

「京都のお寺で修行なされば良かったのに。ご隠居様もお孫さんが近くで頑張っているとなると喜ばれたと思いますよ?少し身体を壊されたので気持ちが弱くなっておいでですからね」

「身体を壊した?先代が?」
「おや?何も聞かれてないんですか?」

ここに行くように話を出したのは親父だったが、先代の身体の事なんて何も言わなかった。むしろ今でも茶会をしているから勉強してこいとだけ・・・。
2年前にはまだまだ元気で恐ろしささえあった先代が、病気で弱った姿なんて想像できなかった。


大崎さんの話だと俺が寺に籠もった年の秋ぐらいに風邪を拗らせて寝込み、その回復が遅かったために病院に一時期入院までしたらしい。自分が弱ったことを東京には知らせるなと言われた為すぐには連絡しなかったが、翌年の年始挨拶の時に親父には報告しておいたと。
その後も何度か咳き込んだり熱を出したりと、大病とまではいかないが繰り返して気持ちが沈んでいると言われた。


「ご気分が優れないのが1年半も続いてるのですが、もともと心臓が丈夫ではない方なので心配なんですよ。お医者様にはきちんと通っておられるんですが、詳しい事は我々には教えてくださらないのでねぇ・・・」

「へぇ・・・でも少しぐらい静かな方がいいだろうから養生させておいたらいいですよ。茶会は?家元はいまだに先代が茶会をしてるって話してたけど」

「お茶会はごく親しい人とだけですね。月に1度するかなってぐらいで長時間のお付き合いは難しいようです」

「・・・そうか」


まさか、今のうちに紫と俺の事を進めるために呼んだってんじゃねぇだろうな。
爺さんの具合も多少は心配だったが、そっちの方が気になる・・・生きてるうちに、なんて言いだしたらどうする?隣の紫はこの話を聞いても何1つ心配の言葉なんてなかった。



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一乗寺の屋敷に着いたらすぐに先代の部屋に向かった。
この屋敷の1番奥にある静かな場所・・・今日は幾分気分がいいからと床に入らずに俺達を待っていると、玄関先でこの家の使用人に言われた。

東京に比べれば小さな造りの屋敷だがそれでも西門の旧本邸・・・先代の部屋までかなりの距離があり、途中何人もの使用人に頭を下げられた。
何処で誰が見てるか判らない・・・本邸ではした事もないが、ここでは紫の速度に合わせて歩いてやった。


「失礼致します、総二郎です」

「・・・入りなさい」

以前に比べてか細くなった声が返ってきた。それには少し驚いたが、静かに障子を開け中に入ると、肘掛けを置きそこに凭れ掛かって座っている先代を見た。
確かに窶れていて顔色も良くない・・・起きてていいのか?って思うぐらいの覇気の無さだ。

「お久しぶりです。先代、具合があまり良くないと聞きましたが、お休みにならなくて宜しいのですか?」
「そのように見えるか?ははっ・・・老い耄れたと思うたのだろうな、総二郎」

「そのような意味で申し上げたのではございません。人間誰しも病気には罹るもの。調子が悪い時にはお休みくださいと、そう言ってるだけですよ」
「・・・ふん、お前達が来ると言うから起き上がっておったのに。いつまで紹介もせずに立たせておくのだ?」

振り向いたら紫は爺さんに声を掛けるわけでもなく、黙って俺達の会話を聞いて廊下に立ったままだった。
だから「こちらへ・・・」と声を掛けて部屋に入れ、俺の横に座らせた。


「ご紹介が遅れました。こちらが宝生紫さん・・・一昨年前に婚約した方です。私が長野に修行に入ったのと手術などがあったためにご挨拶に伺うのが遅くなりました」

「宝生紫と申します・・・どうぞ宜しくお願い致します」

「・・・うむ、こちらこそ宜しゅうな。総二郎は気難しい男だから難儀なこともあろうが、末永く仲良うな・・・」

「至らぬところも多いですが精一杯努力致します」

いつものように美しくお辞儀をする、その紫を見る先代の目が思ったよりも厳しかった。
何故だ?先代は宝生との縁組みは絶対だと豪語した。紫を本妻に、牧野は傍に置けばいいとまで言ったくせに何故そんなに厳しい目で紫を見るんだ?
そもそもこの2人は初対面なのか・・・宝生の先代と茶碗談議が出来るほどの仲なのに孫娘に会った事がないのか?

そこにはこの婚約を嬉しく思う気持ちなんで微塵も感じなかった。


「先代家元様・・・こちらのお庭ではもう梅が咲いておりますのね。美しい白梅と紅梅・・・もう少ししたら見頃なのでしょうか?」

「お?おぉ・・・そうだな。儂も気が付かなかったが咲き始めたのだな。流石宝生家の娘さん、そのような所も良く見ておられる・・・季節に敏いのは良いことです」

「梅の花言葉は『忍耐』・・・そうでしたわね?総二郎様」


「・・・厳しい冬を越して咲く花だからそう言われてるが、有名なのは『高貴』だ。それにしても花言葉に詳しいのだな」

病院に『憎悪』の薔薇を持ってきて、今度は『忍耐』の梅だと?
わざとそれに因んだ花を選んで言葉に出してるとしか思えない・・・そうやって俺の神経を逆撫でする事が楽しいのか?

紫がその気なら今後その手には乗らなければいいだけこと。
どんな花だろうがその名前を出せばいい・・・花言葉で良ければ幾らでも教えてやる。そして、その程度の事じゃこの俺に変化なんて起こる訳がねぇ、それを思い知らせてやる!


「総二郎様が植物にお詳しいのは知っております。ですから少しでもお話し相手になれるように勉強しましたの。西門の花畑のお世話もそのうちお手伝いさせてくださいませね、総二郎様」

「・・・・・・」


この後、あまり喋らなくなった先代と紫を相手にボソボソと世間話を続け、その会話の殆どを覚える事もなく1日が終わった。
これが数日続くのかと思うとうんざりだ。

確かに数輪の花を咲かせている庭の梅・・・今の俺には美しくなんて見えなかった。



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「あ!もう梅の花が咲いてる・・・綺麗ですねぇ!」

「え?あぁ・・・それは梅じゃないわ。杏の花よ」
「杏?そうなんですか?梅かと思った!」


研究所の一画にある花樹園で研究員さんと一緒に肥料を撒いている時に薄ピンク色の花が咲いている木を見付けた。
てっきり梅だと思った・・・今が2月だから丁度咲くんだろうって。

そうしたらこれは杏の花だって言われて驚いた。
花に詳しくない私には杏の花と梅の花の区別がつかない。西門さんの前で言ったら怒られたかも・・・なんて瞬間思ったけど、それは慌てて打ち消した。


「杏の花にして咲くのが早いわ~!だって普通は3月に咲くんだもん」
「今年が暖冬って事でしょうか」

「うん、それにここが日当たりいいからかもね。確かに毎年少し早めに咲いてたわ」
「私、この花、好きだなぁ・・・」

夢子おば様の研究所は殆どが薔薇の新種改良の為の施設だったけど、他にも沢山の植物とこんな花木も植えられている。この杏は実を付けるから、おば様はそれを使ってジャムを作ってるって研究員さんは教えてくれた。

「可愛い花でしょう?でも花言葉は可哀想なのよ」

「花言葉が?」

「うん、杏の花言葉は『臆病な恋』なんだって。梅とか桜に間違われるから『本当に私の事を好きですか?』って言う意味らしいわ」

「・・・へぇ」


臆病な恋・・・本当に私の事が好きですか?

私はこのあと杏の花に向かって話しかけた。
「私はあなただから好きなのよ・・・自信を持ってね」・・・それは自分に言ってるような気がした。





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↑ 梅の花です。1箇所から1つの花が枝に近いところに咲きます。

↓ 杏の花です。梅に似てますよね~💦見分け方は花が咲いたときに萼(がく)が反り返るそうです。それは杏だけみたいです。
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↓ 桃の花です。桜と一緒で葉が同時に出るのが殆どですが、葉の先が尖ってて長いんだそうです。
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↓ 桜の花です。1番見分けが簡単ですよね。花の形に切り込みが入りハート型で、花柄が長いのが特徴です。
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