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plumeria

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その日、一乗寺の屋敷に京都支部の主だった連中が集まって夕食会が行われた。
先代は座椅子に凭れ掛かって殆どの食事は受け付けず、ただ周りの連中と雑談をしながら笑っていたが、その様子はかなり衰えて見えた。

大崎さんに「本当に大病してないのか?」と聞いても、医者からそんな話は特にないとだけ。この回復の遅れは年相応だろうとしか言われなかったらしく、定期的に医者に診てもらっているから大丈夫だと言われた。


「それにしても美しいお嬢様ですなぁ、若宗匠。婚約からもう1年半ですやろ?まだご結婚はされんのですか?」

当然出るだろうと思っていた話・・・俺の前に酒を持ってきた京都の副支部長が、ニヤニヤしながら紫に視線を向けて話しかけてきた。
紫は微笑む程度の愛想笑いをするだけで口を挟まない。
ここで大きな溜息なんてつけねぇから、いつものように表情を作って適当に誤魔化した。

「私が大きな怪我をし、暫く茶の世界から離れておりましたので、まだそのような事が行える段階ではないのです。やっと茶会の亭主を務められるようにはなりましたが、茶懐石などからは2年間も離れております。
ですから心身共に回復し、私自身も納得のいく茶席を作れるようになり、尚且つ皆様に認めていただけるようでないと・・・そう思っておりますので」

「いやいや、若宗匠の腕前なら周りのものは何の問題もないと言われるのでは?」

「・・・ありがとうございます。でも、私の心内がまだそこまで向きませんので。紫さんにもそれは話しておりますから」

「そうなんですか?お嬢様、少しは我儘を言わはったらええですよ?ははは、こちらの若宗匠は大層女性に人気のある方ですからねぇ。京都でも若宗匠の婚約で泣かれた人が何人かは居てはりますよ?」

・・・そこまで言う必要もないだろうと睨んだが、酒の入っている此奴は黙るどころかそれからも話が終わらなかった。祇園のお茶屋の話から数年前、俺が学生の時の与太話まで。
それを紫がどう思うかなんてどうでも良かったけど、最終的には結婚話に結び付けてくるから鬱陶しい・・・!

そろそろ黙らせようかと盃を置いた時、やっと紫が口を開いた。

「お気遣いありがとうございます。でも、私は総てを総二郎様にお任せしております。それにご心配のことでしたら、そちらも信じておりますから不安はございません」

「おぉ、そりゃ余計なお世話でしたなぁ!」
「・・・・・・」


本当に余計な事ばかり言うジジィが居るもんだ。

先代もこの話を聞いていたのか俺の方に目を向けている。
だが、この席では「どう考えているのか?」なんて言葉は出なかった。それが逆に不気味でもあったが・・・。


「そう言えばご隠居。北大路通りの茶道具屋に良い茶碗が入ったそうですが、最近はお出掛けにはならんのですか?」

別の爺さんがそんな話を先代に持ちかけた。
その言葉を聞いて思い出したの宝生の亡くなった隠居と先代が京都でよく会っていたと言うあきらの話。俺は先代の顔を見ずに耳だけを傾けた。


「あぁ・・・はは、最近はこの通り調子が悪いものだから出向いてまではな・・・そんなに良い茶碗ですかな?」
「ご隠居が好きそうなものでしたよ?そのうち行かれてみたら良い。早々売れるような代物ではなかったですからな」

「ご親切にありがとう。身体が動く時にでも行ってみるかな・・・」
「是非、そうなさいませ。家に閉じ籠もっておっては余計に老け込みますよ?」

このやりとりを聞いていても先代がそこまで茶碗に夢中だとは思えないが。
どうしても欲しければ茶道具屋を呼ぶぐらいの事はするだろう。


話が終わっても辛そうな表情を見せていたから、ここで先代は席を立って自室に戻った。
そのお陰で宴席も早くに終わり、俺達も客間に戻ることになった。



**



一乗寺の俺達に与えられた客室は十五畳二間続きで一室が居間のようになっていて奥の間が寝室。
そこにピッタリと並べて敷かれている布団にムカッとした。

寝る寸前に一組移動させてやろうと考え、紫とは言葉も交わさなかった。使用人から「ご一緒に」なんて言われた風呂も当然バラバラ。俺は1人、シャワーで済ませた。
紫はのんびりとしたかったのか浴衣を手に持ち風呂に向かい、1時間も帰ってこなかった。

その間に俺がするのはあきらとのメールだったり、いまだに続けている牧野を捜すためのメール。
今では可能性の低い個人商店にまで調査の手を広げていた。勿論手掛かりなんてなかったけど。


「・・・とても良いお湯でしたわ。気持ち良かった・・・お仕事ですか?」

「・・・は?」
「縁側は身体を冷やします。奥の間でお休みになったら?」


急に紫にそんな言葉を掛けられて驚いた。
他に人が居ないんだから俺に声なんて掛ける必要はないはずなのに・・・メールをうつ手を止めて彼女を見たら、浴衣を着て項を晒し、妖艶な空気を纏って俺を見つめる女がいた。

勿論それは紫だが、今までに見たこともない目付き・・・いや、岩代の爺さんの屋敷でもそれらしい雰囲気を出してきた事はあるが、その時よりも俺を誘ってる?
何を企んでそんな態度に出るんだ?この俺がそれに靡くとでも思ってんのか・・・だとしたらすげぇ勘違いだけど。


無視してまたスマホを取り出したら俺の前にハーブティーのようなものを出してきた。
チラッと目をやると「ここでいただいた赤紫蘇茶ですわ」と・・・ヤケに嬉しそうに「お飲みくださいな」と催促する。

面倒だから飲んでみたが・・・俺の好みじゃなかったから少ししか飲めなかった。


「俺の事なんか構わずに寝たらいいだろう。俺は後で移動して寝る。悪いが同じ場所で寝る気はないからな」
「あら、そんな事を言っても間もなく夫婦になるんですもの。今から同室に慣れておいた方が良いですよ?」

「何だと?また何か仕掛けるのか?」
「今までだって何も仕掛けていませんよ?人聞きが悪いわ、総二郎さん・・・私達は正式な婚約者ですよ?」

「愛情の欠片もない婚約だ。そんな事はあんたも判ってるはず。今更そんな関係になりたいなんて言うなよ?」
「なりたいとは言いませんが、ならなくては後継者が産まれません。残念だわ・・・私から歩み寄ろうかと思ったのに。薫に言われましたの・・・私の態度が総二郎様を頑なにしてるんだろうから、もっと柔らかくなりなさいと・・・無駄でしたかしら?」


ここでもまた出てくる薫の名前。
使用人に言われたからってこいつが考えを変える人間か?薫に言われたから俺を誘ってる・・・そう言うのか?


「あんた、あの薫って子に特別な感情でもあんの?まさかと思うけど・・・」

「・・・薫は私の幼い頃からの付人ですが、理解者で有り友人です。総二郎様・・・あなたこそ薫にだけは手を出されませんように。それ以外の方でしたらどうぞご自由に」


今度はまたいつものように冷たい表情に戻ってスッと立ち上がり、そのまま奥の間に消えて行った。
なんだ?理解出来ねぇ女だなと、その後ろ姿だけ目で追った。

ただ、紫が立ち去った後にふわっと湯上がりの甘い香り・・・身体の奥が疼くような、何処かが火照るような気がした。


何だ・・・?
マジで身体が・・・何で、こんなに熱くなる?

今は2月で肌寒いのに、どうして額から汗が出る?・・・その時に目に入ったのはさっきの赤紫蘇茶!

まさか・・・!!


イヤな予感がして奥の間を見たら、今度は紫が妖しげな笑みを浮かべて俺を見ていた。




*****************




「小夜さん、何してるの?」
「ん~?えへへ!明後日Valentineだからあきら様にチョコクッキー作ってるの」

「Valentine・・・あっ、ホントだね。私も作ろうかなぁ・・・」
「え?!あきら様に?」

「あっはは!違うよ、会社のおじさん達!30人ぐらいいるんだもん。1人ずつには無理だからみんなで食べられるように。材料ある?」

小夜さんが渡したい彼氏も居ないからって美作さんにクッキーを焼くって言った。勿論それは恋愛感情じゃなくて、仁美さんにも食べてもらうつもりでって慌てて言い訳してた。ふふっ、本当は憧れてるって知ってるけどね。

無理もないわ、美作さん・・・優しいもんね。


私は西門さんにバレンタインなんて1度もあげてないなぁ。
この先もあげることなんてないんだろうな・・・せめて紫音にはあげたいな。


「つくしちゃんからだよ」・・・それでいいんだけど。






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