FC2ブログ

plumeria

plumeria

-
5月、薫風の頃になると茶室のしつらえが大きく変わる。

11月から4月までの冬の間は客が少しでも暖かいように火を近くへ据えて、水指でさえ遠ざける。

それが5月になると風炉に切り替え、これが10月まで続く。
夏の間は暑くないように客から火を遠ざけ、今度は少しでも涼を取れるように水指を客側に置く。それと同時に花入は籠物を用いるようになり、花は槿や矢筈すすきの葉をよく使う。香合は木地、中には香木を入れる。

今日は茶花として使う菖蒲の咲き具合を見るために裏庭に出ていたが、そこに誰かが近づいてきた。
振り向いたら少し眉間を寄せた志乃さん・・・辺りを気にするような素振りで俺の近くまでやってきた。


「総二郎様、少し宜しいでしょうか」

「どうかした?そんな顔して・・・気になることでもあるのか?」

「気になるというか・・・紫様の事ですけれど」


紫の事・・・それを聞いただけで気が重くなった。どうせ良いことなんかじゃない・・・出来たら聞きたくないがと思ったが、そこは志乃さんの話だから断わる訳にもいかない。
それにこの人は余程のことがない限り俺達の耳には入れない。宗家の人間の負担を軽くするためにこの家の裏方を取り仕切ってくれている人だ。

その志乃さんがどんな話をするのか・・・菖蒲の花に目を向けたまま、話を聞くことにした。


「実は・・・紫様が時々蔵に行かれるのですわ」

「・・・え?」

「私が見掛けただけでも数回・・・今朝ほどもその前に立っておられましたの」

「蔵って・・・何処の?」


思いがけない言葉に驚いた。
お袋とのやりとりとか、俺に対する不満とか、まさかと思ったがいまだに何も関係が進まないことを愚痴ったのかとか・・・志乃さんがまるで極秘の話をするような雰囲気で来たから、てっきりそっちの話かと思った。

それが「蔵」?いや、それも不思議だったから驚いた事に変わりはなかったが。


「はい。それが北の奥にある、西門家のご先祖様が遺されたお道具類を納めている蔵・・・先日、京都からこちらに移した先代家元のお持ち物を納めた蔵ですの」

「は?爺さん達の道具・・・それって文化財級の茶碗とかがある、あの蔵か?」

「はい、そうなんです。あそこには幾つか蔵が並んでおりますでしょう?でも、秋口にもお見掛けしましたし、冬の寒い時もそこに立っておられておかしいなぁとは思っておりました。
それで先ほどお見掛けした時、とうとうお声掛けしましたら何も言わずにお屋敷に戻られて・・・一体何が気になるのでしょう。その時のお顔も思い詰めたような・・・厳しい感じでしたのよ?」

「・・・判った。機会があれば聞いてみるけど、もし次に見掛けた時は紫に声を掛けずに俺に教えてくれる?」

「畏まりました。何事もなければいいのですけれど・・・」


あんな場所、俺達宗家の人間でも滅多に行く所じゃない。
しかも見た目は古い蔵だが、最近になって施錠部分だけ最新の防犯システムを組み入れてる。だからパスワードを知っている親父以外の人間は、たとえお袋や俺でも開けることは出来ない。

外から眺めてても中のお宝を拝む事は出来ねぇけどな。
それでも何度も見に行く程気になるものがあるのか・・・?


納められている物は年代物の茶碗に釜と風炉・・・それに価値のあるものだと茶入れに棗、風炉先屏風 に掛け物、花器・・・確かに名人作の文化財級のもので数千万の値が付くものもある。
あの蔵の中の総資産を考えたら数億にはいくが・・・それでも紫が金目当てって事はないだろう。

京都から遺品が来る時も茶碗を気にしていた。
岩代の爺さんの時には何処から出して来たのか国宝級の楽茶碗を持ってきた。


やはり紫が気にしているのは茶碗なのか・・・?

俺が立っている菖蒲畑からは見えない北の蔵・・・そっちに視線を移して蔵の前に立ち、そいつを睨む紫の姿を想像していた。




******************


<sideあきら>

今日は牧野が研修所から苗を運んでくるついでに子供達と遊ぶ日だとお袋から聞いていた。
だから社用で外出した時、何となく様子を見たくて自宅に立ち寄った。

多分庭から元気な声が聞こえてくるものだと思って入ったのに凄く静か・・・気になって温室の方に向かったけど、その前の庭で遊んでいる姿は確認出来なかった。


「おい、牧野が来たんじゃなかったのか?」

すぐ近くを歩いていた使用人に聞いたら「はい、お見えでしたよ」との返事だったが何処にも居ない。辺りを見回していたら花音の遊び道具が散らかってるのだけが見えた。

「牧野様は確かに研究所の方とお見えになって若奥様とお話しされていましたわ。ほら、あそこのガゼボに入られて、長いことお子様が遊ぶのを2人でご覧になってました」

「仁美は部屋に戻ったのか?って事は双子も?」

「いえ、若奥様はお買い物に行かれて、お子様を牧野様にお願いされたようです。もしかしたら温室の中でお花を見てるのかしら?先ほどまでお庭で随分楽しそうに遊んでおられましたから近くにいらっしゃると思いますが」

「そうか、判った」


温室の中か・・・?紫音たちもこの中が好きでよく入ってるけど、5月の陽気だと暑いだろうに。
使用人に言われて温室に入ったが、そこでも人の気配はしなかった。


「牧野?紫音・・・花音、居るのか?」

かくれんぼでもしていたら俺が怒られる・・・そう思って小さな声で呼んでみたが、返事なんて何処からも聞こえなかった。足音も植物が揺れる気配も何もない。
温室内を流れる水の音だけが聞こえていた。


まさか・・・牧野、双子を連れて何処かに?
一瞬変な事を考えたが、そんな事があるはずが無いと足を進めたら・・・奥にある休憩場所のカウチで横になってる3人を見付けた。
牧野を真ん中にして紫音と花音が両隣に・・・その手は繋がれたまま、スゥスゥと寝息をたてて3人で寝ていた。


「なんだよ、驚かせて・・・遊び疲れたのか?」

紫音も花音も汗で髪が少し濡れてるし、牧野まで頬を赤くして。
それによく見たら3人とも足元が泥だらけで、靴には砂が付いてるし。それでも幸せそうな顔してよく寝てるから、起こすことが出来なかった。

丁度天井まで伸びてるブーゲンビリアや熱帯植物で日陰が出来てるのから気持ち良くなったのかもしれない。
俺もそのカウチの端に座り、3人の寝顔を覗き込んだ。


こうしてみると何にも変わらないんだな。
激しい恋を2度もしたなんて思えないあどけなさで、出産を経験したと思えない細い身体。
学生の時と同じ綺麗な髪と、丸っこい顔・・・こんなに華奢なのに何度も辛い目に遭って、折れそうになりながら全身で踏ん張ってきたんだな。

そう思うと・・・自然と手が牧野の頬に伸びていた。
触れてしまうほど近づけたけど、起きたら驚くだろう・・・だから、肌の温度が微かに伝わる所で止めた。そしてすぐに引っ込めた。

「・・・う、ん・・・」
「牧野?」


・・・なんだ、起きたんじゃないのか。
一瞬、自分のせいで起きたのかと思ってドキッとしたが、身体を向きを変えただけ。それでも紫音の手も花音の手も離さなかった。

向きを変えた時に顔に掛かってしまった髪の毛が、牧野の口元にくっついてる。
またそこに手が伸びて、今度は髪を指で掬って元に戻してやった。


それを買い物から帰った仁美が見ていたなんて、この時は知らなかった。




4c26d91be5d84542bd7ed110bbf1f90a_t.jpg
関連記事
Posted by